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LOAD GAME →浮遊島にて 残り時間00:63:00

 ステージ名、“天空都市”。気狂いピエロを倒したテントの先にあったのは、モノレールの駅だった。一見するとジェットコースターに見えるそれは、驚くほどの静かさで搭乗したナーガホームの面々を高く高くと天へ向けて昇っていく。


 常夜の街は見る見るうちに後ろで輝くだけの存在になっていき、ついにはそれが夜空を彩る星のようにしか見えないほどの距離に到達した時、モノレールは目的地に到着していた。


 待ちわびた朝日は遠く、しかしながら燦然と輝く星明りの元にそれは姿を現していた。無数の孤島が宙に浮かぶその姿。“天空都市”が空と大地の間で一行を待ち受けていたのである。




 浮遊島に辿り着いた一行は、天空に浮かぶ島々の絶景に言葉を失っていた。柔らかな大地はしっかりとした安定性を誇っているものの、所々に設置された木製の吊り橋はこの圧倒的な高度に際しては些か心もとない。


 高所恐怖症でなくとも足を乗せる度にギィギィ音を立て、風が吹けば揺れる橋には恐怖を感じざるを得ないだろう。下を見れば、万が一にも落下すれば地上へ辿り着くよりも前に恐怖で死にかねないほどの高さである。なにより、時折設置された演出用の小物である小石が橋から静かに落下していくのだ。


 そんな心細い橋や、逆に立派な石橋を3つほど超えた所で、一行はようやく街について腰を落ち着ける事ができていた。


 向かう先は宿である。これまでのステージとは打って変わって、無数の地下鉄のような半透明のチューブが建物同士を繋ぐ近未来的な都市が広がっている。一旦建物の中に入ってしまえば、他の島に行かない限り外に出る必要は無い。不快ではない程度に冷たい風を浴びながら、一行は浮遊島の中でも一際大きい建物の宿に向かって行った。


 そこのバーを模した喫茶店のカウンター席でめいめいに好きな物を注文しつつ、ステージ攻略の計画を立てていく。“天空都市”はこれまでとは趣の違うステージなのだ。


 店内にはでかでかとポスターが張られており、それらの多くがプレイヤー宛のメッセージなのである。


 「とりあえず、このステージには昼夜があるようだな」


 最初に口を開いたのは、思案げな顔のままミルクティーを嗜むパフであった。彼は他の面々と違って落ち着いていた。喫茶店には大量の情報が設置されており、それが些かの混乱を招いていたのである。その為、彼らは時間が迫っているにもかかわらず、ひとまず話し合っているのだ。


 そこでティーが兄の指摘した文章を読み上げた。


 「――この“天空都市”の戦いのキーポイントは、時間です。ステージ攻略の際は“昼”と“夜”の区分にお気を付けください。……確かにさっき外を見た限りでは、満月や星明りしかなかったわね。夜の間は近くはともかく、遠くの敵は発見する事すら危ういわ」

 「姉さん! それだけじゃないよ!? こっちには――このステージで落下した場合、一定の高度を下回ると警告が出て、それすらも下回ると即死って書いてある!?」


 冷静な姉とは対照的に、パックはやや驚いた顔をしていた。その片手にはココアが握られていて、コーヒーを嗜む姉との間に態度同様の差が生まれている。


 そこで槍を持ち替えたバターが口を挟んでいた。ちゃっかり彼女の隣を確保したパックの子供心に気付かないまま、眉を顰めてティーへの対抗心で頼んだブラックコーヒーをちびちびと飲んでいるのだ。


 「吉報もあるじゃない。このステージでは屋内はもちろん浮遊島の上にいる間は敵が襲ってこない見たいよ。危ないのは橋とかの移動中だけってことね」


 彼女の視線は、バーのポスターではなくアメリアが夢中になって読んでいるチラシに向けられていた。


 彼女は珍しく注文したライチジュースに手を付けずに、目を輝かせるながらそれを読み耽っているのである。伸びた脚は子供のように椅子の下でぶらぶらと揺れ、彼女の興奮を如実に物語っている。


 「これはっ! これは凄いですっ! こういうのを……私は待ってたですっ!」


 思わず万歳した彼女は、全員に見える様にチラシをカウンターに伸ばしていた。


 ――ペットショップ開業中!

この“天空都市”はフィールドの大部分が空です。 

一部の浮遊島には橋が繋がっていない為、空を飛んでいく必要があります!

また“天空都市”を守護する竜騎士に挑む際も、“相棒”が必要です! 是非当店をご利用ください!

販売価格↓

・ドラゴンの雛 レベル1:100,000L

・風鳴鳥の雛 レベル1:100,000L


 「来たッ! 私の時代が来たですっ! 竜に乗って天空を駆けるなんて……なんてRomantic!」


 彼女はすっかり竜に乗って敵と戦う自分を空想し、悦に入っていたのだ。チラシの下にはそれぞれの特徴が書かれている。


 ドラゴンは高い攻撃力と防御力が特徴で、特にブレスは長射程かつ高い威力を誇る。


 風鳴鳥は攻撃力と防御力ではドラゴンに劣るものの、圧倒的な機動力を持つ。


 「さぁさぁ! 速くドラゴンの雛を買いに行くですっ!」

 「待ちたまえ。まだドラゴンを買うと決まった訳じゃないだろう? そもそも速さの高い君は、竜騎士よりも鳥騎士の方が……」

 「Shit! ぶー、Starfireはノリ悪いです!」


 血気に逸るアメリアをスターファイアは罵倒されながらも忠告を告げる。彼はこの中では一番の新参者であり、いまだにナーガホームのノリに慣れていないのだ。


 「兄さん、どうするの? 地図とコンパスによると、次の拠点プレインズにしろダンジョン“ピレネー”にしろ、橋は繋がってないみたいだよ?」


 そう。“天空都市”では高さも広さも大きい代わりに、全ての構造物が記されたマップがお手軽価格で購入できるのだ。ご丁寧にコンパスまでついてくるので、夜間飛行でも安心である。


 そんな中、兄は一人で財布の中身と相談していた。不要物を売り払えば、どうにか全員分のペットは購入できるだろう。


 残りのミルクティーを飲み干すと、彼は結論に達していた。


 「風鳴鳥だな」

 「What’s!? D、Dragonは!? 強くて格好良いDragonの出番が欲しいです!?」


 善は急げとばかりに足を運ぶ一行の中で、アメリアは涙目になって食い下がっていた。外とは異なり暖かいチューブを進む中、パフは服の裾を掴んでいる妖精に優しく説明する。


 「アメリア……飛行機で考えるんだ。戦闘機と攻撃機なら、戦闘機の方が強いだろ?」

 「My?! そ、それは……確かにソウですが……」


 同時に、いまいち理解できていないパックとバターへの説明も含んでいる。


 「いくら攻撃力が高くても、当たらなければ意味は無いんだ。同じように防御力が低くても、敵の攻撃を躱せれば問題ない。逆に言うと、このステージのボスはその点をついてくるぞ」

 「……? でも兄さん。ボスは竜騎士って書いてあったけど?」


 竜騎士なら互いの速度は互角な筈。そう考えていたパックに対し、バターは一足先に気付いていた。攻略を急ぐ身であれば移動は速い方が良いし、なによりペットにもレベルがあるのである。


 「……敵の竜騎士の速さは、私達より高いかもしれませんね」

 「その通りだよバターちゃん。そして俺達にはレベル上げを悠長に行う時間は残されていない」


 その言葉で一行の雰囲気に影が差す。既に8日目の夜であり、どうにかして攻略速度を上げなければならない。


 そこで彼に向き直ったスターファイアが、アメリアたちを宥める様に言った。


 「パフ、それでどうするんだ? 配分は風鳴鳥を多めに……?」

 「いや、全員風鳴鳥だ」


 その攻撃と防御を全部投げ捨てた大胆な結論に、スターファイアはおもわずパフを二度見していた。彼は飄々とチューブの半透明の床下を興味深そうにのぞき込んでいる。


 「あっ……そうか。一人でも竜騎士になってしまうと、鳥騎士も竜騎士に合わせて速度を落とさないといけないから……」

 「そう。意味が無いわね」


 そこでパックも考えが及んでいた。まさしくその通りなのである。ソロならともかく、パーティーで戦う以上全員のペットは統一しないとその本領が発揮できないのである。


 パックとバターはさもありなんと頷き、パフの考えに同意していた。これで竜に乗りたいのはアメリアだけである。だが彼女はまだ諦めない。


 「Nah! 一人くらいなら、“スキップ”をかければ良いだけですっ! ここは強くて頼りになるDragon……」

 「合衆国の象徴は竜ではなく鷲だったような……」

 「Oh! それもそうですっ! 鳥も悪くないですね!」


 恋い焦がれる相手の説得に、アメリアはあっさりと自説を翻していた。所詮空想は現実の前に砕け散る定めなのである。


 その変わり身の早さにパックが思わず二度見する中、一行はチューブを抜けてペットショップについていた。


 外見こそ他の建物と同様に地下施設のような扉と壁の一体化した構造であるが、そこから隠し切れない賑やかな鳥の歌声や竜の唸り声が響いているのである。


 パックはワクワクしながらその扉を開けて、驚きのあまり動きを止めていた。不審そうにアメリアが覗き込み、同様にフリーズして入り口を塞いでしまう。


 そこには沢山のドラゴンと鳥の雛たちがいて、客に向けて思い思いの鳴き声を上げている。そしてその姿は、


 「「小さいっ!?」」


 それに応じる様に、一斉に風鳴鳥たちがカナリヤのような鳴き声を上げる。雛というよりは鷲がそのまま小さくなったような姿だが、妙に愛嬌のある顔つきをしている。それはドラゴンも同様であり、その容貌はやんちゃそのものだった。大きな瞳は好奇心に溢れ、外に出してくれと言わんばかりにプレイヤーを注視している。


 そしてその大きさはというと、パックの腰位の大きさでしかなかった。およそ1メートルといった所か。鳥として考えれば十分に巨大だが、到底人が乗れるサイズではない。


 「パック、上よ」


 迷惑そうにアメリアの頭の上から店内を覗き込んだティーは、そこに記された飼育方法に目を向ける。


 ――ペットは、レベル1の状態では戦う事はできません!

それどころか、逆に守ってあげる必要があります!

でも大丈夫! レベルが2になればちゃんと自分で戦い、3になれば人を乗せる事もできます!


 「ここに来てこの仕様!?」


 同様に中を見たバターが思わず頭を抱えながら店内に入る。そこでは鳥たちが笛のような声でキューっと鳴いており、同様に竜たちはギャウっと可愛らしい雄叫びを見せている。


 「兄公。どうする?」

 「……正直、これは想定外だな。ひとまず雛を連れて、橋でレベル上げをするしかないか……」


 賑やかな鳴き声の中で、一行は頭を悩ませることになる。




 「ピヨッ!」

 「Aah! 今、私の子がヒヨコみたいに鳴いたです! そしたら瞬く間に体が大きくなったです! よしよし、私の可愛い“Electra(エレクトラ)”。いっぱいご飯を食べて、速く大きくなるです!」


 アメリアは既に彼女と同じくらいの背丈にまで成長したペットを、正面から抱き締めて頬ずりしていた。成長した風鳴鳥の羽毛はもこもこしていて、絹のように手触りが良かったのだ。


 彼女は最初にドラゴンを推していたことなどすっかり忘れて、今や愛鳥となった“エレクトラ”と大の仲良しなのである。


 「アメリア! 右から敵が来るよッ!」


 無粋なのを承知で、パックはそう叫ばざるを得なかった。


 ナーガホームは分散して浮遊島間を結ぶ巨大な石橋に立っている。手すりの無い石橋は、されど片側4車線の道路ほどの広さがあり戦うには十分な広さだった。


 白亜を思わせる白い橋の上では、今も背中合わせで剣を構えるパックとアメリアの直ぐ近くでよちよち歩いてついてくる雛鳥を狙う敵がいる。


 “ワイバーン LV75”


 醜い竜の化け物が、金属音のような怖気の走る喚声を上げる。それに2人のペットが反応し、怯えて足元に縋りついてくるのだ。


 「パックッ! 下からもですっ! 巨大な敵影がッ!」


 一転して悲鳴のように警戒の声を上げるアメリア。それに呼応するようにワイバーンに向けて残り4人の援護攻撃が安全な浮遊島から放たれる。特にパフの放った赤々とした火球が暗闇を切り裂いて突き進み、突撃態勢に入ったワイバーンに命中するとその動きを停止させる。


 「貰った!」


 同時にパックの放った斬壌剣がワイバーンに命中し、見事真っ二つにしていた。ワイバーンの身体がバラバラになって夜空に溶け込むのと同時に、パックの愛鳥が急成長を始める。


 ペットの成長はパーティー全員の経験値ではなく、その親が倒した敵の経験値によるのである。


 この時、パックは油断していた。アメリアの警告は聞いていたが、その脅威までは予測しきれなかったのだ。


 同時に下方から巨大な影が浮遊島の上昇気流に乗ると、猛烈な勢いをもって突き上げる様に向かってきていたのだ。暗い夜空の中で、パックはそれを見逃していたのである。


 “ケツァルコアトル LV78”


 飛行機のように長く優美な翼に、鳥のように長い首。そして殺意が剥き出しになった太い嘴。


 奇っ怪な雄叫びと共に現れたそれは猛然と石橋に体当たりを敢行していた。岩石がひび割れる音と衝撃で、アメリアとパックは思わ橋から跳ね上げられる。


 唐突な浮遊感に思わず我を忘れて硬直してしまう中、アメリアは運が良かった。彼女に足場はまだ残されていたのだから。


 パックの足元はケツァルコアトル渾身の体当たりを受けて、白亜の橋がバラバラに砕け散っていたのである。浮遊感だけでは済まされない。


 その体が重力に従い落下を始める。


 「う、うわぁぁぁぁ!!!?」

 「パック!? 今行くわ!」


 内臓が突き上げられるような強烈な浮遊感は、生物の本能に訴える恐怖がある。それはVRの世界でも同様であり、パックは恐怖のあまり悲鳴をあげていた。アメリアがパックに向けて叫ぶのすら意識に入らない。


 彼が確認していたのは、ただ愛するバターがわが身を顧みず浮遊島から飛び降りたことである。“テイルウィンド”に加えて“ステア”まで習得した彼女は、高い身体能力と合わさって唯一天空での戦闘が可能なのである。


 だが、そんな彼女には翼竜の魔の手が迫っていた。


 ――警告!

高度が危険空域まで低下しています! 即座に高度を上げて下さい!


 同時にパックの目の前にメッセージがポップアップする。彼はそれを激しい落下に伴う浮遊感の中、恐怖に引き攣った顔で見ていた。


 「そんなァァァッ!?」


 そして、その足はあっさりと支えられていたのである。


 「えっ!?」


 大地ほどではないにしろ、どっしりとして安定感のあるそこは、人が数人乗っても余裕があるほどのスペースである。驚きのあまり目を擦る彼の目の前で、彼女は無機質ながらも微笑みかけた。


 「大丈夫ですか? 気を付けてください。次も助けられるとは、限りませんからね!」


 水晶で装飾された金属製の頑丈な鎧兜ごしに、日に焼けた肌が見える。胸元には無骨な鎧にそぐわぬ、2つのペンダントが揺れる。黄金色の弾ける太陽を模したペンダントと、真っ白い三日月を模したペンダント。女性らしくやや長めに伸びてくすんだ髪を強風がさらっていく。


 彼女の乗る赤い瞳の黒竜もまた、主人同様に水晶をモチーフにした装飾品で巨体を飾り付けている。NPCではない。パックが仰天したのは、そこに名前やHPゲージだけではなくレベル表記があったのだ。


 “クリスタル・ドラゴン LV80”


 まごうことなき、“天空都市”のボスであった。

※重要なお知らせ:パソコンが壊れました。詳細は活動報告にて

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