LOAD GAME →プレインズにて 残り時間00:62:00
復帰しました。
パックは水晶を身に纏った竜と騎士の美しさに、思わず溜息を吐いていた。“クリスタル・ドラゴン”。彼女は“天空都市”の守護者にしてボスを務める竜騎士である。彼女の仕事は敵の迎撃と並んで、不運にも落下してしまったプレイヤーを救出することなのだ。
救出は各パーティーにつき一度まで、それ以降は確率で。それが彼女に設定されたプログラムである。今も役目を終えた彼女はパックを浮遊島に戻すと、悠然と愛竜の翼を羽ばたかせて自身の城に舞い戻っていく。
“ピレネー”。“天空都市”の中央に位置する浮遊島に聳え立つ、砂色の城。それこそが彼女の住まいであり、かつこのステージのダンジョンなのである。そこに迷宮や謎解き要素は無い。あるのはたった一つの制限だけ。
それをパック達は、レベル上げを終えて成長したペットに乗って進んだ先の拠点プレインズで思い知らされていた。堂々と街の各所に設置されたチラシには、でかでかと彼女の挿絵と共にそれが記載されているのである。
パックはようやく地に足が付いた顔をして、それを読んでいた。
「……“天空都市”の守護者“クリスタル・ドラゴン”! 当代きっての竜騎士である彼女とその愛竜のコンビネーションは比翼の鳥の如し! しかしながら、彼女の力をもってしても“天空都市”の先のステージの敵は抑え込むのでやっとです。もし進みたいのであれば、彼女に正々堂々戦いを挑みその力を認めさせましょう!」
思わず声に出した彼の視線の下には、ボス戦の条件が記載されている。それは思わずスターファイアをドキリとさせる物だった。
――レベル制限:プレイヤー→80以上
ペット→5以上
「あれ? これスターファイアさん行けなくない?」
一同に微妙な沈黙が下りていた。パフもティーも、無慈悲なその制限を前に何も言えなかった。彼は元々エーシィの出で、加えて“夜の遊園地”はレベル上げに適さないステージだった。その為一同の中では最もレベルが低いのである。
パック達生え抜きの面々がレベル85に達しているのに対し、スターファイアのレベルは72。生まれた差は歴然としていた。
「む……まずいな」
残酷な現実を前に、流石の彼も閉口せざるを得なかった。パフが視線を逸らして口笛を吹きながらチラシを熟読する中、バターは慰めようとしては押し黙るのをひたすら繰り返す。
そんな中アメリアは気まずそうにしながらも、煤けた背中の彼に対して声をかけていた。彼女は怖いもの知らずで、突き進むだけの純真さを持ち合わせているのである。
「No problem! 大丈夫ですっ!」
「アメリア?」
拳を突き立てる彼女は、不審そうなパックを前にいともたやすくのたまった。
「池は無いですっ!」
「いや何の話!?」
彼女には相変わらず日本語が通じない。しかしながらパックが二度見して暖かい視線を送る中、彼女はしっかり成長しているのだ。内心で心外だと口を尖らせつつも、盛り上げるためにあえてそれを飲み込む。
「パックはさっき言ったですっ! “池無くない?”と! そしてStarfireも“無”と答えたです! そのとーり!」
「池じゃないよ!? 行けだよ!?」
「生け? Oh! 生け花ですか! 私も少し興味があるますっ!」
プレインズは急速に賑やかになっていた。それには事情がある。ナーガホームはここに来て久しぶりに、時間制限の魔の手から逃れられそうなのだ。既に8日目も終わりに差し掛かろうかという時間帯であったが、収穫はあった。
レベル制限をスターファイア以外は満たしているのだ。明日には挑む事ができるだろう。大幅な時間の短縮である。
皆それを暗黙の裡に悟っているのだ。パフはその下の文章を確認して破顔し、それに気付いたティーも自然とそのまなじりを下げていた。同時にバターは鼻息荒いアメリアの日本語教育に精を出し、パックは無邪気なアメリアを語り合う
一行のゲームクリアに希望が見え始めた瞬間だった。
結論から言うと、問題は無かった。8日目でのボス攻略を諦めた一行は、代わりに星明りの下レベル上げに邁進したのである。その結果ペットのレベルは順調に上がり、なんとか5に達したのだ。そしてチラシの文章を良く読めば、プレイヤーに関してもパーティーで挑む場合は平均レベルと書かれている。
しかし懸念点も一つ。ウィドウから誤字脱字塗れの援軍をお願いするメールが届いたのである。それを受けたパフは即座に自身と、足元に置いて行かないでと縋りつくアメリアの2人で旅立っている。
残った4人はレベルを上げつつも買い物に勤しみ、2人の帰還を待っていた。
8日目は終わり、爽やかな風と共に朝日が昇る。パックは小鳥の鳴き声をバックにしたそれを受けて、久しぶりに気分よく目覚めていた。
だが、その緩んだ表情は直ぐに引き締められる。この9日目こそが勝負の時なのだ。いかに速くクリスタル・ドラゴンを倒すのか。それに全プレイヤー達の命運がかかっている。
絶対に譲れない、彼の長い1日の始まりだった。
既に天頂にまで達した日光が宿の天窓から宿の喫茶店に入り込む中、ティーはスターファイアと共に目覚めの一杯を楽しんでいた。彼女の部屋ではバターが二度寝を楽しんでいる。
彼女は待っているのだ。2人の帰還を。
「おはよう姉さん。スターファイアさん」
そこに不退転の決意を固めたパックが現れると、彼女はそちらを向かずに彼用の飲み物を頼んでしまう。
「おはようパック」
「あぁ、おはよう」
正面のスターファイアが億劫そうな声を上げる中、ティーは内心でほっとしていた。正直なところ、目の前の男との二人きりでは間が持たないのだ。それは相手も同様で、困惑したような態度が透けて見える。
「兄さん達は?」
「まだよ。昨夜のメールでは、起きてから1時間以内に来るって話だったけど……」
「あー! 良く寝た! なんだか久しぶりにぐっすり寝た気がするわ……!」
パックに僅かに遅れてバターがやってくると、同じようにテーブルを囲んで話の輪に加わっていた。彼女は宿命のライバルに対抗心を剥き出しにしてブラックコーヒーを頼むと、苦さのあまりちびちびと少しづつ啜る様に飲んでいく。
パックがそのいじらしい仕草に胸を打たれる中、話は進んで行く。
「しかし、君たちは何なんだ? “ナーガホーム”。まさか、その兄さん姉さんというのはキャラ付けではなく、本当の姉弟なのか?」
「はい。兄さんが気晴らしにってチケットを手に入れてくれたんです。でも、まさかこんなことになるなんて……」
パックのセリフの途中でスターファイアの視線がバターに向かう。彼は驚いているのだ。長家家を取り巻く数奇な運命の悪戯に。それは、いずれ彼らの前に最大の敵として姿を現すだろう。
少なくとも彼らのリーダーはそれを確信している。
「あれ? エレクトラが居ないわね」
「鳥がいない……?」
そこでバターが、喫茶店の隣に併設された厩舎の方を見ていた。そこにはここにいる4人の愛鳥と、ジャッキーと名付けられたパフのペットが思い思いに寛いでいる。特にジャッキーは主人の呼び出しに応じる様に羽をばたつかせ、外に飛び出すところだった。
ティーはポンと軽く拳で手を叩いて、理解の色を示す。
「鳥がいない……ゆとりが無い……?」
「駄洒落言ってる場合か!? きっとパフさんとアメリア……ついでにぶち公よ!」
何処か抜けている親友の言葉に、バターは状況も忘れて突っ込んでいた。それを笑顔のスターファイアが眺める。パックもまた2人の帰還に奮起していた。彼は信じているのだ。彼の兄姉は、世界で一番頼りになると。
「みんな行こう! ペットは一人乗りだから、ぶち子ちゃんだけ徒歩の筈だよ!」
パックは言うが速いか飲み物を片手に、宿を飛び出していた。向かう先は、以前にケツァルコアトルの襲撃を受けて破壊された橋の先である。
“天空都市”に存在する橋は、材質の如何によらず一定以上のダメージを受けると崩壊してしまう。そして崩壊してから1分もすると、再び新しい橋が生えてくるのである。
その石橋の先から歩いてくる2つの人影がある。その上方をパフの風鳴鳥が胸を張って飛び、時より襲い来る敵に鋭い爪をお見舞いして進むのをサポートしている。
「兄さーん!! こっちこっち!」
珍しく口を真一文字に結んだパフは、それでもパックの問いかけに応じるかのように手を振ると、傍らの相手と同時に小走りになって走り寄ってくる。
パックはそれを見て最初に違和感を、次いで驚きのあまり目を見張っていた。彼が目を皿のようにして視線を向ける中、パフは杖から魔法を放って敵を追い払うと静かに瞳を揺らしながら結論に入っていた。
「……すまない。彼女のこと、守り切れなかった」
「……っえ?」
その報告を、パックは信じられなかった。彼の視線の先では2人の人物が立ち尽くしている。そう、2人の人物だ。本来そこには、下からくるウィドウを含めた3人の人物がいなくてはならない筈だった。
刹那、空気が凍り付く。それまでの和やかだったそれは飛び去ってしまい、代わって重苦しいばかりの空気が辺り一帯に立ち込める。
「……い、いやですね龍樹さん! あの子が簡単に死ぬわけないじゃないですか……!そんな、笑えない冗談は……」
バターは呆然となって槍が手から零れ落ちる中、ティーが静かに目を細めていた。バターは思わず胸に手を当てて、必死になって彼の声を否定しようと縋るように視線を送り、静かに首を横に振ったパフの前に沈黙を余儀なくされていた。
誰も声を発さない中、パックだけが必死に声を絞り出す。信じられないのだ。あの賑やかな少女と、もう二度と会えないなどと。
「嘘……だよね? 兄さん……そん、な。どうして? 一人足りない……なんて……」
「……俺のミスだ。力及ばず、我ながら嫌になる……」
スターファイアが無言のままそれを見つめる中、パフは静かに瞳を瞑りながら言葉を紡ぐ。
「アメリアが殺られた。相手はプレイヤーキラーのヨロレイホーだ」
同時にパックは足元に崩れ落ちていた。混乱した彼の頭は頑丈な橋の上に立っているはずなのに、ふらふらと揺れて彼から現実感を奪い取っている。
彼は縋る様に姉を見やり、そこで眉間に皺を寄せていた彼女に言葉を失っていた。怒っているのだ。それも、パックが今までに見たことも無い程の激しいほどの怒りを、今にも噴火しそうなほどに揺蕩えていた。
「兄さん、説明して」
ティーは一早く正気に戻り烈火の怒りを辛うじて飲み込むと、努めて優しい顔を傍らで罪悪感に打ち震えて黙り込むウィドウに向けていた。
パックはそれをバターと共に、ただ茫然と見つめることしかできなかった。静かにその頬を涙が流れていく。
全ての始まりは、ベガに到達したウィドウが一人ホテルでささやかな晩餐を取っていた時の事だった。テーブルには豪華な食事が山ほど盛られていて、かつ4つのガラスのグラスが“夜の遊園地”の煌びやかな夜景を反射している。
その弔いの途中、ウィドウは真っ青になっていた。思わずテーブルに拳を叩きつけると、思わず立ち上がって誰もいない虚空へと叫んでいた。叫ばざるをえなかった。
「何よこれッッッ!!! そ、そんな……まさか……」
残金を確認するために何気なく開いたステータス画面。そこには彼女の名前とレベルにステータス、そしてソロプレイヤーであることが記されていた。
ソロプレイヤーである。いつの間にか、パーティー“エーシィ”は解散していたのだ。彼女は行き場のない怒りを前に、猛り狂う事しかできなかった。それが意味するところは一つしかない。
「テンペストが………………死んだ?」
パーティーは一人になると自動的に解散されてしまう。そして、テンペストがパーティーを引退するとも思えない。彼女はウィドウの説得によって、有志同盟の突撃部隊に復帰したばかりなのだから。
ウィドウがパーティーを維持したままレベルを上げたため、彼女のレベルも高くなっている。
「嘘よ!? 嘘! ……絶対に嘘なんだからッ!!! だって役立たずの私とは決別してッ! あいつは私よりずっと優秀な有志同盟の指揮下で、既に情報の出回っているステージを攻略してたのよッ!!!?」
そこまで叫んだところで、ウィドウにも合点がいっていた。彼女は力なく椅子に座り込むと、魂が抜けたような顔で力なく項垂れる。
「プレイヤーキラーッ!!! 間違いないわッ! おのれッ!!! 必ず……この手で……!」
ウィドウの怒りはそれまでだった。怒り以上の虚しさが込み上げてきて、彼女の熱意を急速に冷やしていく。
結局のところ、ウィドウが取った行動は全て無駄だったのだ。彼女が率いたパーティーは壊滅し、彼女が説得して戦線に復帰した仲間は無残に戦死した。一矢報いようと必死で磨いた牙は、いまだにその用をなしていない。
それでもウィドウは懸命に残った憎悪と戦意をかき集めると、混乱したままメールを書き上げる。一通はテンペストの安否を確かめるためにスカボローのパースリーへ。もう一通は彼女の復讐の助けになるナーガホームのパフへ。
だが彼女はこれが惨めな結末に終わることを、この時点では思ってもみなかった。それが平凡極まりない彼女の限界だったのだ。




