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LOAD GAME →名もなき砂漠にて 残り時間104:30:00

 「チクショウ、チクショウ! ドチクショオオオオッ! よくもよくもよくもオオオオッ!」


 隠すものの無い砂漠を、ブラックウィドウは俯いたまま走っていた。無音ではない。彼女はさっきからぶつぶつと、ありったけの呪詛を送ることに専念している。


 全ては、彼女の初めての親友の為であった。




 始まりは些細な事だったのだ。


 嫌が応にもナーガホームから情報を受け取ったエーシィは、足早にザベイスを目指していた。その情報のお陰で、彼らエーシィはナーガホームとは比べ物にならないほどのスピードで“名もなき砂漠”を踏破していたのである。


 それがウィドウのプライドを傷つけ、彼女は自然と後列でヘルキャットに慰められていた。


 そして、彼女の命を救ったのである。


 不意に砂丘の陰に隠れていた男が現れると、ウィドウが反応するよりも速く魔法を唱えていた。奇襲である。彼女の目の前で、ファイアブランドが火炎の一撃で無残に焼き尽くされていた。


 「――へっ?」


 彼女がその事実を受け入れるよりも先に、ファイアブランドのHPが0になり、その姿が砂煙の中にかき消えて行く。


 「敵襲よッ! みんな、下がりなさいッ!」


 ヘルキャットが即座に警告を放つと、顔を歪めつつも戦闘態勢に突入する。


 馬鹿みたいに呆然と突っ立って口の空きっぱなしのウィドウは、辛うじて相手のプレイヤー名を読み取っていた。“ヨロレイホー”。彼女の記憶が確かなら、ごく最近有志同盟に加入した、ソロプレイヤーである。


 「え……? 嘘、何で? ファイアブランドが一撃で? いや、嘘だよね? だって、彼私なんかよりずっと防御も魔法防御が高くて……頼りになって……それが死?」


 最初に反応したテンペストは完全に混乱していた。戦えるのは臨戦態勢を整えたヘルキャットにフォルゴーレ。そしてスターファイアと、立ち直ったブラックウィドウである。


 その全員が驚きを顔に張り付けていた。それにヨロレイホーは虫けらでも見るかのような眼差しをぶつけている。彼の漏らす声は聞いたことも無いほど無機質で冷酷だった。


 「プレイヤー諸君。お疲れ様だ。ゆっくり休むが良い。ゲームオーバーの後に、棺桶の中でな」

 「あんたッ! よくもファイアブランドを!」


 さっきまでの嘆きなどすっかり忘れた去ったウィドウは、怒りのままに斧スキル“回帰閃斧”を放っていた。風を身に纏った斧がビュウと音を立てて、ヨロレイホーに命中したのである。


 魔法使いらしくローブを身に纏ったヨロレイホーは、それを避ける素振りすら見せなかった。


 「そ、そんなッ! ウィドウちゃんの攻撃が効いてない!?」

 「……ダメージ0? そんな筈は……」


 それだけで十分だったのだ。混乱の極致に合ったテンペストは、最も合理的な結論に達したのである。


 「いやァッ! 死にたくないッ!」


 即ち逃走だった。それに慌ててスターファイアが追い縋り、エーシィはあっけなく崩壊を始めていた。


 その瞬間を、ウィドウは凡人らしくただ見ていることしかできない。ただフォルゴーレがヘルキャットと一瞬の内に頷きあうと、即座に結論に達していた。


 「ヘルキャット! 申し訳ありません!」

 「良いの。特にウィドウには、たっぷりお世話になったしね」

 「……ッ! ちょ、ちょっとあんた達、何やってんのよ!? 戻りなさいよ! リーダーの指示に従えってのッ!」


 フォルゴーレも即座に逃走に移った。それと対照的にヘルキャットは覚悟を決めると、意外そうな顔のヨロレイホーに剣を向け、不敵に笑う。


 2人の中間で、ウィドウだけが取り残されていた。誰も彼女の指示に従わず、それを嘆く暇すら与えられていない。


 「な、仲間を見捨てるなんて、認めないわッ!」

 「ウィドウ! この愚か者が! 今はそんなことを言っている場合ではありません!」


 ヘルキャットは足止め役を買って出たのである。フォルゴーレはその笑みに秘められた内心を推し測ることはできない。ただ、それを無駄にしようとするウィドウの行為には言葉を荒げざるを得なかった。


 皆に無視されるという屈辱。仲間を見捨てるという嫌悪。敵に対して歯が立たないという歯痒さ。それらに侵されたウィドウが渋面を作ったまま歯軋りする。


 それを見たフォルゴーレはウィドウもまた見捨て、その瞬間ヘルキャットの声が響いていた。


 「ウィドウ……。速く逃げて」

 「嫌よッ! 流花を置いてく訳ないじゃない! それに……」

 「琴子……。時間を稼ぐから。ナーガホームに助けを呼んで。近くにいるはずよ」


 ウィドウは小物で強情で、どうしようもない愚か者で、されど一番大事な部分はしっかりと持ち合わせているのだ。だから、ヘルキャットは言い方を変えた。母が子供に言い聞かせるように、背中を向けたままとても優しい言い方だった。


 それは的確にウィドウの心を解きほぐす。彼女は鬼のような面を作りながらも、その場を後にするしかなかった。


 「そろそろ良いか?」

 「……あ、なるほど。他にも仲間がいるんだ。ふーん」


 ヘルキャットは自他ともに認める性悪女である。だから相対した男の心理など手に取るように分かるのだ。


 その言葉を言った瞬間、ヨロレイホーの顔色が変わった。一方のヘルキャットは変わらない。彼女は既に仕込みを済ませている。


 「賢い女は嫌いだよ」


 ヨロレイホーが唱えたのはファイアボール。この魔法最大の特徴は、高い誘導性を誇ることである。ファイアブランドを一撃で焼き殺した魔力が乗った上に回避困難のそれを、しかしヘルキャットは鼻歌を歌いながら動いていた。


 残像と共に。


 「むっ」


 いつの間にか唱えていたスキップに加えて、彼女は武器以外の装備を外していたのだ。剣士の標準的な速さは11。そこから防具とアクセサリーを捨てて13、スキップの加速で16にもなる。


 生まれたのは、ヨロレイホーの60%増しという他の追随を許さない圧倒的な速さである。ただし、代償も大きい。防具を身に着けないインナー姿では、全ての攻撃がクリティカル扱いになるのだ。


 「残念っ。童貞魔法使いの僕ちゃん、こっちこっち」

 「面倒な女だな」


 蝶が舞うかのように、ヘルキャットはゆらゆらと揺れながら、しかし確実にヨロレイホー相手に距離を詰めていく。それを、苛立ち紛れにMPに任せた無数のファイアボールとフレイムレインの嵐が襲う。


 ヘルキャットの鼻歌は止まらない。当たれば必死のそれは、されど加速した彼女の目からは蝿が止まりそうなほど遅く見えるのだ。降り注ぐ炎の槍を、放たれる大火炎を、悉く見切り躱して距離をつめていく。


 それを見たヨロレイホーは、実に面倒くさそうに呟いていた。


 「阿婆擦れが。大人しく死ねば良いものを、無駄な労力を使わせやがって。汚れた便所みたいな女だな」


 近くまで差し迫ったヘルキャットは何も言わない。そんな罵声、今までに飽きるほど浴びせかけられてきているのだ。変わらず蠱惑的な笑みを浮かべた彼女は、チラリと背後を確認する。


 既にウィドウは離脱しかけていた。


 「ふふ、行くわよ? ……あぁ違うわ。イクのは僕ちゃんの方ね」

 「言ってろ尻軽女! 炎に巻かれて死ぬが良い!」


 同時に唱えられたのは、フレイムレインである。ただし数が違う。ヘルキャットが目前までに駆け寄る間に、都合7度も唱えられたそれは、空を白い槍で埋め尽くす程であった。


 しかも一度放たれたら最後、ヘルキャットが回避に専念している間に次のフレイムレインが延々唱え続けられるのだ。莫大なMPを生かした、炎の牢獄である。それを彼女は――


 「男って、みんなそう」

 「何? 消えた……だと?」


 最初から回避などしなかった。代わりに唱えたのはステアである。短い距離をワープする魔法の前では、轟く音は侘しく、生み出された煉獄は虚しく空を焼くばかり。


 彼女はそのままヨロレイホーの後ろに現れると、躊躇なく海の剣をその脳髄に向けて叩き込んでいた。


 “CRITICAL!”


 「どんなに威張り腐っても、急所をいじれば途端に可愛くなるんだから……」

 「お、おのれぇッ! 雑魚の分際で余計な手間を……!」


 ヨロレイホーは即座に後ろを振り向いて魔法を放とうとし、そこにヘルキャットはいなかった。驚きによって彼が目を見開く中、ヘルキャットは正確に後方に回り込んでいるのだ。


 「貴様、とっとと死ね。女の身に生まれてきたことを後悔させてやるぞ」

 「あら! 知らないの? 性悪女に近付く男は破滅する――」


 柔よく剛を制す。チート由来の圧倒的なステータスに相対したヘルキャットは、なお速さでもって圧倒していたのだ。悪女らしく薄着になった彼女は見せつける様に舌を出すと、ただいやらしく笑う。


 「かかって来いや、フニャチン野郎。ブスな上に無粋とは、片腹痛い」


 彼女の挑発は実に良く効いていた。気が付けばヨロレイホーは静かな怒りに彩られ、彼女の肢体に夢中になっていたのである。その脳裏には一片の遠慮も存在しない。


 「上等だ! 行くぞ糞女ァ! 地獄に落ちろ!」


 同時に紡がれたのはヘルキャットも知らない魔法である。轟轟と音を立てた風が竜巻のように2人を包囲し始めている。


 それを彼女は眩しそうに見上げていた。事実上の詰みだったのだ。いくら彼女でも、知らない魔法は避けようが無い。まして、ヨロレイホーもステアの対策ぐらいはしているだろう。


 「あーあ。結局、私の王子様は現れなかったかぁ……」


 だから彼女は、潔く生きるのを諦めることにしていた。顔色一つ変えていない。良い女には引き際も肝心なのである。そしてその内心に、一片たりとも後悔は無い。


 「ま、仕方ないわね! なにしろ、性悪女(ヘルキャット)、だからね……!」

 「消えろ」


 途端、爆音を轟かせる巨大な竜巻が発生し、閉じ込められたヘルキャットを切り刻んだ。彼女はステアで避けようとして、多段ヒットするそれから逃げられない。


 散々ひっかき回された結果、砂漠の中で方位を見失ったヨロレイホーは彼女の悪あがきに舌打ちをして立ち尽くす。その眼前で、彼女の身体は嵐の中に溶け込んでいった。




 だが、ウィドウに降りかかる悲劇はそれで終わりではない。暗い感情に囚われた彼女は、それを吹き飛ばす驚きに目を見張っていた。砂漠の向こうから一人の女が駆け寄ってきたのだ。


 味方ではありえなかった。何しろその名は既に、死んだものとして扱っている。


 「な!? あんたオラクリスト!? 生きていたの!? 何故返信を……」

 「ウィドウ! 考えるのは後です!」


 プレイヤー名“オラクリスト”。髪を茶髪に染めた魔法使いの彼女は、有志同盟参加パーティー“シャンゼリゼ”の一員である。そして仲間であるリンダや同じ境遇のシグと共に、“参陣高速団”に合流して仲間の敵討ちに出たはずだった。


 彼女は実に怠惰そうな表情を維持したまま、フォルゴーレと向き合っている。その装備は魔法使いではなく、獲物を逃がさない剣士。鋭い剣の矛先は明確に彼を向いている。意味合いは一つしかない。ウィドウはようやく頭の回転が追い付いていた。


 「お前がァッ! お前が裏切者かッ!?」

 「大きい声上げないでー。あぁもう、面倒だなー。これ見てあっさり諦めてくれると嬉しいんだけどー?」


 そこでウィドウは見た。ネウロポッセやヨロレイホーと同じく、チートによって改ざんされたステータスを。それは彼女だけではなくフォルゴーレにも強い衝撃を与えていた。


 隠し切れない動揺で彼女は足を尽きそうになってしまい、すんでの所でテンペストの金切り声に喝を入れられる。


 「これで分かったっしょ? このゲーム、歴史に残る傑作だなんてとんでもない。超弩級のクソゲーなのよー。このチートステータスがその証拠。あんた達プレイヤーの、文字通り必死の努力なんて、時間の無駄でしかない。分かったー?」

 「ど、どうするのだ!? フォルゴーレ!?」


 オラクリストの放つプレッシャーを前に、スターファイアは腰が引けていた。それはフォルゴーレも痛い程理解できる。明晰な彼の決断は速い。


 「責任は私が取ります」


 言うやいなや竜炎槍を発動させ、オラクリストに爆炎を焚き付ける。ダメージこそ無いものの、煙幕としては十分だった。


 「……すまん」

 「やむを得ません。……これが一番マシな選択です」


 真っ先に状況を理解したテンペストが逃げ出し、ウィドウを見切ったスターファイアもそれに続く。


 「あーあー。逃がさないよー? 大人しくしてくれると、嬉しいんだけど?」


 言葉通り剣を抜くと、PKは茶髪を風になびかせてフォルゴーレに切りかかっていた。彼はそれを盾で受け止めつつも、相変わらず仲間を見捨てられないウィドウに苦笑いを浮かべている。


 「この愚図が! 貴女に人を率いる資格はありません! ……だから、速く下がりなさい!」


 ウィドウはもはや完全に無言だった。俯いたまま、フォルゴーレの事を振り返りもせずに走っていく。


 2人の死と不甲斐ない自分を前に、彼女の内心は真っ黒でぐちゃぐちゃで、本人ですら心の整理が追い付かない。気が付けば、プレイヤーキラーに向けてあらん限りの呪詛を唱えていた。




 「チクショウ、チクショウ! ドチクショオオオオッ! よくもよくもよくもオオオオッ!」


 その内心の発露は、あまりにも感情が濃密すぎた。それは共に並走していたテンペストやスターファイアをして、思わず距離を取ってしまうほどである。


 「殺す殺す殺す……。殺して殺して殺して、ぶち殺すッ!」


 幸か不幸か、敵から最低限の距離を取ることはできた。また狂気すら感じさせるほどの彼女の醜態は、皮肉にもテンペストの動揺を抑え込む事にも繋がっている。


 「ウィ、ウィドウちゃん……」

 「……あによ?」

 「ヒィッ!?」


 テンペストに反応したウィドウは、彼女をギロリと睨みつけていた。仮想の身体にも関わらずそこから生み出される迫力の前に、2人は息を呑んだのである。


 「ま、まぁ。それはともかく。ここらで十分か?」

 「……何を言うんですかスターファイアッ!? もっとッ! それこそ地の果てまでも逃げないと、あの悪魔に追いつかれてしまいますよッ! 速く逃げ……」

 「必要ないわ……!」


 尋常ならざる様子のウィドウを前に、大の男であるスターファイアですら怯んでいた。地獄の亡者もかくやという眼力は、真っ暗な沼のように視線を吸い寄せて逃げるのを許さない。


 「助けは呼んだわ。後は、待つだけよ」

 「な、なに!? いつの間に!? いや、そもそもどうやって!?」

 「……空メールを出したのよ。ナーガホームのあの男なら……」


 ――きっと理解してくれる。


 それは儚い希望だったが、勝算もあった。貰った情報を信じるならば、現在地は拠点ザベイスにほど近い筈である。もしナーガホームが反応しているのなら、近くにいるはずだ。


 「さ、さすがウィドウちゃんですよ! あそこなら、きっと私達を助けに来てくれるはずです!」


 その予感は正しい。スターファイアは見たのだ。ザベイスの方角に、巨大な砂煙が5つ巻き起こっていることに。



※最新の進捗状況は活動報告をご確認ください。

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