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ALLEGROSSO  作者: GALA
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(7)色々事情が、って言われても

「え、俺さっぱり理解できないんだけど。恵太おじさんは親戚でもなんでもないんだよね?」

「あのね……びっくりしないでね。お母さん……本当は、恵太おじさんの子供なの」


 びっくりするな、っていう方がおかしいだろう。びっくりしすぎて声が出なかった。恵太おじさんは確かに今はお祖母ちゃんと住んでるけど、お祖父ちゃんの親友だったし、お母さんも父さんと結婚する前は米田だったはずだ。


「……え?」

「色々ね、事情があったのよ……それでね、お母さんが正式に恵太おじさんの娘として、と言っても戸籍上は養女なんだけど、親子になるの。お父さんは、村山家に婿入りする形で村山姓になるから、あなた達も村山佳之、村山琴音になるの。わかる?」


「わたし、わかんない……」

「ちょ……母さんが恵太おじさんの子、って血の繋がった、ってこと?」

「そうよ。ね、お母さんのお尻に蝶々の形したアザがあるの、覚えてる? 小さい頃お風呂の時いつも、ママのチョウチョ、って言ってたでしょう」


「うん」

「あれね……恵太おじさんのお尻にもあるんだって。そして琴音、あなたのお尻にもアザじゃなくて『白抜け』の白いチョウチョがあるでしょう」

「うん、わたしにはよく見えないけど……あるんだよね?」

「ええ。それが村山家の遺伝らしいの。あなた達は恵太おじさんの本当の孫なの」


 それから母さんは、古びた卒業アルバムを出し広げた。

「ほら、これ米田のお祖父ちゃんね。わかる? ――そしてこれが、恵太おじさん」


 お祖父ちゃんの、「米田 真太郎」と書かれた写真の2つ左の「村山 恵太」と書かれた写真を見て、俺は絶句した。

「え、これ、お兄ちゃん、じゃないの?……え?」

 琴音が写真をじいっと見て、ゆっくりと俺を見た。


 そこに写っていたのは、俺――恵太おじさんなんだけど、俺そのもの、だった。

 しばらく写真から目が離せなかった。橋口も、恵太おじさんを最初に見た時、俺にそっくりだと言ったのを思い出した。

「そっくりでしょう」


 混乱……聞きたいことがありすぎて何から聞いたらいいのかわからない。とりあえす思い浮かぶものから聞こう。


「じゃ、じゃあ、お祖母ちゃんはなんなの」

「お祖母ちゃんは、お母さんのお母さん。あなた達ともちゃんと血の繋がったおばあちゃんよ」

「え、じゃあお母さんは、恵太おじさんとお祖母ちゃんの娘なの。お祖父ちゃんはなんなの」

「そうね、お母さんはあの二人の娘。お祖父ちゃんは、お母さんを育ててくれたお父さん」

「恵太おじさんとお祖母ちゃんって結婚してたの」


 母さんは、少し困った顔でチラリと琴音を見た。

「その辺のことは……いずれ、あなた達がわかる時が来たらちゃんと説明するから」

「……わかった」

 そう言うしかなかった。言葉を濁したってことは、結婚はしていなかった、ということなんだろう。


「学校には」

「ああ、苗字変わること? 一応届け出るけど卒業までは広瀬川でいいのよ」

「よかったあ! 苗字かえたら皆うちが離婚したかと思っちゃうもんね。わたしは中学からってことね」


「そうよ。じゃあ、そういうことで。まだ聞きたいことはあるだろうけど、今日はこれくらいにしとこう、ね」


 ムラヤマ、ヨシユキ。来年1月から、って結構急だな。約2か月後か。


 ヒロセガワ……そっか、父さんは男兄弟の3男だしあっちも男の従兄弟3人いるから、俺がヒロセガワを継がなくてもいいわけだ。恵太おじさん……おじいちゃん……いや、やっぱおじさんだな。おじさんは、確か身寄りがないって言ってたから、本当の娘の母さんがムラヤマを継ぐ……や、別におかしい話じゃないのはわかってる。わかってるんだけど……




 俺だってもう、どうしたら子供が出来るかくらい知ってる。



 お祖母ちゃんと……恵太おじさん――嘘だろ? 



 お祖母ちゃんの若い頃の写真を見たことがある、美人だった。今でも歳の割には綺麗な方なんだろうけど。そりゃあ、恵太おじさんがお祖母ちゃんの事好きだったって言ったってしょうがないよな、って思うくらい。恵太おじさんの若い時の写真も、今よりスラッとしててかっこいい感じだった。

 お祖父ちゃんと取り合ったのかな……なんで、恵太おじさんと結婚しなかったんだろ。


 考えれば考えるほど、頭の中がグチャグチャになっていった。


 部活に行く用意をしていたら、父さんが部屋に入ってきた。

「佳之、あと進路のことだけどな」

「ああ、うん」

「決めたか?」

「……」


「この前は一家で引っ越そう、って話だったけどな、事情が変わった。行くとしたら父さんだけだし、お前はどっちみち灘高なら寮に入るという事は変わりない」


「俺……なんで灘行く前提なの」

「嫌か? 一生のうちのたった3年だぞ?」

「まだ、考えとく。なんで母さんと琴音は行かないの」

「うん……ま、これからどうなるかわからないけど、恵太おじさんが倒れちゃっただろ。だから、しばらく遠くへは行けないんだ。……さ、用意できたら昼ご飯、お前のだけ先に作ってるってよ。食べなさい」

「うん」


 灘……なあ。進路のこと考える時、なんでか橋口の顔が浮かぶ。


 俺は無言で昼食のスパゲッティをかき込み、平日以外の部活動に許可されている自転車に乗って学校へ行った。頭の中は相変わらずお祖母ちゃんと恵太おじさんの若い頃の姿と、悲しそうな顔のお祖父ちゃん、そして赤ん坊の姿の母さん、更に俺そっくりな恵太おじさんの中学の時の写真が、ぐっちゃぐちゃになってぐるぐる回っていた。


 色々事情が、って言われてもなあ。便利な言葉だよな。


 シューズを履き替え、キュッと靴紐を結ぶ。ストレッチしてウォームアップして、白線を引いて、コーンを置く。


 スタートラインに立つ。首を回し、手首をブラブラ、足首をキュッと伸ばしては回し、回しては伸ばす。空を、見上げる。ああ、秋の空だな…… 

 自分のタイミングで、心の中の号砲を鳴らす。セット――パアァン。


 風を切る、って言うけど、俺は切るよりも風と一緒になる感覚のほうが好きだ。100m3本目には、頭の中は真っ白になった。

 そのままの勢いで、200mを3本走って倒れ込めば、空に浮かぶ雲に手が届きそうだった。飛んだ、今、俺飛んだわ。


 乳酸。足に乳酸。ふざけんな、大人はなんでそんなに勝手なんだよ。ははっ、乳酸関係ねえし。


 何が来年から苗字変わります、だ。有無を言わさず、じゃねえか。 

 何が灘高だよ。絶対、行かねえからな。東大行けって言うなら行ってやるよ、春山からあ!


 「わあああああああーっ!」


 目の前に広がる空に向って叫んだ。遠くにいたヒデノリがびっくりして駆け寄ってきて、ドリンクの入ったペットボトルを差し出し、どうしたんだよ、と隣に座った。俺は起き上がってボトルを受け取ると、喉を鳴らして飲んだ。


「なんか、あった?」

 ニッコリ笑って聞くヒデノリ、こういうの女子だったら惚れるよな。

「あった」

「なんだよ」

「……言えねえ」

「バカ、じゃあ言うなよ、気になるじゃん。わかった、告られたとか」

ちげぇよ、バーカ」

「橋口と仲いいじゃん、最近」

「関係ねえし」

「へえ」

 ニヤニヤすんな、バカヒデノリ。


 呼吸が整ったから、ヒデノリを付き合わせてまた200mを3本走った。200なら負けねえ、全然負けねえ! ヒデノリはやっぱスタミナあるのか、3回目はちょっとやばかったけどギリギリ勝った。


 練習が終わって真っ直ぐ帰るのが嫌だったので、ちょっと遠回りして橋の向うの本屋に行った。ざっと一通り見てまわったあと、入試対策問題集のコーナーで、灘高の過去問集を手に取って眺めていた。すると不意に「膝カックン」され思わず、わっ、と声をあげてしまった。


 振り向くと橋口が私服姿で、声を殺して笑っていた。

「なにしてんだよ、ったく」

「ぷっ……あー、おもしろかった」


 俺はその手にあった問題集を、慌てて平積みしてあった場所に置いたが時すでに遅し。

「え……もしかして、佳之、灘高受けるの」

「バカ、受けるわけねえだろ。どんなもんかちょっと見ただけだって」

「佳之だったら受かるよね」

「だから……受けねえって」

「だよねだよね! だって遠いもんね。私立は?」

「ああ、まあ一応受けるけど俺は春山だって」


 なんでそんなに嬉しそうなんだ。それって、どういう意味?


「……私、頑張ったら春山、通るかなあ?」

「お前、今全県偏差値どれくらいだよ」

「えー……56」


 内心、今のままじゃ爽生でも無理だろ、とは思ったがそんなこと言えるわけがない。

「頑張れば何とかなるだろ。まだ1年以上あるし」

「そ、そっかな……ははっ、自信ないけど」


「あ……恵太先生さ……1ヶ月くらい入院するってよ。どうする?」

「え、どこか悪いの?」

「ちょっとな」

「どうするもなにも……美晴先生は?」

「ああ、まあ普通にいる、はず」

「それなら、行くよ。数学は佳之が責任もって教えてくれるってことで」

「なんだよそれ。俺にだって自分の宿題あるんだけど」

「大抵すぐ終わってるじゃん、大丈夫だって」

「大丈夫、ってお前が言う立場じゃねえだろ」


 橋口はクスクス笑ったけどすぐに真顔になった。

「恵太先生、早くよくなるといいね……私ほら、お父さんいないじゃん? だから、恵太先生はお父さんっていうには歳だけどちょっとなんかね、先生と話すの嬉しいんだ。優しくってさ……」

「……」


 こいつに、恵太おじさんが俺の本当の祖父ちゃんだったって言ったら……びっくりして、ほらやっぱり、って言うだろうな。最初の日、一目見ただけでで似てる、って言ったもんな……こういうのって、他人からのほうがよくわかるのかもしれない。

 それにしても、恵太おじさん退院してきて会う時、どんな顔すればいいんだろな。お祖父ちゃん、って呼ばないといけないのかな。米田のお祖父ちゃんに悪い気がして……


「佳之? どうしたの?」

「……え? や、別に」

「あ、ヤバ、もうこんな時間。じゃあね、私帰る。バイバイ」


 手をぱっと広げて振られ、つられて俺も手を振った。橋口はレジで何か雑誌を買って帰っていった。


 俺はまた、灘高の過去問カコモンを手に取る。長い人生のうちのたった3年、って言われても――大人になったらそう思うかもしれないけど、今の俺らにとってこれほど大きな3年はない。子供から、大人になるイメージ。俺だって、ヒデノリだって……橋口だって皆この3年ですっげえ変わっていくんだよな……


 ――とりあえず、だ。


 俺はそのままレジに並んで、問題集を買った。


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