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LOAD GAME →ザベイスにて 残り時間103:30:00@5710

 8人は暗い雰囲気を引きずったまま、ザベイスの喫茶店に集まっていた。


 正確には少し違う。パックの見た所、スターファイアが見る影もなく落ち込んでいる傍ら、テンペストは空元気を振りまいている。そしてウィドウは、驚くほど普段通りだった。


 ただ、その瞳は彼が見たことも無い程、ギラギラとした粘質で纏わりつくような強さを持っている。


 「……と言うわけで、エーシィは事実上壊滅よ。残念だけど、ゲーム攻略は貴方達ナーガホームに任せるしかないわ。……それじゃ」

 「ウィドウちゃん!? 待って下さい、どこに行くんですか!?」


 手短にそう告げたブラックウィドウは、足早に立ち去ろうとしていた。彼女は既にメールをヘルキャットとフォルゴーレに送っている。だが、返事は無かった。


 そうなれば、彼女のやることは一つしかない。慌てて椅子から立ち上がったテンペストに向かって宣言していた。


 「決まってんでしょ? レベル上げよ! 残り時間は全てレベル上げに費やして、PK共を一人残らずこの手であの世に送ってやるわ! いいえ、ゲーム内に留まらない! あらゆる手段を使って、現実世界まで追いかけてぶっ殺してやるッ!」

 「ブッチー……」


 平然と殺意を噴出させたウィドウを前に、パック達は何も言えなかった。その迫力は言葉に不安の残るアメリアですら、思わず怯んでしまうほどの物である。


 パフはそれを見て、静かに頷いていた。


 「……そうか」

 「……そうよ。有志同盟のナーガホームの分担は、私がするわ。だから、代わりに何か分かったことが有ったら連絡して。殺しに行くから」


 そう言うと、ウィドウは一瞥もせずに喫茶店を飛び出していた。


 パックはそれを呆然と見送っていた。


 エーシィとナーガホーム。PKに相対し片や撃退、片や壊滅。明暗を分けたのはレベルである。


 ナーガホームは経験値の多い“名もなき砂漠”にて、2日近くも彷徨い続けている。それによってレベルは78に到達していた。一方のエーシィは“水没都市”を突破した直後であり、そのレベルは62しかない。


 あるいはナーガホームが情報を提供せず、エーシィがゆっくり回り道をしてレベルを上げていれば、PKの撃退も出来たかもしれないのだ。


 それは結果論であるが、パックの頭にこびりついて離れない。


 「ぶち子ちゃん!」


 気が付けばパックは去りゆくウィドウを追いかけていた。つい癖であだ名で呼んでしまうものの、どこか吹っ切れているウィドウは気にもしない。


 「あっ、ごめん。その……」

 「別に良いわ」


 激情に駆られているウィドウの姿は、パックからは泣いているように感じられたのだ。


 「むしろ素晴らしいネーミングかも。ぶち子、“ぶち殺す”から来てるんでしょ? 今の私にはピッタリだわ」

 「…………」


 パックはそのどこか投げやりな言い方に、気が付けば頭を下げて謝っていた。彼だってヘルキャットやフォルゴーレ等の比較的親しい人間の死は悲しい。そして何より、それを悲しむ余裕すら持ち合わせていないウィドウの境遇に涙していた。


 「お、お前何で泣いてんのよ!? 泣きたいのは私の方じゃない!?」

 「ごめんッ! でも……僕たちが余計なことをしなければ……」


 ウィドウはその反応に驚いて素に帰る。そして、激怒していた。


 「ふざけないでッ! ……お願いだから、やめて……よ。これ以上、私に惨めな思いをさせないで……!」


 ウィドウも気が付けば、瞳から涙が零れ始めていた。純粋なパックの悲しみが、彼女に伝染したのである。


 「本当は分かってるの……。私、リーダーなんて務まらない、どうしようもなく凡庸な人間なんだって。でも、小物の私はそれが認められないから、変な意地張って、ヘルキャットにも頼んで、無理やりリーダーやって……。でも……上手くいかなくて……みんな死んじゃって…………」


 涙と共に、ウィドウからドロドロした暗い感情が流れていく。いつの間にか2人は泣き顔を見せまいと、雑踏の中で互いに背を向けて立っていた。


 言葉や視線を交わさずとも、2人は共感で繋がっていたのだ。


 暫く無言のまま過ごした後、ウィドウは静かに足を進めていた。


 「……絶対、クリアしなさいよ? タイムオーバーで全員死亡なんて、認めないんだからね?」

 「……大丈夫、だよ。兄さんも姉さんも、バターもアメリアも、皆で協力していれば、どんな難問だって突破できるから……!」


 ただ2人とも、背中合わせでも揃って上を向いているのは確かである。




 話は纏まっていた。パーティー“エーシィ”は事実上の解体である。仲間の死に接したテンペストは精神的に不安定であり、彼女はひとまず安息を求めていた。一方のウィドウは逆に、強い決意のもと攻略よりもレベル上げに励むことにしている。


 そして残ったスターファイアはというと、


 「これで、ナーガホームも定員だな」

 「……よろしく頼むよ」


 ナーガホームに残された最後の一枠。そこに収まることにしたのである。一応テンペストがエーシィから脱退していないので、エーシィ自体もメンバー2人で存続している。


 脱落したテンペスト。レベル上げのブラックウィドウ。攻略のスターファイア。別々の道が何処に繋がっていくのかは、まだ誰にも分からなかった。




 槍使いの加わった新生ナーガホームは、一直線に“王墓”に向かっていた。回復アイテムを惜しみなく投入し、“スキップ”や“テイルウィンド”を連発することで、文字通り矢のように砂漠を突き進む。


 そのおかげで、どうにか6日目が暮れる前に“王墓”の石棺の所に集まることが出来た。再度仕掛けを解く傍ら、パックは新たに仲間になったスターファイアに視線を向けてみる。


 「……なるほどな。しかし、よくこの暗号文を解読出来たな。全く、見事なお手並みだ」

 「でしょ!? 私達だって、やる時はやるんだから!」


 彼の視線の先では、彼がバターと床にエーテルを撒いている。彼は新参らしく、積極的にパーティーの雑務をこなしているのだ。それを見たパックの瞳がキリリと絞られる。


 スターファイアはおそらくパフよりも年上だろう。名言こそしていないものの、言葉の節々から兄と同様の社会人らしさが溢れているのだ。なおかつ、雑談の話題が兄の物よりも古い。


 おそらく30はいってないだろう。亡くなったフォルゴーレほどではないにしろ、中々の伊達男である。今も大学生のバターを苦も無く会話で楽しませている。


 「Puck? 何してるです? ボス戦に行くですよ?」


 柱の影から観察する彼の不審な姿に、思わずアメリアは声をかけていた。パックはそれに思わず跳びあがって反応する。


 「ア、アメリア!? いったい何時からそこに!?」

 「……一隊? いえ、私だけですよ?」

 「そうじゃないよ!? あぁ、そんな事より、ボス戦? 頑張るよ!」


 ※WARNING※

この先には特別に強い敵がいます!

一度に挑めるのは1パーティー6人までです!

一度戦闘が始まってからは、逃げることはできません! 覚悟を決めて下さい!


 気が付けばお馴染みの警告文が目の前に表示されていた。同時に開かれた石棺の梯子を伝って、1人ずつ順々に降りていく。


 不思議なことに、そこは広い砂漠の真ん中であった。“名もなき砂漠”と違う点は、周囲に朽ち果てた石の家屋の残骸が無数に横たわっているという事か。それらは丁度良い遮蔽物として使えそうである。


 おそらくは大昔の街をイメージているのであろう。壺や家具を残した廃墟群は崩れながらも、往年の整然とした街並みを感じさせる。中央に朽ち果てた噴水があり、そこから放射状に街が伸びているのだ。


 「空があるな」

 「あっ! 兄さん? 全員降りたの?」


 降りたパフがパックの後ろに立っていた。中央の噴水の近くである。ナーガホームの5人はあっという間に梯子を下りていた。正確には、殿を買ってでたスターファイアがまだである。


 彼は念には念を入れて、その前のティーが砂漠に両足を付けるまでは上で一人援護の態勢を整えていたのである。


 それは、その彼が地面に降り立った時だった。


 唐突に怪獣の咆哮が響き渡ったのである。大音響な上に聞く物に本能的な恐怖を与えるその声は、確かに東の方角から聞こえ渡ったのである。パックの向けた視線の先で、巨大な生物が蠢くのが目に見えた。


 「ティー、スターファイア、下がれ。援護に徹しろ! バターと剣士2人はあの化け物の足を止めるぞ!」


 目を細めたパフが指示を出すのと、その怪獣のHPゲージが表示されるのは同時だった。


 “カルカロドン LV60”


 人間どころか車ですら飲み込んでしまえそうな巨大な咢には、真っ赤な肉とナイフのように鋭い白牙が立ち並ぶ。身体の大きさは優に4メートルはあるだろう。立派な二本の後ろ脚が砂地を蹴って進み、極太の尻尾がバランスを取る。


 小さめの前脚にも鋭い爪が立ち並び、何よりも悪魔の如くパーティーを睨みつける2つの凶悪な目が印象的だった。


 「んな!? あれは、恐竜!?」

 「Hooey!? T.Rexです!? で、でも、Movieで見たのとは少し違うような……?」

 「気を付けて。接近戦は危険だわ」


 肉食恐竜カルカロドントサウルス。白亜紀に実在した大型の肉食獣は、絶滅した後のおよそ1億年後に仮想現実という形で蘇ってきたのである。


 カルカロドンは立ち並ぶ石の廃墟を踏みつぶして、一直線に向かってきていた。それを妨害するようにティーとスターファイアの竜炎槍が火を噴き、命中する寸前でカルカロドンが咆哮した。


 「Ow!?」

 「うわッ」


 大口を開けたそれは、飛行機よりも大きな爆音と空気が歪む衝撃波のエフェクトを発生させた。あまりの音量によって聞く者に本能的な躊躇を迫る。


 その時パックは見た。ボス目掛けて一直線に飛んだ槍は、咆哮の衝撃に絡めとられて粉々に砕け散ったのである。


 信じられない物を見たかのように硬直する2人を尻目に、パフは静かに厄介さを呻いた。


 「飛び道具を迎撃したのか? だが、これなら」


 途端、カルカロドンの四方を囲むように4つの灯火が現れた。ロウソクのような灯りは小さく、されど瞬く間に周辺の空気を吸収するように膨張し、大爆発を起こしていた。


 デトネイション。彼が持ちうる最高の威力を誇る魔法は悉くがカルカロドンに爆撃を浴びせかけ、


 「う、嘘だろッ!? 兄さんの攻撃がまるで効いてないッ!?」

 「……あ、ありえないです。Megalodonにだって、効いたのに……」


 そのHPゲージをピクリとも動かさなかった。カルカロドン最大の特徴は、他のどのボスよりも高い魔法防御力なのだ。パックが仰天し、思わずアメリアが片手で口を塞ぐ中、パフは冷静に攻め手を変えていく。


 「バター、前衛は頼んだ」


 まるでプレイヤーの心理を読んだかのようにカルカロドンが威嚇の咆哮を上げる中、バターは怯まなかった。流石のティーも目を丸くする中、負けず嫌いの彼女は逆に奮起したのである。


 「任せくださいよッ! 女は度胸! アメリア、パック、行くわよ!」


 その言葉は、他の何よりもパックに力を与えていた。




 戦況は悪い。バターを筆頭に突撃した3人は、その高い速さを武器にカルカロドンノ攻撃を必死に掻い潜っていく。


 カルカロドンは遠距離攻撃手段を持っていないのだ。あるのは単純な噛みつきと前足による迎撃、そして


 「伏せてええッ!」


 バターの悲鳴のような声に、パックは半ば本能的に身を屈めていた。一瞬前まで彼の頭がった空間を、丸太よりも太いカルカロドンの尾が薙ぎ払っていく。


 「ッくはァッ!?」


 一瞬だけアメリアの反応が遅れ、彼女は派手に吹き飛ばされていた。そのまま廃墟の石壁を突き破り、10メートルは転がった果てに無数の壺を全身で踏み潰してようやく衝撃が収まる。だが壺の中身で緑色に汚れた体は、直ぐに戦いに舞い戻ることができない。


 あまりにも激しく回転した為、強烈な位置情報や慣性、ベクトルの変化が一度に頭に流れ込み、一時的に行動不能に陥っているのだ。


 皮の鎧を身に纏った彼女は辛うじて身を起こしたものの、廃墟の影で強烈な吐き気に襲われて涙を流しながらえずくことしかできない。もちろんVRなので吐くことはできない。逆に言うと、苦しみが長く続くのである。


 無論、現実の肉体ではありえない。未だ完全ではないVRの欠陥だった。


 何よりも厄介なのは、この尾による一撃である。


 命中するとバターですらHPの半分以上を持っていかれてしまうのだ。パックやアメリアでは瀕死である。そして何より戦闘不能になった結果、残りの2人に攻撃が集中してしまうのだ。


 「兄さん!?」

 「分かってる! 今回復魔法を唱えた所だ!」


 水魔法レベル7“レメディ”。パフが持ちうる最高の回復魔法によって、淡い水色のベールが優しくアメリアのHPを回復させていく。この魔法だけが、カルカロドンから受けたダメージを回復しきれるのだ。


 しかし、回復魔法には欠点が存在する。どの魔法もある程度接近しなくては使えないのだ。だが前衛3人は攻撃を受ける度にあちこちに跳ね飛ばされる。彼はひたすら仮想空間を走り回らなくてはならないのだ。


 「Th……Thank yo……うぇっ」


 ナーガホームは6人がかりながら、護衛もいない上にレベルも劣るカルカロドン単体に押し込まれていたのだ。


 パフはボロボロに汚れたアメリアを抱き寄せながら、厳しい声を上げざるを得なかった。


 「バター! スターファイア! 急所に見当はつきそうか!?」


 残された攻撃方法は、カルカロドンの急所を狙う事である。ボスは近くにプレイヤーがいる際はそちらへの攻撃を優先する為、遠距離攻撃を咆哮で迎撃しないのである。それゆえ前衛の必死の献身の間に、幾多の槍がボスを射抜いていた。


 「すまん! 頭部にもクリティカル判定は無いようだ!」

 「駄目よ兄さん! 一回目玉を貫いたけど、無駄だった!」


 焦りの色濃い声でバターは報告していた。さっきまでのスターファイアとの穏やかな会話は何処へやら。今を生き延びることで精一杯だったのだ。


 カルカロドン。それは純然たる破壊の化身である。最大の特徴はとにかく身近な敵への攻撃を最優先することだ。本来なら容易にパターン化できるはずのAIは、されどその圧倒的な暴力によって全てを踏みにじっていく。


 敵の増援も、遠距離攻撃も、ステージギミックも、このボスには存在しない。力による真っ向勝負。圧倒的な力によってプレイヤーを薙ぎ払うストロングスタイルこそが、真骨頂なのである。


※最新の進捗状況は活動報告をご確認ください。

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