LOAD GAME →森の遺跡にて 残り時間224:30:00
“森の遺跡”。遺跡と言えば聞こえは良いが、その実は廃墟である。苔むした石を煉瓦状に積み上げられて作られた建物に、天井は存在しない。元から無かったのか、崩落したのか。それは定かではない。どちらにしても打ち捨てられて時を経ているのは確かであった。無数の蔦の撒きついた遺跡は、巨大なガジュマルの樹によって森に飲み込まれつつある。
周囲をイバラで囲まれた石の建物は遺跡自体と、それを取り囲む石の街で構成されており広大である。だがこの暗い森の中で唯一、明るい一帯でもあった。
「Great! スタート地点もソウでしたが、ここも凄いです! Cambodiaの遺跡を思い出すます!」
苦しい状況を忘れて、アメリアは思わず感動した面持ちで声をあげていた。
入り口付近の敵はエーシィが討伐したらしく、一行はピクニック気分でダンジョンを進んでいたのだ。
「やっぱり……。毒吐き野郎のせいでレベルが上がらないわね」
思わずティーが愚痴る程に、敵の姿は無かったのである。ナーガホームの懸念点の一つはレベルである。現状の平均レベルは32。これまでのボスはレベルが10、20と上がってきている。そのまま考えるのならば、ボスのレベルは30であろう。
「……妹よ、あまり気にするな。ダンジョン内の敵はフィールドよりレベルが高い。自然と上がっていくさ」
前をティーとバター、後ろをパックとアメリアに囲まれたパフは呑気に嘯いていた。彼は既に覚悟を決めていたのである。鼻歌を歌いながら、道を歩く。
パックは思わずそっちに視線を向けてしまい、足元を疎かにしていた。それゆえ、気付かなかったのだ。彼は迂闊にも足元の雑草に紛れた、茶色い根のような物を蹴っ飛ばしてしまう。
変化は劇的だった。罠が作動し、後ろを歩いていた2人を捕まえんと地面が急激にせりあがる
「うわっ!? な、何だこれは!?」
「Ow! 閉じ込められたです!?」
2人は呆気なく二枚貝のような緑色の葉の檻に閉じ込められていた。しかも、焦る2人目掛けて酸性の液体がポタポタと撒き散らされ、HPが減少していく。そしてそのまま檻は茎の部分が伸びて上空にせりあがっていき、剣士2人を地上から回復アイテムの届かない高さで拘束していた。
「兄さん!? これはなんなの!?」
「ハエトリソウ……いや待て! HPゲージと名前があるぞ! 敵だ!」
“フライトラップ LV25”
仲間の危機にティーは焦って武器を構え、パフは冷静に周囲を警戒していた。同じように狼狽したバターが姉と共に攻撃を加えようとしたところで、パフの目が細められる。
敵を捕らえるトラップ。ならば当然それに付随したトラップがある事に気付いたのだ。彼の視線の先では無数のゴブリンが現れると、一斉に剣を構えてこちらに向かって来るところだったのだ。
「兄さん姉さん! 後ろに敵が!?」
「Puff!? Heeeelp!!! 助けてです!? このままじゃ、消化されちゃうです!?」
パックは眼下で戦いに突入する3人を引き攣った顔で見ることしかできない。そしてその傍らで拘束されているアメリアは、毒以上の勢いで減っていくHPゲージに真っ青になっていた。
パックの視線の先ではティーとバターが同時に槍を振るってフライトトラップの茎に攻撃を仕掛け、
「こいつ……堅い!? このままじゃ2人が……!?」
「落ち着いてバター! ……っ! ゴブリン如きが邪魔を!」
フライトラップの堅牢さに手を焼いていた。2人の攻撃によってHPを1割ほど削っていたが、倒すよりも先にゴブリンとの乱戦に突入しかねない。
それを見たパフは隙だらけになるのを覚悟で、自身のステータス画面を開いて項目を走査する。彼には打開策に心当たりがあったのだ。
「見つけたぞ。火魔法レベル5“フレイムレイン”! この魔法なら複数の敵を攻撃できるし、敵味方の識別があるからフレンドリーファイアも無い!」
パフは2体のゴブリンが切りかかってくるのを無視してポイントの割り振りを終えるや、早速唱えていた。
彼の頭上に球根のような火の玉が現れると、次の瞬間そこから無数の炎が飛び出していた。火の粉は直ぐに槍のような形になると、一斉に周囲の敵に向かって爆発的に加速して突き進んでいく。
刹那、辺り一帯が爆発した“フレイムレイン”の炎に包まれていた。ゴブリンが密集していたため火の海と言っても過言ではなかったが、敵味方識別機能のお陰で仲間にダメージは無い。
「今だ! 先にゴブリンどもを仕留めるぞ!」
彼の声に冷静さを取り戻したティーがゴブリン目掛けて槍スキルの“ジャベリン”を発動し、複数体纏めて串刺しにしていく。一方のバターがパフを狙うゴブリンを片づける中、剣士の2人は愛すべき兄の唱えた回復魔法で一息ついていた。
「うええぇぇ。気持ち悪いいぃぃ……。ドロドロですぅ……」
「アメリア……よしよし、怖かったね。もう大丈夫……」
アメリアは心の底から不快そうに、既に何も残っていないはずの頭や両肩をゴシゴシと擦っていた。さっきまでそこに、フライトラップの粘質な消化液が付着していたのである。それをバターが優しく慰めながら、彼女を抱っこするように抱き締めていた。
「いやぁ、自然に上がったのはレベルじゃなくて、味方の方だったか」
「笑えないよ兄さん!?」
パックにはその気持ちがとても良く分かっていた。あのにゅるにゅるして、少しだけ炭酸のように発砲している感触は、嫌でも彼に心と全身に刻み込まれているのだ。
「スタッフは別の所に力入れなさいよ……。全く、何でフライトラップ……ハエトリソウ何かに……」
すっかり疲れ切ったパックとアメリアの姿に、バターは嘆かざるを得ない。そんな彼女を、ティーは気遣わしげに見ていた。
「そうね。バター、貴方も気を付けて。スタッフが名指しで貴女を捕えに来てるわ」
「何でよ!? いくら蝶々だからって、蝿と一緒にすんのは酷い!!」
「……? いえ。バタフライだから、フライトラップが直に狙ってるのかと……」
「名前の方かい! ああもう!? そんなことはどうでも良いのよ!! 」
意味もなく取り乱されたバターは、気が付けば頭を抱えていた。得体のしれない感情が沸き上がってきて、一瞬だけマイペースのティーに噛みつきそうになってしまう。だが慣れとは恐ろしい物で、彼女は直ぐに気を取り直し、キリッとした顔でパフに向き直っていた。
パフは苦笑しながら、バターを慰める。妹の不始末のフォローは、彼の仕事でもあるのだ。
「まあまあ。ハエトリソウは英語でヴィーナスフライトラップ。バターちゃんも女神のように美しかったってことで、ここはひとつ」
「うぅ。パフさんは何時も上手いこと言って話を纏めるんだから……」
バタフライにだって、やりきれない時はある。そんな時はいつでも、パフが何処からともなく現れて、彼女を優しく慰めてくれるのだ。彼のフォローやパックの拙い応援があったからこそ、気が付けばバターはティーに懐かれていたのである。
「Hey! Let’s go to the next battle!」
気が付けば、元気を取り戻したアメリアの掛け声によって一行は遺跡の先へと進んでいた。
“森の遺跡”はそこまで広くないダンジョンだった。道中に出る敵も植物系が多く、その動きは遅い。最初のフライトラップ以外にも触れた敵を拘束する“モウセンゴケ”とも交戦したものの、どうにか撃退している。
最初こそ戸惑っていた一行だったが、一度遺跡の中央に到達してしまうと途端に楽観視し始めていた。
「Wow! 見晴らしが良いです! Aah……とっっっても、綺麗です!!」
遺跡の2階。そこは壁が壊れて見晴らしの良いパティオのようになっていたのだ。そこからは、これまでの道筋を一望のもとに納めることができる。そのバーチャルとは思えない見事な眺望に、思わずアメリアは足を止めて見入ってしまう。
同時にパックは抜け目なく周囲を観察し、ボス部屋を探る。幸か不幸か、その位置は直ぐに分かった。
テラスと反対側、遺跡内部の方も壁が崩れかけており、壁の割れ目から薄暗い室内でボスと戦うエーシィの面々が見えたのである。
「っしゃぁ! おらぁ!! ざまあ見なさい! このブラックウィドウ様にかかれば、楽勝よ! 皆に崇められる存在に、私はなるっ! うへへへへぇ」
パックの視線の先では、斧を構えたウィドウが他の仲間からは見えないように、欲望丸出しの邪悪な顔を作っている所だった。その情けない顔は、他人が見てはいけない場面である。ハッとなった彼が慌てて視線を逸らそうとするのと、視線に気づいたウィドウが顔をあげたのは同時だった。
「ぎゃあああ!! でたあああぁ! 覗きの変態野郎だあぁ!」
「変態……!? 君に言われたくないよ!?」
ウィドウは戦闘中にもかかわらず、驚愕の表情のまま大袈裟にこちらを指さして叫ぶ。反応は様々だった。
槍を構えたフォルゴーレは流れるように見事な一礼を決め、ヘルキャットは剣に抱擁するかのように胸を押し付けた後、淫靡な顔でちゅぱっと音を立てながら両手で投げキッスを飛ばす。
「ウィドウちゃん! 戦闘中ですよ!? あぁ!? ボスの攻撃がウィドウちゃんに!?」
「……へっ!? ぎ、ぎにゃああぁぁ!? ちくしょう! またこの消化液攻撃なの!? 何でいつも私ばっかり!?」
にぎやかな仲間のテンペストの声も間に合わず、ウィドウは頭から消化液をかけられて地面をのたうち回っていた。
「……ねぇアメリア? あの消化液って特に痛みとか無かったよね?」
「ハイ! 凄い、オーバーアクションです……」
転げ回った後、地面の突起に頭をぶつけて顔を顰めつつ、それでもボスの攻撃を躱すなど、狙ってやっても不可能な技である。そこでアメリアは閃いて、ポンと掌を叩いていた。
「Hellcatが、見てて飽きない人だって言ってました! そのとーりです!」
「うん。モデルのフォルゴーレに色女のヘルキャット、そして客寄せパンダのぶち子ちゃん。濃い面子だね」
「誰がパンダよ!? ぶっ殺すわよ!?」
ウィドウは、戦闘中にもかかわらず律儀に外野に返答を欠かさない。パックは、彼女が実は良い人なのではないかと思い悩んでいた。
とはいえ、エーシィはレベルが高い上にそれぞれの連携が取れている。ふざけつつも、しっかりとフォローしあって戦っているのだ。彼らは物理特化であるがゆえに、その攻撃力は高い。
襲い来る蔓を前衛で槍使いのスターファイアとフォルゴーレが支え、その後ろからファイアブランドとブラックウィドウの斧が、スキルの恩恵でブーメランのように投げ放たれては手元に帰ってきている。
そして後方では残ったヘルキャットとテンペストが声援を送りつつ、アイテムで味方の回復を図っていた。
「あぁ、そういうことか……」
その戦闘を見せつけられたパフは、思わず呟いていた。それを聞いたパックも彼に視線を向け、力強く頷く。
「兄さん! 後ろの2人が手を抜いてるね!」
「弟よ! ボスにクリティカルは通用しないようだな!」
「……え?」
「……ん?」
微妙に話は噛み合っていなかった。パックと同様の感想を持っていたバターが焦って戦いを注視する傍ら、ティーは兄と同意見だったのである。
「ここからだと、ボスの姿が見えないわ……。でも、速度重視の剣士を下げて防御重視の槍使いが前に居るってことは、簡単にクリティカルが狙えないようなボスなのよ」
ナーガホームの居る2階からは、ボス部屋の全てが見渡せるわけではない。壁の裂け目は数人が覗くには十分だったが、鬱蒼とした植物の生い茂る部屋は暗い。無数に生えた蔦の陰もあって、推測することしかできないのだ。
もちろん、割れ目を広げることもできないし、ボス部屋ゆえに頭を突っ込むことも不可能である。
ただ一つ分かったことは、薄暗いボス部屋には無数の樹木が育っていて、その樹上を何かが高速で動き回っているという事である。
同時に幾つかの蔦が鞭のようにしなって、パーティーを襲っているのだ。
だが、パックは幸運だった。
「食らえ! 竜炎槍!」
槍スキルレベル5”竜炎槍”。真っ赤に燃え盛る火炎を身に纏った槍を投げ放つそのスキルは、ティーやバターも習得しているスキルレベル1“ジャベリン”の純然たる強化系である。
槍の石突がミサイルのように火を噴いて敵に誘導するそれは、同時に派手に明かりをばら撒いて部屋を照らし上げていたのだ。何事も無かったかのように元のスターファイアの手に戻るまでの間、パックは確かにボスの姿を見ていた
見ていて、そして驚愕のあまり目を真ん丸くして叫んでいた。見間違いなどありえない。
「うわ!? トイレだ! 洋式便器が蔦で襲ってくる!? 新手の妖怪か!?」
短く炎に照らされたその姿は、見紛うことなき洋式トイレであった。おぞましい事に蔦の先で上下逆さまになって、その汚水を直下のプレイヤーにぶちまけてくるのである。
泡食ったパックは想定外の事態に、涙目で兄姉に縋っていた。だが、残念なことにボスは倒されてしまったのか、エーシィが上げる歓声以外に分かる物は無い。
兄姉の馬鹿でも見るかのような視線に耐えかねた彼は、必死で伝えていた。
「間違いないよ! あれはトイレだった。トイレが汚水をぶちまけて攻撃してた!?」
「パック……。貴方、疲れてるのよ…………。……ん? トイレ……?」
アメリアですら、何言ってんだこいつという視線を送る中、バターだけが慎重に言葉を選んで対応していた。対応して、彼女の頭に閃く物があったのである。
蔦、トイレのような形、森の遺跡。
「分かったわ! ボスの正体が!」
バターは気がつけばガッツポーズを決めてニヤリと笑っていた。