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Before the next game→リアリティテイル・ドラゴネッツ 残り時間 Approximately 61367:59:59

 ある秋の日の事。その日は平日にもかかわらず朝から雨が降り注ぎ、午後になるとそれは霧へと変わっていた。その為かつてのプレイヤー名“パフ”こと長家龍樹は初めての道のりを足元に気を付けながら、ゆっくりと進んでいた。


 ツベルクとの一悶着を終わらせた彼は、GIからの感謝状と共にその名声を一躍社内に轟かせたのである。


 そこにはラケルの暗躍がある。彼女は気持ち良い程自分の感情に素直であり、必死で龍樹の立場を上げようとしているのだ。


 「長家。繰り返しになるが……」

 「大丈夫です。既に陸奥先生を始めとした来賓の顔と名前と肩書は覚えましたから」


 龍樹は共に歩いている上司に返答しながらも、視線は揺るがない。スーツに合わせた革靴は一定のリズムを保ったまま水溜まりと化しつつあるコンクリートを進んで行く。霧は濃く、宵闇まで加わって酷く先が見えづらかった。


 彼としては速いところ家族の元へ帰りたかったのだが、あいにく残業である。


 「なら良い。陸奥議員……いや、農林水産大臣は温厚な方だ。多少の失敗なら許容してくれるだろう」


 龍樹の上司の態度は言葉とは裏腹に冷たい物だった。彼は嫉妬しているのだ。なにしろ龍樹は敗北寸前だったツベルクとの戦いをどうにか互角にまで立て直し、世界有数の大富豪の一族の令嬢に気に入られているのである。


 しかもその結果、龍樹は意図せずに上司が可愛がっていた部下を蹴落としてしまっている。また将来立場そのものが逆転する可能性も高い。


 「今回はただの顔合わせであるが、場合によっては今後も陸奥大臣との連絡役を任せる事になるかもしれん」


 実に苦々しい口調を聞き流しながら曲がり角を曲がると、今回のパーティ―の会場であるホテルが見え始めていた。その入り口には小さな看板があり、次のように書かれている。


 ――陸奥良助君の初の農林水産大臣就任を祝う会


 九十九商事と密接な関係にある与党大物政治家の接待。それが今回龍樹に当てられた仕事だった。


 それは極めて重大で、かつ簡単な物だった。


 陸奥良助(むつよしすけ)農林水産大臣と九十九商事は長い事協力関係を結んでいる。しかも大臣は比較的米国よりの政策を持ち、GIとの仲も良好である。


 それゆえ重要な行事ではあるが、よほどのことが無い限り失敗も無いだろう。


 「本日陸奥先生は奥方と御子息をお連れになられていて……」

 「奥様には恭しく、息子さんには親しげに、ですね?」


 言葉を先取りした龍樹に上司は閉口させられていた。既に龍樹は耳にタコができるほど聞かされているのだ。


 「その通り。陸奥大臣は強固な地盤をお持ちになられている……言い変えれば、その息子は将来先生の後を継ぐだろう。未来の議員、というわけだ」


 ジロリと睨みつけてくる上司を意に介さずに龍樹は進む。彼は本来の龍樹の上司ではなく、急な龍樹の訪問に慌てて付けられたお目付け役なのだ。龍樹にはその内心が手に取るように分かった。


 ――若造が生意気な、気に食わん。

 ――VRだか何だか知らんが、たかがゲームをクリアしたくらいで調子に乗りおって。

 ――幼い少女に取り入るとは、変態ではあるまいな?


 彼は会った瞬間から龍樹を色眼鏡で見ていたため、龍樹の力でも悪印象を変えることはできなかったのだ。彼にできたのは、度を越した反感を牽制することだけである。


 「妹を連れてきても良かったのだぞ?」


 エレベーターの中で上司が言った。そこでようやく龍樹は視線を向ける。いやらしい笑いを浮かべている彼と目が合ったのだ。片手をポケットに突っこんだまま、もう片方の手で龍樹の肩を軽く叩く。


 「君自慢の美しい女性だそうではないか。……先生の御子息は中学生であられる。堪らないであろうな!」


 閉鎖空間に他に人はおらず、従って上司は調子に乗っていたのだ。一方の龍樹の顔色は変わらない。ただ、湖のように澄んだ瞳が冷たくなっていくのを彼が認識することはなかった。


 「悪い話ではないぞ! 名門陸奥家の血縁となれば、君! と我が社の恩恵も大きい! なあに、君は凄腕で鳴らしているそうじゃないか! なんなら、君も議員になれるかもしれんぞ!」


 ニヤニヤ笑って未来の先生などと絡んで来る相手に対し、龍樹は何も言わない。ただ、思考を巡らせてていく。会場は最上階。中々エレベーターは止まらない。


 「……御冗談を」

 「まさかまさか! どうだ? 君が議員になるのであれば我が社は援助を惜しまない! 悪い話ではないと思うが? 良く考えておけよ?」


 結論は出ていた。エレベーターの扉が開き始めるのと同時に、龍樹は素早く呟いた。


 「人と話す時は、ポケットから手を出すべきです」


 同時に上司の顔色が凍り付く。


 何のことは無い。彼は別に嫌味を言っていたのではない。弱みを握ろうとしていたのだ。


 「録音とは、古典的な手ですね」


 そう。上司は龍樹に隙があれば枷を付けようとしていたのである。例えば、妹の相手として名前の出た大臣の息子の悪口とか。例えば、龍樹自身が政治家になる話とか。その失言を言質にとって、龍樹を牽制しようとしたのである。


 (やれやれ。全く、油断も隙も無いな)


 仮に失敗したとして、上司に損は無い。なにしろ、彼は龍樹のお目付け役なのだ。龍樹が失敗しないか試したと言えば、お咎めは無いだろう。


 「恐れ多い事ですよ。息子さん以外の人間が選挙に出馬したら、大臣の築きあげた地盤を割ってしまいますからね。……少なくとも、このような場でする話ではない」


 龍樹はそういうと、作戦の失敗に動揺している上司を尻目にすいすいと会場に向かって歩んでいた。


 その途中見せつける様に自身のポケットを叩く。そう、会話を録音できるのは龍樹もまた同じなのだから。




 龍樹は忌々しそうな顔の上司に、晴れやかな舞台なので爽やかに笑っていきましょう、と嫌味を返しながら挨拶の順番を待っていた。


 都内の某ホテルの最上階を貸しきったパーティーは立食形式で、暖かい色の壁紙をガラスのシャンデリアから放たれる光が彩っている。無数のテーブルの上には料理と飲み物が並び、しかしながら大半の人間はそれには目もくれずに会話に勤しんでいる。


 龍樹のような企業の人間に、これから大臣の世話になるであろう官僚たち。彼と同じ派閥の議員や特ダネを探る記者たちまでもがパーティーに集結しているのだ。


 「おい、長家……!」

 「ネクタイが曲がってますよ」


 事実の指摘に上司の顔が引き攣る。だが、彼に文句を言う時間は残されていなかった。九十九商事の番が回ってきたのである。


 目の前に立った陸奥農水大臣は龍樹が思っていたほど覇気の有るタイプではなく、代わりに温和で優しそうな空気が漂っていた。しかしその瞳だけが龍樹とは逆に、情熱の炎でメラメラと揺れている。同時に不思議な存在感で妻と息子を背後に庇う様に隠してしまってもいる。


 懸命に口を動かす上司と違って、龍樹には言葉を交わさずとも直ぐに分かった。流石というべきか、彼は“話”の分かる人間の様だったのだ。


 「先生! この度は農林水産大臣への御就任おめでとうございます! 我々九十九商事一同、心からのお祝いを申し上げます! ……」 


 大臣は何も言わない。ただ視線だけが上司へと注がれていた。同時に彼の妻と子供が前へと顔を出す。


 「奥方様に関しては変わらずお美しく! 年を取ると共にますますお美しくなられるとは、返す返すも喜ばしい事に御座います! ……」

 「えぇ、全て九十九系列の化粧品のお陰です」


 その妻もまた短く会話を切っていた。既に彼らの関心は別の所に移りかけている。初めて見るこの場にそぐわない若手の人間だ。もちろん彼らも知っている。スポンサーである九十九とツベルクの戦いの経緯を。


 上司は必死だった。


 「また御子息の……息子さんも中学校では文武両道、大変に優秀な成績を修めたと聞きます! いやはや、実に羨ましい。まさに大臣の輝かしい未来を反映しているようですな!」


 そこで龍樹は内心だけで溜息をついていた。この上司は肝心な時に息子の名前をド忘れしたのである。もちろん相手もそれを悟っているだろう。


 だが、龍樹も大臣もそれを笑う事ができなかった。


 「ありがとうございます。九十九商事には……」

 「長家さん! 何時も父がお世話になっております!」


 龍樹は初対面の息子に声をかけられたのだ。彼はどこか年齢不相応だった落ち着きをかなぐり捨てると、龍樹にキラキラした目を向けてきたのである。いや、キラキラというには少し違うかもしれない。


 龍樹はそこで一瞬だけ逡巡していた。息子には親しげに、である。


 「初めまして行人(ゆきと)君。九十九商事の長家です」

 「あっ……すみません。つい……」


 同時に行人が落ち着きを取り戻すのと、苦笑いした大臣がフォローに入るのは同時だった。


 「君が長家君か。話は聞いているよ。ツベルクの連中に一杯食わせてやったそうじゃないか」

 「まぁ、若いのに立派だこと。うちの行人にも見習ってほしいくらい……」

 「大臣、奥様、それほどでもございません。幸いにも頼れる仲間たちもおりましたので」


 結局、龍樹は見事自身の役割をこなして見せた。最終的に陸奥大臣とは直々に名刺交換を果たし、それ以外にも彼の秘書や息子の行人にも渡している。


 彼は堂々とパーティー終了後に帰宅していた。相変わらず霧は出ていたものの、既に一度歩んだ道である。その足取りは軽い。それはまるで彼の行く先を暗示しているようであった。




 それはある冬の日の事である。霜が降りるほどに冷たい日、キンと冷えた空気の中久しぶりに長家家の3人がリビングに集まっていたのだ。3兄姉弟は別々の道を歩むことになった為である。


 もちろん長男の龍樹は従来通り九十九商事で家族を守るために働く。ツベルクハウンドとの、ヨロレイホーとの戦いは望むところであるし、社員割引のお陰で格安で各種サービスを受けられるのだ。セキュリティ等々、今の長家家には必須である。


 一方で就職活動を始めた長女竜子は思う所があったのか、驚くべき選択を取っていた。


 「リュー……」

 「ね、姉さん……本気なの!?」

 「えぇ。私思ったの。結局のところ、最後に物を言うのは力だって。だから……」


 思わず龍樹が目を見開き、辰也が椅子から立ち上がって仰天したその進路は自衛隊であった。確かに力の化身ではあるが、決して容易い道のりではないだろう。


 竜子は決めたのだ。この世に絶対に正しい物なんて存在しない。あるのは自分にとって正しいことである。なればこそ、正しさを成すためには力が必要なのだ。もう2度と、あんな思いをするのは御免だった。


 「辰也はどうするの? 進む大学は決めたの?」

 「僕? 僕は……」


 刃のように鋭い空気を身に纏うようになった竜子に対し、辰也は気後れせずに気持ちを表していく。彼も又成長し、その考えに大きな変化が表れていたのである。


 「僕も兄さんや姉さんと同じ大学に行く」

 「……それで?」

 「行って、その後は……官僚になろうと思うんだ」


 辰也もまたツベルクとの戦いを選んでいた。ただし龍樹のように直接やり合うのではなく、国家公務員として悪事を糺し規制を行う道を選んだのである。


 「……なるほどな。だが、官僚になるのは難しいぞ?」

 「分かってるよ。僕は非才の身で天才的な能力も無い。でも、覚悟だけはあるんだ。高校生の内から弛まず勉強していけば、きっと手が届くって信じてる」


 真っ直ぐ兄姉を見据えたそれは、彼なりの宣言である。似ているが相談ではない。それまでの辰也とは違う、結論の通達なのだ。紗耶香ともよく相談しての事であった。


 龍樹はそれを、片手間で2枚の奨学金の書類を記入しつつ聞いていた。


 「しかし、一つ問題があるぞ?」


 悪戯っぽく笑う彼に弟と妹が不思議そうな顔を向ける。だが竜子は即座に理解すると深刻な顔つきになっていた。


 「……っ! 確かに、兄公の言う通りだわ。このままでは、シンの道は閉ざされて……」

 「な、なんなの!? 僕、そんなまずいことしたっけ!?」


 驚き慌てる辰也に対し、竜子は無念そうにしながら一つずつ説明していく。


 真顔の姉に対し不安を覚えた辰也は兄へと視線を送ってしまう。彼は実に良い笑顔を浮かべていた。竜子は言う。


 「避妊はしなさい。赤ちゃんできたらどうするつもりなの? 勉強どころではなくなって……」

 「ッ!? な、なんのこと!? 僕にはさ、さっぱり……」

 「誰が部屋のゴミを捨ててると思ってるの? 回数とゴミの数があまりにも一致しないから心配していたのよ」

 「ぎゃああああッ!? き、聞こえてた!? 聞こえてたの!?」


 このままでは、官僚よりもお父さん一直線である。涙目になって悶え恥じ入る弟に対し、龍樹も竜子も揃って視線を逸らしていた。


 辰也は若かったのだ。ここ最近3兄姉弟が揃う事は少ない。理由は簡単で、居づらいのである。


 元々長家家には紗耶香が入り浸っており、その頻度は急速に増していた。すると、不思議なことに兄姉が近づきがたいバリアが張られ、気が付けば家を追い出されてしまうのである。


 言うまでもなく夜になれば……。


 お陰で龍樹は空気を読むと、速やかに会社に頼んで別のアパートを借りる羽目に陥っていた。しかもそんな辰也にはプレッシャーをかけてくる存在もいるのである。


 ――シン! 結婚式には私も呼ぶですっ! 絶対、絶っ対アメリカから駆けつけるです!


 既に日本語と並んでブーケトスをキャッチする猛特訓を開始したラケルだった。海の向こうから彼女は快く辰也の英語のレッスンに協力し、そのついでに日本に来る口実を作るべく結婚を急かしてくるのである。


 何はともあれ、長家家には平穏が戻っていた。


 龍樹はミルクティーを飲みながら年下達への書類を記入していき、竜子はコーヒーを飲みながらジト目で弟の冒険を責め立てる。辰也はそんな大好きな兄姉に囲まれて逃げ場を失い、誤魔化すようにココアを口に運んでいた。


 冬の冷えた身体に甘いそれが染み渡っていく。もう暫く平和な日々は続きそうだった。


last……

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