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ALLEGROSSO  作者: GALA
2/11

(2)名案だと思ったのに

 家に帰って学校からもらったプリントを「佳之」と書かれた箱に入れる。母さんは大学の講師をしていて自分関連のプリントも多いから、こうやってきちんとわけてないとわからなくなるらしい。

 

 「進路調査票」――もう、そういう時期なんだな……まだ早いような気もするけど。よくわからないけど、父さんや母さんは「灘高行ったら」なんて気軽に言ってくれる。兵庫か……当然、寮だよな。

 そりゃ地元で一番いい春山高校でもいいけど、東大行きたいならちょっとなあ。東大……俺、別に行きたいわけじゃないんだけどな。将来何になりたいとかもまだ決めてないし。

 父さんが言うんだ、「お前なら行ける、行けるんなら目指せ」って……俺、どうしたいんだろな。


「母さん、これ」

「ああ、置いといて。それよりさ、賞状見せてよ」

 俺は無造作に4枚まとめて丸めたままの賞状を、ポン、と投げた。


「ちょっと、何投げてんのよ、もう……なになに、200M走 優勝。ああ、これね、恵太おじさん見に行ったやつ。それから書道……授業で書いたやつ? へえ、すごいじゃない。あ、これは美術展ね。おお、金賞。で、最後が読書感想文……審査員特別賞! すごい、佳之、こんないっぱいもらって偉かったね!」

「……小学生かよ」

「ふふっ、じゃあこれまたファイル入れとくね」


 俺は母さんの部屋を出て行こうとしたが、ちょっと、これは、と呼び止められた。

「ねえ、進路調査……どうするの」

「さあ、春山でいいんじゃね」

「灘は?」

「そんなん、逆に恥ずかしくて書けるかよ。誰かに見られでもしたら俺、死ぬわ」

「あ、ま、そうだろね。わかった、じゃあ春山にしとこうか」



 俺は返事もせずに母さんの部屋のドアをバンっと閉めた。なんで親と話すとこんなイライラするんだろう。親から離れて寮暮らしもいいかもな。こういう鬱陶しさがなくなるってことだろ。


 次の朝、そのプリントを提出した時、何人かの女子に見られた。

「へえ、広瀬川君、春山なんだ。余裕じゃん」

「県外のさ、超難関進学校行くかと思ったよね」

「いいだろ、別にどこだって」

「もったいなーい、頭いいのに」


 うるさい女子達はキャラキャラ笑いながら遠ざかって行った。その笑い、どういう意味だ?


「へえー佳之、春山とか普通すぎやん」

 ヒデノリが後ろから覗き込んできた。友達が少ない俺にとって貴重な親友だ。陸上に誘ってくれたのもコイツ。


「ヒデノリは」

「オレは爽生。陸上続けるし」

「いいなあ……」

「何、お前高校入ったらしないの」

「春山、陸上指導者いないらしいしな。顧問も毎年変わるって」

「ああ……ただ走るだけじゃなあ。でも、県外の超進学校とか行ったら走るどころじゃなくね」

「そりゃそうだろうけどな。行くわけないだろ、県外とか」

「そうなんや……お前も爽生にしろよ、一緒に陸上やろうぜ」

「ははっ、考えとく」


 そうなんだよな……走るの、好きなんだけどな。




 掃除時間、階段を箒で掃いていると下から橋口がプリントの束を胸に抱えて昇ってきて目があった。

 無言でやり過ごそうと思ったが、橋口が俺の横を通り過ぎながら聞いてきた。


「佳之、春山なの?」

「ああ」

「そっかあ……そうだよね。でも県外には行かないんだよね?」

「まあな。わからんけど」

「えっ……塾とか行ってんの?」

「別に」

「私さあ……春山行きたいけど成績がね。それにほら、うち母子家庭だからさっ、塾とか行けないし。爽生でも行ければいいけど、もう一個ランク下げないとだめかもなあ」


 何一人でペラペラ喋ってんだ、こいつは。

「まだ時間あるんだから、勉強すればいいだろ」

「はっ、これだから天才君は。この世にはね、勉強すればできる奴と勉強してもできない奴といるんですよっ」


 何でか知らないけど、逆ギレしながらまた階段を上って行った。そんなこと、わかってるけど何とも言いようがないだろ。

 俺だって……橋口が行くんなら、普通に春山にしたっていいんだから。勉強しろよ。



 何日かしてまた、お祖母ちゃん家に帰った。今日は中1女子が二人……去年までは普通に小学生組だったのが、そのまま残ってるパターンの奴らで、お互い「リア」「ミュー」って呼び合ってる。本名は知らないけど、俺らと同じ中学だ。リアの方はちょっと、かわいいかもしれない。橋口なんかと違って、大人しい。


 中学生になったのでリビングのテーブルで英語の勉強をしているようで、向いにお祖母ちゃんが座って教えている。


 ――そうだ、橋口もここ来たらいいんじゃないかな……月謝って、確かおやつ代くらいしかもらってないって言ってたし。


 夕飯の時お祖母ちゃんに相談すると、佳之の友達なら大歓迎よ、と案内のプリントをくれた。平日は7時までならいつでも来てよくて、月謝3,000円。但し、受験は対応していません、か。まあいいわ、何もしないよりはマシ。恵太おじさんも協力してくれるって言ってくれた。


 次の日の昼休み、橋口にプリント渡そうと教室のぞいたら丁度廊下側の窓際にいたから、その窓から「これ、やるわ」とプリントを放り入れた。

「なにこれ」


しばらくプリントを読んでいたが

「で? これがどうしたって?」


 俺は、橋口が喜ぶと思ったんだ。だけど、その口調はちょっとキツく聞こえた。


「や、それうちの……」

「バカにしてんの?」

「は? してねえし! お前が昨日言ったんだろ、塾行けないって。だから……」

「こんなさあ……こんな金額でやってるとこ、いいわけないじゃん! うちが貧乏だからってバカにしてんの? それにほら、受験対応してないって」


 俺は橋口が言い終わらないうちにその場を立ち去った。自分でも、顔が赤くなってるのがわかった。怒りというよりも、急に恥ずかしくなったんだ、俺……上から目線じゃなかったか、って……いや、もちろんそんなつもりはなかったんだけどな。でもあそこで謝ったら「バカにしてました」って言うようなもんだから逃げた。


 午後の授業は、橋口の怒った顔ばかりが頭にちらついて、全然頭に入らなかった。おい、数学ここ大事な所なのに……帰って恵太おじさんに聞こう。

 体育のバスケも、イライラしてるのにボーっとしてて何度もボールを取り損ねた。


 バカにしたつもりなんかなかったんだ……ただ、ちょっと、一緒に勉強できたらいいな、って……




 うまくいかねえな。くそっ。


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