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LOAD GAME →廃墟にて 残り時間00:08:00

 ステージ名、“終わりの平原”。吹き荒ぶ雪の猛威を必死に掻い潜った先は、何の特徴も無い平原だった。ただひたすらに丈の短い緑色の草が繁茂している。既に夜となり大空には満天の星空が瞬いており、その優しい光の下を見渡す限りに緑が続いていた。


 それまでとは打って変わって、最後のステージとなる“終わりの平原”にはステージギミックが存在しない。


 しかしながら、何の特徴も無いかと言われれば否である。大きな特徴が2つもあったのだ。1つ目は雨。雲一つない空からは常に小雨が降り続いている。視界に影響はないが、敵の気配を打ち消す程度の雨音が響いていた。


 そしてなにより、スタート地点からも見えるほどの巨大な塔が大地に突き立てられていたのだ。その全貌は杳として知れない。ただ、音叉のような形をした塔が頂上付近で繋がっており、そこから全平原を見下ろしていたのである。


 この見晴らしの良い平原において他に目立った構造物は少なく、間違いなくダンジョンであることが類推できた。




 「……」

 「……」

 「……」


 パックは最寄りの拠点の一角である古い石造りの家の中で椅子に座って黙り込んでいた。目の前には同様に小さなテーブルを挟んでバター。彼の右隣り、彼女の左隣にはティーが座って休みを取っている。


 夜という事もあって、小さな窓しかない石家の中は薄暗い。そんな中で3人はティーの淹れてくれたコーヒーを飲んでいた。そう、ティーが用意したのである。


 「こう来るとは……思ってもみなかったわ……」

 「うん……。すごく、静かだね」


 バターが独り言のようにごち、それをパックが拾う。ティーは何も言わない。降り注ぐ雨が2人の言葉を吸収し、すぐにまた沈黙を広げていくのだ。


 廃墟。


 それが人っ子一人いないこの拠点を表す正確な言葉である。元は集落だったと思われる廃墟群の大半は、既に崩落して住居の体をなしていない。ナーガホームの面々は辛うじてマシだった宿屋の廃墟の一角で休息を取っていたのである。幸いにも宿泊費用はかからないし、食料等の生活アイテムも準備されてはいた。


 「そろそろ時間ね。出発しましょうか」


 しばらく続いた雨音の合奏を遮ったのはティーであった。しかしその声もまた、直ぐに雨に飲み込まれ、消えた。


 「そうだね。行こうよ姉さん、バター」


 直ぐにパックが立ち上がる。既に弱気を打ち払った彼に懸念は無い。浪費してしまった時間も、差し迫ったタイムリミットも、彼の自身には何ら影響はなかった。


 「……ふぅ。分かったわ。そうね、出発しましょうか」


 最後に立ち上がったのはバターである。対照的に彼女は再び弱気になっていたが、それでもそれを隠す程度の気力は残っていた。


 彼らが時間をかけてまでここに滞在しているのには訳があったのだ。




 「休憩? 兄さん、ここで時間を使っちゃうの?」


 廃墟に辿り着いた面々に対し、“最後の竜”と化したパフは休息を提案していた。それも2時間にわたる長期の物である。


 「あぁ。すまないな。だが他に方法は無い」


 出鼻をくじかれ意気消沈した弟に対し、パフは申し訳そうに縮こまりながらそう言った。


 「吹雪の割合ダメージが嵩んでいる。このままではラスボスのブレスに耐えられそうにない」


 彼はとても悔しそうだった。


 元々“最後の竜”はラスボスだけあってプレイヤーとは比較にならないほどの膨大なHPを筆頭としたステータスを誇っている。しかしながら、それは割合ダメージたる吹雪の前に何の意味も無い。


 むしろ、受けたダメージはプレイヤー用の回復アイテムではまるで足りないほどの甚大な物だったのである。


 そしてパフ自身もステータス転換時にもともと持っていたスキルや魔法を喪失している。つまり、今のナーガホームには回復役がいないのだ。その生命線たるアイテムの浪費は避けたいところであった。


 「分かったわ。私達は周辺を捜索してくるから、兄さんは休んでて」


 そして、この廃墟に宿屋はあれどアイテムショップ等は存在しない。それどころか転移門すら存在しないのだ。やむなく、ナーガホームは僅かな休憩を取る羽目に陥っていた。




 「やっぱり、空を飛べると楽しいわね! 風を切って進むのは気持ち良いわ!」

 「あぁ! 俺もサヤちゃんの柔らかいお尻が当たって気持ち良いよ!」

 「兄さん!! セクハラしてる場合じゃないって!?」


 不意打ち食らって思わず真っ赤になったバターを尻目に、パフは緊張を解きほぐすように振舞っていた。パックにはそれが分かっていながら、突っ込まざるを得ない。例えここがパフの尾っぽの上で、バランスを崩して転落すればただでは済まされないことが分かっていても言わざるを得なかったのだ。


 「……冷静に考えて、座ってる状態のお尻は全体重がかかるし、柔らかくない気が……」

 「姉さんもそこ冷静になってる場合!?」

 「……それもそうね」


 最後の時が迫る中、ナーガホームの面々はいつもと何も変わることは無かった。固く結ばれた信頼が、ゲーム攻略を信じているのである。


 「シンはサーカステントで直に触ったんだもの。流石に説得力が違うわ……」

 「ぎゃあああああっ!? それはもう忘れてよおおおお!?」


 思わぬ黒歴史を発掘されて、パックは頭を抱えて呻いていた。あの時触ったバターの身体の手触りがまじまじと思い返され、彼の頭の中がそれ一杯になったのである。偽物と分かっていても、暫くは忘れられないだろう。


 「あんた達……子供じゃないんだから……」


 当のバターはそれを苦笑いで見守っていた。そんな彼女の瞳が鋭く引き絞られる。眼下に廃墟が見えたのだ。廃墟自体は珍しくも無い。ここに至るまでナーガホームは見つける度に降下して調査しているものの、いずれもただのオブジェとしての価値しかなかったからだ。


 バターが着目したのはたった一つ。その廃墟を黒い敵が襲撃していたのだ。


 「龍樹さん! 敵です! ブレスをお願いします!」

 「……いや駄目だ。まずい事になった……!」


 戦意を高揚させた彼女とは対照的に、パフは思案気味の声を出していた。ラスボスのステータスを持つ彼にとっては、見えてる景色が少しだけ違ったのである。


 「敵だけじゃない! 街そのものにもHPが設定されてるんだ! 大規模な攻撃はできないぞ!」


 チートの副産物か、彼だけは少し離れたところからでも敵やNPCに設定されたステータスが把握できたのである。同時に彼が高度を下げて接近すると少しずづ全体像が見え始めていた。


 「これは……! 町が敵に襲われている?」

 「ティー! あそこだけじゃないぞ! 廃墟の東側にも敵がいるようだ」


 円形に築かれた石畳の街は既に廃墟寸前にうらぶれており、しかもその東側と南側から敵の攻勢を受けていたのである。幾人かのNPCが必死に戦っているものの、その旗色は著しく悪い。パフにはその全容が手に取る様に把握できていた。


 “ウルク=ハイ LV94”

 “デストリア LV90”


 巨大な馬の形をした魔物には白黒の人影が騎乗し、次々と廃墟の門へと騎馬突撃を繰り返している。対するNPC側はまるでそれに対抗できていない。彼らにはそれ以上の難敵が立ち塞がっていたのである。


 “コディアック LV98”


 山のような巨体は筋肉の塊であり、黒茶色の体は予想外の俊敏さでNPC達の必死の抵抗をあざ笑うように回避し、叩き潰していく。鋭い爪が閃く度にNPCのHPがごっそりと削られ、ついでと言わんばかりの体当たりで廃墟の壁に罅が入っていた。


 「何だアイツ!? 熊……なのか!?」

 「コディアック……コディアックヒグマのことかしら? そう、確か世界最大の熊……!」


 それに応える様にコディアックが雄たけびを上げると、必死に剣を構えて抵抗していたNPCの一人を無残にも食い千切る。懸命に抵抗していたその体は容易くへし折れ、すぐに大気へと溶け込んでいった。


 ――この敵は強い……!


 ナーガホームすら超えるレベルに、俊敏な動き。即座にその脅威を認識した姉弟に躊躇は無い。


 「兄さんバター! 騎馬隊は任せたよ!」

 「ちょっと!? 2人ともなの!?」


 親友を、そして愛する女を庇う為、2人は返事も待たずに即座に低空を飛ぶ竜の尾から飛び降りていた。


 天空都市で慣れ切った浮遊感の後に柔らかい草原の湿った黒土に着地すると、コディアックはそれに応じる様にゆっくりと振り返るところであった。


 その巨体は降りしきる雨と暗い夜に同化するように、空間に溶け込んでいる。ただ赤い瞳だけが爛々と、獲物の到着に対する歓喜を叫んでいた。


 「パック、周囲に敵はいないわ。援護するから前をお願い……」

 「言われなくても……!」


 コディアックが地鳴りと共に動き出すのと、パックがそれに応える様に剣を振るうのは同時だった。雨音の間を金属を打ち鳴らす激しい音がドラムのように鳴り響く。


 「行くぞクマ!」


 先手を取ったのはパック。その圧倒的な速さで2撃目を巧みに身を翻すと、即座に反撃の一刀をコディアックの首に差し込んでいた。


 それを見たコディアックは――ニヤリと笑う。


 少なくともパックにはそう思えたのだ。


 彼が危機感を感じるのと、コディアックの太い腕が振るわれるのは同時だった。


 「こいつ……! そうか、二刀流なのか!?」


 目前につきだされた拳の一撃を、パックは強引に剣で受け止めていた。しかしその威力までは殺しきれず、たたらを踏んで後退させられていた。耳障りな音が鳴り響き、両雄共に睨み合う。


 二刀流。むろんコディアックは武器など持っていない。しかしながらその長い剛腕とその先に延びる鋭爪は剣の如き激しさを持ち合わせているのだ。だがそれは剣ではなく、拳である。


 コディアックは剣のような腕を拳の感覚で振るうのだ。


 対するパックに武器は一本。敵の片腕と斬り合えば、その隙にもう片方の腕に息の根を止められてしまう。


 だからパックは悩んのだ。襲い来る2撃の回避に専念し、必殺の一撃を叩き込むべきか。それとも様子を見るべきか。


 再びコディアックの一撃が振るわれる。それを見たパックは仰天していた。てっきりコディアックの攻撃は両腕だけだと思っていたのだ。だが、違う。


 四足になったコディアックは低く身を伏せ力を溜めると、必殺の体当たりを放ったのである。加速した彼でさえ追い切れないほどの速さで距離を詰めた敵は鋭い牙をパックの首に突き立てんと迫る。それをパックは、


 「伏せなさい!」

 「今だ! 姉さん!」


 熊にも劣らぬ不敵な笑みを見せていた。彼が身を翻すのと、その空間を白色した光の粒子が貫くのは同時だった。


 ティーが弟に吸い寄せられた敵を打ち払う為に攻撃を放ったのである。


 槍レベル10“レーザーカノン”。その最大の特徴は高い威力と並んで、全スキル中最大を誇る射程である。弾速こそ紫電一閃ほどでは無いものの、チャージの隙さえどうにかして埋めてしまえば圧倒的な大射程で遠くの敵を一方的に攻撃できるのである。


 彼女の槍が水面に移る月のように光を湛えて輝くと、幾許かの時を経て槍の穂先から強烈なまでの閃光を放った。それは眩いほどに凝縮された夜空を彩る星々の光であり、まさにあらゆる物を昇天させる必殺の一撃である。


 レーザーの照射を受けたコディアックは大きくのけ反り、


 「……ッ姉さん!? まだだよ!?」


 それでもなお生き残っていた。その瞳に込められた殺意はいつの間にかパックよりもティーへと向かっている。


 刹那、コディアックはその背に突き刺さるパックの攻撃も無視してティーに躍りかかっていた。巨体に見合わぬ俊敏さで距離を詰めたコディアックがティーの細い体をひき肉にするかの勢いで爪を振るう。


 ティーは辛うじてそれを槍で受け止めていた。だが、その表情は厳しい。唇は真一文字に結ばれている。彼女には弟と違って正面から打ちあえるだけの速さが無いのだ。まして取り回しの悪い槍では――


 パックが懸命に走り寄るも、間に合わない。コディアックの剛腕が振るわれ、ティーはその攻撃に耐え切れなかったのだ。一撃目で構えていた盾が不快な音と共に破壊され、2撃目で槍が衝撃のあまりにすっぽ抜ける。これで彼女の身を守る物は無い。


 「姉さんッ!?」


 コディアックは止まらない。2本の足で飛び掛かる様に必殺の噛みつきを放ったのだ。それをティーは――


 「やるわね……」


 華麗に躱していた。


 思わず心配していたパックが間抜けな声を漏らすのと、彼女が反撃の拳を熊の脳天に叩き込むのは同時だったのである。


 「でも、大振りだし、狙いが見え見え。所詮素人の拳だわ」


 “CRITICAL!”


 その表記と共にコディアックが怯んだ様にのけ反る。ティーは動かない。一歩も引く気が無いと言わんばかりに立ちはだかったのだ。その手に武器は無い。しかしながら裂帛の気合と共に、慣れ親しんだ空手の構えを取る。


 その時パックは思い出した。彼の姉は物理的に彼とその兄を凌駕していることを。


 ティーは槍を手元に呼び寄せもせず、ただ淡々と振るわれる拳を見切り、躱し、逸らし、そして反撃の一撃を的確に急所に叩き込んで行ったのだ。


 呆気にとられたパックが駆けつけた時には遅く、コディアックはティターニアの前に膝を屈し、崩れ落ちていた。


 「さぁ行くわよパック。バターと兄さんを援護しないと……」

 「う、うん……姉さん、相変わらず喧嘩強いね」


 それまでの暴君の如き強さは瞬く間になりを顰め、淑女の彼女が居たのである。パックは分かってはいても、目を擦って二度見していた。




 一方、騎馬隊に襲われていた門でも決着はつきかけていた。既に多くのNPCが口に囚われている。残って戦っているのは極少数だ。だが彼らが必死で奮戦し、街を守り切っていたのである。


 そんな彼の頭上をバターが跳ぶ。彼女は低空を飛んで尻尾で攻撃しているパフを足場に空中戦闘を挑むことで、騎兵の注目を集めるのと同時に厄介な騎馬突撃を無効化していたのである。


 「バターちゃん、大丈夫? かなり飛び回ったみたいだけれど……」

 「あと一体……! まだ行けますっ!」


 最後に残されたウルク=ハイが悔しそうに声を上げる。彼の仲間は拠点に近付く端から“終わりの竜”の尻尾や爪で打ち砕かれ、空を飛び回るバターの槍に急所を貫かれて消えて行ったのだ。


 ウルク=ハイはウルクよりも高いステータスを誇る敵ではあるものの、急所へのダメージまでは防げない。


 「覚悟しなさいッ!」


 今もまた、陸上のNPCに気を取られた瞬間に頭上から飛び掛かったバターの槍が急所を貫いていたのである。


 “CRITICAL!”


 兜を貫く槍の音と、パック達が駆け寄るのは同時だった。


 「サヤ姉さん……凄い。格好良い……」


 文字通り天から舞い降りた凛々しい戦女神の登場に、パックの胸がいつも以上に高鳴る。それゆえ見逃していたのだ。たまにある兄の奇行を。


 彼の傍らの姉の顔色が見る見るうちに悪くなっていく。


 「あむ、おかえり」

 「兄公……どうして味方を食べてるのかしら……」


 同時にパックもそれに気付く。


 「魔物め! よくも私達の街を!」

 「あっち行けー!」

 「地獄に落ちろクソ野郎!!」

 「死ね! 絶対に死ねぇッ!!」


 彼の口元には、何故か罵声を浴びせかけるNPC達がぶら下がっていた。食まれていたのである。理解しがたい光景に彼は思わず、姉同様に頭を抱えていた。


 「な、何事なの!?」

 「人質?」

 「……違うわよ!? パック、ティー、その。これには深いわけがあってね……」


 何故か言いづらそうな顔をするバター。一方の兄は特に気にせず、もぐもぐしながら飄々と語る。


 「いや、なんか、ここのNPCは魔物と戦う様にプログラミングされてるみたいでさ、狙われんだよね……俺」


 よく見れば戦士のNPCが剣を振り回し、それがパフの身体を擦る度に彼のHPゲージが少しずつ減少していた。


 「……その、かと言って倒すわけにもいかないでしょ? だから、その、パフさんが口に咥えて保護してたの」


 “最後の竜”の噛みつきは強烈な攻撃だが、それはあくまで牙に囚われた場合である。唇で優しく甘噛みされてるだけの彼らにダメージは無いのだ。絵面は凄くシュールだが。


 「そんなことより、パックこそ大丈夫だったの!? あの熊は結構強そうだったけど」

 「そ、そうだね、確かに強かったよ!」


 一行はそのまま廃墟の様な拠点に足を進めて行く。話題を逸らそうとしたバターの試みに、パックは当然のように乗っていた。彼の強敵との戦いを端的に説明する。


 「やっぱり! パック、よく頑張ったわね! 偉いわ! で、どうやって倒したの?」

 「……その、姉さんが絞めた」


 バターは何とも言えない表情のまま、それを眺めることしかできなかった。何のことは無い。似た者兄妹なのである。


 一同の足は自然と速くなっていた。


完結まで、あと9話

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