LOAD GAME →音叉塔-大聖堂にて 残り時間00:01:30
パックは扉を壊れる様な勢いで乱暴に閉めると、室内を碌に改めもせずにバリケードを構築できそうなものを探す。幸いにも、それはすぐ目の前にあった。おそらくはバターが扉と格闘した時に塞いでいたであろう、巨大なグランドピアノが目の前に鎮座していたのである。
パックが渾身の力でそれを扉にピタリと寄り添うように押し付けるのと、室外から扉に勢いよくぶつかる音が響き渡るのは同時だった。木製の扉は打たれる度に軋んで、亀裂を生み、時には耐え切れず木片を散らばらせる。
しかし、ゾンビが諦めるまでには十分だった。
パックは胸を撫で下ろしながら、疲労のあまり思わず壁を背もたれにして床に座り込んでいた。彼からはバターが室内で何をか読み耽っているのが見える。
改めて見渡せばこの部屋は中々の広さがある。上右左とあらゆるところにらステンドグラスが設けられ、そこに記された絵が室内を見下ろしている。何れもが鎧を身に付けた人間と、それに襲い来る黒い影という構図になっていた。おそらく敵と人類との戦いを描いた物であろう。
そしてそれを月明かりが照らし、ステンドグラスの絵を真っ白い大理石の床に映写していた。
「パック、これを見て」
「バター?」
その大聖堂特有の人工的な荘厳さに圧倒されていたパックに対し、バターは数枚の紙きれを手渡す。彼女の足元には右腕の無い骸骨。それは仲間の為に奮戦するも虚しく、ここで亡くなった騎士の物だった。
紙は彼が最後の悪あがきに残した伝言である。
それは戦闘で利き腕を失ったためか、酷く歪んでいるうえに所々に黒ずんだ血痕が飛び散っていて、しかしながら彼の執念を表すように規則正しく書かれた文字群だった。
『
失態だ。そう※しか言いようが無い。あの“終わ※※竜”に攻撃は効か※い。それは確か※。俺と愛竜が至※距離からブレスを叩き※もうが、顔※を※で貫こうが※メージは無かっ※。
それは構※ない。直※弾を食らったせいで竜とは離れ離※になってしまったし、俺※身利き腕と剣を失ってしまった※、それも構わな※。
問※は上へ昇る手段を喪失し※しまったことだ。
片腕と引※換えに分かったことがある。あの悪辣な“※わりの竜”は上階からなんらかの魔法で守られて※る! つまり※を打ち倒すには、どうにかして※叉塔の屋上に行くし※ないのだ!
だが、口惜※い事に階段は既に壊れてしまっている。
俺達※は無理だ。クリス※ルは情報を伝えるために※退し、俺は敵の守※の秘密を悟るのと同※に竜を失った。俺の竜は運悪※落下した※の尖塔に串刺しになって※んだのだ。
それど※ろか、出血と落※のせいで満足に動く事もで※ない。空を飛ぶ※段は無い。
いや、一つ※けだ!
クリスタルを呼ぶのだ! 彼女は約束したのだ! 必ず援軍を連れて帰ってくると!
だから俺達は! 彼女を呼ぶために鐘を鳴らしたかった! この部屋の奥だ! そこに総司令官殿の遺品の剣がある! それで3度鐘を打ち鳴らすのだ! それこそが反撃の狼煙! 力強く! 天空都市にまで聞こえる様に! 彼女は必ず助けに来る! その時こそ、あの“終わりの竜”の守りを突き崩し、止めを刺す時なのだ! 今こそ我らの勇気を示す時! 連合軍万歳! 人類万歳!
』
紙のスペースの問題なのか、はたまた出血で意識が朦朧としていたのか、伝言の最後は改行すらされずに文字がぎっしりと並んでいた。しかし、それで十分だったのだ。
「この先の……鐘を鳴らす……」
「……パック、どうする? ここでパフさんやティーを待つ? ……それとも」
2人は竜騎士からの伝言に熱中していた。そこには確かにボスの攻略方法が書かれていたのだ。だからそれに気付いていなかった。いつのまにか、動かない筈のそれが動いていたことに。
それが攻撃を開始するのと、パックが驚愕に目を見開くのは同時であった。
「サヤ姉さん危ないッ!」
「――ッ!?」
生み出されたのは強烈なまでの熱を圧縮して作られた火球である。それが伝言を読み耽っていたバターにシュルシュルと音を立てて放たれ、すんでの所でパックが彼女を突き飛ばして回避に成功していた。
「敵!? ……っんな!? こ、こいつは!?」
「竜騎士……なのか……?」
立ち上がったのは、片腕の無い竜騎士の骸骨だった。本来剣を持つ腕はとうに無くなっており、ただ左腕で盾を構えたまま魔法を唱えたのである。
“アンデッド・ナイト LV100”
それが最後の関門だった。最後まで敵に対して抗い続けた物達の末路が、新たなる壁として立ち塞がったのである。
「でも、たった一人なら……!」
アンデッド・ナイトは一人ぼっち。どこか優雅さを感じる動作でこちらから距離を取り、次の火球弾の作成に移る。2人の反応は速い。
「バター! 距離を詰めるよ! あいつは剣が無いから魔法しか使えないんだ!」
「分かったわ! 援護は任せて!」
視線を交わさずに敵の竜騎士を睨んだまま、パックは言うが早いか室内を駆け抜ける。彼は直ぐに残像を纏っていた。バターがスキップをかけて援護しているのだ。室内は広いとはいえ、彼が全力で駆けよれば直ぐに行き詰る。
「覚悟ッ! 安らかに眠るんだ!」
放たれた火球を転んだと錯覚するかのような勢いで身を伏せて躱すと、パックは飛び掛かる様に斬撃を放っていた。全体重と全速力の乗った一撃が、正面からアンデッド・ナイトの盾と激突する。
激しい金属音が打ち鳴らされ、音叉塔の夜の廃墟に響き渡っていく。
パックは速さを活かして竜騎士の側面に回り込むと、痛烈な一撃を見舞っていた。彼が速すぎて竜騎士の盾の防御が間に合わないのである。
“CRITICAL!”
同時に竜騎士が唱えていた魔法が中断され、彼自身も後ろへノックバックしていた。だがその距離も僅か。パックは一っ跳びでそれを詰めて次の一撃を放とうとし、
彼の背に天井のステンドグラスの絵が映り込んだ。
「パック! 上よッ!」
気付いたバターが慌てて警告を発するのと、それが乱入するのは同時だった。突如激しい衝突音と共に天上のステンドグラスがぶち破られ、月光と共に新手が襲い掛かってきたのだ。
不意打ちに驚いたパックは動きを止めてしまう。
「あ、あれは……大斧断首!?」
敵の手には斧。錨のように巨大で、鈍色に輝いていた。それが躊躇なくパックの頭に叩きつけられそうになり、
「そうはさせないッ!」
ギリギリのところでカバーに入ったバターの盾によって防がれる。だが同時に金属が拉げるような音と共に彼女の盾が爆ぜ散ってしまう。
バターは素早くパックと背中合わせになって敵と相対していた。背を向けて竜騎士と対峙するパックの緊張と混乱が近い空気を通じて伝わってくる。だから彼女は油断せずに槍を構えるのだ。
“アンデッド・マーシナリー LV100”
それは、志半ばで無念の死を遂げた傭兵の骸骨であった。両腕で錨を振り回し、アンデッド・ナイトとは対照的に軽めの防具を身に纏う。
「……こいつ、仲間を助けに来たっていうの……?」
返事は無い。当然であろう。傭兵の女はゾンビになるまいと必死で足掻き続け、1人でも多くの道連れを望んで戦い続け、いつの間にかアンデッドと化していたのである。
それは死してなお悔しさを未練として残ってしまった竜騎士と同じだった。
バターは感傷的な気分になり、直ぐにそれを中断。代わりにタイタンランスを唱えて戦闘に備える。
「バター!」
「パック!」
言葉は必要なかった。言わずとも共に過ごしてきた時間のお陰で互いに言わんとすることが分かったのだ。ほとんど同時にパックはアンデッド・ナイトへ、バターはアンデッド・マーシナリーに攻めかかる。
負けられないのだ。
「ふふん! ついにここまで来たわね! 案外楽勝だったわっ!」
雨の降り続く平原でブラックウィドウは胸を張って腕を組むと、無駄に威張り散らしながら新しい仲間たちと共に遠くに見える巨大な音叉塔を睨んでいた。
パーティー名“エーシィ”。
ついにそれが復活したのである。だが、その内実は彼女の言葉とは裏腹にかなり追い込まれている。既に補給は途絶しており、ダメージも嵩んでいるのだ。
「で、どうすル? “ナーガホーム”の情報では途中で街があるけど、アイテムは売ってないみたいだヨ?」
「……残り時間は90分も無い。一刻一秒を争う。だが、残された回復方法は拠点だけ……」
そんな独り言を言うウィドウを無視して、メキメッサーとタイムは話し合っていた。あいにくともう一人の仲間であるポリーナは口を出す気が無いらしく、これから迎えるであろう劇的な展開に興奮のあまり涎を垂らしながらハァハァしている。
どうしようもない変態具合だったが、皆既に慣れ切っているのでスルーである。
無視されたことに怒りもせず、ウィドウは淡々と告げた。
「はん! 街なんて放置よ! 音叉塔に向かう以外ありえないわ! ……じゃないと、スカボローに顔向けできないもの」
ほんの一瞬だけ、ウィドウの強がった顔が感傷に囚われる。今の彼女たちは犠牲の上に存在しているのだ。
無事天空都市を突破できたの有志同盟は全部で7人だけ。
“スカボロー”の構成員であるパースリー、セイジ、ローズマリー。
“フェアプレイ”の構成員であるポリーナにタイム。
ソロプレイヤーだったメキメッサーとブラックウィドウ。
以上のたった7人である。そして、この場に4人しかいないことからも分かる様に、既に3人が脱落していた。
「うふふ。“スカボロー”! 彼女達との別れは中々悪くない感動劇でした……! ハァハァ、おっと涎が」
「ポリーナ。君はいい加減にしないか……。それに、まだ彼女達が死んだと決まったわけでは……」
有志同盟古参パーティーであるスカボロー。別に彼女達は戦死したわけではない。ただ、厳しい“凍土氷山”の環境下で、あえて撤退を決断したのである。
「そんなわけないじゃないですかタイム」
だからこそ、ポリーナは窘めるタイムを逆に窘めていた。彼女にはその末路が手に取るように分かっていたのだ。
「あの氷山はいるだけでダメージ蓄積される……。そんな中で回復用のアイテムを全て譲り渡したらどうなるか……。それくらいは分かってますよね?」
スカボローは死んだわけではない。ただ、“終わりの平原”にアイテムが乏しい事を悟ると、自らのアイテムを全て新生“エーシィ”に譲り渡し、自ら攻略の礎となることを選んだのである。
その時のパースリーの純真無垢な笑顔が、タイムの脳裏を離れない。彼は大体いつも隣で邪悪な笑みを浮かべてる奴がいるので、尚更だった。
「行くわよ……。話なら空を飛びながらでも、できるわ……!」
同時に喝を入れる様にウィドウが叫び、高々と斧を掲げた。ここまでエーシィが素早く移動してこれたのは、偏に彼女のお陰なのである。ウィドウがリーダーを務めているのは鳥の寄付だけでなく、これにもよるのだ。
「さぁぁぁ! クライマックスよ! 出でよ私のドラゴン、リポーターちゃん!」
同時に彼女の眼前に巨大な魔法陣が現れる。それは彼女が手に入れたもう一つの切り札である。一撃必殺の大斧断首が斧使いの長所を伸ばすスキルだとしたら、これは短所を補うスキルだった。
斧スキルレベル10“サモンペット”
同時に魔法陣が高らかに光を放つや、同時に鳴き声を上げながら数々の修羅場を越えて立派に成長したウィドウの愛竜が現れたのである。
「乗って! 道中で敵の妨害があるみたいだし、各員はキリキリ働くように!」
サモンペット。それは原則“天空都市”でしか騎乗できないペットを、他のステージでも呼び出すことのできるスキルなのだ。制限時間は1分だけ。ただしMPを追加消費することで延長も可。
これがあったからこそ、エーシィは雪のせいで足を取られる“凍土氷山”を素早く攻略することができたのである。竜の場合は風鳴鳥と違って4人まで乗せることができるのだ。
「ま、ギリギリで何とかなりそうだネ」
「……そう願いたいものだ」
エーシィの乗ったドラゴンは音叉塔に進路を向けると、降り注ぐ雨風を切って飛ぶ。
運命の時は近付いていた。
完結まで、あと4話




