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LOAD GAME →決闘島にて 残り時間00:35:00

 そうして、パフは決闘の場に赴いていた。この作戦で良かったのかは彼にも分からない。一番勝算がありそうだと思ったから選んだが、絶対とは言い切れない。


 彼は彼で愛する妹弟を信じているが、それと彼らの命を危険に晒すことに躊躇するのは矛盾しない。一家の父親役である彼は、自分がリスクを取るのには躊躇わないが家族のリスクには敏感だった。


 彼が信じた場所で、決戦の幕は切って落とされたのだ。


 そこは、天空都市の中でも余人の介入を許さない場所である。どの浮遊島よりも小さく、何よりもうっそうと茂る森が印象的な小島である。頭上には無数の浮遊島が浮かんでいるものの、そこより下には一つの島も無い。挙句の果てに雲の通り道にあるらしく、数分に一度の割合で雲海が押し寄せ立つ者の視界を奪いさる。


 そう。これ以上ないほど待ち伏せに適した地形だったのだ。


 だから白いローブに身を包んだヨロレイホーは、歓喜の表情を即座に屈辱に変えさせられていた。きっかけは目の前で武器を構えて相対している、彼が最大のライバルと認めた灰色の魔法使いの言葉である。


 パフは、こう言わざるを得なかったのだ。


 「ヨロレイホー……実に残念だ。お前には失望した」

 「いきなりご挨拶だなッ! ラスボスよッ」


 それは、パフの計画が根底から覆されたことを意味していた。


 ヨロレイホーが苦い顔をしているのには訳がある。彼の目の前の男、パフの顔にはありありと侮蔑の表情が浮かんでいたのだ。彼はそれを隠そうともしていない。


 「何で俺がこんな地味なところを指定したと思ってるんだ? ハンディキャップだよ。お前一人じゃ相手にならんから、その辺の森にでもPKのお仲間が潜める様に選んでやったんだ。実際、俺なら躊躇なく全員で叩き潰す。だが、お前はそれしなかった。所詮お前はその程度という事だ。決闘の響きにつられ、確実な勝利よりも自身のプライドを選ぶ。話にならないな」


 淡々と、実に残念そうに呟くパフに対し、青筋を立てたヨロレイホーは苛立ちのあまり歯軋りを隠せなかった。


 「言ってくれるな……! もう少し気の利いた前口上は無いのか? それとも、殺された小娘の仇を討つ気概も無いのか? 灰色の魔法使い(ガンダルフ)!」


 パフは何も返さなかった。ただ、天空都市に溶け込むよう盛大な溜息を吐くと、静かに新調した武器を構えた。それは今までの杖よりもずっと太く、鍔まで付いて接近戦にも対応できるようになっている。


 彼は灰色のマントが天空都市の強い風に煽られ靡くのを、フードの下で煩わしそうにしているだけだった。ただ、その瞳だけが湖のようにたおやかに、自身の進む先を見透かしている。


 「……あるわけないだろ? お前はゴキブリを駆除するのに、気合をいれるのか?」


 パフは的確にヨロレイホーを挑発していた。ヨロレイホーはそれが分かっていても、増していく怒りのボルテージを抑えられない。いくら好敵手と言えどチートの前には格下の矮小な存在であり、彼のプライドが憤怒を叫ばずにはいられない。


 「言うわ雑魚の分際でッ! 覚えておけ九十九の手先め! 俺は、これからのツベルクを背負って立つ男だッ! 歴史しか取り柄の無い薄っとろい企業になんぞ負けん!」

 「……弱い狗ほどよく吠えるってのは、確かみたいだな」


 ヨロレイホーの顔色が紅潮していく。彼は元々気が長い方ではなく、またそれだけの能力があるのだ。


 そんな炎のような男を、パフは氷のように冷め切った視線で眺めていた。


 「アメリアの借りは返させてもらおう。何か言い残すことはあるか?」

 「ぬかせエエェッ! 人が下手に出ていれば良い気になりやがってェェッ!」


 同時に雲の波が押し寄せる。視界が真っ白に染まり二人の肌を冷たい風が撫でていく中、朗々と響き渡る音が二つ。互いが唱える魔法の詠唱だった。特にヨロレイホーの方は長い。


 魔法使いをして長時間の詠唱が必要なほどの大魔法。その威力たるや、見るまでも無くパフには理解できる。


 「天使の御許に送ってくれるわッッッ!!! 」


 雲海が消える。同時にエフェクトが発生し、鋭い音と共に空が引き裂かれて血を流すように真っ赤に染め上げられた。


 ヨロレイホーは呪文の完成と同時に、その苛立ちを昇華させて満面の笑みを浮かべていた。彼は自身の勝利を疑わない。そうなれば、パフの言動も全て負け犬の遠吠えにしかならないのだから。


 「燃炎空爆ッ! 最高位の炎魔法ッ! 効果範囲はこの小島を丸々飲み込み、クリティカル同様防御を貫通してダメージを与える最強の魔法よ……! ガンダルフッ! 貴様の末路にはお似合いだッ! 悪魔の焔に焼かれ死ね!」


 同時に2人の男の間に黒々とした卵のような物が生み出される。それこそが燃炎空爆の化身にして、最大の破壊を齎す悪魔の使者なのだ。その威力はプレイヤーキラーとて食らってしまえばタダでは済まされない。


 今まさに孵化しようとするそれに対し、パフは視線を逸らして大空を見上げた。既に日も暮れ、僅かに残った昼の残照が夜空を美しい紺色に染め上げている。とても綺麗だった。


 「チェックメイトまで、あと2手……。アメリア、ごめんな。今、仇を取ってやるから……」

 「まだ言うかッ! 地獄の業火に悶え苦しむのは貴様の方だッ!」


 刹那、爆炎があらゆる物を飲み込んだ。森も雲も、ヨロレイホーもパフも。分け隔てなく炎塊の中に飲み込まれ咀嚼される。


 いっそ不吉なまでに空気が膨張し、連続して炸裂する音と同時に炎と風が吹き荒れ島を焦がす。一度ではない。奇形の細胞のように連なった爆発が数えるのも馬鹿らしいほど連続し、オレンジ色の爆炎が島を余さず舐めつくす。


 森の中に潜もうが、島の陰に隠れようが、燃炎空爆には一切の小細工が通用しない。


 だからこそ、ヨロレイホーはこの魔法を宿敵との決着に選んだのだ。


 そう、長かったナーガホームとプレイヤーキラーとの戦いの結末が近づいていた。ヨロレイホーは生まれて初めての不思議な緊張感と共に、炎の舌が消え去るのを待ちわびていた。




 「やっぱり……こんなものか……」

 「貴様ァァァァァァッッ!!! 何を、何をしたッ!?」


 そうして、あっさりと決着はついていた。ヨロレイホーは浮遊島の冷たい大地に倒れ伏し、減りに減った自身のHPを前に驚愕に顔を染め上げている。一方のパフはというと、優雅なまでにヨロレイホーの手前で変わらず空を見ていた。正確には、自身の愛鳥が爆風に巻き込まれなかったかを確認しているのだ。


 そうして彼は安堵と共に、種明かしを始めていく。まだ確かめなければならないことがある。


 「体が……ッ! 体が動かないだと……!? こんな……こんなことがあってたまるか!? ガンダルフ! 教えろ! 貴様、何をした!?」

 「仕方ない奴だ。冥土の土産をくれてやろう」


 ――全ては、掌の上。


 もしアメリアが隣に居たら、その圧倒的なまでの強さの目にして高揚に目を輝かせているだろう。ここまでの展開は、完全にパフの筋書き通りだったのだ。


 「俺の初手は挑発。単純なお前はまんまと罠にかかった」

 「……うぬッ! だが、それだけでは説明が……」

 「2手目、スペードの3ザ・スリー・オブ・スペード。ジョーカーすら突き破るこの魔法で、怒りにかられたお前の魔法を打ち返したのさ……。本当なら、これでお前の仲間にもダメージを与えるつもりだったんだが……」


 同時に、倒れ伏したヨロレイホーの眼前にパフの武器が突き刺さる。それは杖にしては太く、鍔の付いたものである。再び仰天したヨロレイホーの前で、パフは静かにかぶっていたフードを外した。それは店売りの安物で、ただ灰色のマントと同じ色のフードを付ける事で魔法使いのローブを演出していたのである。


 そう。その姿は魔法使いではない。


 「剣……ッ!? それにッ、それはローブではなくマントだとッ!? 貴様!? 魔法使いを止めて剣士になったのかッ!?」

 「いかにも。知ってるか? 灰色の魔法使い(ガンダルフ)は剣だって使えるんだ。こんな風に……」


 同時にパフは剣を振りかぶると、動けないヨロレイホーの背中を踏んづけ、処刑人のようにその剣を彼の頭に突き立てた。一度ではない。斬首の音は直ぐに数えられないほどかき鳴らされていく。


 「杖より剣の方が相手の魔法を弾き返しやすいからな。お前が派手なエフェクトのある魔法を使ってくれたのも助かった。後はそれに紛れてバインドをかけるだけ。これが3手目だな」

 「バインドだと!? 馬鹿な……ッ! あの欠陥魔法は、自身の魔力より相手の魔法防御が高い場合は効かないはずだ!」

 「その通り。ただし、クリティカルを決めれば話は別だ。ちゃんと魔法防御も減算して計算されるからな」


 ギョッとした顔でヨロレイホーは強引に顔を天へと向けた。その眼球にパフの振るう処刑剣がガリガリと骨を削る様に愉快な感触と共に滑り込むものの、彼はそれに怯まない。


 頭上には”5”と数字が表示されていた。だが、正確には違う。16だ。なにしろ、パフがたった今バインドを唱えて数字を追加したのだから。


 「馬鹿な…………。この俺が、こんな赤子の手を捻るが如く……やられただと? ありえない……ありえないッッ!!!」

 「分かってると思うが、これでゲームセットだ。後はお前が死ぬまで切り刻むだけ。燃炎空爆は良い仕事をしてくれたよ。お陰で剣を振る回数が少なくて済む」


 以上。全てが事前に立てた作戦通りだった。ヨロレイホーはそこで初めて目の前の相手が次元の違う強さを持っていることに気付き、戦慄する。


 それは、文字通り敵のいない世界で退屈していた彼にとって、新たな目標を意味するものなのだ。


 「ふ、ふはは……ッッ! 見事だッ! 流石は灰色の魔法使い(ガンダルフ)! 実に鮮やかなお手並みッ! 称賛に値するッ!」


 掛け値なしのPKの称賛にも、パフは眉一つ動かさない。そんな言葉はアメリアの他愛無い、されど裏表の無い言葉の億分の一の価値も無いのだから。


 パフは剣を振り下ろすのを止めずに言う。


 「時間稼ぎなら無駄だ」

 「……ッ!?」


 そう。ヨロレイホーのライバルへの称賛は、本心ではあったが目的ではない。真の目的はパフには見えない、起動されているメニュー画面の方である。


 彼はそこでメールシステムを起動していたのだ。すなわち、仲間に助けを求めるために。そして、今度こそヨロレイホーは驚きを通り越して笑うしかなかった。


 「これは…………メールが……」

 「みんなの怨嗟の声が、お前にも届いてただろ? お前たちのメールシステムを利用不能に追い込む程度には……!」


 ヨロレイホーが開いたメールシステムには、大量の受信メールが届けられていたのだ。その数は1000を超え、今もなお増え続け留まるところを知らない。その悉くが白文か、2文字の憎悪の言葉がタイトルについている程度のお手軽なものである。そしてそれはPK同士のメールが埋もれ、一時的にメールを使えなくなったことを意味している。


 ジャミングだった。DoS攻撃と呼ばれる、大量のメールを送り付けてシステムを妨害する単純な手段である。


 それは皆の怒りと怨念のせいか、負荷のかかったメールシステムの動作自体も重くなるほどであった。


 「まさか有志同盟か……!? あの愚図共をこんな形で再利用するとは……!?」

 「良いこと教えてやるよ。魔王と戦うから勇者なんじゃない。皆と力を合わせて戦うから、勇者と称えられるんだ」


 言うまでも無く、パフはこの為にパースリーと話を付けていたのである。懸命に攻略を進めるプレイヤーも、全てを諦めたプレイヤーも、卑劣なPKに一矢報いる最後の機会と聞いて喜び勇んで妨害に参加していたのだ。


 まるで魔王と戦う勇者の為に全ての人間が支援を贈るがごとき、RPGの光景が繰り広げられていたのである。


 「まさか……あんな脳なしの家畜連中にこの俺が……」


 全てを悟ったヨロレイホーは静かに感嘆の意を示していた。彼にできる事は何もない。ただ、HPが尽きるまで絶望と共に生きる事だけだった。


 「家畜……ね。なら、飼い犬に手を噛まれたって所か?」

 「言うわ……。しかし、まさかこんな手があったとは……。オラクルもネウロも、これでは助けには来れないであろうな……。見事だ。まさか、この俺が読まれるとは……」


 感慨深そうな顔のヨロレイホーとは対照的に、パフは至極どうでもよさそうな顔を隠さない。彼からすれば、なるべくしてなった結果なのである。


 「それは違うな。俺がお前を読んだのではなく、お前が俺の掌の上で転がっただけだ」


 それはパフが長い事磨いてきた力だった。彼の手にかかれば、敵すらも気付かぬうちに彼の望むように動いてしまう。


 そこで初めてパフの表情が変わった。珍しい事に、彼もまた恨みを隠し切れなかったのだ。なにしろヨロレイホーには可愛がっていた妹分を倒され、今もまた彼の大切な仲間たちを危険に晒しているのである。


 だが、変化は一瞬だった。直ぐに湖のような静かな表情を取り戻し、敵の動きを操りにかかる。彼は見下げはてるような顔で吐き捨てた。


 「ド素人。顔を洗って出直しな」


 その網はヨロレイホーですら例外なく取り込んでいく。彼もまた気付かぬうちに取り込まれ、気が付けばこのゲームにおける魔王の役割を演じさせられていたのだ。彼に残されたのは、惨めな敗残者という末路だけ。パフの言葉にも悔しそうに呻くだけで、言い返すことはできなかった。


 「……クソっ! だが…………結局は、レベルが……足りないという事か……」


 パフは何も答えずに、ヨロレイホーの頭部に剣を突き立てるのを続けていく。


 「……なるほど。これではオラクルを怒れんな。俺は気が付けば愚民共を倒すのに夢中で、自らの研鑽を忘れていたようだ……」


 パフは自重するかのように呟くヨロレイホーを気にも留めない。チラリとだけHPの残量に気を配り、攻撃を続行する。視界の端では彼の風鳴鳥たるジャッキーがヨロレイホーのペット相手に大立ち回りを演じている所であった。


 その奮戦により、浮遊島に雑魚敵も近づけないでいる。


 「そうだッ……! 伝説の剣が使えるから勇者なのではないッ……! 伝説の勇者が使っていた剣だから、伝説の剣なのだッ! どうして俺はこんな簡単なことを忘れていたのだッ! ああっ! 実に見事! チートなどに頼らず、己が自身の力を磨くべき……」

 「時間だ。遺言を聞こう」


 ヨロレイホーは実に晴れやかな気分でその死刑宣告を聞いていた。次の一撃で彼のHPは0になるだろう。そしてここからの逆転を許す程、目の前の男は弱くは無い。


 しかしそんなことよりも、彼は久しく忘れていた興奮を取り戻していた。久方ぶりの戦いの喜びを思い出した彼は、外聞も無く叫ぶしかない。


 「見事だッ! だが、必ず戻ってくるぞおオオオォッッッ!!!」


 彼の雄叫びは天空都市の空に飲み込まれていき、直ぐに消える。残響すら残さないようにパフが手早く剣を振り下ろし、止めを刺したのだ。


 ツベルクハウンドの首魁が空気に消えて行く中、パフは静かに暗くなり始めた空を見る。同時に有志同盟に作戦成功の連絡を贈るのも忘れない。彼は存分に役目を果たしていた。


 「得る物も大きかった……が、失った物も大きかったな」


 PKを倒すことで彼は天空都市の安全と有志同盟の協力、そしてなによりも重要な情報を得ていた。しかしながら一方で、既にどんな宝物よりも貴重な時間を使ってしまっている。9日目も残された時間は少ない。


 それが吉と出るか凶と出るか、彼には興味が無い。ただ、先へと足を進めるだけであった。かくして、ナーガホーム最後の悪あがきが始まりを告げる。


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