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LOAD GAME →城下町にて 残り時間00:87:00

 長家3兄姉弟は、賭博場の捜索へと向かっていた。一方バター、アメリア、スターファイアの3人は“夜の遊園地”に残って金策とレベル上げに専念している。


 パックは一目散にウィドウに連絡を取って、賭博場の捜索を始めていた。が、そこで思わぬ展開に遭遇することになる。見つからなかったのだ。



 賭博場はウィドウが探したところ、つい数時間前から姿を消していることが分かった。というのも、ギャンブルに負けたプレイヤー達が自分の落ち度も捨ててディーラーに食って掛かって大騒ぎになっていたのだ。その結果ディーラーは常連と共に姿を消し、今は別の何処かで営業しているという。


 「そういうわけなんです。ごめんなさい……。場所は分かりません。ほとぼりが冷めたら教えてくれるそうですが……」

 「そう……残念ね。でも、フィールドのどこかにいるってことよね?」


 3人はひとまず城下町に現れていた。ここには有志同盟のプレイヤー達の守護者であった“スカボロー”が滞在していることが多く、事実上の本部として機能している。


 今日もセージとローズマリーが命がけで護衛に励む中、連絡役としてパースリーが残っていたのだ。城下町に複数ある内の一番小洒落たオープンカフェ、その石畳の通りに面したテラス席で落ち合っていたのである。


 「はい。私達にも営業自体は続けると連絡が来ています」

 「……困ったわね」


 吹き抜ける風が心地よいテラス席では、ティーがパースリーと向かい合っている。女性2人の華やかさのお陰で周囲からはにこやかな談笑にしか見えないだろう。ティーの両隣の兄弟を除けば、ではあるが。


 「姉さん。仕方ないし、僕たちで探す?」

 「……それしかなさそうね。兄公はどう思う?」


 困り顔を浮かべていた姉弟は、隣で我関せずとばかりに紅茶を嗜むパフに視線を送る。正直なところ彼も想定外で困惑しているのだが、そんなことはおくびにも出さない。


 「確か、前は城下町で営業していたんだよな?」

 「えぇ。でも次第に冷やかしやクレーマーが増えてしまって……」

 「そうか。……なら“境界の海”の港町だな」

 「っえ?」


 おもむろに結論に達していた。彼は妹と弟にも目を向ける。弟は特大の疑問符を頭上に浮かべていたが、ティーはそうでもなかった。


 「……つまり、顧客の多い所に行ったのね?」

 「そうそう。思うに城下町は人が多すぎた。興味本位でギャンブルに手を出して、大火傷した馬鹿が騒いだんだろ。そもそも賭博場は娯楽ではなく“境界の海”の金策用の物だ」

 「な、なるほど! それで港町だと……」


 それに興味本位のプレイヤーの内、引退した者達はそもそも港町に進めない者も多い。思わず口を開けてポカンとしているパースリーを尻目に、兄姉は目的地を決めていた。


 そのままいそいそと出立準備を整えるナーガホームを尻目に、パースリーは目を白黒させながらも我に返る。


 「あの、賭博場は“Polina(ポリーナ)”と“タイム”っていうプレイヤーで営業しているそうです。一応私の方からもメールで連絡しておきますね」

 「ありがとう! パースリーさん!」

 「よし。兄公、パック、行くわよ」


 パースリーは何時も通りの兄妹を苦笑いで見送ってから、ため息をついていた。久しぶりだったのだ。気を抜いて話せるのは。


 「パースリー! 大変だ! キャンプ場でプレイヤー同士の揉め事が発生している! このままじゃ決闘に突入しそうだ!」

 「――ッ! 分かりました! すぐ行きます!」


 エーシィが壊滅して以降、プレイヤー達の巻き起こす厄介事は飛躍的に増加している。皆、自分達の行く末が暗いのを悟っているのだ。そして一度治安が悪化すると、それは加速度的に悪くなっていく。


 パースリーは悟っている。ゲーム内の治安は、もう長く持たないだろう。


 「待ってくれ!? 港町でも乱闘騒ぎが!?」

 「ダイアベイスもだ!? チクショウ! 一体みんな何をやってんだよ!?」


 彼女は戦い続ける。時間切れが来る、最後のその時まで。




 燦々と照らす陽光を立ち並んだ白い家々が反射していく。ベガとは別の意味で眩しい港町で、パック達はあっさりと街の路地裏で営業していた賭博場を発見していた。考えてみれば、分かりにくい所では客も来れないのである。


 その点、賭博場側は上手くシステムの穴をついている。人一人が通るのがやっとの狭い路地裏の行き止まりで営業をし、後はその通路をプレイヤーが塞ぐだけ。


 90度曲がった先から聞こえてくる賑やかな音を参考に、パックはプレイヤー名“タイム”を発見していたのだ。


 中性的な容姿の彼は男にしては長めの、女にしては短めの髪をぞんざいに扱いながらも、スカボローとは打って変わって不機嫌そうな顔をしていた。しかしながら、パック達のプレイヤー名を確認するやコロリと笑顔になって、快く道を通してくれたのである。


 「……ここが…………賭博場……」

 「カジノと言って欲しいかな? お客さん」


 呆気にとられたパックに対して、ぼやいたのは女だった。狭い通路で壁にもたれるプレイヤー達を尻目に、最奥で一人椅子に座って巨大な机の上のルーレットを回している。本人の趣味なのか、ピシリとスーツを着こなし、それが驚くほど似合う立ち姿だった。


 プレイヤー名“Polina(ポリーナ)”。


 このカジノを一人で運営している凄腕ディーラーである。彼女は暫し待てと言わんばかりに掌を突き付けた。


 スーツにもかかわらず男を誘うような色気を醸し出す彼女をパックは好きになれそうになかった。その感情を一言で表現するなら、胡散臭い。


 思わず眉を顰めたパックを尻目に、ティーもまた嫌そうな顔を作っていく。なにしろポリーナは間違いなく油断してはならないタイプの人間だったのだ。ヘルキャットと違ってそれを内に隠しているから、一層に質が悪い。


 「……パフ、ティターニア、パック……どっかで聞いた名だな。ま、いいか」


 かき分けて進む彼らをカジノの参加者たちは気にもしない。ティーの美貌ですら一顧だにされない。全員の視線は悉くが円形のルーレット盤をカタカタと音を立てて転がる球に注がれているのだ。


 パックの前でそれが少しずつ遅くなっていくと、同時に向けられる視線も熱を帯びていく。


 ギラギラとした粘質の視線がルーレット盤に注がれる一方、参加者たちは託宣を待つかのようにしわぶき一つ起こさない。


 球が刻む音の感覚がどんどん遅くなっていき、止まった。


 「(ルージュ)ッ 3!!」

 「ああああ!! おのれええェェェッッ!!!」

 「ぃぃよっしゃあああああ!!!! 来たァァァァァァァッッッ!!!!!」

 「ぢぐじょオオオオ!!! 俺は何やってだァァァァァッ!!!」

 「クソがァァァァァァァ!! 私の昨日の稼ぎがァァァァッッ!!!!」


 その瞬間ポリーナが結果を告げるや、静まり返ったカジノは一転して騒音が爆発していた。参加者たちは男女の区分なく一斉に叫び声を上げると、顔を真っ赤にして神に感謝を、あるいは呪いを捧げていく。


 「これでェェッ! 船が買えるッッッ!!! ありがとよッ! ポリーナッ!!!」

 「手前ふざけんなッッ! それは俺の、俺達の金だぞッッ!! 持ち逃げすんなやァッ!」


 その感情の爆発をポリーナ自身は豚でも見るかのような冷たい視線で観察していた。彼女の前では見事ギャンブルに勝ったプレイヤーが、全方位を囲んで罵声を浴びせられていく。


 パックには嫌でもわかった。彼らは既に攻略なんか諦めているのだ。ただただ、残された時間をギャンブルという娯楽に費やしているのである。


 ダメージこそ無いものの、乱闘でボコボコにされた男が必死に叫ぶ。


 「馬鹿野郎がァッ!!!! ここで外に出れば金策できる島があるんだよッ! 後はそこで稼げば、遊び放題じゃねええかァァァッ!!!」

 「何だよ! 速く言えよッッッ!!! てっきり、金をカジノ外で費やすのかと思ったじゃねえか……」 

 パックもティーも、目の前の惨状に言葉が無かった。思わず無言で意気揚々と退出する男に道を譲る。パックは忘れないだろう。男の金に取り付かれた瞳を。彼は気が付けば引き攣った顔をしており、悪寒が止まらない。


 「ふふふ。ご安心ください。皆様のご協力のお陰で、当店の資金は潤沢に御座います。当分資金不足の心配は御座いません」

 「やったッッ!! そう来なくっちゃなァ!!」

 「次だ次ッ! 次の球を転がしてくれッ!!」


 その堕落しきった興奮に、パックもティーも気が付けば正視を避けて視線を青空に向けていた。狭い路地裏にはそれ位しか逃げ場がないのだが、音までは隠せない。


 下卑た獣達の咆哮が広がっていく。


 「うるさいぞッ!! お前らあの馬鹿共に見つかる気か!?」

 「わ、悪りぃ。タイム、迷惑かけちまった」


 だが、それも一瞬の事。タイムが短く一喝したことで一同の興奮は再び水面下に引っ込んでいく。その中、ポリーナに球を手渡す男がいた。


 「聞きたいことがあるんだが?」

 「何でしょう。お客さん」


 パフだった。彼は平然と参加者たちの行列を無視して今しがた出て行った男の椅子に座ると、湖のように深い視線をポリーナに向ける。その冷たさは決して彼女に劣るものではない。


 「お前、素人じゃないな。本職だろ?」

 「おや! お客さん、分かる人でしたか。珍しいですねぇ、まだお若いのに?」


 呆気に取られた妹と弟を尻目に、彼はギャンブルに参加するつもりだったのだ。素早丸を手に入れるには他に方法も無い。


 冷たい視線が、冷笑と共に興奮の坩堝と化した空間を交錯する。


 「お互い様だろ。で、具合はどうなんだ? 電子データのルーレットは?」

 「お陰様で。本物と遜色ありません。準備さえすれば、むしろ素直なぐらいです。“ナーガホーム”のリーダーさん?」


 その瞬間を、パックは見た。“ナーガホーム”の名を聞いた瞬間、参加者たちが全員ギョッとしてパフを見たのだ。彼らはようやく思いだしたのである。


 「お、おい。ちょっと、ちょっと待ってよ。ナ、ナーガホームって言ったら、ゲーム攻略に最も近いパーティーじゃない……。何で、何でこんな駄目男どもの掃き溜めに……?」

 「ギャンブル中毒の屑女に言われる筋合いは……ん?」


 同時に悲鳴を上げながら、彼らは一斉に止めに入る。彼らとしても困るのだ。時には泣いて懇願し、時には怒って説教し、あの手この手でギャンブルを止めさせる。なにしろ、ゲームオーバーになってしまっては、もうギャンブルはできないのだから


 立ち上がって喚き始める彼らを尻目に、パフは妹と弟に席を勧めていた。パックの前で覚悟を決めたティーが座る。一方のパックは、帰りたい気分でいっぱいだった。そうしている隙に席は埋まってしまう。


 彼はやむを得ず、兄姉の後ろから覗き見ることにしている。そんな彼らにポリーナは冷徹に言い放った。


 「当店では、ギャンブルの結果に対して一切の異議申し立てを受け付けておりません。また脅迫等に対しては、カジノ一同力技でご退場願います。特に借金等のご利用はお勧め……」

 「御託は良い。回しな」


 兄の潔い態度にパックの顔色はますます悪くなっていく。流石のティーも青白い。


 「ゲームスタート!」


 カララララ、と球がルーレットを所狭しと走り回っていく。


 「兄さん!? ど、どうするの!?」

 「落ち着けパック。とりあえず……(ノワール)!」


 同時にパフがポリーナに対して、手早く掛け金を払っていく。その額10万L。


 ルーレットは次第にゆっくりとなっていき、息を呑むプレイヤー達の前で止まった。


 「(ルージュ)ッ 9!!」

 「外れちまったっか」


 パックは気が付けば息を吐いていた。回ってる最中はそれこそ息つく暇も無かったのだ。そこで恐る恐るといった風に一人の男がパフに声をかける。


 「おい! お、落ち着けよ! あんた達、遊んでる場合じゃないだろ!? 金か? 金が必要なら、少しくらい貸してやるから……!?」

 「……1000万Lよ」


 うっとおしげなティーの言葉に他の参加者たちは声を失っていた。あまりの賭け金の高さに、格の違いを感じて黙り込んでしまう。


 「今手元に400万Lあるから、残りは600万Lね。安心して、余剰資金よ」


 淡々と告げたティーの言葉にポリーナは面白そうに視線を向けた。しかしそれだけだ。その理由までは訊かない。そもそも普通の理由ではギャンブルなんかに頼らないだろう。


 彼女の腕は止まったルーレットを動かすべく、球を拾い上げる。


 「それで、次はどうします?」

 「そだなぁ……。じゃ、また(ノワール)で、20万L」

 「……ゲームスタート」


 カラララララと球がルーレットの仕切りを軽やかに飛び越えていく。その時だった。無粋な闖入者たちが現れたのは。


 「何だ貴様らッ!」

 「うるせえ! 退けよタイム! この向こうにポリーナが居るのは分かってんだよッ!!」


 同時に爆発したかのような爆音が鳴り響く。パックは思わず振り返っていた。その音に聞き覚えがるのだ。


 振り返った彼の視線の先では、1人の男が宙を飛んでいた。テイルウィンドのような補助魔法は街中でも使えるのである。レベルによる力の差で通路を通せんぼするタイムを意に介さず、彼は参加者たちの只中に飛び降りると、力の限り叫んでいた。


 「イカサマだッ!!! ポリーナの野郎、インチキして金を巻き上げてやがるッ!」

 「……根も葉もないことを。あ、(ルージュ)23です」


 払い戻されない金額を前にパックは涙目だった。彼の本能が尻尾を巻いて逃げるべきと訴えているのである。これで30万L失ってしまった。直ぐに取り返せる金額ではない。


 「ふざけんなァッ! 野郎、金返せッ!!!」

 「困ります。自身の運の無さを私に言われても。タイム! ……は無理そうですね」


 よく見れば男はパックにも見覚えがある。以前因縁をつけて、ウィドウ曰く鼻つまみ者になったガロウだったのだ。


 ポリーナは困惑している。彼女の野望に賛同してくれた護衛役のタイムは数の暴力を前に手が離せない。そして参加者たちはイカサマと聞いて、夢から醒めたように呆然としていた。ガロウを止めるものは居ない。


 その瞬間をパックは見た。この場には女性に優しい奴がいたのである。同時に彼は姉譲りの冷めた視線を送らざるを得なかった。ポリーナとガロウも固まってしまう。


 「正義の味方ッ ペンギンマンッ!!」


 そこには通路一杯に広がる巨体でポリーナを守る、皇帝ペンギンの着ぐるみが鎮座していたのだ。ご丁寧にポーズまで取っている。


 「何処が正義の味方だ!? ギャンブルにのめり込む金の亡者じゃねえか!?」

 「金満ではない! ギンマンだ! ペンギンマン!」

 「うるせえよッ!?」


 気が付けばガロウは押されていた。通路を塞ぐ巨大ペンギンがよちよちと迫ってくるのである。彼はその物理的圧迫感とシュールな笑いの生み出す謎のプレッシャーに負けてしまう。


 「兄さんッ何やってるの!?」


 パックは久しぶりに、心の底から兄の正気を疑っていた。


明日から連続更新に戻る……予定です。

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