表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
62/77

LOAD GAME →山小屋にて 残り時間00:18:00

 太陽が中天に差し掛かる時刻だというのに凍てつく吹雪のせいで温かさを微塵も感じられない中、パックは山小屋の喫茶店の一角でココアを飲んでいた。その不安に泣き叫ぶ内心を必死で隠しながら。


 ココアの甘く暖かい味わいが五臓六腑に染み渡ると、彼は不思議と静かで穏やかな気持ちになれたのだ。


 「あと、18時間……」


 彼は静かに呟く。それは、残されたタイムリミットであった。9日目の残りを必死の“凍土氷山”捜索に当てたものの、成果は芳しくない。これで長かった十日間も残すところは最後の一日のみ。しかしながら、残るステージは2つもある。


 絶望的な状況だが、それでもパックは努めて冷静を装っていた。かつてのように愛する人の前で取り乱したりはしない。


 「ティー……! このままじゃ、私達……いや、有志同盟の皆がッ!?」

 「落ち着いて。ここで焦っても仕方ないわ…………」


 そんな彼を取り巻くのは、焦燥感に襲われ悲痛な表情を浮かべたバターと、平静を装ってはいるものの何処か仕草に余裕が無く爪を噛んでいるティーの姿である。


 「やっぱり……出発しましょうッ!? 運が良ければ、ダンジョンだって見つかるかもしれないわッ! それに最後のステージだって、案外短くあっさりしているかもしれないッ! 希望はあるッ!」

 「そうね。でも、その希望は蜘蛛の糸のように細い。その賭けに乗るのは危険よ……」


 居ても立っても居られないバターは、その気なしに食って掛かる様にティーに詰め寄っていた。そして詰め寄られたティーの方も、内心ではそれに賛同しつつある。


 「パック! 貴方だってそう思うでしょ!?」


 そこでバターは飲みかけのコーヒーの入ったマグカップを勢いよく山小屋のテーブルに置くと、何処か縋るような視線でパックに振り向いていた。


 何処か泣きそうな雰囲気を漂わせたバターに縋られ、それでもパックの心に漣は起らない。溢れ出す愛しさも、彼女を慰めようとはすれど、先に進もうとは思わなかった。


 「バター、落ち着いて。大丈夫。約束の時間は近い」


 捨てられた子犬のように不安がるバターを、彼は愛しく思いながらも何処か達観したような顔で慰めていた。凪のように落ち着き払った彼は、そうして僅かに心に起った不安を払拭する様に記憶を思い返していく。




 「兄さん……! 良かった! 無事だったんだね!」

 「それは俺のセリフだよ……! パック、よくぞ無事で……! 皆を守ってくれたんだな!」


 短くも密度の濃い戦いを経験した兄弟は、プレインズの街で再会を果たしていた。その場にティーとバターはいない。激しい疲労で息も絶え絶えな彼女達は、やむなくパックとウィドウの手で宿屋に運ばれて休んでいるのである。


 「ぶーちゃんも、ありがとな。弟が世話になったようだ」

 「ふん! 崇め奉ると良いわ! 残りの全生涯に渡って、精々感謝しなさいよね!」


 ブラックウィドウは健闘を称え拳をぶつけ合う兄弟とは距離を取ると、天空都市の壁に腕を組んでもたれかかっていた。本人的にはハードボイルドを演出しているのだが、残念なことにいまいち迫力が足りていない。どちらかというと、具合の悪い人の絵面である。


 彼女の顔色は悪かったのだ。


 苦笑いの兄弟相手に、彼女は本題を切り込んでいた。


 「それで、これからどうするの? もう9日目は半分以上過ぎ去ってしまったわ」

 「……兄さん。僕たちは……このままじゃ……」


 タイムリミットが近づいていた。もはや暗黙の裡にクリア不可能と言わざるを得ないほどの時間である。ウィドウは小心な本心が前面に出てしまい、パックが避けていたその言葉を口にしてしまう。


 「ねぇ、正直に言って。もう、打つ手はないんでしょ?」


 だから、ウィドウの表情は暗いのである。パックもぎくりと身を震わせて、最後の頼みを見やる。


 諦めと救い。それをぶつけられたパフは、なお笑っていられた。彼はこの状況からでも勝ちを諦めていないのである。


 「そうだな。確かに万策尽きてるのは確かだ。……普通にやれば……な」


 彼の顔に浮かぶのは悪戯っ子のような、成功を確信している表情。その不敵なまでの言葉遣いに、ウィドウもまたにやけ顔を隠せない。


 「ははぁん……。また何か悪巧みしてるってことね! 乗ったわ! 聞かせなさいよ!」

 「良いとも。結論から言うと、チートを使えば良い。それだけだ」


 その言葉に、パックは思わず虚を突かれて兄の顔を見返していた。それを見越したパフはすかさず続きを述べる。


 「鍵はスターファイアだ。あの裏切者を思い出せ。あの男はクリスタル・ドラゴンと戦った時はまだ普通のステータスだったはずだ。ボス戦での被ダメージ及び与ダメージから間違いない。そして、あの男とはその後も共に居る時間が長く、その間に怪しい行動は無かった……」

 「……ッ!? っということは、あの時ッ!?」


 同時にパックの頭にも稲光が走っていた。言われてみれば、実に簡単な事なのだ。仰天した彼とは対照的にパフは笑いを隠さない。


 「あいつが長時間単独行動したのは俺がやった1時間だけだ。逆に言うと、その間の行動を辿ればチートの秘密を探ることができるかもしれん」

 「…………さっすがっ! それでこそ、兄さんだッ!!!」


 パックの驚きは直ぐに歓喜に変えられていた。もはや彼らが生き残るにはそれしか方法が無い。気が付けば彼は会心のガッツポーズと共に、兄の英知に喝采を叫んでいた。


 「となれば、やることは一つ。追うんだよ。スターファイアの足取りを……!」


 まるで主人に縋りつく子犬のような向けられる視線を受けて、パフは自然と優しく微笑んでいた。それは決して分の良い賭けとは言えない。しかし道はそれをおいてほかになく、ならば彼に戸惑う理由は無かった。


 「それで、ぶーちゃんはどうする? 共に進むか?」


 その言葉にウィドウは偉そうに胸を張って答える。答えは明白で、その手は既にステータス画面を操作し止まらない。


 「お断りに決まってんでしょ!」


 彼女はナーガホームを脱退するのに躊躇いはなかったのである。そのままソロプレイヤーになったステータス画面を表示し、唖然となっているパックに見せつける。


 パックが腑抜けた顔でその宣言を聞き流す中、パフはやはりと頷くだけであった。どうやら、彼の弟は成長したがそれ以上にそのライバルが成長しているようなのである。


 「……悪いな」

 「全ッ然! むしろ当然でしょ!?」

 「待ってよぶち子ちゃん!? せ、せっかくだしこのまま最後まで一緒に……!」

 「だからぶち子じゃないッ!」


 戦友との離別を避けようとパックは慌てて説得を開始する。されど、それはウィドウの怒りを買うだけだった。だがどういうわけか、ウィドウもこの時だけは素直になれたのである。


 「私が居たら、夜のクリスタル・ドラゴンを倒さないと先に進めないでしょうが! そんなの時間の無駄! 足手纏いなのよッ私! ……全く、察しなさいよね」


 悔しそうに、しかしどこか吹っ切れたようにウィドウは告げた。パックもそれを受けて何も言えなくなってしまう。そんな彼を察した彼女は、叱咤激励も兼ねて宣戦布告する。


 「……その、ごめん」

 「ふざけんなや童貞以下略ッ! そもそもいつ私があんたの仲間になったと思ってんのよッ! 勘違いすんなや! 私には! 私の! 仲間がいるの!」

 「あぁウィドウ……! ……イマジナリーフレンドは友達の数には入らないんだよ?」

 「知っとるわ馬鹿野郎! そういう意味じゃねーわよ!」


 激励のつもりが、いつの間にかウィドウはパックに食って掛かっていた。保護者が苦笑いで見守る中、イラついた彼女は自身の計画を誇らしげに語っていく。


 「私が鳥を育てる! 育てた鳥を上がってくる厳選された有志同盟の精鋭に恵んでやる! 後は臣下になった有志同盟と共にゲームクリアを目指す! どうよこの完璧な私の逆転プラン! ナーガホームなんてあっさり追い越して吠え面かかせてやるわ!」


 ――世界を救うのは、この私……!


 ここに至って彼女はその野望を捨てる気など微塵も無かった。その胸を張って堂々とした、いっそ清々しいまでのその姿勢にパックですら苦笑を禁じえない。


 しかも散々ライバル宣言をしたくせに、ナーガホームからは攻略情報をばっちり受け取る腹積もりなのである。実に傲慢で、それでいて彼女らしい有り様だった。正に小悪党である。


 「じゃあな兄弟! 次会う時は、ラスボスを華麗に撃破する私の姿を見せつけてやるわ! おーっほっほっほ!」


 言うが早いかウィドウは自身の愛竜に飛び乗ると、ペットを育てるために最初の浮遊島に飛び立っていく。


 「……なんていうか、あいつらしいな」

 「……うん。ぶち子ちゃんらしかったね……」


 ――ナーガホームには負けたくない。だけれど栄光は掴みたい。ただ、足手纏いだけは真っ平御免。


 彼女の内心が兄弟には手に取るように分かったのである。


 「兄さん。それで、僕はどうすれば良いの?」

 「……そうだな。ティーとバターを守ってやれ。で、起きたら凍土氷山の山小屋で集合と伝えるんだ。余裕があればレベル上げと物資の補給を頼む。もっと余裕があればダンジョンの捜索だ」


 去りゆくウィドウを背に、パックはもう迷わない。本音を言えば兄と共に追跡に加わりたいのだが、愛する姉とバターを放置するわけにもいかないだろう。成長した彼には、それくらい理解できるようになったのだ。


 「任せて!」

 「頼んだ。時間は追って連絡する」


 もうパックに迷いはない。進む道が決まったのならば、迷わずに歩むだけであった。


 彼の役割は保険である。パフが万が一失敗した時でも、問題なく進める様にとの保険。どうしようもなくなった時の、最後の賭けの為の手段なのだ。同時にそれは信頼の証でもある。もし役に立たないのであれば、パフは目の届く範囲においておくのだから。


 「時間が惜しい。行ってくる」

 「兄さん! 信じてるから……っ!」


 かくして、賽は投げられたのである。転移門に消えて行く兄の姿をパックは振り返らなかった。




 「バター、気持ちはわかるよ。でも、時には誰かを信じて待つのも必要だと思うんだ……」

 「パック……」


 年下の、されどいつの間にか驚くほど成長してしっかりしだした男の余裕たっぷりの言葉の前に、バターは心が静まっていくのを感じた。


 彼だけはバターが安心して上手に出れる相手であり、その彼が落ち着いているのであれば彼女が取り乱すわけにもいかない。


 「ね、パック。それで、私達はどうすれば良いの?」

 「やることは全てやった。後は約束の時刻を待つだけ……」


 その瞬間だった。薄暗い山小屋の中でパックもバターもティーですら、思わず立ち上がって武器を構えていた。身の毛もよだつ巨大な咆哮が静かな雪山に響き渡ったのである。まるでかの陸竜の雄叫びのようであり、しかしながらそれ以上に不自然なエコーがかかって禍々しい。


 本能的に武器を取ったパックは見た。窓の外。吹雪の向こうにもはっきりと分かるほど、黒い巨体が動いているのだ。


 「あれは!? 最初の時の黒竜!?」

 「敵襲よッ! 迎撃するわ!」


 黒光りする無数の鱗に、ナイフのように輝く牙がずらりと立ち並んだ咢。プレイヤーとは比べ物にならないほどの巨体に、王冠のように発達した角は間違いなくドラゴンである。


 それは、このゲームの開始を告げた黒竜その者であったのだ。


 転がる様に山小屋を出た3人は、そこで見た。


 黒いドラゴンは山小屋の敷地の外で、笑う様にしてその威容を誇っていたのである。実に楽しそうな笑みは、されど凶悪な面構えから見る者に恐怖を与えうる。


 残酷な竜は止めを告げに来たのである。


 そこでパックは今度こそ、一生分の驚きを使い果たすかのように目を見開いていた。実に隙だらけだがそれはティーもバターも同様で、揃って珍しい事にポカンと口を開いている。


 「ふははははッ! よくここまで来たな冒険者たちよ! だが、ここから先は……」

 「兄さんッ!!」

 「兄さんっ!?」

 「龍樹さん!?」


 そう叫ばざるを得なかった。その声は間違いなく、皆が絶大な信頼を向けるパフの物である。だがドラゴンの頭にはこう表示されていたのだ。


 “終わりの竜 LV100☆MAX”


 「兄公!? これは……一体!?」

 「た、龍樹さん!? えっ? なに、どういうこと!?」


 驚愕に顔を染めながらも、躊躇せずに近寄ってくる3人。パフはせっかくのドッキリが不発に終わったことにさめざめと涙しながら、今度は心の底から優しげな顔を作り上げて笑う。


 「待たせたな! これで一発逆転だっ!」

 「兄さん……! まさか……チートでドラゴンになったの!?」


 パフは、苦難の末にチートの秘密を発見していたのだ。そして彼はバグや不具合を承知で自身のデータを弄ることに躊躇は無かった。その結果がこれである。


 「いかにも! PKみたいに個人の能力を最大まで引き上げるより、このラスボスたる“終わりの竜”のデータを上書きして、飛行能力を得た方が良いと思ってな!」


 言うが早いか、パフは皆が乗れるようにその長大な尻尾をピンと張って突き出す。鱗に包まれた体に掴まれる場所は少ないが、尻尾には小さなとさかが生えていて申し分ない。


 この光景をもしアメリアがいたら、マジックドラゴンと叫んでいただろう。


 「さ、掴まって! 詳しい説明は飛びながらする!」


 3人を乗せた黒いドラゴンはあっという間に飛び立つと、冷たい吹雪を物ともせずに巨大な翼で飛翔する。バターがスキップをかけたので尚更だろう。


 「兄公! 東は探索したけど、何もなかったわ!」

 「あぁ了解! そうなると、そのまま時計回りに行くか!」


 不思議なことに、尻尾は僅かに揺れるものの風の影響は少なく快適であった。パックの目には大地を駆け回る雑魚敵の姿が見えるものの、誰もそれを気にも留めようとはしない。


 時より地上から魔法が飛んでくるものの、それは分厚い“最後の竜”の身体に阻まれて僅かにHPを削るのみ。むしろ吹雪による割合ダメージの方が大きいだろう。凍てつく風を飛び越えて、ナーガホームは未来を目指して飛ぶのだ。




 「でも兄さん。結局、どこに答えはあったの?」

 「パック……。答えは思っていたほど難しくなかったよ。というか、俺達も直ぐ近くまで近づいていたんだ。思い出してごらん。今までに一つだけ、この世界に溶け込んではいるものの、絶対に不要な所があっただろう? そこが答えだ」


 寄らば大樹の陰。パックは竜の尾に乗っている内に勝利を確信し、緊張を解いていた。何処か楽しげな空気すら漂う中、パックはその問いに考えを巡らせていく。雪に阻まれたフィールドも、天駆ける竜の前では普通の大地と相違ないのである。


 それにパックだけではない。ティーもバターも、いればアメリアだって、同じ。積み重ねてきた信頼がそうさせるのだ。皆がどこかリラックスしたムードで飛行を堪能していたのである。


 「ヒ、ヒント下さい! パフさん!」

 「えー。しょうがないなー。可愛いサヤちゃんの頼みだ仕方ない! ヒントは、あの部屋は意図的に作られた部屋だってこと。多分、もともとVIPのキャラクターをこっそり優遇するための部屋だったんだろうな」


 バターも久しぶりに差し迫る時間制限の緊張感から解放されて、吹雪の中でもすっかり気が抜けていたのだ。


 無理もないだろう。“名もなき砂漠”を抜けてからというものの、休むに休めない状況が続いていたし、まして心理的には常にプレッシャーがかかっていたのである。


 「……っ!? そうか……。あの時、アメリアは確かに……」


 気が付けばバターも思考に没頭していた。その楽しげな姿にティーは思わず、懐かしい空気に触れて感傷的な気分になっていた。


 「……つまり、一番最初のステージにあったってこと?」

 「その通り! 流石だな妹よ! お兄ちゃんは嬉しい!」


 前方には立ち並ぶ山々が見える。ステージの端が近いことを示しており、特にフィールドに怪しい物は無い。ここは外れのようだ。


 パフが機首を西に向け、束の間の寛ぎを楽しむ。それは人の姿を失ってなお、容易に感じられるほどの物だった。


 「最初……ダイアベイス……城下町……。駄目ね。全然分からないわ……」

 「あ、あの時はまだバターと合流してなかったから……」


 苦しみから逃れる様に、バターは頬に片手を当てて考え込んでいた。その少女のような愛らしい仕草にパックが心奪われるのと、姉のジト目に気付くのは同時だった。


 彼も辛い現実を忘れる様に、謎解きに熱中していく。


 「いーや。間違いなくサヤちゃんも近くを通っているはずだ」

 「えぇ! ってことは……まさか、城下町ってことですか!?」


 正解、と叫ぶ代わりにパフは低い唸り声を発した。同時にその口腔から激しい閃光が漏れ出す。黄色の光は直ぐに熱せられて赤色化していき、溶岩の如き様相を示したところでついに大噴火を巻き起こしていた。


 その圧倒的な上に美しさすら感じるドラゴンブレスは、空から近づく敵たちを一緒くたに薙ぎ払い、強引に進路を確保する。


 射程外から攻撃を受けてなお、プログラムに従って襲い来る敵に情け容赦ない2射目が浴びせられ、彼らは虚しく吹雪に溶けて経験値へと変わっていった。


 「そう! ここでヒント2だ! 場所は一度は通るものの、大抵のプレイヤーは二度と通らない場所だ! 通る必要が無いからな!」


 パックはこれまでの冒険の思い出を呼び起こしていた。城下町。一番最初に降り立ち、アメリアと共にこの世界の美麗さに感嘆したり、アイテムの品薄さに愕然となった場所である。あの時はそんな重要な拠点とは思ってもみなかったのだ。


 「駄目だ。……分からない」

 「……時間切れだな。ダンジョンが見えてきたぞ……!」


 その言葉にパックが視線を眼下に向ければ、降り積もる雪の向こうに一カ所だけ降雪の無い所があったのだ。氷点下の世界でなお流れ続ける川のほとりに、巨大な城塞が建築されていた。


 峻厳な城は中央に巨大な錬兵場を備えているものの、それ以外の場所はハリネズミのようにバリスタや馬防柵が設けられ、吹雪に生える黒色と相まってトゲトゲとした印象を受ける。


 中にはウルクだろうか。無数の人影がたむろし、“最後の竜”の接近に迎撃策を取ろうとしていた。無数の魔法の明かりが輝き始め、備え付けられたバリスタが回転し、それぞれ竜を撃墜せんとばかりに空を睨む。よく見れば大地にはチャリオットのよう物が展開を始めているではないか。


 そこから放たれる対空砲火は凄まじく、流石のパフも仲間を乗せながら戦うのは難しいと判断する。


 やむなく地上に降下した彼は竜の姿を取ってなお、ありありと分かるほどの笑みを浮かべていた。


 「兄さん! それで、答えは?」

 「……トイレだった」


 その解答に思わずパックは兄を二度見してしまう。ティーは新手のセクハラかと思い、同じように呆けている親友を背中に庇う。バターに至っては聞き間違いかと思って首を傾げていた。


 「ど、どういうことなの!?」


 パックには必死で声を絞り出すのがやっとだった。何ともしまらない結末である。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ