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LOAD GAME →滅びた村にて 残り時間229:30:00

 アメリアは泣きそうだった。乙女のプライドで必死になって子供っぽい涙を堪えている。それでもなお、今にも泣きそうな顔のまま一向に追い縋っていた。


 「N……Nooo!! 置いで行がないでェェェ!!!」


 彼女の悲鳴に一行は足を止める。別にアメリアに意地悪をしているわけではない。ただ純粋に、曲がり角を曲がっただけなのだ。後衛の彼女も皆を追いかけて角を曲がろうとし、何かに足を取られて転んでいた。


 骨の手が、彼女の足を引っ張っていた。


 悲鳴を上げつつ涙目になって、必死でえいえいと骨に剣を叩きつけるアメリア。一方傍らのパックは、ステージ各所に配置されたホラー演出よりも、それに引っかかるたびに耳元で湧き上がる悲鳴の方に驚いていた。


 「WHY!? 何で、何でみんな全然平気ですか!? パックは怖くないんですか!?」

 「いや、怖いんだけど……」


 隣でそれ以上のリアクションがあるので、恐怖よりも驚愕の方がでかいのだ。食ってかかるアメリアに対し、パックは視線をそむける。


 そこでここまでは微笑ましく見守っていたパフだが、流石に時間を取りすぎたと反省し、方針を変更する。ようは、彼女が怖くないように据えれば良いのだ。


 「分かった分かった。俺が後ろに行くから、アメリアは真ん中な」

 「うぅ。絶対、絶っ対パフは後悔するです! 後ろは怖いです!」


 “滅びた村”は、ホラーステージだったのだ。ギミックは多数存在するものの、徘徊する敵は少ない。ただ、敵がギミックと同時に多数出現するため、決して気の抜けるダンジョンではなかった。


 幸い、戦闘にとられる時間こそ長いものの、ダンジョン自体が物凄い広いわけではない。先頭を行くティーは、呆気なくボス部屋を発見していた。だが、それを見たバター共々表情が引き攣る。


 “Graveyard”


 金属製の柵で囲まれた中に無数に立ち並ぶのは、“R.I.P”と刻まれた十字架を模した石の彫刻。


 墓場だった。しかも演出なのか、気が付けば空は黒い雲で覆われ、不吉な雰囲気を醸し出している。


 だが避けようにも、ボス部屋特有とでもいうべき門が鎮座しており、間違いなくダンジョンの終点だと示している。


 「ここ……よね?」


 アメリアほどではないにしろ、ホラーが苦手なバターが麻痺した顔で呟く。彼女にしては珍しく、弱音を吐いていた。それに傍らのティーも大きく頷いて同意を示す。


 「嫌だわ…………墓石が邪魔で、戦い難そう……」

 「嫌がる所そこ!? 他にあるでしょ!?」

 「まさに墓荒らしなのもちょっと……」

 「うるさいわよ!?」


 前衛は、別の意味で賑やかだった。


 そして一行がボス部屋前に辿り着きティーが門に触れると、第一ステージと同様にメッセージがポップアップする。


 ※WARNING※

この先には特別に強い敵がいます!

一度に挑めるのは1パーティー6人までです!

一度戦闘が始まってからは、逃げることはできません! 覚悟を決めて下さい!


 既に全員の回復が済んでいるのをティーは横目で確認すると、躊躇なく門を押し開いていた。


 その途端、轟音と共に中央に居たアメリアの姿が消える。


 「んなッ!? アメリア!? どこに行ったの!?」


 仰天しつつも安否を問うたのはバター。それ返ったのは悲鳴だった。


 「Gaaaaak!!! Noooooo!!!! Oh my God!! Oh my God!!! Oh my God……!」


 アメリアは心の底から驚愕し、気が付けば泣き叫んでいた。口も瞳も大きくまん丸に開き、ただ悲鳴を上げる事しかできない。なにより、既に周囲を接触できる距離で、敵が待ち伏せていたのだ。


 ティーが扉を開けた瞬間、示し合わせたかのように地面が陥没し、中央で安全と高をくくっていたアメリアはそれに巻き込まれていた。彼女は動けない。両脚に上半身だけの骸骨が縋りつき、四方からアンデッドソルジャーが襲い来る。


 恐怖のあまり、彼女は恥も外聞もかき捨てて、普段なら絶対に使わない最終手段を使っていた。


 途端彼女の姿が消え、代わりに同じ位置にパックが現れる。高みの見物を決め込んでいた彼も、この事態は想定外だった。


 「うわぁぁ!! なんだこれはぁ!!」


 剣術スキル“庇う”である。敵と交戦中の時に限って、直ぐ近くの味方と位置を交換できるのだ。恐怖のあまり魂の抜けたような顔で、呆けたまま呪詛を垂れ流すアメリアを尻目に、彼は危機に陥っていた。


 「「パック!?」」

 「シン君!?」


 そこでようやく状況を理解した味方が動き出す。慌ててパフが味方に“スキップ”をかけた所で、槍使いの2人が突撃し、血路を開く。


 色々な意味で大打撃を受けつつも、パーティーはなんとか窮地を脱していた。




 「Fuck(クソ)! Fuck(チクショウ)!! Fuuuck(ふざけんなーっ)!!! You'll(覚えて) regret(なさい) this()Fuckin’ (クソ) programmer(製作者)I’ll(絶対) never() forgive(許さない) you(からね)!」


 暫く恐怖に打ち震えたアメリアは再起動すると、今度は怒りのあまり天に向かって吠えていた。その隣では、同様に情けない悲鳴を上げてしまったパックが恥ずかしさでいっぱいだった。


 ティーが油断なく警戒する中、パフとバターの慰めで年下の2人が復活する。2人とも、羞恥を怒りで誤魔化すことにしたのだ。


 「改めて、進むわよ」


 再びティーが門を開ける。ギィィと呻き声のような音を立てて、ゆっくりと門は開き、一行は中の墓場に侵入していた。


 同時に真っ暗だった雲が色濃くなり、夜中かと見紛うばかりになる。それどころか、満月まで現れていた。


 薄暗い中、月明かりに照らされたフィールドに光るのは青白い人魂。


 それが爆発するように膨らむと、骸骨の姿を形成していた。ただのアンデッドではない。赤く厳めしい鎧に大きな斧を装備した姿は、今までの雑魚とは比べ物にならないほどの威容を放っている。同時にボスが斧を大地に突き立てると、不気味な叫び声と共にアンデッドソルジャー達が蘇った。その数5体。よく見れば身に着けている鎧や盾が立派な物になっている。


 “アンデッドソルジャー LV15”

 “アンデッドジェネラル LV20”


 それを見たパフの顔色が変わる。敵のレベルが高いのだ。ボスは元より、雑魚も侮れない水準である。


 「兄さん! 私とバターで雑魚を抑えるから、援護をお願い……!」

 「……了解だ」


 ティーと、それに負けじと前にバターが出たのと同時にボスが雄たけびを上げる。刹那、一斉にアンデッドソルジャー達が突撃を開始していた。彼らと交戦する前にパフが2人に補助魔法をかけて、防御能力を高める。


 「パック! 突撃です! 恥をかかせてくれやがったアイツに! 逆襲です!」

 「あぁ! あの野郎……! 良くも皆の前で恥を……!」


 バターとティーが巧みに敵を押し分け、ボスへ進む空間を確保する。その狭い道を、パックとアメリアは駆け抜けていた。




 「くそッ!? 堅いな! ボスだけはある!?」


 それがパックのアンデッドジェネラルに対する第一印象である。月光を受けて鈍く光る厳めしい鎧兜は、伊達ではないのだ。


 「Yup! HPゲージが、減らないです!」


 アンデッドジェネラルの動き自体は緩慢で、攻撃頻度も高くは無い。斧を縦に振り下ろす一撃は強烈で射線上に衝撃波まで発生させるものの、隙が大きく回避は難しくない。横切りは360度あらゆる方向を薙ぎ払うので回避は必須だが、若干の溜が必要で後退には十分だった。


 それでもなお、厄介なのは防御力である。


 アンデッドジェネラルの斧が唸りを上げて地面に叩きつけられ、その衝撃波が直線上の墓石を粉砕していく。それを左右に分かれて回避した2人の剣が、弧を引いてボスに伸びていき、


 「駄目です!? 鎧に弾かれてしまったです!」


 思わずアメリアは弱音を口にしていた。厳密には無駄ではない。パックの目測では、HPゲージが僅かに減少しているはずである。


 だが、それだけだった。未だに後方では魔法の援護を受けたティーとバターが、必死でアンデッドソルジャーの集団に食い下がっている。(パフ)の表情が険しい物に変わっていた。


 パフの放った火球が一体を直撃し、同時にバターの薙ぎ払った槍でHPが底をついたのか、敵は地面に消えて行った。これで残ったソルジャーは2体。だがそこでジェネラルが突如動きを止める。


 面食らったパックとアメリアが警戒する中、ボスは大音声を上げて叫んでいた。そしてそれに呼応するかのように砕けた墓石の下から、無数のアンデッドソルジャーが湧きだす。




 「雑魚敵を召喚できるのか? 面倒だな……」

 「パフさん!? どうしよう!? キリが無いわ!」


 僅かな休憩時間の間にティーはバターに向けてポーションを投げていた。彼女は(パフ)を庇ってダメージを受けていたのである。


 そのパフは突然厳しい顔を緩めると、彼方に向かって手招きをする。それに思わずバターが不審そうに視線を向ける中、彼の視線の先に居た男は一礼すると、悠然とボス戦に乱入していた。


 「こんにちは。皆様、良い夜ですネ」


 彼の声と同時に、ピコンと名前が表示される。プレイヤー名“メキメッサー”。乱入を決めたソロの男は、剣士らしく武器を抜くと即座にボス相手に切りかかる。


 見れば堅い鎧に阻まれつつも、確かにゲージが減少していた。


 「誰? えっ? どういうこと?」

 「サヤちゃん。ボス部屋に入る前の警告文を思い出してみて」


 怪訝な顔を崩せないバターだったが、パフの言葉に自然と脳裏をメッセージが過っていた。


 ――“一度に挑めるのは1パーティー6人までです!”


 「……そうか。挑めるのは1パーティじゃなくて、同時に6人までって意味なのね!」

 「その通り! でも、良い事だけじゃないみたいだ……」


 驚きつつも納得したバターは、パフの視線を辿ってみる。その先のボスであり、そのHPゲージは回復していた。それどころか、パックとアメリアの攻撃のダメージがさらに減少している。


 黙って聞いていたティーが沈んだ声で確認を取る。


 「ボスは、挑んでいる人数に応じて能力値に補正がかかっているんだわ……」

 「それだけじゃない。見ろ、雑魚の数も増えたみたいだぞ」


 パフが唱えた“ファイアボールが”、地面から湧きだしてきたアンデッドソルジャーに直撃する。運良く頭部に命中しクリティカル表記と共にHPが半分以上も削られていた。


 パフは顔を顰める。間違いなかったのだ。


 「失敗したッ! 逆に悪化しちまったな……」


 残念なことに、ボス部屋からは逃げられない。つまり、敵を弱体化させることはできないのである。




 (パフ)の失敗の声を聞いたパックは、珍しく動揺を表に出していた。彼の尊敬すべき兄が失敗を認めるなど、滅多にない事だった。その動揺から回避が遅れ、ジェネラルの横切りが直撃してしまう。


 「痛ッ! やられた!?」

 「パック!? 大丈夫? HPが半分も減ってるです!?」


 慌てたアメリアがポーションを使うものの、レベルの上がった彼のHPを回復させるには物足りない。


 だが、その窮地を救ったのは、乱入した男メキメッサーであった。彼はソロプレイの都合上、回復魔法を習得しているのである。剣士職で魔法への適性も低い回復だったが、それでもポーションと合わせれば十分だった。


 「良いかい、2人とも。ボスの頭を狙うンだ。クリティカルなら鉄壁の防御力も減算されるから、ダメージが入るはずだヨ?」


 ここまでソロで駆け抜けてきたメキメッサーは、既に存分にこのゲームを遊びつくしている。彼は更に時空魔法の“スキップ”まで唱えると、的確な一撃をジェネラルの頭部に突き刺した。


 “CRITICAL!


 その表示と共に、ボスのHPゲージが1割弱も減少する。それを見たメキメッサーは内心で舌なめずりをする。


 彼は数で押すタイプのボスだったので、念を入れて別のパーティーの戦いに参戦したのである。だが、この様子ではソロでも戦えないことも無いだろう。自信を取り戻した彼は、アメリアとパックに向かって、誘惑するように囁いていた。


 「簡単だろ? ボクが今やったようなことを、10回繰り返すだけサ!」


 その岩に染み入るような不思議な魅力のある声に、2人はいつの間にか唆されていた。彼とは違って“スキップ”も掛かっていないのにもかかわらず、躊躇なくクリティカルを狙いに行く。紙一重でボスの斧を躱し、反撃で頭を取りに行ったのだ。


 それは危険な戦い方であったが、不思議と楽しく夢中になっていく。パックもアメリアも、命がかかっているという実感が無いのだ。バターと違って、誰かが目の前で死んだりしたわけでもない。ましてや、(パフ)の言葉もある。


 「うおおおおぉぉぉ!」


 気が付けばパックは雄たけびを上げると、ボスの唸りを上げて振るわれる横切りをしゃがんで躱すという博打に出ていた。直撃はしなかったものの、衝撃波のエフェクトに触れてしまいHPが減少する。戦いの熱に浮かされた彼はその残量すらも見ずに、剣をボスの顔に目掛けて突き刺していた。


 「パック!? 危ないです! 下がるですッ!!」


 アメリアの言葉にハッとなった彼は、そこでようやく後退していた。だがそれよりも先に、ボスが衝撃波の伴った叫びをあげる。HPが半分を切ったのだ。半分を切ると、攻撃パターンが変わり、大ダメージが発生することもある。


 「しまった!?」


 その衝撃波から彼は逃げることはできない。無情にも身体が巻き込まれ、真後ろにノックバックしていた。


 だが、彼は運が良かった。


 ボスの新しい攻撃は、ジェネラルの名に相応しく、さらに多くの骸骨兵士を呼び出すというものだったのである。吹き飛ばされこそしたものの、大したダメージではない。


 「おい貴様。俺の弟を煽って囮にするとは、良い度胸だなッ……!」

 「誤解だヨ! 彼がつい夢中になって、前に出すぎただけじゃないカ!」

 「じゃあ手前は、何で援護もせずに突っ立っていやがったんだ?」


 いつの間に近付いたのか、鬼のような形相のパフがメキメッサーを射殺さんばかりの視線を向けていた。それはパックが見たことも無い、(パフ)の怒りに燃えた本性である。だがアメリア共々怯えたように硬直していることに気付くと、パフは直ぐに怒りを引っ込めて柔和な顔つきに戻る。


 カラカラと笑うメキメッサーを尻目に、パフは静かに“スキップ”を2つかけると、ボスに攻撃を加えていた。


 幸いにして、アンデッドジェネラルの特徴は、数で押すというものだったのだ。バターとティーが必死になって10体を越えるソルジャーを押し留めたこともあって、無事レベルアップの福音を聞くことができていた。


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