十四話 彼の気持ちの行き先
彼の気持ちの行き先
1
クソ暑いとか、ムシ暑いそんな感慨を抱いた夏が終わると、季節は秋に移る。
もし、誰かに今年の夏はどうだった?いい夏だったか?と聞かれたのなら、俺はこう答えるだろう。
まあ――悪くなかったぜ。
些か、ロマンスと刺激とエロは足らんかったがな、と。
この辺の事情に関しては、仕方あるまい。
なんせ、相手は〝あの〟部長だ。
夏休みに時々、会えただけでも良しとする。
しばし天然、その人当りの感触は例えるならコンニャクか寒天。柔らかそうに見えて、芯はある。その癖、これと思う事に関しては一途で、しばし自分の事も周りの事も見えなくなる。
如何せん掴みがたい性格だな、おい。
それでも、あばたもえくぼとはよく言ったもので、惚れた関係上――むしろチャームポイントに感じられる辺り、俺もいよいよだと思う。
そもそも山城栞の一途さは、自分の為では無くて、誰かの為に強く働くのではないか、と俺は思うのだ。
欲が無い訳ではない、ただそれよりも周囲に求められている事に対して自然に応えてしまうのではないか、とまあそんな風に。
正直、こんな分析はどうでもいい。
俺にとって大事なのは、彼女がこの写真部で自分の為に笑い、自分の為に楽しく過ごしてくれる事だ。 後は、そんな彼女にどうやって俺の事を意識させるかだ。
想い人がいるみたいだしな。まー不利だわな。
そんな俺の隠れひとり相撲のような、駆け引きを始めてから半年近くになる。
戦果?
聞くな。ロクデナシ男女の夜のプロレスは無敗でも、色物無しの真っ向勝負は初めてなんだよ。悪いか、この野郎。
兎にも角にも、それでも俺は部活を通して彼女と同じ時間を過ごしていた。
そして、俺は秋に移り始めた頃に、その変化に気が付く。
2
そもそも秋の初めからして、我が部の部長――山城栞はどこか落ち着きが無かった。
街に写真を撮りに出た時は、紅葉する街の中をどこかを撮る訳でもなく、チラリチラリと周囲を見渡す。特に千羽池の方を。
昔の先輩が撮ったとかいう写真の載った部誌を時々、覗いては溜息。
全く、何なんですかね?この部長の様子ときたら。
これじゃ、まるで想い人の面影を探しているみたいじゃねえか。
お陰様で、こちとら商売あがったりである。
さて、どうするかと思案していると、瞬く間に文化祭がやって来た。
コイツは多少、チャンスなんじゃないかと思った。
部長の事だから、文化祭の部の出し物については、まあ真剣に取り組むだろう。しかし元々、活気のあるとは言い難い我が部の出し物が、話題になることもあるまい。
だから、後はクラスのカレー店の方の時間さえ何とかすれば、部長と過ごす時間は出来る筈。
大体、クラスの連中も幾らカレー店の息子がいて、旨そうなヤツが作れるとかいっても、そんな忙しくなりそうな出し物なんぞ企画すんなし。
折角だから、メイド喫茶でもやれ。衣装は俺が格安で用意してやるから。
それを綺麗所に着せて、微妙な軽食やインスタントのコーヒーでも出して、暇を持て持て余せ。
俺はメイド服着た部長を、連れ出すけどな。後はヨロ!
俺の見立てでは部長はミニスカメイドが似合うと思うが、クラシカルも捨て難い。更に顔を赤らめてくれると、なお良し。
これは、マジでそそるわ!
俺はそんな部長を褒め倒して色々と、出し物を周って距離を近づける。
一時でもいいから、想い人の事なんぞ忘れさせてやる。
悪くない。
……まあ、これは限りなくペーパープランに終わったけどな。
結局の所、部長の様子は変わりなかった、
現実は萎びていた。乾いていた。
つーか、無慈悲だ。
3
幾つか出し物を見て回った後、部室に戻った。
人気も無く、静かな部室では千羽池の秋祭りの祭囃子が、遠くから聞こえる。
それを聞いた部長は、本当にそわそわとしていた。
それだけならいい。問題は顔を思い詰めたように曇らせている事だった。
そして、展示用のパネルの剥がれかかった写真を直そうとした時、カッターに指を引っ掛けてしまう。
「大丈夫ですか、栞さん!」
同じ部員の東島が駆け寄り、傷を負った指に絆創膏を貼って処置していく。
それからこうも、部長に尋ねた。
「しかし……やはり何かありましたか?ここ最近ずっとでしたが、どこか落ち着かないように見えますが……?」
どうやら東島も気が付いて、見かねていたらしい。
けれど、部長はそんな東島に対しても無理をしてまで笑って見せようとする。
あーあ、もうコイツは見ていられねえ。
そう、思った時には俺はいつになく荒い口調でこう切り出していた。
「――いい加減、素直になっちまえよ!」
部長と東島の驚く視線が、こちらに集まるのを感じながらも続ける。
「全く、ここ最近の部長は見れたものじゃねえんだよ!ことある事に千羽池の方を見つめたり、昔の部活の写真集ばかり開いて見てやがるし、話し掛けても上の空。ずっとここに心あらずって感じじゃねえか!」
こうなると、もう止めらない。
マジで止めとけよ、俺。
絶対、後で後悔するぜ。
「誰の事を、何の事を気にしているか知らねえが、自分の思う通りにしてみろよ!」
言っちまったよ。
らしくなく、熱くなってこんな事を言ってしまう。
それでも部長は渋る。
「ボクはこの学校の生徒で、写真部の部長なんだよ……?だから、きっとボクだけが身勝手な事を、自分の想いだけで行動しちゃいけないと思うんだ……」
アンタのそういうのは、分かってるつもりだし、もう見飽きたんだよ。
面倒くせえ、本当に面倒くせえ。
頭を搔きながら、言葉を返す。
「それで毎日、毎日、目の前で溜息吐かれて、塞ぎ込んだような顔を見ているこっちの身にもなりやがれ!俺はな、あんたのそういう顔が見たくて、ここに来ているんじゃねえんだよ!」
「木村君……」
部長の俺を見る目は、まだ迷っている。
だから、その背中を押してやる事にした。
「後の事は気にすんなよ!俺達でどうにかしてやるから!あんたはさっさと行け!」
「ボクはボクの想う通りにしてもいいのかな……?」
俺に問うた。
「当たり前だろ!」
後悔必至の最大限の強がりで笑い返した。
俺のバカ。マジバカ。
なんでワザワザ、恋敵の所に送り出すような真似なんかするんだろうね。
「木村君に麻美ちゃん!後の事はお願い!」
部長は俺の言葉を聞いて一度、微笑むんでカメラを持つと、走って部室を出ていった。
行っちまったよ。
詳しい事情は分からねえけれど、想い人が待っているのかもしれない千羽池の祭りの方に。
もしかしたら、これが大きな分岐点になるかもしれないと思った。
俺の想いの行き先の。
そう思うと、猛烈に後悔だけが襲ってきた。
部長の去った部室で、壁に腰掛けて黄昏ていた。
そうしていると声がした。
4
「木村さん、格好良かったですわよ」
声のした方を見れば、東島がこちらに微笑んでいた。
「でも……良かったんですの…その、栞さんを送り出してしまって。きっと、栞さんの向かう所には……」
言うんじゃねえよ。もう痛いくらいに痛感しているから。
「うるせえよ……」
俺は必死に虚勢を張って強がる。
それでもだ、それでも――
「――笑って欲しいと、笑っていて欲しいと思ったんだ。例え、それが俺の傍ではないとしても」
「本当に木村さんはバカですわね」
「おいおい……」
東島の答えに、俺は空を仰ぐ。
全く容赦ねえな。
でも、東島は笑いながらこう続けたんだ。
「でも、私はそんな木村さんに惚れ直してしまいました――どうしようもない程に」
「何を言ってやがる。俺は部長の事をだな……」
「知っています。ずっと知っていました、貴方の気持ちが何処にあるかは。それでも貴方が栞さんを想っていたように、私も貴方の事をずっと想っています――」
言葉を続けようとして、東島に遮られる。
それから、どこか切ない眼差しで真っ直ぐに見つめられる。
「悪い冗談だ……」
そう返す。そもそも東島に対しては部員になる以前に、限りなく遊びで声を掛けただけ。
「ええ、本当に。それでも私にとっては夢のような時間です。好きなひとの傍にいられるのだから」
その瞳は揺るがない。
全く、どいつもこいつも。クソ真っ直ぐなんだから。
「それでその……木村さん。もし宜しければ、この後の時間をわたくしに下さいませんか……?一緒に文化祭を見て周りたいんです……」
身体も声を震わせながら、それでも東島は言った。
「行く理由がねえ」
俺は突っぱねた。
けれど、東島は下がらなかった。
「いいえ…そんな事はありません……わたくしも貴方もきっと、ずっと片思いの関係にしかなれない者同士だから……」
東島は俯いて、泣いてしまいそうだった。
「お前はズルいよ」
そう返す。それでも気持ちは痛い程に、やはり分かる。
真っ直ぐに想う程に、強く思う程にすれ違う事は、届かない事は哀しい。
一度、溜息を吐いてから答えた。
「今回だけだからな」
俺は立ち上がると、俯いている東島の髪を撫でる。
「はい!」
顔を上げた東島が、満面の笑みで泣き笑う。
いつの間にか、千羽池から上がる花火が、部室を明るく照らしていた。
何かが終わって、また始まって。
色彩スプラインは、ひとまず大きな節目を越えました!
後、もう一度超える頃には終わり近いと思います、よろしければお付き合いを。




