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LOAD GAME →ベガにて 残り時間00:61:30

 天使が夜の街を駆け抜ける。背後には群れを成した亡者達の群れ。いずれもが醜い傷を負った者達の怨念に、ウィドウは悲鳴を上げそうになるのを懸命に堪えていた。


 「ブッチー! 急ぐですっ! Zombieどもよりも速く!」

 「堕天使ぃぃぃッ! 私をパンダみたいに呼ぶんじゃねえええ!? ……それはともかく、なんなのよこいつらは!? 私のディナーを返しなさいよ!?」


 パフとアメリアに合流したウィドウは、ベガの暗転後地獄と化した街並みを必死で駆け抜けていた。目指す先のジェットコースターは直ぐ先である。


 2人と合流するよりも先に、ウィドウはパースリーからの連絡を受け取っていた。結果は、連絡不能。他にも細々とテンペストの事が書かれていたが、ウィドウはそれだけ分かれば、十分だと思っていた。


 彼女は待った。もはや状況は悪い。平凡な彼女では、どうすれば良いのか見当もつかない。


 だから、もっと賢い人間を頼ることにしたのである。




 「ちょっと童貞兄貴! あの加速する魔法をかけてよッ! 斧使いは足が遅いのよ!?」

 「そうだな……そのあだ名を変えてくれたら考えるんだが……」

 「Hey! 2人とも、遊びは終わりですっ! Goalが見えてきたですよ!」


 ただでさえ賑やかな3人が集まってできたパーティーである。そのやり取りは落ち込みそうなウィドウを盛り立てるには十分だった。


 ウィドウの目の前では、ジェットコースターを呼びに行ったアメリアが急いで援護を開始する。津波のように押し寄せるゾンビの前では焼け石に水だが、心理的には支えになるのだ。


 そのまま3人は乗り込むと、出発までの間を喚きながらどうにか耐え抜くことに成功する。


 「ぎゃああああああッ!? ゾンビに噛みつかれたッ!? 動けないいいっ!?」

 「What’s!? ブッチーが!? ブッチーの一週間近くも洗ってない頭が丸齧りにされてるですっ!?」

 「その言い方は止めろ邪妖精ぃぃぃッ!?」

 「……お前達。元気なのは良いが、大声を上げるとゾンビが群がってくるのを忘れんなよ?」


 多少のハプニングはあったものの、3人は無事にゾンビ多発地帯を抜けていた。既に経験済みの2人がトラップのパンチをさりげなく腕でガードする中、動けないウィドウは綺麗に顔面を打ち抜かれる。ぐるぐる回転しながら地面に激突すると、情報の強烈なフィードバックに耐えられず無様に悲鳴だけを上げていた。


 麻痺のせいで動けないのである。


 「おえええええッ」

 「ぶーちゃん大丈夫か? ほら、しっかりしろ」


 ウィドウは異性の目など気にせずに嘔吐音を漏らしていた。それからパフは視線をそむけながら、素早く周囲を確認する。幸い近くにゾンビは居なかった。


 彼はそのままアメリアと並んで、後ろから聞こえてくるウィドウに粛々と情報を伝えていく。


 「この先のボスは……」

 「分かってるわよ! おえっ。キラークラウンでしょ!? げはぁっ。なんでも変態童貞ストーカーが死にそうになったとか!? おええぇ」

 「……ブッチー、しっかりするです!」


 背後から聞こえてくる醜態に、アメリアもパフも人種や文化の垣根を越えて深く同情していた。流石の仮想現実も嘔吐まではカバーしていない。そのせいで彼女は強烈な吐き気に長時間悩まされる羽目になる。


 「待たせたわね……。もう大丈夫よ……」

 「ブッチー……その、言い難いのですが……」


 必死に立ち上がって歩き出したものの、ウィドウの顔色は青白く足取りも覚束ない。贔屓目に見てもそれは彼女の強がりだった。少し休まなければ戦うことも難しいだろう。


 アメリアがそんなウィドウに肩を貸しながら、どうにか彼女をテントの隅に連れて行く。その時のウィドウはというと、歩く度に揺れるアメリアの胸と微動だにしない自分のそれを比べて不思議と落ち着きを取り戻していた。


 負け惜しみを言わない当たり、彼女も成長しているのである。


 「ぐぬぬ」


 呻きはしていたが。そんな彼女に、アメリアは一つだけ告げることがあったのだ。それはとても大事なことである。


 「ブッチー……。パックの渾名に“スケベ”も追加して欲しいですっ!」

 「あんた何さらっと味方を背中から撃ってるのよ!?」


 アメリアは、言葉の意味を良く分かっていなかった。そのやり取りに苦笑いを浮かべたパフは、瞬時にその顔を硬化させる。彼の耳が足音を捉えていたのだ。


 「敵襲だ――」


 彼はそれだけ言うのが限界だった。同時にテントを貫くように剣が繰り出され、それに寄り掛かっていたウィドウの胸を綺麗にくり抜いていた。


 「へっ!?」


 慌ててアメリアが剣を構えて距離を取る中、ウィドウにはそれができなかった。散々レベルを上げて鍛えた彼女をもってしても、PKの一撃に耐えることはできなかったのだ。


 「えっ? あっ! えっ? そんなぁっ!?」


 間の抜けた哀願の声と同時に彼女の姿が虚空に溶け込み、消えた。


 「見ーつーけーたー。あの時の生き残り! ついでに最重要指名手配ー」


 同時に響き渡る女の声。間延びしたそれは紛れもない、プレイヤ-キラーオラクリストの物である。不幸なことに、彼女はテントの中でPKの手を抜いていたのである。パフは静かに魔法の発動タイミングを見計らいながら、距離を取る。


 眼前の女は短めの茶髪もその両腕も、だらりと垂れ下げておよそ気力の感じさせない態度だった。だが彼女はプレイヤーと共にステージの攻略に乗り出していた時期もある。ネウロポッセとは違い、その腕前は段違いに高い。


 アメリアと一瞬だけ目を合わせたパフは、彼女が頷くのを確認してから攻撃を開始した。


 「馬鹿な奴だ。いくら強くても一人では何もできない。ここで返り討ちにしてやる」

 「……あーあー。その手には乗らないよ。不用意に情報を漏らすなって、上司からきつく言われてるからねー。賢者さん?」


 そこで限界が来ていた。同時にパフがイレヴンバックを唱え、MPの過半と引き換えに時間を巻き戻す。


 彼としては可能であれば敵が一人かどうかを挑発して聞き出したかったのだが、無理だった。パフとアメリアがその場に固定され、オラクリストの身体が再びテントの中に戻っていく。同時にウィドウの身体が再生され、


 「ウィドウ逃げろッ!」

 「っくぁ!?」


 弾かれたように泡食った彼女が動き出した。黒後家蜘蛛(ブラックウィドウ)の名に相応しい速さで間一髪、テントを突き抜けて来た剣を交わすと、必死の思いで後退する。


 「パフ! ここは私に任せるですっ! ブッチー! 先に逃げるですッ!」


 同時にアメリアが2人を庇う様に前に出ると、再び相見えたオラクリストに正面から殺意をぶつけ合う。


 彼女には勝算があったのだ。彼女はパフと2人ならどんな強敵にだって負ける気がしなかった。だが、ウィドウを守り切れるかと言われるとその自信は無い。


 速い剣士と遅い斧使い。ウィドウは絶望的なまでにオラクリストと相性が悪いのだ。折角の強靭な斧の一撃も、躱されてしまえば意味は無い。


 そして問題はウィドウの方だった。一時期萎えかけた彼女の戦意は、しかしながらいざ復讐相手と立ち会うと即座に蘇ってきたのだ。地獄の業火に身を焦がす彼女の頭に、撤退の2文字は無い。


 「ッ! 出たなオラクリストォッ!! フォルゴーレの仇、討たせてもらうッ!!」

 「ウィドウ退けッ! ここは俺達に任せてお前は……」

 「黙れパフッ! あなたに仲間を殺された私の気持ちはわからないわッ!」


 頭に血が上った彼女は、その表情を悪鬼の如く変貌させている。それを止めるのは流石の彼も簡単ではない。彼がアメリアにスキップをかけるのと、アメリアが正面からオラクリストと切り結ぶのは同時だった。


 「まずは、お前だー」

 「Fuck you! 返り討ちですッ!」


 二本の白刃が夜空に美しい弧の軌跡を描いて、激突する。派手に火花のエフェクトが飛び散る中、アメリアはニヤリと笑っていた。そう、切り結んだのだ。それこそ彼女の思惑通りに事が進んだことを意味する。


 刹那、彼女の姿がぶれた。


 「これはッ!?」


 同時に彼女の剣がオラクリストの防御をすり抜けると、竜巻のように瞬き一つの合間を縫って3度の剣撃を叩き込んでいた。


 「Serve(好い) you(気味) right()!」


 剣スキルレベル9“木の葉落とし”である。必殺の剣がオラクリストの身体を切り刻み、その退屈そうだった顔すらも剣が一刀のもとに切り伏せていた。


 同時にオラクリストのHPが10%ほど削られる。それを見たアメリアはますます自信を強くしていた。かつてネウロポッセと相対した時よりも、ずっとナーガホームは成長しているのだ。


 各パラメーター共に上昇し、限界値(255)に近付きつつある。それは既に限界に達して成長を望めないPKとは真逆だった。


 「強制クリティカル……ユニオンアタック無しでこのダメージ……面倒な……」

 「Don’t mind! 地獄に落ち行く貴女に、気にする必要はないですッ!」


 アメリアは同時に激しい剣の舞を披露していた。一拍遅れてパフの補助魔法を受けて威力の増した剣が、オラクリストの腕を、足を、その腹を切り裂いていく。


 「ウィドウ一旦距離を取るぞ! アメリアを援護する!」

 「ッ! 分かったわよ! アンタに従うわ!」


 同時にパフがオラクリストから距離を取っていた。最大の脅威はPKがアメリアを無視して速さの劣る2人に切りかかってくることなのである。


 だがその決断は、既に時機を逸していた。


 「珍しいわ。オラクルが仕事熱心だなんて……」


 その瞬間、パフはウィドウを庇う様に杖を振るっていた。同時に遠方より鋭く飛来した斧を弾き返す。


 「参ったね。ネウロポッセまでお出ましか……」

 「面倒な仕事はー、皆でやるに限るんですよー」


 真後ろから現れたPKに、ウィドウは何もできなかった。精神に気力はみなぎっている。しかしながら、身体は先ほどの明確な死の恐怖から逃れられなかったのだ。その強烈な矛盾は彼女の心を縛り、混乱させて正常な判断力を奪う。


 「あっ……あっ……」


 結果として彼女の動きは遅く、ただ口をパクパクとさせることしかできない。


 「久しぶりだな。ちょっとは腕を上げたのか?」

 「……お陰様で」


 不敵に笑いつつも、パフは覚悟を決めていた。それはウィドウを見捨てる覚悟である。彼には余裕は無くなっていたのだ。


 前門の虎、後門の狼。まさに袋のネズミに陥った彼は、取れる手段が確実に少なくなりつつあるのだ。


 されど、彼には斧使い相手に近距離戦という不利な戦いにも勝算を持っていた。


 「アメリア、少し時間を稼いでくれ」

 「Roger!」


 同時にネウロポッセに向けて大規模な爆炎が巻き起こる。狙いすらつけないデトネイションを乱発して牽制したパフは、守り切れないウィドウを逃がすことにしていた。


 だがウィドウは悔しそうに顔を歪めて涙を流すものの、その足は鈍い。湧き起った殺意と忍び寄る恐怖に雁字搦めになっているのだ。その表情だけが鬼気迫った苦しいものに変化している。


 「う、あああぁぁぁッ!!」

 「ウィドウッ!?」


 そして、平凡な彼女の忍耐もまた同様に強くは無い。勝ったのは殺意だった。慌てるパフの目の前でいきり立つと、血走った眼を敵に向けて意味不明の雄叫びを上げていた。


 同時に彼女の手の斧が鈍い色を帯びる。それは斧スキルレベル8“大斧断首”、彼女が夢にまで現れた絶望を捻じ伏せるために磨いた、唯一の牙なのだ。同時にそれは、斧使いの速さが低い理由の一員でもある。あまりにも高い攻撃力は一歩間違えればゲームバランスが崩壊しかねないほどなのである。


 「うあああああッ!! 死ねエエエッ!!!」


 あらゆる敵を必殺する一撃を、ウィドウはネウロポッセの脳天に向けて叩き込んでいた。


 真上から唸り声と共に空気を巻き込んだ斧が振り落とされ、ネウロポッセは冷静にそれをガードするしかない。PKのステータスを持ってしても、その一撃が直撃すればただでは済まされないのだ。


 ましてや、彼女はパフの言葉で自身の未熟を思い出したばかりである。油断はできない。


 「邪魔しないで。雑魚の分際で」

 「あああああッ!! 黙れェェェェッ!!!」


 ウィドウは不発に終わった一撃を、即座に再発動させる。MPの消費など考えたことも無い。同時にデトネイションがネウロポッセの背後で大爆発を起こし、彼女の長髪とマフラーを揺らす。


 それを肌で感じたネウロポッセは笑っていた。


 「お馬鹿さん。彼は貴女が邪魔で、魔法が狙えないのね」

 「ぐおああああぁぁッ!! うるさい黙れ! さっさと死んで皆に詫びろおおッ!!」


 ウィドウとパフは同じパーティーではない。だから魔法の敵味方の識別が効かないのだ。無数の怨嗟の声が響き渡る中、ウィドウは必死で斧を振るう。ネウロポッセがスキップを唱えてからは、その音が当たる気配すらない。


 彼女が今だに立っていられるのは、同様にパフが彼女にスキップをかけたからなのだ。その薄氷の上を渡るような均衡は、直ぐに限界は来ていた。


 「ちっ! ウィドウ、MPが無くなりそうだ!」


 パフは一人で魔法攻撃に加えてアメリアとウィドウの援護まで行っている。そのMPの消耗はネウロポッセ以上に激しい。


 「しつこいですっ!」

 「あー、それは私のセリフー!」


 一方のアメリアはオラクリストを技量と速さで上回っているものの、倒しきるには至っていない。


 戦いの行方はウィドウにかかっていた。彼女が磨いた牙がネウロポッセを打倒できるか。最後の一かけらまでMPを込められて鈍く輝く彼女の斧が大気を切り裂く低い音を奏でながら振り回され、


 「うおおッ! ヘルキャット! フォルゴーレ! ファイアブランド! 力を貸してッ」

 「やはり、大したことは無かったわね」


 無情にもネウロポッセに避けられていた。ウィドウの顔が瞬時に蒼白になる。今更になって事態に気付いたのだ。だが、時すでに遅い。


 ネウロポッセはウィドウが焦れて大降りになるのを狙っていたのだ。その一撃を悠々と躱して反撃の斧でウィドウの頭をかち割らんばかりに振るう。


 「ああああぁぁぁッ!?」

 「ま、貴女はこんなところね」


 ネウロポッセの斧がウィドウにぶち当たる瞬間、彼女の顔が驚愕に染まる。それは足だった。


 「ああ、その通り。良くやったぶーちゃん!」


 ステアで奇襲を仕掛けた魔法使いのローブが風を受けて翻る中、その見事な跳び蹴りが斧よりも先にネウロポッセの頭を打ち抜いていたのだ。彼女の身体が後ろに跳ね飛ばされる。


 そこでネウロポッセは失策に気付いていた。


 ――一番野放しにしてはならない男を、戦いにかまけて無視してしまっていた。


 彼はただ悠然と、事実を指摘する。彼は彼女の隙をついてMPすら回復させていた。


 「お前には、お似合いに末路かもな」

 「な……にッ!?」


 同時に彼女の身体は、グチャリとした何か気味の悪い物に受け止められていた。腐乱死体だった。


 見るもおぞましい、腐敗したゾンビの身体である。その吐息を間近で受けたネウロポッセは、勝ち誇った顔のウィドウの前で掛け値なしに本気の悲鳴を上げていた。


 だが、彼女が脱出するよりもゾンビの群れが彼女に襲い掛かる方が速い。生きたままゾンビに動けぬまま身体を貪り食われる恐怖に絶叫を上げる中、パフは即座にウィドウを引き連れて逃走に入る。


 それにウィドウは凄惨ながら晴れやかな顔で、拳を突き付けていた。彼女は途中で気付いていたのだ。


 「牽制に見せかけたデトネイションの音でゾンビ共を引き寄せて攻撃させるとは、流石ね……!」

 「あいにく、悪知恵だけは人一倍でね」


 そう。パフは最初からこれを狙っていたのだ。危険な相手にわざわざ1対1を挑む必要などない。これは誇り高い決闘ではなく、生き残るための戦いなのだ。


 背後から聞こえてくる絶望の叫喚を、ウィドウは最高に清々しい気分で聞いている。パフは油断せずにアメリアを助けに入ろうとし、気付いていた。


 一人の男がいつの間にか、オラクリストと懸命に切り結ぶアメリアに陰から狙っていることに。


 「アメリア後ろだッ!」

 「下がれオラクル」


 同時に2つの魔法が唱えられた。一つ目はバインド。動きを止める時空魔法は、プレイヤーキラーの指揮官であるヨロレイホーが放った魔法である。2つ目はステア。短距離をワープするその魔法は、ナーガホームの指揮官パフが放った魔法である。


 「Puff!? そ、そんな!?」

 「ヨロレイホー!? こ、これはその……!?」


 アメリアを庇ったパフは、バインドに縛られ亡者の群れの前でその動きを止めていた。


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