LOAD GAME →入場ゲートにて 残り時間00:96:00
ステージ名、“夜の遊園地”。霧、そして雲を貫く梯子の先は夜景の美しい巨大な遊園地に繋がっていたのだ。コンクリートや鉄筋が出来たアトラクションが軒を連ね、それを冠のように無数のネオンサインが飾りついている。闇夜を切り裂く明かりは、100万ドルの夜景といった所か。
しかしながら一行に立ち止まって夜景を楽しむ余裕は残されていない。既にボスを倒した直後から強制睡眠の警告は表示されており、併設された宿屋に駆け込まざるを得なかったのだ。そこは遊園地の入場ゲートである。
ステージそのものが一つの巨大遊園地なのである。遊園地内のしっかりと舗装された道を行き交うNPC達もまた、現代的な服装である。そしてなにより、フィールドに突き立つジェットコースターや観覧車の威容が来る者を見下ろしている。
朝起きたのに、夜だった。それはステージ上しょうがない事とはいえ、寝起きのパックは違和感を感じざるを得ない。入場ゲートにある宿屋、というよりエレベーターすら存在する高層ホテルからは、遊園地を一望することが出来た。
夜だというのにネオンサインは煌々と周囲を照らしており、明かりには不自由しないだろう。遊園地のアトラクションも本来なら大喜びするところだが、その余裕は無い。
「今日で……7日目か……」
残りは3日。残るステージも3つ。焦るほどではないにしろ、言い知れぬ不安が忍び寄り始めていた。ともすればその瞳が陰りそうになるのを、懸命に頭を振って誤魔化していく。
後は全員の力を信じるだけだ。
「Great! まさか、こんな立派な食事にありつけるなんて……! 感激です!」
一方、アメリアは愛らしくも興奮していた。場所はホテルの食事場、従来は喫茶スペースと呼ばれていた所である。入場ゲートの場合、それは豪華なホテルの宴会場だったのだ。しかも食事はビュッフェ形式。スタッフが苦心の果てに作り上げた世界中の珍味が無限に食べられる、夢のような空間なのだ。
「Aah! 美味しい! このケーキ、凄く美味しいです! 美味しい美味しい! 日本語の形容が分からないですけど……とにかく美味しいです! Staffもたまには良い仕事するです! 褒めてやるです!」
見れば目を輝かせた彼女の前には、イチゴの乗った生クリームたっぷりのショートケーキから、新鮮なベリーが山のようにてんこ盛りのフルーツタルトまで揃っている。片っ端から取りそろえたアメリアは、瞳をキラキラとさせて夢中になっていたのだ。
「ね、ねぇティー。ここって……大丈夫よね?」
「……そうね。そのはずだけど……」
その無邪気さに後押しされました、と言わんばかりの体でバターが恐る恐るティーを誘う。彼女は気付いていたのだ。ここは仮想現実。
いくら食べても太らないのである。
それに気付いた彼女がいそいそと品定めに移る中、パックはというと
「バター! 見てよこれ! こっちは大トロからウニに、見たことすら寿司ネタまで! 何でも揃ってる!」
「パック! こっちも凄いわよ! 最上級神戸牛のステーキに黒毛和牛の熟成肉のすき焼き! これがちょっとのお金で食べ放題だなんて、ここは天国なのかしら!?」
さきほどの憂鬱さを放り捨ててバターと一緒になってテンションを上げていた。デザートのアメリア、寿司のパックに肉のバターである。
そのテンションはティーをしてついて行けないほどである。そしてパフは満足に寿司も食べさせてやれない境遇に、後ろの方で密かに煤けていた。
「兄公……その」
「良いんだよ。別に……」
彼とスターファイアは2人で、パンをもそもそと食べていたのである。3人の喧騒とは少し離れてはいたが、それには意味があるのである。彼らは盛り上がる3人に街の探索を任せてザベイスに舞い戻る。
そう。ウィドウと有志同盟の件で報告を受けるのだ。パフとしては、どう考えても暗い空気になるそれを、できれば聞かせたくなかった。
そして、その判断は正しかった。深刻な表情のウィドウは、苛立ちを隠しきれていなかったのだ。
ザベイスの宿屋の喫茶スペースでは、4人はテーブルを囲んで話し合っていた。ウィドウは憤懣仕方のないといった風に貧乏ゆすりをしながら有志同盟の結果を報告している。
「ッ!? ……一言で例えるなら最悪よ。そりゃあ、この間みたいに暴力的な空気ではなかったけど……。私達が崩壊したと聞いてからはお通夜だってもう少し明るいって感じの落ち込みだったわ」
「……そう」
苛立ち紛れにテーブルを指でつつき続けるウィドウは、思い出したくも無いと言わんばかりに身を伏せる。
有志同盟の会議。それは葬式同然だったのだ。なにしろ、事実上有志同盟は崩壊に近い。エーシィが脱落してウィドウはソロプレイに転身。その結果、現状のゲーム攻略はナーガホームの双肩にかかっている。
逆に言うと、有志同盟傘下の者をPKから守ってくれるプレイヤーが居なくなってしまったのだ。プレイヤーキラーのチートステータスは、スカボローですら歯が立たないであろう。出会ってしまったが最後、逃げるしかない。
「はんッ! あの馬鹿どもの反応は二つに分かれたわ!」
ナーガホームの代理人を兼ねた彼女が見たものは、壮絶な責任の擦り付けあいである。彼らには唯一の希望であるナーガホームの時間を浪費させた過去があった。そして今、その結果が全プレイヤーの足を引っ張る結果になっていたのである。
「それはそれは、見事な掌返しだったわよ! 先ずは自分達の首が締まりつつあることに気付いて、責任者の吊し上げが始まったわ。華麗なる仲間割れで、見苦しいことこの上ない……」
「んむ……。まぁ、思ったより元気そうで良かったよ」
「んなわけないでしょうが! ……で、プレイヤー達は2つに別れたの」
1つは攻略を目指すプレイヤー達である。これはほとんど自暴自棄に近い。情報さえあればダンジョンもボスも低いレベルで突破可能かもしれない。それにレベル上げだって効率的にできるはず。そんな淡い期待に縋った者達である。
もう1つは諦めた者達である。既に6日目も暮れかけた時点で、第4ステージすら突破できないようであれば、クリアできる確率はギャンブルで成り上がるほどに小さい。それに、町や拠点の中であればプレイヤーキラーに襲われる心配もないし、逆に拠点の監視役となって力になれるかもしれない。そんな都合の良い考えに誘われ、心の折れた者達である。
どちらにしろウィドウが引くほどの勢いで、ナーガホームとその戦友にして代理人代理である彼女に媚を売り始めたのである。
ヘルキャットが居れば適度な皮肉で黙らせ、フォルゴーレが居ればテキパキと話を進めていただろう。だが、2人はもういない。全てウィドウ1人でやらなくてはならないのだ。
ウィドウは今までに無い程、イラついていた。
元来彼女は平凡な人間で、それ故に痛いほど彼らの気持ちが良く分かったのだ。だから嫌だった。人の汚い所をまざまざと見せつけられた彼女は、これ以上無い程に焦れている。
そしてなにより、
「……あむ。それで?」
「何でお前ら平然と豪華な飯食らってんのよおおおッ!? 私の話を聞きなさいよおおおッ!?」
パフたちは、ホテルの食事をアイテム欄に収納して持ってきていたのだ。パフの両手には見せつけるかのような大きなフライドチキン、ティーはフォークとナイフで分厚いステーキを切り分ける。そしてまだ長家家のノリについて行けないスターファイアは、ウィドウから視線を逸らしつつもスープを蓮華で堪能していた。だが小悪党は見逃さない。それは間違いなく、高級中華の代名詞フカヒレスープである。
「……? 何故って、朝起きたら食事するだろ? ぶーちゃん、朝食抜きは良くないぞ」
「そうじゃねええええッ! こっちは真面目な話してんのよ!?」
「私達も、真面目に食事してるのだけど……」
もちろん、仲間を失ったウィドウを励ましてあげようという暖かい思いやりである。不覚にもウィドウは、一時的に悲しみを忘れていた。代わりに理不尽さに全力で嘆き掛かってはいたが。
「チクショウめぇぇぇッ!? この兄にしてこの姉、この姉にしてあの弟ありだわ!」
「そう褒めないで」
「褒めてねーわよッ!?」
ウィドウは口では嘆きつつも、パフがアイテム欄から次々と取り出す料理を前に口元が緩んでいく。彼が囁くのだ。アイテム欄の圧迫になるし、要らないなら捨てるだけだと。
彼女はあっさりと懐柔された。
「大体の事情は分かった。……で、例の件は?」
「はう……美味しいぃ……。めげずに生きてきて良かったぁ……」
清々しいまでに言行一致しない女。彼女は堂々とパフの前で食事に精を出していた。実に平凡な家庭の出の彼女は、滅多にありつけない御馳走の前に本能に突っ走ったのである。
それはあまりにも汚らしい食べ方だったが、同時に必死で頬張った表情が至福の時を語っている。それゆえ、パフですら話をせっつくのは戸惑われた。
既に、彼の頭はフル回転している。全ては例の罠の結果である。たっぷり10分ほど口元を汚しそうな勢いで食事していたウィドウは、ようやく正気に戻っていた。ここまでの話は前座。いよいよ本題である。
「例の罠の件だけど、誰も引っかからなかったわ。運の悪い事に、PKは私達への攻撃を優先したのかしらね」
「……なるほど」
パフはその報告を、興味深そうに聞いていた。それは一見するとどうでもよさそうな態度を演じているが、ティーには分かった。パフの瞳は瞳孔が開いたかのように、無機質な視線をウィドウに送っているのである。
それに他の面々が気づかぬまま、ウィドウは話を進めていく。
「オラクリスト、ヨロレイホーに関しても行方は不明よ。拠点監視班の報告では、両者ともこれまでにアイテムは買い込んでいたみたい。しかも“名もなき砂漠”にまで姿を現している所を見ると、PKの居場所を特定してこちらから攻撃するのは難しいわね」
「ヨロレイホー……。確かソロプレイヤーだったな。臨時でメキメッサーと組んでいた奴か」
ウィドウが一人盛り上がりながら罵声を浴びせて行く中、パフは考えを纏めていく。この時点で彼は、推測とはいえかなりの部分を正確に把握していたのだ。だが、それには最後の鍵が足りていなかった。
話が一段落したところで、スターファイアが口を挟む。
「ウィドウよ。諦めた連中は置いとくとして、攻略を目指す者達はどうなのだ? 率直なところ、役に立ちそうなのか?」
「難しいわ。“境界の海”を突破できるかも怪しい。クラーケンも、その後のメガロドンも強敵だし……そもそもお金が足りないわね」
「船代……かしら?」
ティーの言葉に、ウィドウは貰ったマンゴーシャーベットを齧りながら横柄に頷く。彼女はそもそも彼らには期待していない。見込みがありそうなプレイヤー達は、既に船を買って出撃しているし、パーティーによっては“水没都市”にも到達している。
「えぇ。“境界の海”はお金が必要で、多くのプレイヤー達は“太古の森”でアイテムを買い漁ったツケが回ってるのよ。デスゲームだからって、安全策を取って身の丈に合わない回復アイテムが欲しくなるのは分かるけど……」
ナーガホームやエーシィが攻略した時とは状況が違う。彼らが先のステージに到達した為、城下町で買えるアイテムも増加しているのだ。それこそ“エリクサ”や“ネクタル”といった高価かつ強力なアイテムも。
そこでウィドウは面倒事を思い出していた。金の話である。
「それよ。諦めた人たちから金を巻き上げようとしたプレイヤーが居たり、金の需要に目を付けたプレイヤーが賭博を始めたり。対応に回っているスカボローには頭が上がらないわ……」
追い詰められたプレイヤー達の一部は、なりふり構わない攻略に出たのだ。尻に火が付いた彼らは、無謀な攻略や強引なプレイを行い始めている。
「ギャンブル? 俺の記憶じゃ、賭博場は存在しなかったはずだが……?」
「……質の悪い事に、ネタアイテムに“ルーレット”があったのよ。ルールを知ってるプレイヤーが、それを元に私設賭博場を始めたみたい」
有志同盟はそれを禁じられない。
賭博場は満員状態が続いていて、その周囲では歓喜と悲嘆に暮れるプレイヤー達が後を絶たないのだ。だが、そこで運の悪いプレイヤーから巻き上げられた金が運の良いプレイヤーに流入し、彼らの“境界の海”攻略を後押ししているのも事実である。
そもそも禁止したところで、旺盛な需要は別の供給を生み出すだけである。有志同盟にできるのは、彼らに日の当たる所でプレイしてもらうことだけだった。
ウィドウは話をそれで終わらせていた。彼女には彼女でやることがあるのである。一時の娯楽に浸ることはあっても、その本心は決まっている。
それを見たナーガホームも帰還の準備を整える中、ウィドウは一つだけお願いをしていた。
「もし余ってたらで良いんだけど、食事は他にない? テンペストに上げたいの」
「……全部持ってけ」
ウィドウの目的は仲間の仇を取ることである。同様に、今を生きる仲間の事も大切にしているのだ。パフやティーの優しさを感じ、ウィドウは気がつけば久しぶりに笑みを作っていた。
そして入場ゲートに戻った3人を、興奮しきったパック達が今か今かと待ちわびていたのだ。興奮のままに駆け寄った彼の手には一枚のチラシ。そこには、目を疑いそうになる次の文章が書かれていたのである。
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