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十二話 あなたに出会う季節 (前)

     1


 十月の中旬、ボク達の高校は文化祭の真っただ中にあった。

 勧誘の声や楽器の演奏の音が止めどなく溢れて、いつも以上に学校は騒がしかった。

 父兄や他校の生徒など多くの人が出入りしていた。

 それぞれのクラスや部活では、この日の為に用意された出し物や宣伝のポスタ―が出されていて彩りに溢れていた。

 「山城さん!注文の特製煮込みカレー、三番テーブルにお願い!」

 「うん、分かったよ!」

 紙皿に盛りつけられたカレーとコーラを乗せたトレーを、ボクは運ぶ。

 「ごめん、今度は八番テーブルにカレーとサラダ二つをお願い!」

 「了解だよ!」

 制服の上からエプロンを着たボクや幾人の女子は、休む間も無くカーテンで仕切られた厨房と教室を行き来する。

 なかなか忙しい。

 ボク達のクラスでは家でカレー店を経営している子がいたので、その子が主導で作り上げた煮込みカレーを提供する事にしたんだけど、これがとても好評だった。

 クラスの中のテーブルは常時満席。注文は途絶える事は無くて、教室の外では列もできている。

 ローテ―ションでシフトに入ったんだけど、忙しさに目が回りそうだった。

 「ヘイヘイ、そこの制服の可愛い彼女達~!ウチのクラスの美味しいカレーは如何っすか?ついでに、アフターは俺と遊ばない~?」

 「ええ~どうしょうかなあ?」

 教室の外の様子を見てみれば、客引きと列の整理を請け負っていた木村君が他校の女の子達に声を掛けていた。

 ……道理でさっきから、お客さんに女の子が多いと思ったら。

 一応、仕事はしているみたいだけどつい一言、言いたくはなった。

 この忙しい時に、ナンパはしない!



 「お疲れ様!」

 「お疲れっす~」

 シフトを終えたボクと木村君は、労働報酬の煮込みカレーを片手に教室を出た。

 食べ歩きではあったけれど、クラスで作った煮込みカレーはやはり美味しかった。


     2


 カレーを食べ終えた後、ボクと木村君は学校の中を見て回った。

 本当は写真部の部長として、写真展をしている部室にすぐに戻ろうと思ったんだけど、受付をしてくれている麻美ちゃんの連絡によればそれほど人の出入りは無いので、文化祭を見て回ってきても問題ないという事だった。

 ……ちょっと寂しい気もした。

 「部長、どこか行きたい所あります~?」

 それでも木村君に促されて、活気付く学校を歩いた。

 お化け屋敷や占いの館。ボク達と同じように飲食店をやるクラスもある。焼きそばやお好み焼き、それからパスタを出しているクラスもあった。

 小さい縁日をしてるクラスもある。

 「何か欲しいものあります?」

 そこで射的があるのを見た木村君がボクに言った。

 台に並べられた景品を見渡すと、中に羽のような飾りの入ったビー玉のような青いガラス玉があった。

 「あれかな?」

 「よっしゃ!」

 木村君は手際良く、オモチャの銃にコルクの弾を込めると狙い撃った。

 それを横で見ていると、合唱部の演奏が聞こえてきた。

 その曲は『奏』だった。


 文化祭――お祭りなんだと思う。

 高校生活の中にあるお祭り。

 この瞬間にしか無い時間。

 きっとそれは眩しいもので。


 それなのにボクの気持ちは、ここには無かった――

 ――ボクが想うのはお祭りでも、千羽池で行われている秋祭りの事だった。


 木村君の放った弾丸は、最初の一発でガラス玉を落とした。

 見ていた人達から歓声が上がった。

 「やりましたよ、部長!って、部長……?」

 「あ……ごめんね、木村君。少し考え事してた」

 「――そうっすか」

 ボクの顔を少し見つめた後、木村君が景品のガラス玉を手渡してくれた。

 「どうぞ、部長!」

 「ありがとう、木村君!」

 受けったガラス玉がキラリと、青く光った。


     3


 「ふたりとも、お帰りなさいまし!」

 部室に戻ると、麻美ちゃんが出迎えてくれた。

 「ただいま、麻美ちゃん!これ、お土産!」

 「ラムネですか……ちょうど喉が渇いていたところでしたの。ありがとうございます!」

 縁日をしていたクラスで買ったラムネ瓶を渡す。

 いつもは中央に置かれている机を退かして、何枚かの写真を貼ったボードを置いた部室。確かに麻美ちゃんの報告通り、あまり人が訪れた形跡は無い。

 この時も部員であるボク達以外には居なかった。

 そんな部室の中で木村君は床に座り込んで休んでいたし、麻美ちゃんは隅に置かれたイスに座ってラムネを飲んでいた。

 ボクはイスに座ってみたり、展示している写真を眺めてみたりと、立ったり座ったりを繰り返していた。

 文化祭の中にあっても、いつものように静かな部室。

 なんとなくこの部活ぽい、とボクは思う。

 遠くに楽しげな声や、吹奏楽の楽器の音が聞こえる。


 その中に混じるのは――祭囃子。

 それは、ここから少し離れた場所で行われている千羽池の秋祭りの音。

 静かな部室だからこそ、聞こえてしまうその音色。


 「栞さん、どうかなさいましたか?」

 せわしなくしているボクを見た麻美ちゃんに声を掛けられた。

 「えっと……」

 ボクは思わず言い淀んだ。

 実はボクは、朝からずっと気掛かりな事があって、この文化祭にイマイチ身が入っていなかった。

 今年の文化祭は、千羽池での秋祭りと同日に行われていた。

 千羽池の秋祭り――それはボクは去年、悠さんと出会った時と同じ頃。

 秋になってから幾度なく千羽池を訪れたけれど、ボクはまだ悠さんには会えていなかった。

 世界中で写真を撮っている悠さんは、もしかしたら今年は日本には帰って来ないのかもしれない。


 けれど、けれど――なんとなく予感があったんだ。

 きっと、秋祭りの時には帰って来ているって。


 でもだからと言ってクラスの一員として、写真部の部長として文化祭を抜け出す事は出来ない、してはいけないとボクは思っていた。


 それでもやっぱり――ずっと、ずっと気になっていた。


 だからこの静かな部室にあっても、むしろだからこそボクは落ち着く事が出来なかったんだ。

 「……なんでもないよ」

 そう言ってボクはボードと向き合う。

 すると、写真を留める為に貼られているテープの一部が剥がれかかっている事に気が付く。

 「痛!」

 セロテープを持ってきて換えようとした時、カッターの刃に指を引っ掛けてしまう。

 「大丈夫ですか、栞さん!」

 「う、うん……」

 麻美ちゃんが駆け寄ってきて、ボクの手を取る。

 「見たところ、少し切ってしまっていますわね……少し動かないで下さいまし」

 スカートのポケットから絆創膏を取り出すと、それを指に巻いてくれる。

 「ありがとう……」

 「いえいえ、しかし……やはり何かありましたか?ここ最近ずっとでしたが、どこか落ち着かないように見えますが……?」

 「それは……」

 この想いをどう伝えればいいのかと考えた。

 でも、それ以上に思ったんだ。

 この部活の部長として、こんな想いは抱いちゃいけないんだって。


 ――今すぐにでも抜け出して、悠さんが来ているかもしれない秋祭りに行きたいなんて事は。


 大丈夫だよ、って言って出来るだけ笑って答えようとした時だった。

 その声が聞こえたのは――


 「――いい加減、素直になっちまえよ!」


 驚いて声がした方を見てみれば、そこには床に立ち膝で座りながらボクを鋭い目で見る木村君の姿があった。


     4


 「全く、ここ最近の部長は見れたものじゃねえんだよ!ことある事に千羽池の方を見つめたり、昔の部活の写真集ばかり開いて見てやがるし、話し掛けても上の空。ずっとここに心あらずって感じじゃねえか!」

 ボクを睨み付けるようにして、木村君は言葉を続ける。

 その態度や言葉遣いには、いつもの浮ついた雰囲気が一切無かった。

 こんな木村君を見るのは初めてだった。

 その態度や言葉の真っ直ぐさに、ボクも麻美ちゃんも言葉を返す事が出来なかった。


 「誰の事を、何の事を気にしているか知らねえが、自分の思う通りにしてみろよ!」


 「え……」

 その言葉にボクは戸惑う。それで言葉を返す。

 「ボクはこの学校の生徒で、写真部の部長なんだよ……?だから、きっとボクだけが身勝手な事を、自分の想いだけで行動しちゃいけないと思うんだ……」

 「ああ、もう!」

 木村君が苛立ちげに、茶髪の頭を搔いてから言った。


 「それで毎日、毎日、目の前で溜息吐かれて、塞ぎ込んだような顔を見ているこっちの身にもなりやがれ!俺はな、あんたのそういう顔が見たくて、ここに来ているんじゃねえんだよ!」


 「木村君……」

 彼を見つめる。

 「後の事は気にすんなよ!俺達でどうにかしてやるから!あんたはさっさと行け!」

 「ボクはボクの想う通りにしてもいいのかな……?」

 彼に問うた。


 「当たり前だろ!」


 彼は笑って答えた。

 その笑顔を見て、ボクは吹っ切れた。

 「木村君に麻美ちゃん!後の事はお願い!」

 ボクはカメラを持つと、走って部室を出た。



 走る。

 文化祭の人混みを、声や音を掻き分けて。

 背中を押されたから、ボクはもう迷わない。


 ボクはボクの心の想うままに――

 ――ただ、ただ走る。


 校門を出て、街を抜けて千羽池を目指す。

 千羽池の秋祭りが行われている神社には屋台が並び、文化祭以上に多くの人に溢れていた。

 その中に悠さんの姿を探す。

 見つからない、見つけられない。

 やっぱり悠さんは、日本に帰ってきていないんだろうか?

 神社から少し離れた路地で一息を吐いた。

 ずっと走りっぱなしだったので、かなり汗も掻いていた。

 少しずつ夕暮れに染まる空を見上げて、荒い息を整える。

 悠さんはどこにいるんだろう?


 ――ふと、視界に映る空の中に黒い鳥が掠めた。


 鳥が飛んで来た方には、神社の裏手の森に続く小道がある。

 何かを感じて、ボクはその小道を行く事にした。

 この道は神社の大通りから、外れているので秋祭りの最中でも人の姿は見えなかった。

 歩き続けていると、森の奥の小道が途切れる場所に着いた。

 そこにあるのは、小さな社。


 そこに――そのひとはいた。


 「悠さん!」

 去年と同じコートを着込んだ背中に呼びかける。

 そのひとが――悠さんが振り向いた。


                   続く


挿絵(By みてみん)



行かせちゃうですよ!

木村君は行かせちゃったんですよ!わざわざ恋仇の所に!

作者の書いてきた中でも、随一いいキャラだと思います。


ただこの展開は……(笑)

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