十一話 天然な彼女も落ち着かないんです
1
「文化祭の出し物の進み具合はどうかね、山城くん」
十月の上旬、顧問である芳野先生が放課後の部室に顔を出した。
「えっと……そこそこには進んでいると思います!展示会の場所も決まりましたし、今は展示する写真をみんなで選んでいます!」
ボクと麻美ちゃん、それから木村君は部室の長椅子に置かれたパソコンを見ていた。
この学校の文化祭は十月にあり、最近はその準備に追われていたんだよね。
「どれどれ。儂にも見せて貰えるかな?これは、これは……」
芳野先生が、ボク達の後ろから覗き込む。
「ふむ、何やら摩訶不思議な花の写真がまずは沢山……おや、これはお食事の最中かの?虫が花の中で溶けておるな……」
「それは、わたくしが撮りましたオスカルの食事風景ですわ!今は育ち盛りで食欲旺盛ですの!」
麻美ちゃんが自慢げに胸を反らす。
彼女がこれまで撮った写真は、愛花(?)オスカルが中心だった。
晴れの日のオスカル、雨の日のオスカル、曇りの日のオスカル――そこには様々な日の、多様な角度から撮られたオスカルの姿があった。
「オスカルは男前ですから、撮り甲斐がありましたわ!」
麻美ちゃん曰く、食虫花のオスカルは美形(?)であり、日によって憂いを帯びていたり、太陽のように笑っているらしい。
……ボクにはいまいち違いが分からないけれど、花の表情が分かるなら麻美ちゃんは凄いと思う。
「そうかね、なかなか面白い写真ばかりじゃの」
芳野先生は、普段の細い目のまま頷いた。
2
「次は……なかなか際どい写真ばかりじゃの」
別のファイルを開くと、そこには様々な女の人の胸元や太腿、足首や首筋の写真が並んでいた。中にはボク達の学校の制服を着ているものもある、別の学校の制服のものも多数。
「これを撮ったのは、誰かな?」
「あ、俺っす~!」
木村君が手を挙げる。
「いや~上手く撮れているでしょう?色々、苦労したっす!プライバシーに配慮して勿論、顔は写らないようにしてますし~」
そうなんだよね。木村君の写真は、実はズームなどを駆使して撮られたもので編集はしていない。それなのにも関わらず顔は写らずに、それでいて身体のパーツをキチンと強調した形で撮られているんだよね。
……ある意味、凄い技術だったりする。
「確かに出来は素晴らしいの。よく、これだけのものを撮れるものじゃ」
階段下から撮られたと思われる写真を見て、芳野先生は顎を撫でた。
その写真はある女子生徒が、階段を同じ学校の男子生徒と手を繋いで階段を登っている所を収めたものだった。
木村君の写真は、その女子生徒のスカートの裾と太腿が際立つような構図になっている。
上手く言えないけれど、妙な感じのする写真だった。
太腿の写真なんだけれど、手を繋いだ男子と写り込んでいる事で色々な事を連想して艶やかに見えてしまう。
「これは、あくまで俺の勘ですが……コイツらもうヤッテます!」
木村君が写真を見ながら、頷く。
や、ヤッテるって……つまり、え、ええ――!
「まさかそ、そんな事がですわ……」
言葉の意味を理解して、ボクと麻美ちゃんは顔を赤くして俯く。
「ふむ、木村――」
「――なんですか、先生?」
芳野先生と木村君が顔を見合わせる。
「後で職員室に来なさい。そこで反省文を書きなさい」
「あ、そうですか。って、ええ――!」
木村くんが驚きの声を上げる。
「なんでですか!」
「確かに素晴らしい写真じゃが、色々問題ありじゃ。少し学生として、考え直すといい」
「そんな……」
木村くんが項垂れた。
3
「この感じは……山城くんかの?」
街の風景や空の写真を見て、芳野先生が尋ねた。
「そうです!」
ボクは頷く。
「一番、正統派の写真じゃな。それにしても前々から思っていたのじゃが……山城くんの写真は以前、この部活に所属していた生徒のものと雰囲気に似ている気がするの――」
「――それって」
「どこに仕舞ったか……」
先生が部室にある棚を漁る。暫くすると、一冊の写真集を取り出した。
その写真集を机に置くと広げる。そこには過去の部員達が撮ったと思われる写真が載っていた。
あるページで芳野先生の手が止まる。
そこに載せられたいくつもの写真を見て――ボクは思わず息を飲んだ。
それらはボクの知っているひとのものだと思った。
月代悠さんのもの。
移りゆく季節の写真やそこに住む人々、朝、昼、夜――色々な色合いの空の写真。
以前に会った時に見せて貰った写真の数々に、構図やテーマが似ていた。
悠さんがこの部活に所属していた事は聞いていたけれど、こんな所に写真が残っているとは思わなかった。
「確かに、栞さんの撮る写真と似ている感じがしますの……」
麻美ちゃんが呟いた。
「これを撮った生徒は写真が好きで、山城くんのようによく撮りに街で出ていたかの。賞を受賞した事もあったか。確か今は、プロのカメラマンになっていたと思うが」
芳野先生の話を聞きながら、胸に手を当ててボクは目を閉じた。
――悠さんとの、繋がりを感じて。
「……」
だから、そんなボクを見ている木村君の事に気が付けなかった。
4
――写真を撮ってきます。
芳野先生にひと通り写真を見せた後、ボクはそう言って部室を出て街へと赴いた。
木の葉が黄色、紅葉へと変わった色とりどりの街を歩く。
カメラは持っていたけれど、撮る事は殆ど無かった。
ボクはただ、あのひとの姿を探していた――悠さんを探していたんだ。
悠さんが、かつてカメラを持って歩いていた街の中で。
悠さん、悠さん――あなたは何処にいるんだろう?
秋に入ってから心が落ち着かない。
いつだって出会った時のように、不意にまた逢える気がして。
そう――信じている。
話したい事が一杯あった。写真の事や学校の事とか。
でも――不安でもあった。
気が付かない内にすれ違ってしまいそうで。
それが怖かった。
ボクは色とりどりの世界の中で、悠さんを探していた。
次回から二回は連続回になる予定です。
栞ちゃんは悠さんと会えるのか?木村君はどうするのか?
大きな山場になると思います。




