(1)お祖母ちゃんの家
ムーンライトノベルズ「朝霧」の登場人物の孫・佳之の物語です。
本編を読まなくてもある程度は楽しめるとは思いますが、人物背景などは本編をお読み頂いた方がわかりやすいかと思います。
R指定はございません。
「表彰状、審査員特別賞 2年 広瀬川 佳之 第29回 全日本読書感想文コンクールにおいて……」
校長が、恭しく賞状を差し出すのを、右、左、と腕を伸ばし受け取り、1歩下がり礼をし回れ右をして紙を半分に軽く曲げ左手に持ち、ステージを降りる。
もう、うんざりだ。今日はこれで2回目。一連の動作も、ほぼ無意識。
「あ、広瀬川君、ごめん。もうあと2枚ある、一番前に座っといて。あ、賞状先生預かっとくから」
担任の古長先生が、列に戻ろうとした俺を小声で引き留め、賞状を俺の手から取った。
始業式とか学年集会の度に、何かしらの表彰があって……めんどくせえ、俺の分はあとでいいからまとめてくれよ。
再び呼ばれ、校長の前に行く。今度は何? ああ、1学期に授業で描いた絵か。何の賞だか知らないけどもうどうでもいい。そして、立て続けに今度は、夏休みに出た県の陸上記録会200m1位の賞状と盾……
賞状や盾なんか家に持って帰ったって、陽の目は見ない。いらないんだけどな。父さんも母さんも、なんかもうこういうの当たり前みたいに思ってる。たまに「親が賞状を額に入れて飾ってくれた」なんて言う奴いるけど、信じられない。そんなこと、一度もない。一応ファイルには綴ってくれているらしいけど、どこにあるか知らない。
やっと出番が終わって、元いた場所に座る。横にいた橋口 菜摘が肘でつついてきた。
「相変わらずすごいですねえ、佳之」
決して誉めているようには思えない、ちょっとバカにしたように笑う。そんな風に笑われる筋合いねえだろ、表彰されてんのに。
「うるせえ、前向いとけ」
「なんかさあ、ダルそうにしてるの、かっこ悪いよ」
「……るせぇ」
橋口は、小学校は違う所で去年同じクラスだった。今年は隣のクラスで、丁度出席番号が同じだから、こういう時必ず隣になる。口うるさくてお節介だ。たまに助かることもあるけど、大抵は余計なお世話だったりする。
どうせ家に帰っても誰もいないので、お祖母ちゃん家に行く事にした。お祖母ちゃんは、放課後親が仕事でいない子供達の為に自宅を開放している。ほとんどが小学生だけど、中学生になっても続けて来てる奴もいた。
俺も結局親は仕事でいない方が多いし、たまに夕飯まで食べて帰れ、って言われるからその時は妹の琴音とお祖母ちゃんの作ったご飯を食べて宿題して……その後、お祖母ちゃんと一緒に住んでる恵太おじさんが家まで車で送ってくれる。
お祖父ちゃんが亡くなったのは、俺が小学校3年生の時だったかな。恵太おじさんはお祖父ちゃんの親友で、会社でもずっと一緒に働いてたらしい。なんでその人がお祖母ちゃんと住んでるのかわからないけど、母さんも赤ちゃんの頃からお世話になってる大事な人だから、あなた達も仲良くしてね、って言われてる。
恵太おじさんは……ちょっと不思議な人。どこが、って言われてもわからないけど。強いて言えば……魔法が使えるんじゃないかな、って時々思ってしまうような。
「ただいま」
「あら、佳之、お帰りなさい。おやつあるわよ」
洗面所で手を洗い、リビングのテーブルに座って、お祖母ちゃんが作ったマフィンを食べる。リビング横の部屋は小学生が6,7人いて、庭にもちっこいのが3人位と恵太おじさんがいる。
あいつらは基本、リビングには入ってこない。こっちに座っていいのは俺と琴音と、たまに来る中学生だけだ。今日はいないけど、中学生はこっちで宿題して英語や数学のわからない所は質問すればお祖母ちゃんと恵太おじさんに教えてもらえる。俺はほとんど聞いたことはない。学校の宿題なんか簡単すぎてつまらない。
「お祖母ちゃん、琴音は?」
「ふふっ、今日久し振りに学校行って疲れたみたい。私のベッドで寝てるわよ」
「へえ、珍しいな……あ、お祖母ちゃん、俺今日賞状4枚もらったよ」
「まあ、4枚も! すごいわね。自慢の孫だわ」
「別に。たいしたことないし」
そんなに大袈裟に褒められると、ちょっと自慢したみたいになって恥ずかしくなった。わざとぶっきらぼうに言ったら、おばあちゃんはフフッと笑ってまた夕飯の用意を再開した。
俺、この家好きだ。
なんていうか……学校いる時みたいに周りからチヤホヤされたりとか妙に期待されたりとかしない。楽なんだ。お祖母ちゃんもいい感じで放っといてくれる。
恵太おじさんには、親にも言えないような事までついしゃべってしまう。友達と喧嘩した事、先生に怒られた事とか。優しい顔で静かに聞いてくれる。ただそれだけなのに、すごくすっきりする。
親が迎えに来て小学生が一人、二人、と帰って行く。最後の子は恵太おじさんが車で送って行ったので、その間に夕飯の準備をする。お祖母ちゃんに言われて琴音を起こしに行った。
「琴音、起きろ! お前なあ、5年生にもなって昼寝とかするなよ」
「……んもう……いきなり大声出さないでよ。わかった、起きるってば」
琴音はむくり、と起き上がり目をこする。
「あ、やった、この匂いはカレー! お祖母ちゃんのカレー、好きなんだあ」
……ったく、能天気だよな。
お祖母ちゃんのカレーは、市販のルゥを使わないで香辛料だけで作るから結構辛いんだけど、病みつきになるほど美味い。俺も好き。
恵太おじさんが帰ってきたのでテーブルに着き、いただきます、と言って食べ始めるが、恵太おじさんだけは胸の前で手を組んで少しだけブツブツ何か唱えて食べ始める。改めて聞いたことはないけど、クリスチャンらしい。
「佳之、今日また賞状たくさんもらったんだって?」
「ああ、うん。感想文と絵と書道と、陸上の。ほら、夏休みおじさんが見にきてくれたやつ」
「ああ、あの時の。あれはいい走りだった、よかったな」
「お兄ちゃんはいいよね、いっつも賞状一杯もらってさ」
「別に。あんなのいっぱいあったってしょうがない」
「いえいえ、すごいことなのよ。佳之は何でもできるのね。琴音もこの前ピアノコンクール、賞状もらったじゃない」
「そうだけど……作文とか絵とか苦手だもん」
「いいんだよ、琴音には琴音のいいところ、いっぱいあるっておじさん知ってるよ」
「……そっかな、えへへ」
琴音はいい意味で能天気だ。小さい事は気にしない。自分のやりたいことは一生懸命やるから人よりできるけど、したくないことは全くしない。学校の宿題も、ろくにしてないらしいけどテストの点はいいらしい……って言っても5年生だろ。目ぇつぶってたって解けるよな。
「こんばんはー、遅くなってごめん」
「あ、ママ来たあ! お帰りー!」
「ただいま、もうご飯食べた? カレーでしょ! ちょっとさ、ママにも食べさせてよ」
「うん、じゃあ荷物準備しとく」
琴音は母さんが大好きだ。俺に対する口調と母さんに甘える口調とでは全然違う。
「美歌、佳之ねえ、今日賞状4枚もらったんですってよ」
「へー! 相変わらずすごいわね。あとで見せてね」
「いいし、別に」
「そんなこと言わずにさ、いいじゃない、見せてくれたって」
「どうせ見てそれで終わりだろ」
「え、いや、ほら、ちゃんとファイルに入れてるし。ああ、またファイル買っとかなくちゃね、もう一杯だもの」
なんかイライラするんだよな、最近。なんで親っていつも無神経なんだろう。忙しがってりゃそれで許されるのかよ。
「じゃあね、お世話になりました。お休みなさい」
「ああ、気を付けて。佳之、琴音、またおいで」
「はーい。 じゃあ、おじさん、お祖母ちゃん、お休みなさい」
「おじゃましました」
俺達が母さんの車に乗り角を曲がる時ふと振り返ると、お祖母ちゃんの肩に恵太おじさんが手をかけて家に入るところだった。お祖父ちゃんが亡くなった時、俺は幼いながらも、この二人仲悪いんだな、って思ってたんだけどな。いつの間にか仲良くなって一緒に住みだして……再婚、するんだろうか。一緒に住んでるってことは、もうそういうことなんだろうか。お祖母ちゃんはもうお祖父ちゃんのこと忘れてしまったんだろうか。そうだとしたらお祖父ちゃんかわいそうだよなあ……