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LOAD GAME →天空都市にて 残り時間00:39:00

 強大な敵との、正々堂々とした力のぶつかり合い。互いが互いを倒そうと余計な小細工など使わない、純然たる魂の衝突。パックは敵が強化されたにもかかわらず、それ以上の興奮を感じざるにはいられなかった。


 口から洩れそうになる戦いの雄叫びを、必死で抑え込む。


 ――重要なのは敵の動きを予測することだ。


 兄の言葉が、辛うじて弟の中の獣の闘争本能を抑制していたのだ。それでも彼は舌なめずりをしながら、再び相手の隙を伺いつつも高度を取っていく。同時にクリスタル・ドラゴンがバターを攻撃した時には、直ぐに援護に入れるように備えるのも忘れない。


 幸いな事に、一瞬の空白の間にパックは戦況を分析する余裕があった。ティーとスターファイアの放ったミサイルの如き火炎の槍がボスに襲い掛かり、回避を強要したことでバターへの反撃の機会は失われていたのだ。


 同時に竜騎士の行く手を阻むようにデトネイションによる巨大な炎の壁が生み出され、ボスがスピードに乗るのを許さない。


 見れば今の所ナーガホームに傷を負っているものはいなかった。そこで思わず無意識の内に止め込んでいた溜息を吐き出し、すぐに顔を引き締める。


 「相手の一撃は鋭い。当たれば一撃で8割近くは持ってかれてしまうから、HPの残量なんて気にしたってしょうがない」


 実際ボスの猛攻の前に囮役の3人は少なくないダメージを負っている。特にレベルの低いスターファイアには荷が重く、ブレスの一撃で死の間際まで追い詰められてしまうのだ。


 今もまた、クリスタル・ドラゴンが囮役の3機に対しその軌道を予測し、偏差射撃でブレスを放っていた。都合3発。幸いにも直撃しなかったものの、躱すのに精一杯だった3人はそれぞれが散り散りになって散開している。


 「パック! 大丈夫!?」

 「バター……! うん、僕の方は」


 うっとりとした戦いの喜びに酔いしれる彼は、最愛の人の呼びかけで我に返っていた。ともすればリスキーな一撃に靡きそうになる衝動を抑え、再びじりじりと高度を上げていく。だが、急降下攻撃の影響で彼我の高度差は中々縮まらない。


 「気を付けて……! 近接戦にまで対応しているわ!」

 「うん。これまでの攻撃方法は通用しないみたいだね」


 パックの目線の先では、驚くことに竜騎士がパフの放ったフレイムレインを同じフレイムレインで迎撃していた。兄の放った炎の槍は悉くが撃墜されてしまい、その陽動の役を担えない。


 それどころかクリスタル・ドラゴンはブレスで応戦し、囮役に大打撃を与えてしまう。


 そして邪魔者を追い払うと、クリスタル・ドラゴンの瞳は自身よりも下界に存在するパックとバターに絞られていた。


 「あぁ! この敵は強いなぁ! きっと、今までのボスと違って空戦用の特殊AIが組まれてるんだ……!」 

 「それで、どうするの?」


 強敵相手に決して怯まないパックの雄姿に、バターはいつの間にか彼に頼り始めていた。それは他人に対しては常に上手に出ようとする彼女の本質からは外れた物である。何故彼だけに対してそう感じたのか。まだバターには分からなかった。


 まるで悪戯を思いついたパフのように、パックは笑いながら彼女に語り掛ける。


 「バター、高度を下げるよ?」

 「っ!? 何を言ってるの!? そんなことしたら相手の急降下攻撃を躱しきれないわ!」


 航空戦において、速さとは最強の矛であり無敵の盾であるのだ。剣にしろ魔法にしろブレスにしろ、低速で放つ一撃よりも高速で放たれる一撃の方が回避は格段に難しい。それを生み出す高度を自分から捨てるというパックの発想に、バターは思わず目を剥いていた。


 「駄目よ!? そんなことしたら、私達2人とも敵の餌食になるだけよっ!」


 ――あぁ、驚いて目を丸くした紗耶香も可愛いなぁ……!


 一方のパックは、戦いの情熱に踊り狂いながらもその根っこの部分は冷たい天空都市の風によって冷やされていた。


 「大丈夫。確かに半端に高度を下げれば危ない。でも、墜落警戒の出るギリギリまで下げたとしたら?」

 「そ、それは……」


 迷っている時間は無い。クリスタル・ドラゴンは狙いをバターに定めると、正に反転して急降下に入ろうとしている所だったのだ。


 「そう、限界ギリギリまで高度を下げてしまえば、高速の相手ほどこちらに追随できない筈だよ! 低高度で飛ぶってことは、相手にも低高度を強要するんだ! 急降下攻撃なんてしたら、そのまま地上に真っ逆さまだ!」

 「……っ信じるわッ!」


 その吐息のようなバターの言葉に、パックは愛の告白を受けたかのような喜びで胸がいっぱいだった。


 響き渡る空気を鋭く切り裂いて一直線に硬化した敵など、歯牙にもかけない。


 2人はまた、敵のブレスによる牽制を避けるために二重螺旋を描くような軌道を取って真下に降下していた。




 「兄公!? どうするの!? このままじゃパックとバターが!?」

 「落ち着け! 今から割って入っても無駄だ!」


 上空からは、低空で敵の攻撃を紙一重で躱し続けるパックとバターの姿が手に取る様に鳥瞰することができていた。そして同時に、2人が徐々に追い詰められていくのも手に取る様に把握できている。


 その様相にバターが焦る中、パフもまた内心の動揺を押し隠していた。


 「パックは分かってやっているんだ。低高度に降りれば、容易には上空に戻れないことを……」


 確かに高度を下げれば、敵の急降下による必殺の一撃は阻止できる。だが、それは必ずしも利点だけではない。


 今もパックはバターと共に、周辺空域を次々と赤く染め上げていくブレスを必死に避け続けている。そして、その頭は竜騎士によって抑えられているのだ。高度を上げようとすれば、即座に牽制されてしまい身動きが取れない。そして不利な低空での戦闘を強いられているのだ。


 言わば、袋のネズミであった。


 「ならっ!?」

 「だからこそ、俺達の援護を信じているはずだ。俺たちまで攻撃に失敗して低空に追い込まれれば、絶望的だぞ?」


 飄々とした兄の言葉に、ティーは歯軋りをしながらもそれを認めざるを得なかった。


 「スターファイア。君は上空を維持し、万が一に備えてくれ」

 「了解だ。……という事は?」


 このメンバーの中で一番冷静な彼に援護を任せると、パフは涼しい顔で笑みを浮かべていた。弟の奮戦は、彼をして高揚を感じずにはいられないのだ。


 「決まってるだろ? 突撃する」


 その無謀な、されど自身の籠った言葉にスターファイアは苦笑を返していた。彼からすればあまり勝算があるようには見えなかったが、今までの経験からこの男はそれを引っ繰り返す力があることを悟っているのだ。


 「ティー、行くぞ。やることは簡単だ。ただ、俺についてくれば良い」

 「兄公……!」


 兄の言葉を信じた妹は、無言でタイタンランスを発動させ、一撃に必殺の念を込める。


 「……幸運を祈る!」


 スターファイアが言うと同時に、兄姉は心の底から昇天しそうな落下の恐怖との戦いに移っていた。


 瞬く間に天空都市の島影が小さくなっていき、逆に黒い点にしか見えなかったクリスタル・ドラゴンの姿が細部まで把握できるようになっていく。


 湧き上がる本能の叫びを理性で捻じ伏せ、冷たい大気を切り裂いて落下したパフはその速度を活かしてフレイムレインを発射する。小型のミサイルが白煙を上げて竜騎士に向かっていき、だが命中寸前で虚しく迎撃されてしまう。


 その哀れさを誘うような無念の爆音が、攻撃開始の合図なのだ。


 最初から迎撃されることなど想定済み。パフの目的はダメージを与える事ではなく、湧き上がる爆破と煙のエフェクトで身を隠すことなのだ。


 だが敵もさるもの。その魂胆を読んだ様に追撃のブレスを放ち、パフは辛うじて避けたものの思わず浮足立ちそうになる。


 それを堪えた彼は、即座に攻撃を開始した。火属性の大魔法デトネイションを大盤振る舞いし、クリスタル・ドラゴンの動きを牽制する。これで十分だ。彼の視界の隅では、訪れた好機を逃さず空に刻む軌跡を上昇へと転じさせた2人の姿が映っていた。


 「ティーッ!! 先攻は任せろッ!!」

 「えぇッ!!」


 空に∞を描くように左右から交差した兄姉を、クリスタル・ドラゴンは正面から迎え撃っていた。彼女の愛竜が咢から猛炎を生み出し、同時に彼女自身も襲い来る敵を迎撃する為のフレイムレインを詠唱する。


 「ブレスだけ避けろ!」


 文字通りの炎の雨を、パフは正面から突破していた。無数に生み出された炎の槍が2人のいる空域に収束したところで、2人の身体がぶれた。


 強烈な降下速度に加えて、船同様に愛鳥にスキップの加速が加わったのだ。結果、魔法の誘導を容易く振り切るほどの速さでもってミサイルの嵐を潜り抜けたのである。その全てを避けきることはできなかったものの、大勢に影響はない。


 そこでパフは目を細めていた。


 「なにッ?」


 彼の目の前に見逃してしまいそうなほど小さな、されど決して見過ごせない灯火があったのだ。全てを焼き尽くす、デトネイションの業火だった。


 「失敗かッ! 反転しろっ!?」


 途端、彼の風鳴鳥が空気抵抗を抑えようと折りたたんでいた翼を帆の様にピンと張って、急減速をかける。一転して真逆のGがパフを襲い、顔を顰めざるを得なかった。


 同時にティーも攻撃を諦めはしないものの、その軌道をデトネイションから逸らさざるを得ない。


 そして、躱すために急減速をしたパフの姿は、クリスタル・ドラゴンからは中空を制止するように隙だらけだったのだ。


 刹那、デトネイションの爆炎の向こうから激しい火炎の吐息が放たれ、高度と速度を失ったパフはステアで力ずくに回避するしなかった。


 同時にティーは強襲の失敗を悟る。軌道を変えたせいで、僅かにその槍が竜騎士に届かないのだ。


 「作戦……成功ねッ!!」


 だから、彼女はペットを乗り捨てる事に躊躇はしなかった。兄が思わず面食らう中、彼女は足りないその距離を、自らの跳躍によって補う事にしていたのだ。


 「これで、どうかしらッ!」


 クリスタル・ドラゴンがそれを正面から尾を振るう事によって迎撃するも、ティーは落下に伴う強烈な位置情報のフィードバックに耐えて防ぎ切った。盾を身代わりに最小限のダメージで切り抜けると、同時に至近距離から槍雨乱舞を直撃させる。


 「兄さん! 今よ!」


 全身をハリネズミにされた竜騎士が苦悶の声を上げる中、ティーは必死に叫び声を上げていた。だが、兄はそれに応じる事は無い。


 ――警告!

高度が危険空域まで低下しています! 即座に高度を上げて下さい!


 「攻撃は無理だッ!!」


 彼は墜落死寸前の妹を回収する方に動いていたのだ。ティーは勢いよく兄の腕に衝突し、落下の衝撃も相まって鳥の軌道すら変えてしまうものの、確かに抱き止められていた。


 「お前、無茶を……」

 「兄さんまずいわ。この子、墜落してるわよ?」


 鳩が豆鉄砲を食ったような兄を尻目に、妹はしれっと言ってのけた。それも事実である。見ればパフの愛鳥であるジャッキーは涙目になって、しきりに主人に向かって重いと訴えている。風鳴鳥の定員は1人なのだ。


 ケロッとしたティーが自身の愛鳥を呼び寄せるものの、それよりもボスの猛攻の方が先だった。


 「くそッ! しっかり掴まってろよ!?」

 「回復は任せて……!」


 同時に至近弾が直ぐ近くを通過し、空間を揺るがす。これではティーの風鳴鳥が近づけない。苦い顔と渋い顔を浮かべる兄姉。


 だが、既に十分すぎるほどの時間を稼いでいた。


 「兄さぁんッ! 姉さぁんッ!」


 再び矢のように降下した弟が、今度は落下以上の恐怖に身をよじりながらも必死の形相で近づいていたのだ。


 兄姉のやることは一つだった。パフが弟自身に攻撃補助をかけて一撃を研ぎ澄まし、ティーは竜炎槍を放ってボスの目を釘付けにする。


 クリスタル・ドラゴンはその陽動を理解しつつも、プログラムによってその矛先をパフとティーの乗るジャッキーに向けざるを得なかった。低高度、攻撃等の要素が彼女の勘を上回って攻撃を強要していた。


 「うおおおおおッ! くらえッ!!!」


 ジャッキーの姿が爆炎に巻き込まれる中、天頂から切りかかったパックの一撃はクリスタル・ドラゴンの兜を叩き割っていた。比喩ではない。本当に叩き切ったのだ。美しい水晶も、鈍い金属も、風に靡く髪も、パック渾身の一撃によって穿たれ、全てを飲み込む青い空に落ちていく。


 “CRITICAL!”


 変化は劇的だった。バターはそれに驚愕し、思わず攻撃の手を緩めていた。彼女の目の前でクリスタル・ドラゴンはその色を変えたのだ。竜と人の区別は無い。ただ、鮮やかだった彼女たちの色が全てを飲み込む黒色とプラスチックのような白色に変わり、ただ紅き瞳だけが爛々と輝く。


 なによりも、その姿が大きくなっていた。


 一回りは巨大化した愛竜が喉奥から唸り声を上げて、周囲に近付くすべての物を威圧する。そして竜騎士本人はパックによって壊れかけた鎧を手早く脱ぎ捨てると、残ったペンダントを大事そうに片手で祈る様に掴む。


 「見事です挑戦者よ! でも、負けません! 私たちの覚悟を、受け止めて見なさい!」


 言い終わると同時に彼女の愛竜が大音声を上げて咆哮し、その余波がビリビリとした衝撃として空気を伝ってバターに与えていた。


 彼女は思わず生唾を飲み込む。


 彼女の目の前で巨体を誇る竜が、驚くほど俊敏な速さをもって動き出したのだ。その機敏さ足るや、風鳴鳥すら上回る。


 速すぎるのだ。このままでは遠からず全員がその速さを前に撃墜されてしまうだろう。同時に冷たい物が背筋を駆け抜け、鳥肌が立つ。彼女は戦慄せざるを得なかった。


 「パック!? 危ないわっ!?」


 そんな強敵を前にしてパックは怯まずに剣を構えて突撃を仕掛けていたのだ。彼女にできたのは祈ることと、スキップをかける事だけである。




 ――時は来たッ!


 パックは愛する兄姉が戦闘不能に陥ったのを見るや、敵の強大さも忘れて攻撃を放っていた。直前の兄姉の知恵で、敵は低空から攻撃してくる獲物を優先して攻撃してくる習性があることが分かっている。もちろん別の敵を追撃中なら別だが、今のクリスタル・ドラゴンは獲物を探している状態だった。


 「行くぞッ! 勝負だクリスタル・ドラゴン!!」


 言い変えれば交戦状態に陥ったパックは、敵の速さも相まって容易には離脱できないことを意味している。だが、彼は一瞬たりとも迷わなかった。


 敵は正面。加速した世界の中を、迎撃のフレイムレインが投網のように襲い来る。まさに迎撃ミサイルと化したそれを、パックは必要最小限の軌道変更と斬壌剣で切り抜けていた。


 彼方でバターが彼の身を案ずる声が聞こえる。それすらも、戦いを盛り上げるスパイスに、彼の心は生まれて初めて激しく炎の様に燃え盛っていた。


 スキップがかかっているのは風鳴鳥ではなく、パック自身。つまり鳥の加速化ではなく彼自身の力でこの難局を乗り越えなくてはならない。彼は思わず寒気はするほど、興奮していた。


 高度を全て速さに変換し一条の閃光となったパックの剣が、流れる様にドラゴンの爪を掻い潜ると正面から竜騎士を狙っていた。


 刹那、激しい衝撃と共に鈍い金属音が悲鳴のように響き渡る。


 クリスタル・ドラゴンは正面からパックに受けて立ったのだ。そのまま急旋回すると、彼の真後ろについて隙を伺う。一方の彼はその短い時間の間に幾許かの高度を稼ぐことに成功する。


 「そうだッ! ついてこいッ!」


 パックは思わず理性も忘れて魂の言葉を口にしていた。男となった彼の全身を戦いの喜びが襲い、若い彼はそれに酔いしれる。敵のあらゆる行動が痛快で、それに対する自身の対策の一つ一つが愉快極まりない


 「僕たちは、負けないッ!」


 僅かばかりの均衡は直ぐに破られることになる。彼の真後ろについたクリスタル・ドラゴンは速すぎるのだ。


 既に他の誰もが割り込むことを許さない。彼が最強と信じる兄も、最優と優れる姉も、その決闘を汚すことは許されない。


 神聖さすら感じるその中で、一際強い喜びがパックを射抜いた。逆転への手立てが揃ったのだ。


 放たれたブレスを触れそうなほどの距離で躱す。彼我の距離が近すぎるせいか、炸裂しなければ、魔法攻撃も無いようだ。


 興奮の中でそれを悟った彼は、振り返りもしない。


 「ついて来れるかッ!?」


 敵を押し潰さんと振るわれた尾の一撃を、パックは水面に潜る様にして躱していた。


 そのまま奈落に向かって速度を増していく。


 全身を襲う浮遊感すら感じない。彼にあるのは風を切る楽しさだけで、気が付けば笑みを浮かべながら戦っていた。


 ――クリスタル・ドラゴンとの決着が近いッ!


 天空を真下に突き抜けながら、パックは最後のタイミングを計っていた。その脳裏には全ての軌道がインプットされている。巻き起こる浮遊感も、強烈な空気抵抗も、全てが読み通りだった。


 一瞬の空白の後、それは訪れる。


 ――警告!

高度が危険空域まで低下しています! 即座に高度を上げて下さい!


 「今だッ!!」


 もし竜騎士が人間ならば、それを驚愕しつつも強敵の一世一代の演武に拍手を送っていただろう。


 パックと愛鳥が躓いた様に急減速し、爆発するかのように急加速した。


 パックは回ったのだ。


 旋回ではない。縦の回転である。


 急降下する中、千切れそうなほどに加速した彼は、運命の瞬間に風鳴鳥の翼を地平線と平行にし、爆発的な空気抵抗を生んだのだ。あまりの衝撃で意識が飛びそうになるのを堪えて、彼は血走った眼で見た。


 揺れる視界の中、後ろから高速で接近した剣を振るう竜騎士の瞳を。


 同時に雄叫びを上げて、更に鳥の翼を傾かせたのである。空気抵抗を受けた翼は大人しくそれに従い、もっとも抵抗の少ない姿に自然と流されていく。すなわち水平であり、寸分たがわない元の姿勢だった。


 結果、体の中心に鉄棒を刺したかのように、パックは空気抵抗を利用して上下にクルリと一回転したのだ。独楽のような動きこそが、ジェット機のような急減速と急加速の正体である。


 白刃が交差する瞬間クリスタル・ドラゴンの剣は高速で回転するパックの影を貫き、パックの剣は回転の勢いをそのままに竜騎士の頭部を直撃していた。


 “CRITICAL!”


 クルビット。偶然か、それとも必然か。パックの取った挙動はそう呼ばれるアクロバットな空戦軌道と非常によく似ていた。


 同時にパックの喉から自然と雄叫びが上がる。ついで染み渡る様に勝利の予感がじわりと心から全身に広がっていた。


 パックは気付いていたのだ。このボスは太陽の方角、すなわち天頂方向からの攻撃はクリティカル扱いになるのである。おそらく太陽の有る天空都市の昼だけの特性であろう。


 彼の目の前では、自身の優速によってクルビットについて行けずに墜落した竜騎士の姿がある。そのHPゲージは既に0になっていた。


 「見事です! これほどの腕なら、先に進むのにも十分でしょう! ささやかながら天空都市より皆様のご武運をお祈りしております!」


 いつの間にか元の美しい姿を取り戻したクリスタル・ドラゴンが、変わらず歌うようにパックの勝利を祝福していた。


 「それに……鐘だって鳴らせるかもしれない。約束の鐘を……」


 彼女の小さな声が、透き通る様に空へと霞んでいく。



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