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LOAD GAME →ベガにて 残り時間00:82:00

 夜の街で一行は自信を深めていた。


 「Yup! 来たです! ついに伝説の装備です!」

 「これが……素早丸……」


 パックとアメリアの視線の先には、伝説の武器屋で買ったばかりの“聖剣”が置かれていた。そうなると問題が一つある。2人の内どちらが使うのか。だが、パックにとっては意外なことに、その結論はあっさり出ていた。アメリアが譲ったのだ。


 「良いの?」

 「Of course! 聖剣は勇者が持つと相場が決まってるです! それに自分の分はダンジョンで見つけるですっ!」


 アメリア的には、店売り品の伝説の武器よりダンジョン等で手に入れた武器の方が強いと踏んだのだ。ゲームには有りがちな展開である。何より、アメリア的には勇者ポジションよりお姫様ポジションの方が嬉しいのだ。


 「パックは前に出て、思う存分敵を蹴散らすが良いです! 私は後ろで、思う存分パフを蹴飛ばすです!」

 「それ嘘情報だからな!?」


 必死のパフの弁明にアメリアは無邪気にも不思議そうな顔で振り向いていた。純真な彼女は、それゆえ親しいパックやティーの言葉を信じているのである。


 「なぁパフ。残りの2つはどうするんだ? その賭博者(ギャンブラー)とやらに頼めば金を借りれるのではないか?」

 「……難しいだろうな。彼らの目的は、あくまで資金の再分配による攻略の加速化だ。いくら必要と言っても手元資金の多くを貸し出しには振り分けないだろう」


 スターファイアの疑問にパフは頭を振って否定していた。スターファイアも深くは追及しない。彼もそれが絶対に必要だとは思っていないのだ。


 そんな中ティーが顔を曇らせていると、バターが自信満々に胸を張って告げていた。


 「3人とも聞いて! 私達の方でフィールドを探索した結果、ついにダンジョンを発見したわ!」


 彼ら3人とて遊んでいたわけではない。別れて以降、涙目で足に縋りつく少女を慮ってお化け屋敷以外を攻略しているのだ。ジェットコースターや観覧車で散々な目に会った結果、気になる物を発見していた。


 「このデタラメ地図を見て! この地図には一つだけ正しい所があるの! 中央のサーカステントよ!」


 パックがバターの取り出した地図を覗き込むと、確かに中央にはサーカスと書かれた建物が記載されている。しかし、それはかなり小さい。迷路どころ、観覧車よりも小さい出来である。


 そんな彼の疑問を感じたのか、バターはウインクしつつも分かったことを鼻高々に語っていく。


 「でも、鍵がかかっていて入れないの。代わりに、何かを填め込む台座が5つあったわ。もう分かったわよね?」

 「うん! つまり、そこに填め込む鍵を5つ見つけ出せば良いんだね!」


 パックはどちらかと言うと、情報よりも目を輝かせて語るバターに惹かれているのである。そんな彼女は、幸いな事に微妙な顔をしてるティーには気付いていない。


 「つまり、サーカステントは事実上のボス部屋で、このフィールドそのものが巨大なダンジョンなのよ!」

 「…………えっとバター、それで?」


 ヒントとかは無いのかとせっつくティーに、バターは胸を張って――アメリアを指名していた。そもそも色々推理したのはスターファイアなのだが、その辺はばっさり省略している。


 そんな中、我らが天使は自分の出番にバターに負けないほど目を輝かせる。


 「Yup! 実はです! 台座には、それぞれアルファベットが振り分けられていたです! それぞれ“D”、“A”、“E”……」


 その顔とは対照的な、不穏な文字列を前にパックの顔は引き攣り始めていた。


 「“T”、“H”でしたっ!」


 DAETH。パックの嫌な予感は当たっていた。その死を連想する文字列は、脅しだと分かっていても顔を顰めざるを得ない。彼は無意識の内に剣を強く握ると、兄姉に視線を向ける。


 「兄さん姉さん。これって並び替えると……」

 「気付いたか、弟よ……」


 同時にパフの頭はフル回転を始めている。またいくらバターでもこの位の並び替えは理解できる。ましてアメリカ人のアメリアなら尚更だろう。


 パックは恐る恐るその単語を口にしていき、


 「DEATH、つまり……」

 「変態だぁぁ!」

 「なんでッ!?」


 パックは突然の兄の行動に悶えていた。彼が唖然としている一同の誰かに助けを求めるよりも、パフの方が速い。


 「……? T HEADだろ? Tバックを頭に被るとか、変態以外の何物でもない……」

 「いやいやいや!? その理屈はおかしいでしょ兄さん!?」

 「馬鹿か兄公。パックの言う通りよ」


 残念なことにギャンブルで威厳を失った兄は妹と弟の総攻撃にあっていた。だが2人の成長を実感して、内心で涙を拭ってもいる。


 そんな彼の内心を知らずに、バターは口を挟まずにはいられなかった。彼女はパックから聞いたのだ。パフの微妙な活躍話を。


 「ティー……きっとパフさんちょっと疲れて……」

 「その理屈だと、Tパック、つまり紅茶も当てはまるわ!」

 「はぁっ!? アンタ何言ってんの!?」


 そして、この兄姉は似た者同士なのである。真顔で余裕綽々のまま嘯くティーの前に、バターは久しぶりに親友の奇行をどう止めるか頭を悩ませる羽目に陥っていた。


 「なんという事だ妹よ! 紅茶と言えば紳士! つまり、変態と紳士は紙一重だった!?」

 「What’s!? Amazing! さっすがパフです! Cool!」


 そして、純真なアメリアはそれを頭から信じ込んでいたのである。居た堪れなくなったパックは視線をスターファイアに向けようとして、避けられていた。彼からすれば、パックもまた長家家の一員なのである。


 「お、おかしいよね!? バター、おかしいよね!?」

 「うん……過半数取れてないけど……」


 しかしそのお陰で、パックはバターとの距離を縮めることに成功している。2人ともパーティーの貴重な常識人よりなのだ。必然、その距離は狭まる。


 それに、パックもここまで来れば分かる。兄も姉も暗い雰囲気を誤魔化そうとしているのだ。彼は気付いている。既に時刻は7日目も終わりに近づきつつあるのだ。そして8日目は普段よりも短い。


 タイムリミットが近づいていた。




 「それで! 状況を整理します!」


 珍しく音頭を取ったバターを先頭に、一同はベガのホテルのレストランで席についていた。窓の外の夜景を白い壁紙が額として縁取る中、木のテーブルを囲んだ一同の前で、改めてDAETHの5字が書かれたメモ帳が広げられる。


 「現状、他にヒントはありません! この5文字に心当たりのある人は手を上げて下さい!」


 この予想外の難問にパックは頭を悩ませることになる。彼だってそれなりの時間を“夜の遊園地”で過ごしてきたが、全く心当たりが無かったのだ。そして、それはアメリアやバターも一緒である。スターファイアですら、見つけることはできなかった。


 図らずしも3人の期待は長家3兄弟に集まっているのである。


 最初に声を上げたのはティーだった。


 「その前に、台座っていうのはどの位の大きさなの? それに深さとかも分かれば、おのずと探し物も絞れると思うのだけど」

 「え? 大きさ? え、あ……っとその……」


 そのシンプルな質問に、バターは焦りまくっていた。大体この位、と手で指し示すものの、あまりに大雑把すぎて何が何だかわからない。その隣で溜息を吐いたスターファイアがやむなく補足していた。


 「手の平サイズの長方形……つまり、文庫本ぐらいの大きさだ。そう厚くない。ページに換算したら10ページ程度だろう」

 「となると、少しは限られてくるわね……」

 

 ティーは頭の中で浮かんでは消えるアイデアを一つずつ消していく。まずフィールドに宝箱は見当たらなかった。となれば、隠し場所はそれなりに限られてくるはずである。


 そこでパックは気付いていた。普段なら末っ子らしく兄姉より先に発言することは少ない彼だが、様々な経験を積んだ彼は自分の意見を持つようになっていたのである。


 「“H”……もしかして、ホテルじゃないかな……?」

 「えっ、ホテル? どういうことなのパック?」


 彼は味を占めていた。成功しようと失敗しようと、発言しないよりもした方が愛しのバターの気を引けるのだ。とは言え、流石に兄姉のように自信満々とは言えない。気が付けば体を丸めながら、それでも上を向いて考えを述べていく。


 「ネオンサインだよ。このホテルの入り口には“HOTEL”っておっきな文字があった。それこそ、文庫本サイズの大きさなら隠せるかも?」

 「……!? パック! 凄いじゃない!?」


 対してティーは素直に称賛を送っていた。一方のスターファイアが微妙な視線を送るものの、それよりもパフが口を開く方が速い。


 「弟よ、確認してくるんだ」

 「任せてよ! すぐ戻ってくるね!」


 その深い信頼を感じさせる兄の優しい声に、パックは背中を押されたように動き出していた。




 「やった! 見つかったよ!」

 「Attaboy! よくやったです、パック!」


 そして、パックの初めての冒険は無事成功していた。彼の手は大きく“H”と書かれたカードキーをしっかりと握っている。


 何処となく誇らしげなそれに、思わずスターファイアは目を見張っていた。彼は正直なところ、3兄姉弟の中で彼を一番侮っていたのである。


 「やったわね!  よし、この調子で次を探すわよ!」


 何よりも欲しかったバターからの視線を得て、パックは次の挑戦への意欲を養っていくのだ。


 一同が大いに盛り上がった所で、パフは料理を注文する。時間も良い時間なのである。別に空腹を感じるわけでもないが、習慣になった食事は食べたい所。そして、彼にも案があったのだ。


 「きっと、アルファベットの有る所に隠されているんだわ! 残りは4つ……」

 「いや、3つだ」


 DAETの記憶を一同が探る中、パフはあっさりとそれを見つけ出す。そして、手に入れたばかりの“D”のカードキーをテーブルの上に放り投げていた。


 「Wow! 凄いです! ……でも一体どこ……」


 驚いたアメリアが称賛と同時に訊こうとしたところで、パフはそれを皆に見せつけていた。それはレストランなら必ず存在するものである。


 “Dinner Menu”

ディナー:50L

子羊のステーキ:100L

鮭のカルパッチョ:100L……


 「“D”innerだな」

 「Wahoo! ……負けないですよ! 残りは3つ、必ず見つけてやるです!」


 ディナ―のメニュー一覧に“D”は紛れ込んでいたのである。その発見に刺激を受けたメリアは、懸命に頭を捻ってアルファベットを探し始めていた。


 「兄さん、これってかくれんぼ?」

 「そのようだな……。残りもこのホテルの中に揃っているかもしれん。例えば……」

 「ま、待つです! 既に見つけた人は静かにしてるです!」


 残りは3つ。見つけてないのは4人。アメリアもバターも、仲間外れは絶対に御免だった。


 しかし3つめは中々見つからない。暫くレストランで頭をひねった後、一行は焦れたバターの提案でホテル内を散策することにしていた。


 そして、アメリアが歓喜の声を上げたのもその時である。黄色い声を上げた彼女の指さす先には、確かに“A”の文字があったのだ。


 「あ、なるほどね」


 思わず納得したバターは、違和感なく溶け込んでいた文字列を睨む。


 “Air() conditi(調)oning machine(設備) room()


 宿泊用の部屋やレストランと違って壁に一体化したかのような地味な扉に、“A”は刻まれていた。ティーはそれを見て納得する。このホテルの作り込み具合にはちゃんと意味があったのだ。


 「Eureka! やったです!」

 「むむ……あと、2つ……ティーだけには負けられない!」


 片や喜び、片や負けん気を見せながらもアメリアとバターがその扉を押し開いていた。中は薄暗いものの、管制塔のように並んだ無数のコンピュータ機器が光っており見通すのは十分であった。そして、部屋は決して広くは無い。


 6人全員が入れば窮屈さを感じてしまうだろう。そんな機械群の一角に、“A”の文字の書かれたカードキーは置かれている。


 アメリアがそれを拾った瞬間、


 「My!?」

 「うわっ!? 停電!? びっくりしたぁ!」


 おもむろに全ての照明が落とされていた。輝いていた機械群も光を失っている。思わずパックが悲鳴を上げるなか、ティーは冷静にカンテラを手に取っていた。


 その柔らかい明りは直ぐに狭い室内を照らし出す。


 パックの前ではパフが困ったような顔をしていた。ティーはカンテラを掲げて室内を照らそうとしている所であり、スターファイアはアメリアがびっくりして落としたカードキーを拾っていた。バターは突然の停電にも一切動じていないが、アメリアは引き攣った顔で部屋の隅に視線を送っている。


 そこには、7人目がいたのだ。


 「っえ?」

 「Puck!? 危ないですッ!?」


 途端、人を底冷えさせる劈くような悲鳴が響き渡る。あまりの音量にパフが顔を顰めるのと、人影が手直にいたパックに飛び掛かるのは同時だった。


 パックは噛みつかれて組み伏せられ、頭を床に強打しつつもそれを見る


 “ゾンビ LV65”


 「そんなッ!? 敵!?」


 カンテラが照らし出したのは、ボロボロに腐敗して腐ったかのように赤黒い皮膚の垂れ下がった人間の姿だった。


 「こいつッ!?」

 「Puc……ヒッ!?」


 バターとアメリアはそれを見て硬直していた。本来なら即座にパックを助け出したいのだが、ゾンビのグロテスクな外見がそれを許さない。


 全身が文字通り肉色をして、ぶちぶちと動く度に何かが引きちぎれる音を奏で出ているのだ。同時に肌には蛆のような物が集っているうえ、目玉は両方ともなく、そこから大量の蝿が湧いている。


 辛うじて襤褸切れのような物を身に纏っているものの、切腹したかのように腹部に開いた穴から内臓が飛び出していて意味が無い。その悪夢のような視覚と聴覚に訴えるコントラストは、触ることに生理的な嫌悪感を催すのである。


 そこでスターファイアは驚愕し、不覚にも叫ばざるをえなかった。


 「何ッ!? 武器が使えないぞッ!?」


 拠点の中では、プレイヤーは武器を持つことはできてもダメージを与えることはできない。悪辣な事にその原則が適応されていたのだ。


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