十三話 あなたに出会う季節 (後)
1
秋の夕暮れの暗闇の中、小さな社のある森の奥で悠さんが振り向く。
一度、二度、目配せしてからボクを見て言った。
「ああ…君か……」
その目は何故か、とても懐かしいものを見るような目だった。
悠さんが俯く。
その顔に暗く、影が落ちる。
けれども顔を上げてボクを見て、一度笑おうとして、でも笑うのを直ぐに止めてしまう。
まるで、どんな顔をすればいいか分からないかのように。
「悠…さん……?」
どうしたんだろうと、思った。
俯きがちにボクを見つめる目は苦しげで、それを見ているボクまでが辛くなってしまいそうだった。
ああ、なんでだろう?
その顔を、その表情をボクは見た事があった気がした。
そう、どこかで。
ふと、思い出す。
それは――以前の、悠さんに会う前のボクじゃないか。
苦しくて、どんな顔をすればいいのか分からなくなってしまったあの頃の――
でも、どうして悠さんがそんな顔をしているんだろう。
その理由をボクは、知りたいと思った。
でもそんな事も、何よりも今は――
ボクは悠さんに近づいていく。
少しずつ距離が近づくと、悠さんが戸惑いがちに下がろうとした。
でも、それよりも早く――ボクは悠さんを抱き締めた。
2
「どうして……」
抱きしめた悠さんの身体は秋風に吹かれて冷たく、そして震えていた。
悠さんの問いにボクは答える。
「こうしなきゃいけない、ううん……こうしたいって思ったんです。何があったかは分からないけれど、悠さんが今、すごく辛そうに見えたから」
抱きしめた悠さんが、どんな顔をしているかは分からない。
近すぎたこのキョリでは、顔は見えない。
けれど悠さんの手が一度、ボクの身体を押し返すように肩に添えられた後――そのまま、止まってしまう。
だからボクは、その身体を更に強く抱きしめる。
ボクはここにいるよ、って伝えるかのように。
ボクはどんな悠さんでも受け入れるよ、って伝わるように。
色々な想いや言葉は浮かんだけれど――きっと、そんなものは必要無いんだと思った。
今はただ、悠さんを抱き締めてあげたかった。
どんな事があったかは知らないし、聞かない。
でもきっと――誰かに抱きしめて欲しい時があるんじゃないかって、ボクは思うから。
3
「――ありがとう。もう、大丈夫だから」
暫く抱き締めてから時間が経った後、悠さんにそう言われてボクは身体を離した。
見上げた悠さんの顔は、さっきと比べれば随分と自然に笑っていた。
その顔を見て、ボクはようやく悠さんにこう言う事が出来た、
「悠さん、おかえりなさい!」
その言葉を聞いて、はにかみながら返してくれた。
「ただいま――!」
ボクは笑った。
悠さんも笑ってくれた。
ようやくボク達は笑いあう事が出来たんだ。
「また世界を回って見てきたんだ、戦争の起きている国も含めて――」
ふたりで社の石造りの階段に並んで座ると、悠さんはそう話してくれた。
「戦争ですか……?」
ボクが尋ねると、悠さんは頷いた。
戦争――戦争が起きていない国で生きているボクには、その事を具体的にイメージする事は出来なかった。
ただそれでも、その場所ではきっと悲しい事が沢山溢れているように思えた。
だって、帰って来た悠さんがこんな風になってしまうんだから。
「前々から思ってはいたんだよ。僕は元々世界にある綺麗で〝特別〟なものを撮りたいと思ってカメラを回してきた。でもそれだけ良いのかなって。綺麗なものだけで世界が出来ているわけじゃない。だから一度、そういうものにもキチンと目を向けるべきじゃないかなって――」
それから悠さんは空を見上げて、遠くを見つめるようにしてから言った。
「――そうして訪れた戦場は、僕の思っていた以上の場所だった」
悠さんは続けた。
「そんなものをずっと見続けていたら、段々分からなくなっていったんだ。僕が見ていた綺麗な〝特別〟なものは本当にあったものだったんだろうかって。それは本当に、ひとの心を揺さぶるようなものだったんだろうかって。分からなくなって、夢中で写真を撮っていた頃の地元に無性に帰りたくなって、戻っては来たんだけど、凄く居心地が悪かったんだ。自分の中で〝何か〟が変わってしまったように思えて。でも――」
ボクを見つめる。
悠さんの瞳にボクが映っていた。
「――君は変わっていなかった。一年前に出会っていた頃のように、僕に笑い掛けてくれた」
「――ボクはずっと、ずっと悠さんにまた逢いたいって思っていました。また、会おうって約束もしましたし」
ボクも見つめ返す。
「約束……そうだったね。そっか――僕には待ってくれているひとがいたんだ」
その言葉に、胸の前で手を強く握ると僕はこう答えた。
「悠さんはボクにとって――大事なひとだから」
この言葉に悠さんは、気恥しげに俯いて頭を搔いた。
4
それから僕達は、これまでの事を話した。
ボクは高校に入学してカメラを始めて、写真を撮り始めた事を話す。
部活動の事や木村君、麻美ちゃんの事、ちび太の事も。
君の撮った写真が見てみたい、と言われて持ってきたデジカメの画像を見せた。
悠さんが一枚ずつ、画像を見ては送っていく。
どこか懐かしげに、それでいて眩しいものを見つめるようにゆっくりと。
「――君にとって世界は、こんな風に見えるんだね。色彩に溢れていて、とても眩しい」
その言葉にボクはこう返した。
「ボクがそんな風に見えるようになったのは――あなたに出会ってからです」
一通り写真を見た後、悠さんは言った。
「そっか。世界にはやっぱり綺麗で〝特別〟なものだって沢山あるんだ――」
その表情は、出会った頃の悠さんと同じものだった。
話し終えた後、ボクは誘われて悠さんと一緒に千羽池の秋祭りを歩いた。
暗い夜の中で光る屋台の看板。美味しそうな食べ物の匂い。浴衣を着て歩く多くの人達。
制服姿のボクは少し浮いているように思えて、その事を聞いてみるとこう答えてくれた。
「そんな事は無いと思うよ。それから言い遅れたけれどその制服、似合っていて可愛いと思うよ!」
「あ、ありがとうございます!」
そう言われて、ボクは気恥しくなった。
出店でリンゴ飴を悠さんに買って貰って食べた。
その事で唇が赤く色付いた。
不意に何かが弾けるような強い音が鳴った。
その音に驚いて空を――秋空を見上げると、色とりどりの花火が上がっていた。
夏とは違う、少し冷たい空気の中でも輝きは色褪せる事は無く。
お祭りに来ていた人達からも歓声が上がって、みんなも花火を見上げる。
ふと、手にぬくもりを感じた。
それは悠さんの手の平のものだった。
ボクも握り返す。
同じ秋空に咲いた花火を見上げていた――
次回は木村君の視点での回になります。
……色々、もう厳しい感はありますが。
ガンガレ!(鬼畜)
後、諸事情により花火の写真は用意できませんでした!
すいません!!




