九話 彼の夏休み
1
アパートの窓から差し込む日照るような光で目を覚ます。
ベッドサイドに置かれた時計を見る。
時計の針は十二時過ぎを指していた。
――熱ちぃ。
連日続く、ウダルような暑さの所為で身体が汗ばんでいた。
俺――木村良太はベッドから身を起こしてタオルを取ると、風呂場へと向かった。
蛇口を捻り、熱い湯を浴びる。
本当は冷水でも良かったが、俺は熱い方が好きなのだ。
シャワーを浴びていると、寝起きで茫とした頭が冴えてくる。
学校が夏休みに入ってからというもの、酷く気怠い日々を送っていた。
昼過ぎに目を覚ましてからダラダラして、暑さが和らぐ夕方頃にメシを食べに出る。そのまま帰ってきて深夜になるまで、携帯を弄ったりして過ごすだけ。
何をやっているんだろうね?
去年は何をしていたっけ?
思い出す。
あ、そうだ。適当に引っ掛けた女子大学生の部屋に入り浸っていたんだっけ。
田舎から出てきたけど友達も出来ず、街でウロツイテいたヤツ。
俺は親はいるが、金だけ渡されて放任されているようなものなので何も問題無かった。
適当にデートして、適当に抱き合って。
十月頃に彼氏が出来たとかで別れたんだよな。
まあ、どうでもいい。
シャワーを浴びた後、身体を拭きながらテレビを点ける。
画面に映るのは毎年恒例の高校野球。
全くこのクソ暑い中、よくやるよ。
何を夢見て、あんな事やれるのやら。
部活ねえ。俺自身も今は写真部に所属しているが、部員のひとりが海外に行っているので、今年の夏休みの活動は無い。
元々、殆ど部員がいないから、まあこんな事もあるんだろう。
でもそれじゃ――部長と会えないだろうが。
俺は、何をやっているんだろうな。
別に適当に口実を作って、会いにいけばいいのに。
溜息を吐く。
それが――簡単に出来たら、どれだけいいだろうか。
2
時間を持て余している俺は、夕方を待たずに街を出た。
ただの気まぐれだった。
部屋の中ばかりにいた所為で気が付けなかったが、風の吹く街は日差しこそ強いが、案外涼しい。
空を見上げれば青く、雲は白い。
建物の影に入って眺める。
悪くない。
よくよく考えれば自分の目の前を過ぎる人間達や、ソイツ等や俺がいる街は、何時だって同じ訳じゃないんだよな。
ああ、こんな事を考えるようになったのも――アイツの影響だろう。
地味だけどそれなりに可愛い顔をしていて、いつも写真を撮る事に夢中で、コッチも想いに気が付きもしないアイツ。
ああ、クソ。
あの、ニブチンめ。
そんな風に毒づきながら、俺は携帯のカメラを向けると街の風景を撮り始めた。
以前はやりたい放題して過ごして、掃き溜めのようにしか思えなかったその場所を。
写真を何枚か撮った後、野外の店の軒下で冷えた冷やし中華を食べた。
3
メシを食べた後、街を歩いた。
ただ、アテも無く。
強いて言えば――部長と会えたらいいな、と思った。
彼女の影を探して街を行く。
彼女は今、何処で何をしているだろうか?
いつものようにカメラを持って、写真を撮っているんだろうか?
会いたい、と思った。
ただ、会いたいと思った。
そうして千羽池まで来た時、彼女はいた。
ソフトクリーム屋の傍に、ひとりでいる。
赤いネクタイ付きのブラウスと黒のチェックのスカート。そこに首から下げたデジタルカメラ。
出会えた――その充足感が胸に込み上げてくるのを感じながら。
どう、声を掛ければいいのか迷った。
これまで女にどんな風に声を掛けるかなんて迷った事なんて無いのに。
アイツはいつもそうだ。
俺の心を迷わせる。
俺の胸を高鳴らせる。
ただ、そこにいるだけなのに。
「お、部長じゃないですか~奇遇っすね。今日も写真ですか?」
結局、いつものように声を掛けた。
「久しぶりだね、木村君!」
彼女は俺を見ると、いつものように微笑んだ。
「ホント、久しぶりっすね!いや、俺としては部長と会えなくて寂しかったですわ。ところで……今、暇なら俺とデートとかしません?いや~俺、今は暇でして~」
言葉を並べる。
今の胸の高鳴りを鎮めるように、やもすれば想いを剥き出しにしてしまいそうな自分を押さえ付ける為に。
「テメー、ウチの姉ちゃんをナンパしてんじゃねえぞ!この、軽薄茶髪野郎!」
ふと声が響いた。
そして――凄い衝撃が俺を襲った!
倒れ込みそうになりながらも踏み堪えると、振り返る。
そこには地面に倒れ込む小学生くらいのガキがいた。
この野郎、俺に全体重を掛けて蹴りやがったな。
結構、痛かった。
どうしてくれようか、と睨み付けるがソイツも俺を鋭く睨んでいて引かない。
視線を合わせて睨み合う。
「雄太、大丈夫だよ!このひとはボクと学校のクラスメイトだから……」
部長がガキを見て言う。
「本当?姉ちゃん」
雄太と呼ばれたソイツは、起き上がると俺から部長を守るように俺達の間に立つ。
姉ちゃん、ねえ。
要するに、このガキは部長の――
4
「――この子はボクの弟で雄太っていうんだよ」
「そうなんですね~」
文字通り衝撃的な出会いの後、俺達は三人で喫茶店に入った。
部長と隣り合って座る雄太と向き合う俺。
「俺は姉ちゃんと同じ高校の木村良太。よろしくな~」
声を掛けるがフン、とソッポを向かれる。
「雄太、ダメだよ。挨拶くらいしないと」
そう言って、雄太を宥める部長。それでも雄太は態度を変えない。
「しかし今、思ったんですが、ふたりってあんまり似てないですね~」
それはさっきからふたりを眺めていて思った事だ。
「それはね――」
部長が事情を話してくれる。
親同士が再婚した事でふたりが、血の繋がらない姉弟である事を。
――成程。
コイツなりに部長の事を――
だとすれば、それは中々。
俺なりに色々、恋愛沙汰を覗いて見てきたからこそ感じるものがあった。
それにコイツと共感するからこそ、分かるのだ。
これは、仲良くなれそうにないなと思った。
俺達が部長に向けている想いは、きっと同質のものだから。
俺達の間で、何も知らない部長だけがなんとか俺達の間を取り持とうとしていた。
少しは色々、判れ。
この、朴念仁。
栞ちゃんは案外、罪作りですね(笑)
作者的には高校生になった頃の雄太がある時。
20歳を越えて今よりぐっと大人になった栞ちゃんの、ふとした仕草に大人の女性の艶やかさを感じてしまい、自分の姉への想いを強めてしまい――
「――俺は、そうだ。ずっと姉ちゃんを」
そんな雄太に想いを寄せる同級生とかいたら……修羅場だな。
いや昔、そんな話を書いたんですけどね~
次回は夏休みが終わり、秋--近づいてくる秋祭りの前のお話となります。




