LOAD GAME →王墓にて 残り時間102:30:00
※諸事情により長め
パックは荒い息をつきながら目前のカルカロドンを睨んでいた。所詮VRで彼の本体は寝ているだけ。にもかかわらずここまで“疲れる”ということは、彼が全精力を賭して懸命に戦っていることを示している。
「うおおおおぉぉぉっ!」
正面から傍若無人に振るわれた尾を、懸命に跳んで避ける。どうにか潜り込んだカルカロドンの懐で、彼を待っていたのは前足による迎撃である。そのショートソードほどもある爪が無造作に振るわれるのを、彼は決死の形相で捌いていた。
「負けるものかあああッ!!」
右、左、左。
ランダムに振るわれたカルカロドンの爪牙をギリギリの所で左右に受け流していく。気付かぬうちに最適化された彼の剣は、美しい半月の様な弧を描いて怪獣の鋭爪と激突する。その度にガラスが割れる様な音が響き渡り、彼の神経は削がれていった。
限界が近い。カルカロドンの爪が速すぎるのだ。次第にパックは打ち負けていき、その打点が彼に肉薄していく。それを歯を食いしばって耐えることしかできないのだ。
「Attaboy! パック! 下がるです!」
今回の彼の努力は報われていた。黒緑色に汚れた鎧のアメリアがカルカロドンの背後から波打つ尾を躱して切りかかるのと、巨大な咢に力尽きたパックが囚われるのは同時だったのである。
「Fuckin’化け物!! これでも食らえッ!!」
無情にもパックの身体がカルカロドンの鮫の様な牙に囚われ貫かれた瞬間、アメリアの身体がぶれた。
達人の振るう日本刀のように猛スピードで揺れる彼女の剣は、カルカロドンの堅い鱗を突き破って強引にクリティカルを叩き込む。
剣スキルレベル9“木の葉落とし”である。
クリティカル判定の無い相手にも強制クリティカルをお見舞いする剣の奥義。これだけが辛うじてカルカロドンに突き刺さるのである。
約30%。それが10回ほどアメリアが木の葉落としで叩き込んだ総ダメージである。だが、この技には欠点があったのだ。
「Damn it! MPが足りないです!?」
アメリアは自身のアイテム欄に目をやるや青ざめていた。木の葉落としは強力な技である反面、MPの消費もまた激しいのだ。
だが、彼女に停滞は許されない。パックが瀕死になった今、戦えるのはバターと彼女しかいないのだ。
目前には襤褸切れのようになったパックをゴミのように放り捨てたカルカロドン。パックを守ろうと立ち塞がるバターを相手取って、嵐のように激しい攻撃のラッシュを繰り広げていた。
「大丈夫か!? パック、しっかりしろ!」
「ッくあ? 兄さ……ん?」
死んだような顔のパックは、辛うじてHPが1だけ残されている。偶然ではない。カルカロドン唯一の温情なのである。世にも恐ろしい必殺の噛みつき攻撃は割合ダメージなのだ。HPが満タンであれば、1だけ残る。
その背後から聞こえてくる声に、バターは少しだけ頬を緩めていた。彼女はパックに魔の手が及ばぬよう、前に立っているのである。同時に迫る巨大な爪の一撃を槍で受け流す。甲高い音を立てるそれは、武器が壊れるんじゃないかと恐怖せずにはいられない。
「この野郎おおおッ! 恐竜は大人しく絶滅しなさいよッ!」
リーチの長い槍の薙ぎ払いでは、カルカロドンとの打ち合いには不利なのだ。かと言って正面から突きで向かい合えば、力負けして後方に跳ね飛ばされる。今ここで彼女まで倒れるわけにはいかないのだ。
失敗は許されない。下手に一撃を貰ってしまえば、噛み付きによってあの世行きだ。これが現実であれば、彼女は吹き出る汗を砂煙で汚し見苦しい表情を浮かべていただろう。
「バター! 下がりなさいッ!」
親友の言葉に、バターは思わず息を呑んでいた。カルカロドンが頭を引いて噛みつきの予備動作に入ったのだ。それを受けて鷹揚と回避動作に入り、
「……っえ?」
背筋が凍っていた。彼女のHPはほんの少しだけ減っていたのだ。原因はパックを救うべく、回復途中で前線に出た事。ゲージ上は完全回復していても、数値上は僅かに回復しきっていない。それを彼女は見逃してしまった。
一瞬だけ、無機質なカルカロドンの瞳と睨み合う。
「バター!? 何をしてるです!? 下がるです!?」
「バター姉さん!? 速くッ!!」
その驚愕は、少しだけ彼女の身体を硬直させていたのだ。僅かな隙はしかし致命的で、噛みつきの回避が間に合わない。
まるでスローモーションのように、バターはカルカロドンの凶悪な牙が開かれるのを睨んでいた。無数の牙が唾液を受けて光を反射し、真っ赤な肉色の舌や喉が彼女をむしゃぶりつくさんと蠢いている。
その牙が力強く閉じ始め、
「負けるかァァァッ!!!」
刹那、足元の圧縮空気が爆発したかのように音を立て、バターの身体を上空に跳ね上げる。
一瞬の交錯。カルカロドンの牙が空しく中空を噛み砕く中、飛び跳ねた彼女の槍は勢いそのままにボスの頭部を直撃する。
風魔法レベル3“テイルウィンド”
バターは咄嗟に逃走よりも闘争を選択し、その意地が彼女の命を救っていたのだ。窮地を潜り抜けた彼女は気が付けば、ボスに負けずとも劣らない獰猛な笑みを浮かべていた。
「恐竜風情がッ! 哺乳類舐めんなッ!!!」
図ったかのようにカルカロドンが演出の咆哮を上げ、その闘気がバターの咆哮と正面から激突し空気を割った。
「まずいな……。このままではアイテムが足りなくなる」
バターの起死回生の一撃は、確かにナーガホームの全員に勇気を与えることに繋がっていた。彼女の奮戦に心動かされない者などいない。与えたダメージ以上の効果があったのだ。
不覚にも湧き上がる熱い思いを、パフは久方ぶりに楽しんでいた。同時に努めて冷静さを保っていく。
彼の目の前ではパックがポーションをバターに投げかけながら、再びアメリアと共に戦線に復帰している。木の葉落としはパックにも使えるのだ。だが、2人合わせてもMPが足りていない。
「兄公……! こうなったら複合攻撃で……!」
「……難しいな。ダメージは魅力的だが、派手に暴れ回るカルカロドン相手に2人の息を合わせて攻撃の射線を合わせるのは簡単じゃない。針の穴を通すような物だ」
カルカロドンの特徴は徹底的な闘争本能である。常に動き回って攻撃を繰り出す為、複合攻撃を叩き込むにはどうにかして動きを止めなくてはいけない。
そもそも不用意に近づけば、尾の一撃で薙ぎ払われる恐れもある。そうなれば2人同時に戦線を離脱してしまい前衛が崩壊するリスクもある。極めて博打性の強い攻撃だった。
「では、どうするのだ?」
スターファイアの言葉に彼の頭脳はフル回転していく。だが、魔法の大半のダメージが無い上、追加効果まで打ち消されるカルカロドン相手では分が悪い。
彼は必死で戦う前衛から目を離さずに応じる。
「どうにかして、急所を突くしかないだろうな……」
「だが、本当に存在するのか? メガロドンだって急所は無かったぞ?」
どこか余裕を感じさせる物言いが続く。同時にティーが竜炎槍を放った。
「メガロドンの場合、代わりに低い防御力とステージギミックがあった。これはゲーム。現実の戦いではない。何か攻略方法があるはずだ」
そもそも、スターファイアを除いて一行のレベルはカルカロドンより20近くも高い。にもかかわらずこの圧倒的な強さ。普通に考えれば、何か弱点があるはずなのだ。
パフは湧き上がる自身が間違っているのではないかという不安を押し殺しながら、相手の攻略方法を探っていく。
「化け物めッ! みんなに近付くなッ!」
見れば間一髪で噛みつきをアメリアが躱し、同時にパックが“木の葉落とし”を使ってカルカロドンを切り刻んでいく。これで与えたダメージは40%。同時にバターがアメリアの代わりにテイルウィンドで跳びかかる。“タイタンランス”の効果で巨大化した槍がカルカロドンの眼球を強かに穿ち、
“CRITICAL!”
「――ッしゃあああ!!!」
「――ッ!?」
クリティカルを叩き込んでいた。衝撃に打ち震える恐竜の巨体を飛び越えていく彼女を尻目に、パックは鋭く兄を呼んでいた。
「兄さん! 今の!」
「あぁ! クリティカルが入ったな! だが、何故だ? さっきまでの攻撃ではダメージが入らなかったはずだ……!?」
反応は速かった。驚愕に顔を染め上げるスターファイアを尻目に、ティーは即座に援護攻撃を叩き込む。彼女だって内心では活躍できない自分を歯痒く思っていたのだ。
その槍は火を噴いたミサイルのようにボスの顔面に突き刺さり、
「駄目ですっ!? Criticalじゃないです!?」
ほとんどダメージが無かった。だが、ヒントは掴めた。パックはアメリアに視線を送ると、彼女が頷き返すのも見ずにボスに向かって走り寄る。振るわれた尾を転がる様に避け、足元の彼を迎撃する為に振るわれた前足を立ち止まって切り結んだ。
嵐のような3連続攻撃の後に来るのは、死亡直前にまで追いつめられる噛み付きである。
刹那、パックは苦しい顔のまま視線を逸らす。問題ない。HPも満タンで、アメリアも攻撃態勢に入っていた。
「来いッッ!」
あらゆるものを噛み砕く必殺の牙を、パックは避けなかった。そう、避けなかったのである。一線を越えたせいか、変な笑いが漏れ出る。死なないと分かっている攻撃を何故恐れようか。
同時にアメリアと目が合った。
「「くらえ化け物ッッッ!」」
パックを咥えられた状態のまま、強引に剣をボスの顔面に突き刺していた。同時にアメリアの一撃が正確にカルカロドンの脳に突き刺さり、
「2人とも退いてッ!!」
バターの声にアメリアが舌打ちしながら後退する。クリティカルが入らなかったのだ。
「クソッ! 失敗か! どうしてバターの攻撃はクリティカルが決まったんだ!?」
パックはそう呻かざるを得なかった。ガリガリと音を立ててHPゲージが減っていくのは、決して気持ちの良い物ではない。同時にゴミのように吐き捨てられた彼は廃墟に放り捨てられていた。
短い浮遊感の後にガシャンと音を立てて下にあった壺が壊れるものの、彼にダメージは無い。ただ中に入っていたハーブウォーターが彼の鎧を緑色に汚す。
アメリアと同じだった。
「――ッ! そういう事かッ!」
刹那、彼の頭脳を電撃が走り、思わず寒気がするほどのひらめきを覚えていた。彼の頭脳に一筋の光明が差したのだ。
「パックッ! 無事かッ!?」
回復のために駆け寄ってきた兄にも関わらず、彼は慌てて自身が踏み潰した壺に視線を送る。素焼きの壺は大半が割れてしまったものの、運良く1つ残っていたのだ。
「兄さん、これだよ!」
「何?」
「おかしいと思ったんだ! この世界で鎧が汚れるなんてありえない! もし汚れるとしたら、何かしら意味があるはずなんだ!」
慌てて回復魔法を唱える兄に対して、パックは湧き上がる興奮をそのままに言葉足らずながら必死で説明していく。
「……つまり、その壺を相手にぶつけるという事か?」
「うん!」
「……分かったよ。だがティーとスターファイアはアイテムを使うのに忙しい。俺に任せな」
自信に満ち溢れた顔の弟に、兄は賭けることにしたのだ。だが、話はそう甘くない。瓦礫を吹き飛ばすような方向が響くと同時に、バターのに苦々し気な声が聞こえたのだ。
カルカロドンのHPが半分を割り、攻撃パターンが変化したのである。兄弟は顔を見合わせると、無言のまま即座に走り出していた。
幸か不幸か、カルカロドンに追加された新しい攻撃は咆哮だった。全方位に衝撃を放つその一撃は、食らった相手をノックバックさせる効果があるもののダメージ自体は大きくない。そして、それゆえパックの神経をすり減らしていた。
ダメージは小さくとも、噛み付きと合わされば戦死は免れない。しかも咆哮衝撃波は全方位を隈なく吹き飛ばすため、回避のしようが無いのだ。
「パック! 準備は済んだ。好きなタイミングで突っ込め」
「分かった! ……アメリア!」
「Yup!」
3人の目の前を、カルカロドンの咆哮によって弾き飛ばされたバターが跳ね飛ばされていく。パフは回復魔法を唱える傍らMPの残量とアイテムの残りを確認し、隠し切れない渋面を作っていた。既に余裕は無い。
「Follow me!」
「行くぞ化け物!」
バターを返り討ちにしたカルカロドンは鋭い双眸をパックとアメリアに向ける。2人はカルカロドンの侵攻を止めようと、果敢に正面から突撃していたのだ。
大地を砕く巨大な尾を必死に想いでしゃがんで躱し、左右二手に分かれる。今回はパックがカルカロドンの正面だ。その大爪がナイフのように軽々と振るわれるのを、渾身の力で受け流していく。
残されたチャンスは少ない。パックの視線の先でカルカロドンは僅かに頭を振った。噛みつき攻撃だ。
「兄さん! 今だよッ!」
途端、パックは絶叫を上げる様に背後にいるであろう兄を呼んでいた。それに呼応するようにやや離れた位置から古びた壺が投げられる。パックは最後にアメリアに視線を送った。側面に回り込んだ彼女は、小さくガッツポーズを返す。
カルカロドンが噛みつきを繰り出すと同時に壺が回転しながらも一直線に飛んでいき、
「……えっ?」
「Ow!?」
生きとし生けるものを恐怖のどん底に落とし込む咆哮。それによって呆気なく壺は迎撃されていた。パックの真上で放たれた衝撃波がアメリアはおろかパフまでもを吹き飛ばしていく。
パックの頭が真っ白になった。
「そんなッ! 効いてないのか!?」
「パック! 下がりなさいッ!」
彼は思わず呆然と立ち尽くしていた。鋭い姉の声と同時に槍がカルカロドンの咆哮を上げた口腔に突き刺さるも、攻撃は止まらない。
返事は噛み付きだった。
アメリアはその瞬間を、まるで天啓を受けたかのように感動した面持ちすら浮かべて眺めていた。既に彼女はエーテルやハイポーションといったアイテムを使い切っており、半ば戦力を喪失しつつある。
それゆえパックの献身に、歓喜の声と共に拳を天に向けて突き上げていたのである。
“CRITICAL!”
「Good job!!! パック、良くやったですッ!!!!」
そう。ティーの放った竜炎槍は、確かにクリティカルが入ったのだ。同時にパックを救うべくバターが突撃を行い、カルカロドンの頭に巨大化した槍を打ち込む。
怪物の頭を穿つ轟音と共にカルカロドンが怯んだかのようにパックを吐き出し、そしてクリティカルが入った。
「そうかッ! そういう事かッ!」
パックの行動は無駄ではなかったのである。パフにはそれで十分だったのだ。逆転の手立ては十分だった。彼は湧き上がる緊張と興奮を誤魔化すように、震える手で2つ残った壺の片方をカルカロドンに投げつける。
それは爪でバターを襲う恐竜に迫った所で、彼女ごと咆哮で薙ぎ払われてしまう。
刹那、パフの放った火球が閃光のように空中に尾を引きながらカルカロドンへと伸びていき、
“CRITICAL!”
ゲーム最高の魔法防御を貫いていたのだ。それでもダメージ的には微々たるものだが、些細な問題である。パフは珍しく自身の興奮を感じさせる声を叫んでいた。
「口だッ! 奴の弱点はッ!!!」
「何ッ!? だ、だが、頭部にクリティカルが入るかは賭けだぞッ!?」
「違うッ! そうじゃないッ!」
慌てたスターファイアを尻目に、パフはメンバーに聞こえる声で興奮を伝えていた。皆、それを疑いもしない。
「口腔だッ! 弱点は口の中なんだッ! 奴があらゆる物を薙ぎ払う咆哮を放つ瞬間こそが、最大の弱点なんだッ!」
「Wahoo! ……で、でもバターの攻撃はどうして……?」
そこまで言った瞬間、アメリアにも閃く物があったのだ。鍵は“タイタンランス”である。彼女は思わず口を押えてバターを振り向いていた。
「この世界はゲームなんだ! バグだよ! タイタンランスで槍が巨大化する際、槍自体の大きさはそのままで当たり判定だけが巨大化している。だからそのギャップでカルカロドンの鱗を貫通しているんだ!」
バターが居ても立ってもいられずに走り出すのはその瞬間だった。パフの解答で十分だったのだ。足元に発生させたテイルウィンドによって爆発的な速力を得た彼女は、矢のように一直線に怪物の足元へと突き進んでいく。
走るというよりは飛ぶように近づいた彼女は、カルカロドンの前足を躱しもしない。ダメージ覚悟で再度テイルウィンドを発動させると、その顔面を爪に切り裂かれながらも怯むことなく巨大槍で鱗を目玉ごと貫いた。
“CRITICAL!”
「まだ、終わりじゃないわッ!」
それどころか、バターは再度追い風を作り上げてカルカロドンの噛みつきを回避すると、閃きに従って都合7度、それを利用し蝶のように舞う。舞い続ける。
“CRITICAL!”“CRITICAL!”“CRITICAL!”……
「凄いッ! バター姉さん、空中を飛んで戦ってるッ!」
度重なる豪風によって彼女の身体は巨獣の頭上を弾かれたかのように飛び回り、カルカロドンの迎撃を悉く躱すと反撃の槍を叩き込んでいたのだ。
その高速機動は常人なら自身の位置を見失って、あるいは脳に流れ込む情報のフィードバックに耐え切れず崩れ落ちかねない。それを彼女は卓越した身体能力をもって成し遂げたのだ。
空中戦闘である。
「バター! 退いて!」
「言われなくてもッ!」
その終幕はカルカロドンの咆哮である。驚くべきことにバターは、その一撃をふわりと正面から受け止めて笑みさえ浮かべながらも後方に弾かれていた。
彼女が地に足を付けて最初にしたこと。それはもちろん
「見たか恐竜! お前は大人しく地べたを這いずり回ってろッ!」
こみ上げる吐き気をなお上回る、心の底から爆発しそうな快哉を叫んでいた。HPを一気に削られ苦しげに泣き叫ぶカルカロドンとは対照的である。
そう。HPを削ったのだ。バターの目算では、カルカロドンのHPは25%を切っている。いよいよ最終形態の時間だった。
カルカロドン。存在自体が驚異の太古の怪物に、余計な技は存在しない。そんなものは必要ない。
それを見たナーガホームの面々は、思わず青ざめていた。英雄的な活躍を見せた彼女ですら、外聞をかなぐり捨てて内心の怒りを爆発させる。
「ちょっ、ちょっと待ちなさいよ! 自動回復ですってッ!?」
カルカロドンはフィールド中央の噴水付近から動かなかい。動いたのはボスのHPである。それはゆっくりと、しかし目に見える速度でゲージが上昇していくのだ。
その瞬間、言葉は無くとも全員の気持ちは一致していた。
「突撃よッ! 今のうちに止めを刺してえええッ!!!」
バターの悲鳴じみた叫びと共に、パックとアメリアにパフが続いて動き出す。それで限界だったのだ。既にバターは空中戦闘の代償にMPを失い、昏倒寸前のノイズに襲われて立つことすら危うい。
また後衛の2人はアイテムを使い尽くし、回復すら危うい。アメリアですら木の葉落としを使えない。まして、パフの魔法攻撃などたかが知れている。
それでも、バターの作った千載一遇のチャンスを捨てるわけにはいかないのだ。
その気迫に応じるかのようにカルカロドンも咆哮を上げて威嚇すると、巨大な尻尾で大地をドラムのように叩き迎撃に備える。
刹那、パックの身体を暖かい力が支えた。パックだけではない、アメリアもである。パフが2人の攻撃力に補助をかけたのだ。
「良いか2人とも! 複合攻撃だ。もはや残る手段はこれしかない。俺が壺で動きを止めるから、どうにかして叩き込め!」
「Nah! パフ! 残念ですが、多分削り切れないですよ!?」
次の瞬間、ついに強獣の大木の如き尾が打ち払われる。空気を切り裂く唸り声と共に迫るそれを、パックとアメリアは半ば本能的に体を縮めて回避していた。一方の遅いパフは無理せずステアで飛んで退避する。
「普通に当てれば、な。だが、急所に当てればどうだ?」
背後から届く声に、アメリアは走りながらも考えるのを止めた。それしか手が無いのである。見ればカルカロドンのHPは30%近くまで回復している。もはや一刻の猶予も無い。
だが、この時の2人には運が無かった。カルカロドンは嚙みつきではなく咆哮で迎撃に出たのだ。急所を狙えるのは、あくまで咆哮が終わった後。その前に迎撃されてしまえば攻撃は不可能だった。
「パック! いけない、戻ってッ!」
刹那、パックの頭脳で本能が渾身の叫びを上げる。バターの制止を聞いた彼の頭はフル回転。今こそ、男を見せる時なのだ。
「前だ! 前に進めえええッ!!!」
「Roger!!!」
言葉は伝わらなくとも、心は伝わる。パックの湧き上がる決意を敏感に感じ取ったアメリアは、同時に力強く頷き返す。伊達にこれまで肩を並べていないのだ。
パックの視界の上にはカルカロドン。その口が大きく開かれるや全身を振るわせ力を振り絞っている。
その僅かな間隙の合間に、パックは獣の如き本能で全てを悟っていた。
「跳べええッ!!」
2人がそれに合わせた瞬間、恐竜の咆哮が空を劈いた。空間そのものが歪むような衝撃波が全方位を薙ぎ払い、
「行くぞおおおおッ!!!」
「Righto!!!」
それを2人は頭から飛び込んで回避していた。全方位を薙ぎ払う咆哮だが、唯一カルカロドンの足元だけは安全地帯なのだ。彼は運良く一度だけ咆哮を躱していた。その経験がギリギリで脳裏をよぎったのである
そして、次の攻撃に自分達の態勢は関係ない。
複合攻撃! 剣×剣!
世界が白黒に染まる中、唯一電撃の光だけがカルカロドンの口腔に吸い込まれるように伸びていく。同時に2人の身体が落雷の如き稲妻に包み込まれ、
「――クロスッ……!!」
「Scissorsッ!!」
暗転。同時に視界に眩いばかりの色が洪水のように戻り始める。パックはふらつきながらも砂漠の上で立ち尽くしていた。だが、振り返らなくとも分かる。
初めて聞く、切なげな声を上げてカルカロドンが倒れ込んでいたのだ。同時に緊張の糸が切れたのか、アメリアが砂の上に突っ伏していた。
直ぐに彼にも膨大な疲労感が全身から溢れ出し、耐え切れず砂に倒れ込む。
「ぃいよっしゃあああああッ!!!」
バターの上げる歓声が、砂漠の中に響き渡っていた。
パックは綻んだ口元のまま聞き流していた。彼にはとんでもないご褒美が待っていたのだ。
「パック、格好良かったわ! 見直した!」
戦いを終えて大地に突っ伏した彼を助け起こしたのは、一足先に復活したバターだったのである。これだけでも彼は泣いて喜ぶところだが、彼女は何と手ずからパックを膝枕して、看病してくれたのだ。
隣から飛んでくるアメリアの羨ましそうな視線も気にならない。彼は夢見心地だった。
「バター姉さん……! 僕、……」
「パック。バター姉さんじゃなくて、バター……ね?」
その時のバターこと紗耶香の、笑い掛けながらもどこか少女のようにツンと頬を膨らませて愛らしく抗議する顔に、パックの心は完全に打ち抜かれていた。そのままバターは彼を労いながら、彼の頭を優しく撫でていく。
彼はもう天にも昇る心地で、空気を読んだ兄姉がやたらゆっくり近寄ってくるのをのんびりと待っていた。
「むーっ! 私も活躍したのに! おかしーです! 美味しい目に会ってない気がするです!」
「そーかそーか。アメリア、良くやったな! 偉いぞー! 褒美にこのヤシの実キャンディを進呈しよう」
「Wahoo! ……でもなんか違うです! もっとこう、大人な感じのご褒美を……ハッ! 自分でお菓子美味しいと言ったから!?」
「アメリア……今日は私とお勉強しましょう」
すっかりナーガホームはいつも通りの空気を取り戻していた。すっかり調子を取り戻したバターが先頭を進んで、パックがそれを追いかけていく。後方では少しだけむくれたアメリアをティーが優しく解していた。
そしてパフはスターファイアと見守っている。
向かう先はもう一つの梯子であった。カルカロドンを撃破後に光と共に上空から現れたそれは、霧、雲、そして空の向こうへと続いている。
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