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LOAD GAME →宿場町にて 残り時間234:00:00

 ステージ名、“忘れられた街道”。一行がボスを倒して進んだ先は、小さな宿場町であった。そこは平原の終わりである。この先は深い森に囲まれた、打ち捨てられた街道を進むことになる。暗い森に半ば飲み込まれかけた道は途中でカーブしており、その全長は見て取ることもできない。


 青空とは対照的に薄暗い森とそれに挟まれた街道。その森からは魔物が湧きだしていた。




 宿場町で使用したアイテムを買い込み、更に自分たちの負傷を癒しきった一行は、情報収集も早々に打ち切ってステージの攻略に取り掛かっていた。“忘れられた街道”はその名の通りフィールドも一本道である。迷う事は無いだろう。


 もしかしたら森の中へ通じる小道もあるかもしれないが、パックはスルーを決め込んでいる。


 「むぅ……Enemyが強くなってます……」

 「敵は森から来るみたいね……。前後の警戒だけで済むのは楽だけど、挟み撃ちは御免だわ」


 “忘れられた街道”は2ステージ目という事もあって、“始まりの平原”よりも雑魚敵のバリエーションが増えていた。一行が最初に遭遇した敵、スライムは物理攻撃に耐性があり、その後に遭遇した空中を漂う雪の結晶のような形をした敵エレメンタルは魔法攻撃に耐性を持っている。


 しかもスライムにしろエレメンタルにしろ、火・水・土・風のいずれかの属性を持っており、一筋縄ではいかないのである。


 「しかし……面倒だな。俺が使える攻撃魔法は火属性か時空属性だけ。火に耐性のあるレッドスライムが大量に現れると、俺のMPがストレスでマッハなんだが……」


 現時点での対処法は、時空属性の攻撃魔法“エイトフロウ”だけであった。しかし時空属性はMPの消費が激しい。


 「どうする兄さん……。一旦街に戻ってMP回復用のマナポーションを買いだめする?」


 ふざけた(パフ)の態度に心配になったパックが確認を取り、パフは静かに首を横に振った。その彼の代わりに、姉であるティーがステータス画面を開きつつも指摘する。


 「その必要は無さそうよ。ほら、ドロップアイテムにマナポーションがあるわ」


 目敏い彼女はそれに気付いて、優しく微笑む。


 一行はアメリアの元気な声に押され、先へ進む道を選んでいた。




 2ステージ目という事もあって、敵のレベルも一桁に抑えられている。その為未だにパフの魔法のごり押しが通用し、一行は街道を順調に進んでいた。その道すがら、遠くに現れたブルースライムを“ファイアボール”で瞬殺した兄にパックは尋ねていた。


 「兄さん。そう言えば魔法の属性ってどう違うの?」


 パックは今のところ魔法には縁がない。その為魔法使いの(パフ)に訊いたのだ。このステージは敵も魔法を放ってくるのである。知っておいて損は無いし、ボスへの対策にもなる。それを理解したパフも、簡単に5つの属性を纏めていた。


 「概ね一緒だけど、向き不向きが違うな。火は攻撃魔法と攻撃力補助、水は回復と魔力補助、土は防御魔法と防御力補助が中心、風はバランス型だな。言うまでもなく、どの属性にも最低限の攻撃は揃ってるから、安心するよーに」

 「結構そのままなんだね。じゃあ時空属性は?」

 「時空は完全サポート型だな。“スキップ”もそうだが、“レボリューション”っていう属性耐性値を反転させたりと、キャラクターに干渉するのが多いみたいだ。MP消費も割合だし、使いどころが難しい」

 「兄公、パック! 話し中悪いが敵だぞ!」


 形良い眉を顰めた姉の鋭い声に我に帰った2人。その視線の先では、実に4体もの影が迫っていた。その何れもが武装していて、内一体は魔法職なのか杖まで掲げて一直線にこちらへ向かって来る。


 「Skeleton! ほねほねが来るです……!」

 「……ほねほね。可愛い奴じゃないか」


 幸いまだ距離がある。慌てて前に出る3人を横目に、パフはのんびりと寸評していた。それに隣のティーが、整った顔を顰める。


 「骸骨が可愛いとか……兄公の趣味は分からないわ」

 「そっちの話!? アメリアの表現の方じゃないの!?」


 兄弟たちにはレベル差という余裕があったのだ。そして、アメリアは照れたように頭を振る。


 「My!? そ……そんな……。可愛い……Kawaiiだなんて……」

 「アメリアもそこ褒められて嬉しいの!?」


 パックの指摘に、現実に戻されたアメリアは頬を膨らませてぶーたれる。彼女としては、勘違いでも褒められた方が嬉しいのだ。彼女は舌打ちしつつも、パックを引っ張る様に前に出ていた。


 それに応じるようにスケルトンの名前が表示される。


 “アンデッドソルジャー LV9”

 “アンデッドメイジ LV9”


 「兄公! 援護は頼んだわ! パック、アメリア! 行くわよ!」


 姉の一声と同時に前衛3人が飛び出して距離を詰める。それに呼応して敵の後尾に居たアンデッドメイジが魔法を放とうとして、兄の妨害を受けていた。


 “エイトフロウ”


 威力は低いものの麻痺の追加効果のある魔法が、リボン状に連なってアンデッドメイジとその前を守っていたアンデッドソルジャーに命中したのだ。彼らが再び動き出すよりも、パーティが攻撃を叩き込む方が速かった。


 「成仏しなさい!」


 ティーの槍の一撃が容赦なく敵の頭に突き刺さり、更に駆けつけたパックが剣を頭に叩きつけ、捻じ伏せていた。


 “CRITICAL!”


 見慣れた感のあるクリティカル表記と共に、呆気なく崩れ落ちるアンデッドソルジャー。その横ではアメリアが果敢にも一騎打ちで戦っていた。


 「地獄に落ちろです!」


 彼女も同様に初撃をクリティカル狙いでたたき込むと、敵の反撃を流れるように躱し、止めの突きを放っていた。フェンシングを彷彿とさせる鋭い攻撃が、敵のHPゲージを削り切る。


 そこで今更になって敵の残り2体の硬直が解けるものの、既に戦力差を見切った一行に脅威は感じられなかった。瞬く間にアンデッドソルジャーがティーとアメリアに切り裂かれ、残ったメイジも魔法を唱えるよりも先にパックの剣を味わう羽目になっていた。


 その4体を倒すと同時に、レベルアップのファンファーレが鳴り響く。これで20レベルにまで達していた。順調な攻略に、パックは思わず口元が綻ぶ。


 「まだ余裕があるね!」

 「ハイ! 神の御加護がありますね!」


 満面の笑みを浮かべたアメリアがそれに応じて、意味もなくパックとハイタッチする中、パフはやや思案顔だった。


 「兄公? どうかしたの?」

 「……いや、何でもない。ただ、敵の数が多かったから、レベル差が無くなった状態だと厳しいと思っただけだ」


 (パフ)のその言葉に、ティーはつられて整った眉を吊り上げる。彼女は思い出していたのだ。このゲーム体験会の参加チケットは超高倍率であり、自分たちのように運良く知り合い同士で組んでいる場合は稀なんだと。そして、多くのプレイヤーはもっと少ない人数で攻略に挑んでいることを。


 ちょうどその時だった。彼女がその考えに至った所で、助けを求める叫び声が一行の耳に届いたのは。


 途端一向に表情が研ぎ澄まされる。今のは明らかに、ゲームのイベント的な物ではない。もっと切羽詰まった女性の金切り声だったのだ。


 「兄さん!?」

 「パック、アメリア、先に行ってくれ!」


 パフは一転して驚いた顔のパックに乱雑に言うと、前衛2人に向けて“スキップ”をかけて移動速度を上昇させる。そこでようやく事態を把握したアメリアが、慌ててパックと共に駆け出していった。


 「声は、この先のカーブを曲がった辺りか……?」

 「兄さん、私達も!」


 (ティー)の呼びかけに、(パフ)はマナポーションを使いながら走り出すことで応えていた。




 「こっのくそ野郎め!? よくもッ!」


 さっきまで2人パーティを結成していたプレイヤー名“Butterfly”は、怒り狂った表情のまま悪態をついていた。四方を囲まれた絶望的な状況にではない。ここまで共に戦ってきた相方の男が切り伏せられたことに対してである。


 短い付き合いだったが、戦死という末路に対しては同情を隠し切れていない。今更になってチュートリアルで語られた“死”という言葉が、現実感をもってバタフライを襲っていたのだ。彼女はそれを、歯を食いしばって耐える。


 四方から振るわれるアンデッドソルジャーの剣は、内1つを彼女の剣で、1つを彼女の盾で弾かれ、残りが容赦なく身体にめり込んでいる。痛みこそない物の、それゆえにHPが削れていくのが目に見えて分かり、猛烈な焦燥感となって彼女の顔立ちを歪ませていた。


 「Eureka! で、でももうHPが無いよぅ!」

 「アメリア落ち着いて! ポーションを投げるんだ!」


 幸運にも、神はバタフライを見捨てなかった。駆けつけたパックとアメリアがポーションを投げて、彼女の1割程度しか残されていない残りをHPを上昇させると同時に、敵の一部を引き付ける。


 内心で安堵しつつも、バタフライは必死で足掻いていた。


 彼女の援護に来た2人の剣士は驚くほどの速さをもって、散々苦戦したアンデッドソルジャーを駆逐していったのである。


 そのあまりにも圧倒的な差に、彼女は思わず唖然としていた。普段の勝気な態度も忘れて相手の顔を確認しようとして、


 「あれ? シン君?」

 「……ッ!? さ、サヤ姉さんッ!?」


 彼女は強張った顔立ちを緩めていた。それに相対するパックは驚きのあまり大きく目を見開いている。彼女はパックもリアルで知っている、しかも忘れられない人物だったのだ。


 バタフライの顔が優しげに微笑みを作り、直ぐに吊りあがっていた。来たのだ。バタフライの生涯における天敵が。


 それは助かったことに安堵している(パフ)と共にやってきた、ティーの事である。


 ティーの姿を見た途端、バタフライの脳裏を様々な想いが駆け巡る。彼女はツンと口を尖らせて、言い放っていた。


 「出たなリュー! ここであったが100年目! いつもいつも私の邪魔ばっかり……!」

 「紗耶香! 私も会えて嬉しいわ……!」

 「ちょっ!? 勘違いしないでよね!」


 噛み合っているようで、噛み合っていない会話。――スルーした!?っとパックが驚き、パフは呆れたように見守る中、ティーこと竜子は一方的な友情に内心で感涙を流す。


 「大丈夫。勘違いなんてしてないわ。ただ、親友の貴女が無事で、良かった……!」

 「なっ! べ、別に私は嬉しくなんてないし! っていうか、誰が親友よ!?」


 一方的に抱き締めて嬉しそうに安堵するティー。迷惑そうに焦るものの、振りほどこうとしないバタフライ。


 「な、何でショウ……。この、話が通じているような……いないような……」

 「……アメリア。日本語には以心伝心という言葉があってだな……」


 不思議そうなアメリアに対し、隣のパフが苦笑いのまま両手を天に向けて肩をすくめて見せる。


 紗耶香は女子大生で、絶世の美人にして愛想が欠片も無いという男女ともに敵の多いパックの姉、竜子の腐れ縁である。


 ――大学に咲き誇る小輪の花。


 ――美人コンビの残念な方。


 不運な彼女は、自身もそれなりの美人なのにもかかわらず、比較対象が綺麗すぎていつも残念な扱いなのだ。背も高いものの、ティーほどではない。胸も大きいものの、ティーほどではない。体重も軽いものの、ティーほどではない。学力に至っては……。


 だから何時もティーには食ってかかりつつ、生来の性格で不器用な彼女を見捨てられずに結局は世話を焼いてしまうのである。


 そこでバタフライははたと気付く。彼女の腐れ縁にして宿敵のリューことティーに加え、その弟にして姉の悪い影響を受けないように守っていたシン君ことパックもいるのである。


 おそるおそる視線を向けた彼女の先には、当然のように兄であるパフがひらひらと手を振っている姿が映った。


 「た、龍樹さん?! 何で? どうしてみんないるの? あれ……? おかしいわ。だってこの体験会の参加チケットって、凄くプレミアもついてて……。私の日頃の行いが神様から評価されたんじゃ……? 当たったとき思わずガッツポーズして叫んで、神棚にお酒をお供えして……何で? 何で当然のように皆いるの? 神様不公平過ぎない? 龍樹さんやシン君はともかく、私以上に本質が残念なリューまで……?」

 「紗耶香……! 私、貴方とお揃いで嬉しいわ……!」


 気を利かせたアメリアが周囲の警戒に移る中、バタフライは疑問でいっぱいだった。


 そして、それはパックやティターニアも同様に薄々抱えていた疑問である。競争倍率は1000倍を超え、出回ったオークションでは庶民には手が出せないほどの高額になったチケット。


 視線が集中する中、その絡繰りを知っているパフは飄々と謎解きを約束する代わりに、先の街まで進むことを提案していた。その彼の口は、ニヤリと笑みを形作っている。


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