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LOAD GAME →山小屋にて 残り時間00:36:00

 ステージ名、“凍土氷山”。空の勇者を倒した一行は、彼女の導きに従いペットに乗って天空から最も近き大地に降下していた。すなわち、山である。


 地吹雪が吹き荒れるそこはとにかく寒く、風と雪のせいで満足に前を見る事すらできない。そこに現実の痛みはない。しかし、それを反映してか、ダメージを食らってしまうのである。特にペットたちにとっては生きる事すら望めない酷な環境だった。場所によっては3メートル以上の積雪が氷の壁を作り上げ、そうでなくとも歩くその足が深い雪に囚われてしまう。


 四方は全て雪と山に囲まれ、凍土氷山そのものが生きとし生ける者全てを逃がさぬ極寒の檻になっているのだ。愛鳥をクリスタル・ドラゴンに任せた一行は、荘厳なオーロラの輝きの下を進む。




 轟々と吹き荒れた猛吹雪をHPの減少と引き換えにして進んだパックは、その先の拠点である山小屋で身を落ち着けていた。しかし、その顔は厳しいままである。戦いの興奮の冷めた彼には、冷然とした事実が突き付けられていたのだ。


 「残るステージは2つ。残る日数は1日半……」


 凍り付いたかのように引き攣った顔で、何度指で数えてみてもその事実は変わらない。彼の顔はますます苦くなっていく。皆、言わずともそれを理解していた。


 「大丈夫よ、パック。この“凍土氷山”は高さがあったでしょ? こういうマップは広く無いと相場が決まっているわ」

 「あ、姉さん……」


 古びた山小屋の小さな木のテーブルの上に、ドンと湯気の立つコーンスープが置かれていた。パックの姉が危機を感じさせないほどに柔らかく微笑んだ表情を浮かべて、弟を宥めているのだ。


 「でも……!? 確かに空から見た凍土氷山は広くなかったけど、代わりに吹雪と雪壁のせいで真っ直ぐに進む事すら危ういんだよ……。下手したら遭難だ! このままじゃ、僕たちは……!?」

 「落ち着いて。私達が分かること位、兄さんだって分かっているわ。分かっているからこそ、バターと街外の偵察に出たのよ」


 生まれて初めての真綿で首を締めるような焦燥感に追い詰められたパックは、思わず立ち上がったいた。


 今この場にいるのは、彼とティーの他にスターファイアだけ。彼は驚くほど憂鬱そうな顔を浮かべつつ、静かに席でコーヒーを啜っている。


 「……兄さん。それにバター……」

 「そう。不安なのは分かるわ。誰かを信じるって、とても大変なことだもの。でも、それをひた隠しにして上を向くのもまた、戦いなのよ」


 無表情ではあるもののどこか優しい姉の表情に宥められたパックは、再び席に戻っていた。ここにアメリアがいれば2人で大騒ぎして空気を入れ替える所だが、彼女はいない。




 また5分が過ぎた。たった5分だが、迫るタイムリミットとして確実に命を削るその時間は、パックにはとても5分とは思えなかった。


 そこで勢いよく山小屋が開かれる。HPゲージを少しずつすり減らしたパフとバターが戻って来ていたのだ。案の定パフの顔には危機感を感じさせない楽しげな雰囲気が漂っており、バターもパックよりは砕けた顔をしている。


 「兄さん! 戻ったの? どうする? 直ぐ出発するの!?」

 「どうどう! 落ち着け弟よ」


 慌てた顔で縋りつきそうな弟に、パフは苦笑しながら指を振ってナーガホームの注目を集めていた。彼はバターと外を探索した結果、結論に達していたのだ。


 凶報だった。


 「このままじゃ、クリアが間に合わない」

 「そん……なっ!?」


 同時に、室内の空気が凍り付く。リーダーの諦めたような言葉に、パックもティーも落胆を隠し切れなかったのだ。ティーですら大粒の瞳を見開くと、悲しげに俯く。


 それをパフは見計らっていたのである。


 傍らのバターが強い視線を維持したまま壁に寄り掛かるのと、彼が続きを語るのは同時だった。


 「だから、方法を変える必要があるな」

 「……兄公?」


 パフは、例え地球に隕石が降ってこようが、死の間際まで決して諦めない男である。だからこそ、彼は今の危機的状態でも絶対に下を向かずに先へ進むのである。


 パフは長い話になるからと一同を坐らせると、自身もミルクティーを注文してその表面に漣を立たせながら現状を整理し始めていた。


 「率直に言うと、今のナーガホームの手勢では時間内にこの“凍土氷山”とラストステージを攻略するのは難しい。ここのフィールドは見通しが効かない上に、下手に迷子になれば凍死しかねん。ゆっくり確実に進むしかない。……まぁ、一発でダンジョンに到達できる幸運に自信があるなら、別だけどな」

 「兄さん……! 持って回った言い方は止めて! もう時間が無いんだよ!?」


 じりじりと追い詰められる緊張感。それは着実にパックの精神をも削っていたのである。机を叩きこしないものの、彼の顔は悲痛な色に変わり始めていた。


 「だから落ち着けって。となれば、俺達のやるべきことはたった一つだ」


 その淀みない言葉に、パックはもちろんティーですら前のめりになって耳を傍立てていた。それに対しパフは、


 「戦いの支度を整えろ。天空都市に戻るぞ」

 「……はい?」


 試すかのように弟を煙に巻いていた。同時にパックは悲鳴のような声が喉元から零れるものの、彼の成長した頭脳は少しだけ正解に近付きつつあった。彼は混乱しつつも、気力を取り戻していたのである。


 「パック、しっかりね! 皆で力を合わせれば、ナーガホームに敵は無いわ!」

 「バター……。……そういう事なの? 兄さん、僕にも分かったよ。兄さんの解決方法」


 まして、惚れた相手の前で無様な姿は見せられない。バターの励ますような声色に、パックは憂鬱の雲を振り払っていた。


 「ぶち子ちゃん……ブラックウィドウたちの力を借りるんだね?」

 「あぁ。正確にはウィドウだけじゃない。全有志同盟の力を借りるのさ」


 パフは楽しそうに弟の成長を実感していた。


 それは、有志同盟本来の目的への回帰である。元々有志同盟はフィールドの情報交換や探索の分担を目的に結成された集団である。そう。それが力を発揮するのは、今のような探索の困難なステージなのだ。


 有志同盟との合流。それをナーガホームが果たすためには、一つだけ障害がある。そして運命の巡り会わせか、それは彼らの敵に対しても同じことが言えた。


 兄弟の力の籠った視線が交錯するや、パフは立ち上がって熱の籠った言葉を吐いていた。


 「俺たちナーガホームは、これからツベルクの連中に宣戦布告する! 奴等を倒して天空都市を制圧するんだ! そうして有志同盟と合流し、雪山を越えるっ!」

 「……! そうね。彼らのチートステータスは覚えているわ。あいつらはプレイヤーがレベル上げをしている間もプレイヤーキルに勤しんでいた……」

 「そうよ! 逆に言うと、あいつらのレベルは低い! クリスタル・ドラゴンのレベル制限を突破できない筈だわ!」


 姉とバターの言葉に、パックの心も震えていた。彼にも分かったのだ。まさにRPGのように、彼らPKとナーガホームは運命の糸で結ばれているとしか思えない。


 「僕たちはPKを倒して天空都市の安全を守りたい。あいつらは僕たちを倒してゲーム攻略を阻止したい。互いの目的が一致している……?」

 「その通りだ。パック、奴等と決着をつける時が来たぞ!」


 吹雪の冷たさなどなんのその。パックの心には再び戦いの熱が舞い戻って来ていた。一本の目的が決まったパックは強い。後は最善を尽くし、敵と戦うだけである。


 その熱は次第にティーやバターにも伝染していき、最後にスターファイアに到達したところで、彼は逆転の為の気勢をあげていた。


 それを確認したところで、パフは最後に場を締める。彼にはやるべきことも多いのだ。


 「厳しい戦いになるだろう。最後に1時間やるから、悔いの無いように過ごすように。……プレインズの外で待ってるぞ」


 その言葉を聞いてパックは弾かれたように立ち上がっていた。やることは一つしかない。


 「僕、外で敵と戦って来る! 少しでもレベルを上げて、必ずやあいつらを打倒してやるッ!」

 「パック待って! 私も行くわ!」


 男の表情をしたパックに、それに負けじとバターが続く。一方のティーは別にやることがあったのだ。彼女には別の思惑がある。そしてそれはスターファイアも同様である。


 パックとバターが山小屋の扉を蹴破ると、転がる様にして吹雪の中を進んで行く。一方のティターニアは山小屋群の探索に精を出すことにしていたのだ。彼女は弟とは逆に、レベルよりも取れる手段を増やそうとしているのである。なにより、兄に相談したいこともある。


 「悪いなパフ。昔の仲間に会って来る。なにより、一つ力になれそうな心当たりもあるしな」

 「……あぁ。分かった」


 一方のスターファイアは憂いの晴れたすっきりした表情で、転移門へと向かっていた。彼にも別口で勝算があったのである。


 そうして誰もいなくなった山小屋で、パフは静かに目を閉じて自身の立てた計画を穴が無いか再確認してから、メールの作成に着手していた。


 差出人:パフ

 宛 先:ヨロレイホー

 件 名:灰色の魔法使いより、白の賢者へ。決闘のご案内

 本 文:


 ツベルクハウンド株式会社業務部秘書課

 したっぱ ヨロレイホー様


 日頃よりお世話になっております。

先日はお忙しい中お時間を頂きまして、誠にありがとうございました。贅をつくした持て成しに、我々一同大いに感激させて頂きました。


 さて、この度はそのお礼として、天空都市での1対1の決闘を提案させて頂きます。貴殿の望みし“ラスボス”戦としては、これ以上無い程の晴れ舞台であり、唯一の活躍の期待できる……




 いかに格調高く相手を挑発できるか。それを考えてパフは決闘状を作成していく。パフの読みでは、ヨロレイホーはまず間違いなく応じるだろう。状況的にも性格的にも、応じざるを得ない。パフの鍛えられた動機を繋ぐ嗅覚がそう訴えるのだ。


 「……さしずめ天使の為の決闘といった所か。柄ではないんだけど……効率的ではあるな」


 やがてメールを書き上げたパフは、静かに山小屋を後にすると武器屋に向かっていた。同時に誘惑したパースリーからの熱の籠った返答が届き、その頬を綻ばせる。


 ――家族こそ、全て。その為ならばどんな手段だって取って見せよう……!


 パックの熱に浮かされたのか、彼の頭にそんな考えが浮かびあがる。彼はそれを苦笑しながらも楽しむことにした。




 宿命の時は来た。パックは冷静と興奮の狭間でその時を迎えていた。その場には彼の他に兄姉と愛する人の姿。スターファイアだけは少し遅れるとのメールがあったのである。


 うってかわって暖かな浮遊島の断崖絶壁の近く。彼の視線の先では、パフが愛鳥であるジャッキーと共にゆっくりと返信の文面を確認していた。


 「ヨロレイホーから返事が来た。快く決闘に乗るそうだ。向こうさんもレベル制限のお陰で進めないから、渡りに船といった所みたいだな」

 「兄さん。それで、どうするの?」


 はやる気持ちを抑えたパックに、パフは静かに応えていた。その口元はニィっと笑みを形作っている。それは全てが彼の掌の上にあることを示しており、同時にパックもその興奮が痛い程理解できた。


 「俺はヨロレイホーと1対1の決闘に行く。お前達は何かあった時の為に、ここで待機していてくれ」

 「……兄さん。それで、僕はどうすれば良いの?」


 その迫真の疑問に、パフは静かに指を振った。


 「待機だ」

 「……!? ま、待って下さい! まさか、本当にパフさんは1体1の決闘に赴くつもりなんですか!?」 


 そこで慌てたのはバターだった。彼女は最初からPKが約束を守るとは思っていない。だから敵に強襲を仕掛けて滅ぼすつもりだったのである。


 「兄公。それで……良いのね?」

 「これが最も勝率が高い方法だ。皆にはスターファイアと共に天空都市で待機して欲しい」

 「そ、そんな!? パフさん! 私もパックも、アメリアの仇を取るために修行を積んだんですよ!? そもそも危険すぎます!」


 バターの叫びは虚しく天空に飲み込まれていく。彼ら長家妹弟は、兄の決定に対し全幅の信頼を置き、それに従うことを決めたのである。


 「……分かったわ。天空都市の守りは任せて頂戴」

 「ちょっと!? ティーまで何を!?」

 「……兄さん、分かったよ」


 信じられないような物を見る目でバターがパックを睨む中、パックはじっと兄の瞳を見つめていた。そこに狂乱の色は無く、いつもと同じように静かに凪いでいる。


 ならば、彼にやることは一つしかない。


 「……幸運を!」

 「……行って来る」


 同時に風鳴鳥に乗って出発した彼を、パックは姉と共に静かに見送っていた。複雑そうに肩を落とすバターの存在を感じた所で、不器用にも姉に話を振ってみる。


 「それで、今回も何か企んでるの?」

 「もちろん。あの兄さんが敵に対して一片たりとも容赦するわけないでしょう?」

 「……待ってよ! ティー、何か知ってるの!?」


 だが、彼女の言葉はそこまでだった。そこにプレインズから息も絶え絶えになりそうな勢いで、スターファイアが駆け込んできたのである。


 「待たせたな! “凍土氷山”攻略の為の秘策を持ってきたぞ!」


 その手には一振りの剣。ギラギラとした彼の瞳とは対照的に、夜の海のように静かで光を反射しない鈍い剣があり、パックは思わず不思議そうな顔をしていた。


 「スターファイアさん!? だ、大丈夫ですか!? ……それにその剣は?」

 「なぁに! パック、君の為に取り寄せたんだ!」


 彼はそのまま剣のステータスを表示させ、全員に見える様にする。それを見たバターは思わず息を呑み、その瞳がまん丸に開かれた。


 ・クトネシリカ:天下三剣。重量2。使い魔を召喚できる。装備には剣術レベル8以上が必要


 「天下三剣!? 素早丸以外にも存在したのね!?」

 「その通りだ! このクトネシリカは砂漠の砂の下に埋まっていた物を我々エーシィが見つけた物だ。効果は見ての通り、装備者のステータスの半分を持つ使い魔を2体まで呼び出すことができる!」


 呼び出す使い魔はいずれもが獣神であり、その足は飛ぶように速い。間違いなくステージ探索は捗るだろう。今のナーガホームにとって喉から手が出るほど欲しい物だった。


 「この剣は……強い……!」


 バターと同様に、パックもまた驚いていた。彼らは攻略を優先してフィールドの探索は蔑ろにしている。そのツケが回ってきたのだ。


 ティーですら思わぬ大物の登場に驚く中、会心の笑みを浮かべたスターファイアは少しだけ残念そうに呟く。


 「だが、これが装備できるのはこのメンバーではパック、君だけなのだ。……そこで提案がある」

 「……そうか! 貴方も剣を使うんですね?」

 「あぁ」


 そこでスターファイアは息を整えると、パックに向かって笑いかけた。


 「残念だが、私のステータスではこの先の敵相手に活躍できないだろう。一方このクトネシリカは装備者のステータスが高い程、強力な使い魔を呼び出すことができる……」

 「……なるほど! つまり素早丸と?」

 「あぁ。一時的に交換しないか?」


 もはやスターファイアのステータスでは、敵のレベルについて行けない。だが、速さが上がる素早丸を装備できれば話は別だ。そして、パックもより強力な使い魔を呼び出すことができれば、探索は元より兄の援護だってできるかも知れないのだ。


 パックが喜び勇んで素早丸を取り出す中、静かにティーが口を挟む。それは本当に静かで、静かすぎて逆に聞き取り易い程の声音だった。


 その声にバターは思わずギョッとなっていた。それは、ティーが常日頃から使わざるを得ない声色に似ていたのだ。


 「パック、待ちなさい」

 「……なに?」

 「姉さん……?」


 驚く両者を相手に、ティーは素早丸を拾い上げて装備メニューを弄っていたパックへと手渡す。正式なトレードにはステータス画面から装備を変更する必要があるのだ。


 怪訝そうな親友と弟の前で、彼女は静かに語る。そう。それは、彼女が男を振る時と同じ声音だったのだ。


 「プレイヤーキラーに素早丸を渡しては駄目」


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