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LOAD GAME →天空都市にて 残り時間00:36:30

 「うおおおおッッ!!」


 オラクリスト相手に奮戦し、されど力及ばずウィドウは浮遊島の崖っぷちに追い込まれていた。既に逃げ場は無く、高速の敵の一撃を防げる手立ても無い。真後ろには断崖絶壁、その向こうには果て無き空が彼女を飲み込まんと待ち構えている。


 ウィドウの表情は死の緊迫と戦闘の余韻が複雑に絡み合い、見るも無残な様相を呈している。剣を構えたオラクリストはその無様さを短く嘲笑していた。


 「お別れねッ!」


 その中空を切り裂くウィドウの目には追い切れない一撃を、彼女は避けなかった。避けられなかった。無情にもプレイヤーキラーの剣が、彼女のいる空間を貫いていく。


 ウィドウにはそれを眺めることしかできなかった。その表情はこれ以上無い程歪み――愉悦に震えている。


 「バーカ! そんな攻撃は読めているわッッッ!!」


 気迫一拍。ニヤリと笑う。


 委細問題ない。ここまで全て、ウィドウの妄想通りに事は展開していたのである。激しい呪詛のあまり寝ても覚めても敵をぶち殺すことしか考えていなかった彼女は、それゆえ自身の窮地を的確に予言していた。


 後はその予言を的中させるべく、わざと追い詰められるように振舞っていたのだ。


 滅びの予言は、事前に内容が分かっていれば避けるのも難しくない。


 「こいつッ!?」

 「シャァァァァッ!!! 行くぞオラァァッッ!!!」


 ウィドウは躊躇なく浮遊島から飛び降りると、浮遊島の水平線下で待機していた愛竜に飛び乗ったのだ。既にその口からは溢れんばかりの灼熱の固まりが赤光と共に輝きを放っている。


 「ぶち殺せエエエエッッ!!!」

 「ッ!?」


 刹那、限界まで蓄えられた熱線が噴火のように大爆発を起こすと、マグマの如き炎熱が目前のオラクリストを飲み込んだ。


 だが、ウィドウの顔色は晴れない。予想では平凡な彼女の一撃では優秀な奴等を倒しきれないのは分かっている。だから、一切の油断などしない。


 「地獄の業火を味わいやがれッ!!!」


 主人の激しい怒りに呼応するかのように、愛竜は嘶くとブレスを連続して吐き出し続ける。骨すら残さず火葬するように、浮遊島を炎の波が焼き尽くしていく。


 「やってくれたわねッ……! 雑魚蜘蛛風情が……ッ!」


 そのオラクリストにしては珍しい程の恨みがましい怨嗟の声に、ウィドウは自身の確信を強めつつも再び決闘場と化した島に降り立つ。もうもうと立ち込める煙は天空都市特有の風に瞬く間に流されていき、そこには2人の女が立ち尽くしていた。


 「遊びは終わりよ。次の一撃で仕留めるわ」


 彼方剣を構えたオラクリストは、実に億劫そうに言う。その顔は最後の瞬間まで怠惰に塗れ、戦いに際しても一切揺るがない。彼女には最初から分かっていたのだ。所詮小物に過ぎないブラックウィドウなど、容易く仕留められることに。


 「紫電一閃。射程距離は7メートル。超高速の一撃は、さながらレーザーの如し。あらゆる守護を貫き、あらゆる逃走を許さない……」


 此方斧を構えたブラックウィドウは、対照的に晴れ晴れとした表情でその瞬間を静かに待ちかねていた。だが、表情とは裏腹にその心臓は爆発しそうなほど激しく脈打っている。それをひた隠すように、斧に光を宿らせる所だった。


 それは、彼女が必死で研ぎ澄ませてきた、唯一の牙だった。


 「それがどうしたっていうの? あんたの敗因は、最初からそれを使わなかった事ね!」


 鋭い突風が2人の間を吹き抜けていき、その間にオラクリストの身体が激しい閃光に包まれていく。激しい電撃がPKの身体を包み込み、そこからコロナのように電流が噴き出した。


 「失せろ」

 「シャァァァァァッッッ!!! 勝負よッッ!!!」


 瞬間、落雷のような音と共にオラクリストから黄金色の輝きが溢れ出す。応じる様にウィドウも鈍色の輝きを宿した斧を構え、唇をきつく結ぶ。ブラックウィドウ一世一代の大博打の瞬間が幕を上げたのである。


 彼方回避不能の閃剣。此方一撃必殺の鈍斧。


 決着は一瞬にして一撃。そこに余分な成分は含まれていない。


 稲妻と化したオラクリストは不敵な笑顔のまま、自分自身の目にも止まらぬ一撃を怠惰な本能のままに振るう。それをウィドウは――


 回避不能の閃光と一撃必殺の剛斧は、激突の瞬間ガラスが割れる様な澄んだ音を奏でる。それだけだった。


 「馬鹿な……?」


 オラクリストは愕然として0になった自分のHPと、1ミリたりとも減っていないウィドウのHPを見比べる。


 「全部読めていたわ……。貴方は優秀だけど、それに甘えて研鑽を忘れている。だから、当然と言えば当然ね……」


 ウィドウの呟きと同時にオラクリストの身体が薄れていき、静かに相方の女に詫びてから風となって天空都市の大空に消える。


 ウィドウはそれまでの興奮など全て忘れて、どうでもよさそうに見ていた。


 「……私が善戦すれば、貴女は面倒がって回避不能の一撃を……紫電一閃を放つ。予想通り。プレイヤーキラーの性か狙いは急所である頭。予想通り。後は、目視不能の一撃も着弾地点が分かっていれば、回避は容易。そしてその軌道上に私の斧を構えれば、自然と先にくたばる。……自明の理ね」


 彼女の呟きとは裏腹に、血を吸ったばかりの彼女の投げ斧は次の獲物を催促するように明滅する。


 「劇的な戦士も、相手が平凡なら凡庸とした戦いしか繰り広げられないわ。それこそ私の良く知る……ね。後はこのミョルニルの力をもってすれば、貴方の守りも貫けるッ!」


 それは、“夜の遊園地”で販売されていた天下三斧の一本である。その効力はクリティカルの威力を上げる事。


 ところで、彼女が唱えた斧スキル大斧断首は攻撃が多段ヒットするスキルである。


 この2つを組み合わせるとどうなるか。


 その結果がこれだった。クリティカルさえ叩き込めれば、敵の守りを紙のように易々と切り裂き、しかもその攻撃が無数に折り重なって決まるのである。


 ミョルニル(粉砕するもの)。まさにその名に相応しい痛烈な一撃は、PKは元より強力なボスですら一撃のもとに跪かせるほどの威力があるのだ。ウィドウはこの為に無駄に高いプライドを切り売りしてまで、ミョルニルを手に入れていた。


 「ふんッ!! 大したことのない相手だったわね!」


 地味に追い詰められてヒヤヒヤだった内心をきれいさっぱり忘れると、ウィドウは一人寂しく捨て台詞を吐き捨て愛竜に乗り込む。プレインズへと戻ることにしたのだ。彼女には、他にぶち殺す相手が3人は残っているはずだった。


 「……本当に。平凡な私なんかに負けるなんて、大したことのない相手だわ……」


 かくして、PKの野望は一人の少女によって木端微塵に打ち砕かれたのである。




 「ああぁぁ!? まさか、オラクルゥゥゥ!!?」


 ネウロポッセは同僚の凶報を察して、不覚にも悲鳴を上げていた。同時にありったけの憎しみをウィドウに注ぎ込んで、パック共々地獄に送ってやることを固く心に決める。


 「ウィドウ! 無事だったんだね!?」

 「ふふん! 当然ッこの私に敵う者などいないのよ!」


 対照的に、パックは劇的な再会を果たした相手と言葉で互いの健闘を称え合う。言葉にしなくとも、互いが激しい戦闘をくぐり抜けてきたのが分かったのである。


 「で、状況は?」

 「兄さんが敵将と、姉さんたちが裏切者と戦ってる」


 それだけで十分だった。


 目前には油の切れた機械のようにぎこちなく身体を持ち上げるPKの女。さっきまでパックは苦戦を強いられていたが、今は違う。心強い援軍を隣に、パックは心が爆発するのを抑えきれない。


 「おのれぇぇぇぇぇぇぇぇよくもぉぉぉぉオラクルをッ!」

 「それはこっちのセリフよ! 覚悟なさいッ! 皆の仇、取らせてもらうッ!!」


 パックは何も言わずにウィドウを庇う様に前に出る。彼女はスキップが使えず、加速した斧使い相手には不利だ。しかしながら、PKの守りを貫くには彼女の力が必要なのだ。


 彼は油断せずに視線だけを相方に向ける。


 「尊敬に値するブラックウィドウ。僕が前に出て隙を作る。止めは任せた」


 ウィドウもしたり顔で、今までに感じたことのない戦いの喜びに震えながらも応じていく。


 「信頼に値するパック。了解よ。この私が確かに任されたわ」


 2人とも力を合わせれば、何者にも負ける気はしなかった。たとえ相手がパックの兄姉であっても、それは変わらないだろう。その確固とした自信は、自然と二人に静かな笑みを浮かばせていく。


 対照的にネウロポッセは自分の希望も仲間も失い、ただ不吉な顔で嗤うことしかできないでいる。彼女には既に目の前の敵を追い縋ることなど不可能。


 純然たるヨロレイホーの足を引っ張ることしかできないのだ。この瞬間にも2人が示し合わせて逃げ出せば、鳥を失い追いすがる縁の無い彼女は虚しく絶望することしかできない。


 だが幸運なことに、パックもウィドウもこの敵を逃すつもりは無かった。


 「こいつは……ここで倒す」

 「ええ。それが良いわ。下手に逃して下から上がってくるペットもいないような連中のPKに回られると厄介だからね」


 なにより、パックは兄姉を信頼している。一番弱いパックの助力など必要ないのだ。


 「…………………………」


 ネウロポッセは絆で結ばれた2人に、青い顔色で淀んだ視線を向けるだけで何も言わない。言う事もできない。2人の機嫌が何か些細な事で変わって逃げられてしまえば、彼女の負けは確定するのだ。


 できることは、相手の慈悲に縋る様に戦いを懇願することだけ。プライドも自信も経歴も、何より大事なヨロレイホーからの信頼も、全てを失っていた。後は僅かに残された希望に縋りつくのみ。


 「ウィドウ、僕と絆を結ぼう」

 「あら。結婚の申し込み? でも、せめてもう少しマシなプロポーズを用意しなさいよね……」


 同時にネウロポッセがスキップをかけると、湧き上がる憎悪と絶望をひた隠して突撃を図る。その両脚が静かに、されど確かに浮遊島の大地を蹴る。


 「む……。フラれちゃった?」

 「やれやれ、パック。女を喜ばすには修行が足りないわね……」


 苦笑いを隠せないパックを尻目に、ウィドウは彼に全幅の信頼を寄せて必殺のスキルを唱える。他方パックは彼女とは距離を取ると、迫りくるネウロポッセに対し十字砲火を放つよう斜めに挟みこむ。


 「……………………」


 不気味なほど静かなネウロポッセは、その花道を一直線にウィドウに向けて突き進もうと疾駆する。戦斧が鋭く鎌首をもたげ、しなやかに命を刈り取る動きを見せ始めた。パックが背後に回り込むのも気にしない。


 彼女の目的はただ一つ。


 ――どちらか一人だけでも、地獄に道連れ……!


 パックの攻撃ではまず死ぬことは無いし、ウィドウはパックと比べて圧倒的に遅いのだ。


 「ちょっと! 護衛はどうしたの! 花嫁に戦わせる気?」

 「あいにく、白馬の騎士の役目は落第だからね……」


 軽口を叩きあう二人を尻目に、ネウロポッセは全怨念を込めてウィドウに斧を振るっていた。余分な力の抜けたそれは彼女の生涯最高の一撃である。短く持たれた斧は艶やかに光を乱反射し、今まで以上に鋭く唸りを上げて空気を切り裂きながらウィドウに迫る。


 対する彼女はそれを防御すらせず、ただ必殺の一撃を放つだけ。鈍色の斧は正面からPKへと振りかぶられた。


 「………………ッ!!!」


 ネウロポッセは、その瞬間を確かに見ていた。見ていて何もできなかったのだ。


 「あぁ、2人だとこんなにも楽だとは……」


 目の前の小憎たらしい少女の姿が掻き消え、代わりに背後に居た筈の憎き剣士の姿が現れたのだ。彼は風鈴が割れる様な音と共にその類まれな速度をもって、ネウロポッセの一撃を正々堂々と剣で受け止めていた。それどころかゴムのように柔らかく背後へ力を逃し、斧が反発して戻るのを許さない。


 「全く、その通りだわ……」


 そして、ウィドウはというと、パックが先ほどまでいたネウロポッセの背後に君臨していた。鈍色の斧は既に相手を打ち砕く準備を整えている。


 全てを悟ったネウロポッセが最後に何か呻くものの、それが意味を形作るよりも先に大斧ミョルニルは相手の首を断ち切っていた。


 呆気ない程静かにネウロポッセは消えて行く中、ウィドウは慌ててステータス画面を操作する。そこには確かに所属パーティー:“ナーガホーム”と絆が記されていた。


 「ま、感謝しなさいよね! 仕方なくナーガホームに入ってあげたんだからね!」


 種を明かせばなんてことはない。パックに求められたウィドウはパーティー“ナーガホーム”に一時的に在籍して味方判定を取得すると、パックがそれを利用して剣スキルレベル1“庇う”を使ったのである。


 「よく言うよ……でも、ぶち子ちゃん、良く一人で来れたね? それに斧まで……」

 「だからぶち子じゃないって何度言ったら分かるのよおおお!? 罵られて喜ぶタイプなわけえええ!? この変態ドМ童貞ストーカースケベがあああ! それはともかく、どうして斧使いが遅いと思う? 強キャラだからよ!」


 戦いが終わるや条件反射での豹変っぷりに、パックは苦笑いを隠せない。今となっては懐かしい、共に肩を並べて笑い合った時代の空気が残響のように不意に脳裏でざわめいている。


 一方のウィドウも晴れやかな顔立ちで愛竜の鞍に駆け上がっていた。だが、その表情は即座に暗転する。パックの言葉に不都合な事実を思い出したのだ。


 「私……カジノで……お金……借りたの……」

 「……まさか、あのギャンブラーに!?」


 同様にパックも出立の為に愛鳥に跨りながら、ウィドウの衝撃の告白に目を剥いて思わず心配していた。


 パックの見る所、賭博者ことポリーナは次元の違うレベルの悪人である。そんな相手に大金を借りたらどうなるのか。間違いなく不愉快な事態になるだろう。


 彼の不安は的中し、ウィドウは借金の代わりに受けた屈辱と恥辱を思い出すと、思わず体を抱きかかえて俯いていた。


 「……う……ん。だって、貴方達と違って平凡な私じゃ、ギャンブルに勝つ自信は無かった……でも、どうしても武器は必要だった……。しかも、私は直前にあの女を詰ってしまった……。だから、皆の前で頭を下げて許しを請うしかなかったわ」

 「ウィドウ…………その、ごめん」


 竜は太い2本の脚で大地を蹴ると、颯爽と翼に風を受けて大空へと舞い上がる。パックは行き先を示すようにその目前を進みつつ、内心は戦友を襲った悲劇で胸が一杯だった。


 パックにとっても思い出したくない記憶なのだ。


 されどウィドウは必死で悲劇を乗り越える様に、言葉を紡ぐ。


 「でも、あの女は私を見下して一銭たりとも貸してくれなかった。だから必死に屈辱を我慢しながら土下座して、脚にキスまでしたの……」

 「うん……うん……! もう、大丈夫だから……」

 「……そのままお腹を経由して……憎らしい豊かな胸にまで……ッ!」

 「うん……! うん……?」


 話の展開がおかしい。パックがそう疑問を挟む余地も無く、ウィドウは苦しみから逃れる様に続きを語っていく。


 「それでも駄目だったのよ!? だからッ! 嫌で嫌でしょうがなかったけど、涙を堪えて……あの変態女に……直に口づけしようと……ッ!」

 「待って待って待って!? 何処かで何かがおかしいよ!? 嫌がらせなの!?」

 「どういう意味だゴルァ!? 私のファーストキスなのよ!?」

 「そこじゃないよ!?」

 「じゃあ何処にしろっていうのよ!? ヘルキャット直伝なのよ!?」

 「そうじゃないし、それ男相手の話だよね!?」


 ツッコミが追い付かなかった。


 ウィドウは、最後まで残念な小物だったのだ。パックは衝撃のあまり苦虫をかみつぶしたような顔のポリーナがありありと想像できていた。きっとその隣には、あまりの超展開について行けず、呆然と突っ立っていた苦労人のタイムもいたのだろう。


 全てを察したパックは不覚にも笑いを堪えきれなかった。本当に久しぶりに心から笑った気がした。それにウィドウが馬鹿にするなと噛みつき、だが、2人の話はそれで終わり。


 姉たちを探していたパックが、低空で必死に翼を動かしている風鳴鳥を見つけたのである。


 その鞍には気を失っている姉と、パックの最愛の人の姿。しかしながら、必死にバタつく風鳴鳥の周辺空域には雑魚敵が忍び寄りつつあった。


 彼は軽く鳥の腹を蹴って合図すると、姫君を救う騎士のように一直線に降下していた。ウィドウもそれに貸しを作る絶好の機会だとニヤケながら援護攻撃を開始する。


 天空都市に新たな戦いの火蓋が切って落とされていた。




 砂漠の空の下。ウィドウに変態と罵られたポリーナも内心では満更ではなかった。彼女はたった今、相方が激戦の末“陸竜”に止めを刺したところなのである。


 久しぶりにまともな女性である“スカボロー”と肩を並べたタイムは、心の洗濯とばかりに奮戦していたのだ。その分ポリーナにできる事は少ない。


 ――幸運は掴み取る物。それゆえ、最後まで足掻き続けるウィドウは幸運にふさわしい。


 彼女はそう思ったからこそ、必死にプライドを投げ打ってまで仲間の仇を取ろうとしたウィドウを助ける事にしたのである。それは実に絵になる光景で、断って絶望の淵に叩き落すよりも救いの手を差し伸べて更なる感動の光景を生み出せそうな匂いがプンプンしていた。


 「だから、この世は面白いんですよ……」


 それがポリーナの原動力である。そして、彼女はウィドウに対し一定の評価を定める。その能力は平凡。しかしながら、諦めずに上を向いて手を伸ばすだけの気概はある。そういう人間を手助けする代わりにドラマを鑑賞するのが、彼女の娯楽なのだ。


 「ポリーナちゃん! どうしたんだヨ! 綺麗な顔がにやけてるヨ!」


 そこで軽薄な男に声をかけられ、ポリーナの回想は終了していた。彼女はステージ攻略の為臨時パーティーとして、有志同盟の最前線に立っているのだ。


 「ええ、ちょっと愉快なことを思い出しまして。ネギ、何か御用ですか?」

 「ネギ!? 違うし、ボクの名前はメキメッサーだヨ!?」


 反対に、ポリーナは目の前の男にこれっぽっちも興味を持てなかった。それなりにやるようではあるが、いかんせん軽薄さが拭いきれない。世渡りは上手くとも、ドラマ性は皆無である。


 ポリーナ的には、いっそ無垢でパック同様女性への幻想を捨てきれないタイムに絡んで慌てふためく様を鑑賞する方がずっと楽しい。できる事ならそのまま押し倒して、彼がどんな顔をするのか直に見て見たい。


 そんな内心をおくびにも出さなかったため、メキメッサーはますます調子に乗っていた。


 「どうだイ? 終わったら今度、一緒に遊びに行かないカ? きっと楽しいヨー?」

 「すみません。八百屋はちょっと」

 「だから葱じゃないってばッ!?」

 「……どうかしましたか?」


 気が付けば、彼女の周りにはパーティーメンバーが集結していた。


 臨時パーティー名“スカボロー・フェア”。パースリー率いる“スカボロー”と、ポリーナ率いる“フェアプレイ”、そこにソロプレイヤーであるメキメッサーを加えた6人こそが、有志同盟最後の切り札だった。


 「何でもないヨ! ところでパースリー、君もどうだイ? 終わったら一緒にお茶でも?」

 「ご、ごめんなさい! 私……そういうのはちょっと」

 「まぁまぁ、ただお茶を飲むだけじゃないカ! そんなに構えなくても……」

 「タイムッ!」


 ポリーナの呟きに待ってましたとタイムが現れると、容赦なくメキメッサーを締め上げる。急造のパーティにしては、なかなかどうしてバランスが取れていた。


 「メキメッサー! いい加減にしないか!? ナンパしてる時間が合ったら、一体でも多くの敵を倒せ!」

 「痛い痛い! タイム、男同士でくっついても良い事なんてないヨ! それに、時間を忘れてないカ?」


 その言葉にタイムは思わず手を離してしまう。メキメッサーはするりと抜け出すと、平然とパースリーの肩を抱いてからどっかりと砂漠に立ち並ぶ廃墟に腰を据えていた。


 ビクリと身体を震わせていたパースリーだが、同じ女性であるセージとローズマリーの生ゴミでも見るかのような視線に勇気づけられて役目を取り戻す。確かに時間通り、彼からメールが届いていたのだ。


 咳払いを一つ。そうして全パーティーメンバーに、そして現有志同盟の盟主として待機組を含めた全プレイヤーに言葉を届けるのだ。


 「それでは、パフとの約束に従い攻撃命令を下します」


 どこか儚げな雰囲気を持っていた彼女は一転、鋭い表情でそれを告げる。


 「私たち一人一人はちっぽけな存在ですが、やりようによっては彼らを滅することができるはずです。さぁ、力を合わせてプレイヤーキラーに正義の鉄槌を下しましょう」


 エンディングは近い。それは、散々利用されてきた有志同盟の、一矢報いる乾坤一擲の反撃だった。


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