LOAD GAME →キャンプ場にて 残り時間227:00:00
“ブラックウィドウ”、“ヘルキャット”、“テンペスト”、“フォルゴーレ”、“ファイアブランド”、“スターファイア”。以上6人がパーティー“エーシィ”の構成員である。だが重要なのは名前ではない。
「まさか、本当にレベルを上げて物理で殴る奴等がいるとはな……」
「……誠に遺憾ながら、その通りです」
パフはエーシィ側のメンバーを見て、何故彼らが別パーティと手を組もうとしていたのかを理解していた。同時に頭を抱えてもいる。
他人事のようにやれやれと言わんばかりのフォルゴーレから語られたのは、全員が物理特化で魔法職がいないという事であった。
辛うじてヘルキャットが兼業で魔法を習得しているが、その魔力はささやかで十分な回復力とは言えない。だから彼らはアイテムの品薄に危機感を感じ、仲間を探していたのである。
「あぁ、間違いない。この岩を左です」
先頭を歩くフォルゴーレがカンテラを振ると、行く手の薄闇が晴れて岩というには小ぶりな石の姿が露になる。パフが不安そうな視線を送る中、フォルゴーレは起動したメモ帳画面と睨み合いながら、オーカへの道を案内していた。
“太古の森”。フィールドに道は存在せず、無数に立ち並ぶ背の高い木々が日光を覆い隠す薄暗い森の最大の特徴は、フィールドに微妙な傾きが設けられていることだった。その為意識して歩いていないと、木を避けて歩く拍子に進行方向が少しずつずれてしまい、迷子一直線なのである。
先行していたプレイヤー達が足止めを食らったのは、この迷いやすい構造のせいであった。
一同の中頃を歩くパックの耳に、奇妙な音が届いたのはその時だった。カサカサと自分達が立てる枯葉を踏みしめる音に加えて、パキッという小枝の折れる音が鳴ったのである。
パックは不思議そうに足を止め、それゆえに攻撃を免れていた。
次の瞬間、頭上から茶色い水のような物が落下し、彼の目の前を歩いていたバターに直撃した。
「――ッ!? バター姉さん!?」
「ガホッ!? 何よこれ!?」
水ではなかった。振り払おうともがくバターの上半身に纏わりついているのは、スライムの一種だったのだ。頭上から奇襲攻撃を仕掛けてきたのである。慌てて剣を抜いたパックの前に名前とHPゲージが表示される
“フル LV22”
コアは存在するものの、うにゅうにゅと動き続けるため容易には狙えない。下手に斬ればバターに当たってしまうのだ。
「バター! 動かないで!」
彼がその事実に硬直している隙に、姉であるティーが武器も取らずに素手で殴りかかっていた。彼女は空手を極めた猛者でもあるのだ。その正確な一撃がフルのコアを打ち抜くと、茶色スライムはダメージを受けたせいかようやくバターを解放していた。
「この野郎! よくもバターを!」
そこで躊躇いが無くなった彼は、しかしながら物理耐性のある敵相手に無力感に苛まれながら囮を買ってでることしかできなかった。僅かに時間を稼ぐと兄の放ったファイアボールが直撃し、フルは呆気なく空気に溶け込んでいく。
「Bejesus!? バター、しっかりするです!?」
そこでパックは戦慄のあまり硬直していた。バターのHPが半分近く削られていたのである。しかもその肌は紫がかった色に変色していて、HPの減少が続いている。
「そうか、毒!? こういうことか!」
一早くその正体に気付いたパックが、ここまでのドロップアイテムで手に入れた毒消しを使う事で事なきを得る。しかし、絶賛品切れ中の毒消しの数はそう多くは無い。
パフは顔を顰めながら呟いていた。
「なるほどな……。迷いやすい上にこれでは、攻略の足が止まるはずだ……」
「気を付けて下さいね。あのフル以外にも毒を与える敵は多数存在しますので」
フォルゴーレの言葉に、ナーガホームの面々は渋い顔を隠せなかった。それは初めてこのフィールドに向かったプレイヤーが抱える感想である。
そしてウィドウはそれを棚に上げて、バターの無様に指さして爆笑していた。想像を絶する悦びがウィドウを襲ったのである。小悪党の彼女は、他人の不幸は蜜の味を地で行く人物だったのだ。
「あはははは! さまあみろ! 神様は平等じゃないか! 今日は素晴らしい日だわ!」
容赦ない嘲笑に、彼女は全力を尽くしていた。謙虚じゃないので不人気者。その事実に気付いていないのである。
そんな彼女の暴走にバターは怒りつつも、大人なので飲み込んでいた。あまりにもあからさまなので、逆に気力が削がれたのである。
そしてそれを密かに誘導して楽しんでいるヘルキャットは、陰でほくそ笑んでいた。
「……ここまでそっちの回復を魔法で支えてきたんだ。毒消しが足りなくなった時は、もちろん融通してもらえるんだよな?」
「……えぇ、可能な限りは、ね」
パーティーは暗礁に乗り上げていた。その為パフとフォルゴーレが微妙な駆け引きを始めている。
この森の脅威は、頭上から襲い来るフルだけではない。木の上の巣に気付かないで近づくと一斉に襲い来る“ホーネット”や、うっかり根っこを蹴っ飛ばすと襲い掛かってくる“マンドラゴラ”。何れもが毒を持った敵なのである。
これに加えて“始まりの平原”で出現したゴブリンやグレイウルフまで徘徊しているのだから、たまったものではなかった。
「……この地図上だと、そろそろ拠点のオーカに着くはずなんだがな」
微妙な表情でつぶやくパフに、フォルゴーレは皮肉そうに返していた。
「えぇ。そして、目の前に川は存在しないはずでした」
その言葉に両パーティーをざわめきが満たしていった。真面目にふむふむと考え込むアメリアを尻目に、パックは何となく事態に気付いていたのだ。だが、信じたくなかった。既に彼らの持つ毒消しは、数えるほどしか残っていないのだ。
「兄公。言い難いんだが、迷ってるよな?」
「失敬な事言うなや! ちょっとおっぱいがでかいからって、態度まででかいのが許されると思うなよ!? うちのフォルゴーレは優秀なの!」
モテない僻みを清々しいまでにぶつけてくるウィドウに、ティーはゴミを見るような目で応戦していた。微妙極まりない空気に居心地の悪いパックの癒し要素は、マイペースのアメリアと美しきバターである。だが、それ故に性悪女が絡んでくるのだ
「……うふふ、アメリアちゃん。うちのリーダーは可愛いでしょ? あそこまで小悪党だと逆に面白いと思わない……?」
「Kawaii……Co-act……Aah! 確かに協力は美しいです!」
「いやいやいや、うちの天使を誘惑しないで!」
今もまたアメリアを悪徳の道に誘おうとするヘルキャットをパックは止めていた。しかし残念なことに彼女の方が一枚上手である。
「ふふ。誘惑っていうのは、こうやるの」
彼女は嬌声をあげながらおもむろにパックにしだれかかり、年の割に大きめの胸をぎゅぅっと押し付けていた。無論実体ではないのでヘルキャットは平気なのだが、パックに刺激が強かった。
その未知の感触に彼は思わず何も言えなくなる。ヘルキャットはそれを微妙そうな目で見ているバターにウインクしていた。
そこで自身の醜態に気付いたパックが口をまごまごさせる隙にひらりと離れると、素知らぬ顔でウィドウを止めに入る。
残されたのは、女性陣から無感動な視線を送られるパックだけだった。
「シン君……あのね、そういうのに興味が出る年頃なのは分かるけど……あれは駄目よ?」
「そ、その違うんだよ……! バターねえ……バター……」
居たたまれなくなった彼は不意に視線を川の向こう岸に送り、
「あれ? 誰かいる?」
対岸の木の陰に動く物を見た気がしていた。
はっきりとは見ていない。だが、それは確かにプレイヤーのように見えたのだ。だが見えたのは一瞬で、直ぐに森の暗がりに隠れて見えなくなってしまっている。
そして、バターはそれを露骨な話題逸らしと受け取っていた。
何とも言えない視線がパックに突き刺さる。だが、助け舟は意外なところから来ていた。
「……モンスターだろうさ。下手に近付かない方が良い。君たちナーガホームの面々も、大分レベルが上がっただろう?」
「そ、そうですよね! 確かにレベルは30を超えてます! アイテム節約を考えると、不用意な戦闘は避けた方が良いですよね!」
“スターファイア”が話を逸らすのに協力していたのだ。実に真面目そうな彼は、気まずさから年下のパックを救っていたのである。
「いったん戻ろう。どうにかしてオーカに辿り着かなくてはな……」
スターファイアの発案で、一同は再び足を動かし始めていた。ひとまず戻れる所まで戻ることを決めたのだ。だが、その結果は双方ともに予想しない物となっていた。
「ダンジョン名は、“森の遺跡”……」
驚いた顔のパックが呟いていた。残念なことに、彼らはオーカに行き着くことはできなかった。そしてその代わりに、このステージのダンジョンに行きついていたのである。
残されたアイテムはそう多くは無い。残された道は2つだった。
「比較的安全な森に引き返して拠点を目指すか、危険だがダンジョンの攻略を目指すか……。エーシィはどうするんだ?」
「さてさて、悩み所ですな……」
パフとフォルゴーレは悩んでいた。容姿端麗なフォルゴーレは悩むのも絵になるが、妹程容姿にピントの合わない兄は切実そうに見えた。だが、その困惑が一同に広がる中、一人だけ悩まない人物がいたのだ。
見ればウィドウがけたたましい笑い声をあげながら、宣言している。
「おーっほっほっほ! 当然、進む以外あり得ないわ! 今の所、誰もこのステージを攻略していない! ならば、その栄誉を刻みつけるまで!」
それに即座に反応したのがヘルキャット、ついでフォルゴーレだった。勇ましい言葉と共にダンジョン内に走り込んでいく。
ウィドウは優越感たっぷりの視線でティーとバターにアメリアという不倶戴天の敵に勝ち誇っていた。そのまま意気揚々とダンジョンに侵入し、
「ぐえぇッ! 何すんのよ!?」
「待て。約束通り、魔法で負担した分のアイテムは置いて行ってもらおうか」
ドサクサに紛れた逃走をパフは見逃さず、首根っこを掴んでいた。
パフは交渉の末、多くの物資を勝ち取る。こすい悪党であるウィドウは、同様に交渉能力も低かったのだ。結果として不足していた毒消しを中心に、多くのアイテムをナーガホームに譲り渡している。
「やっぱりか……。レベル上げの名目で俺達に敵を倒させ、アイテムを温存していたようだな」
「何それセコっ! 何なのよあのぶち公は!? 私たちを利用したってこと!?」
やれやれとばかりに魂胆を見抜いたパフの前で、馬鹿にされたバターは猛っていた。
エーシィはリーダーはともかく、副官格のフォルゴーレとヘルキャットは優秀だったのだ。ナーガホームとしても一応地理情報が手に入った上に、安全にレベル上げができたのである。メリットが無いわけではない。
それ故に文句を言うこともできず、尚更たちが悪かった。
「それで兄さん。僕たちはどうするの?」
弟の問いに、兄は少しだけ考えた。だが、少しだけだった。迷いを振り切るように頭を振ってから口を開く。
「……進むしかないだろうな。俺達はオーカの位置すら知らないわけだし」
「……大丈夫でショウか? 私達のLevel……31です」
人数が減ってしまい、アメリアは心細くなっていたのだ。所在無げに指先を擦りつけ合っている。
それに答えたのは、兄ではなく姉の方だった。彼女は親友であるバターが襲われたのを機に、状況を把握していたのだ。彼女は大きな胸を誇る様に胸を張っていた。
「敵の攻撃力はそこまででもないわ……。問題は毒吐き野郎の方よ」
「そ、そうね。毒消しが足りなくなると……」
「……? 私は、毒を吐いたブラックウィドウのことを言ってるのだけれど?」
「毒って言葉の方なの!? 何でよ!? ぶち子なんてどうでも良いじゃない!」
その普段通りの姉とその友人の姿に兄弟は思わず窮地を忘れ、アメリアは意味も分からず一緒に盛り上がることにしていた。
「Yup! あのけばけばした女は、きっと独身です!」
「アメリア!? その毒じゃないよ!?」
「What!? どく……Doku……はっ! 確かに獨って感じに濁った性根です! Hellcatが言ってたとーり!」
「あいつ味方にも意地悪してんの!?」
そして純真無垢なアメリアは、少しだけヘルキャットに唆されていたのだ。彼女は名前の通り、三度の飯より意地悪が好きなのである。パックは微妙に染まりつつあるアメリアに驚愕していた。
「やっぱりあれよ!? 貴女は私の一生の天敵だわ!!」
「そうね。お互い欠点を補い合って暮らしていけると良いわね……」
「んなっ! な、何度言わせんのよ!? 勘違いしないでって言ってるでしょ!?」
「大丈夫。確かに誤解のある言い方だけど、私は分かってるから……」
人目が無くなったのを良い事に盛り上がるパーティー。パフは自分の事を棚に上げて、苦笑いしていた。