LOAD GAME →王墓にて 残り時間105:00:00
パックの見る所、ネウロポッセは特段変わった姿ではない。女性にしては中々の長身で、背中まで伸びた長い黒髪がつやつやと輝いている。そしてその顔立ちは美貌と言っても支障はないだろう。そして、その瞳は底冷えするような冷たさを湛えていた。
装備しているのは市販の斧使いの鎧であり、武器のバトルアクスもウィドウが使っているものと同じである。
唯一の個性は首に巻かれた赤いマフラーであろうか。おそらくステータス的には価値のない装飾品である。
そして、驚くほどに表情が無かった。パックの頭脳では上手い形容が思いつかないものの、強いて言うなら退屈であろうか。例えるなら残業で命じられたつまらない雑務を無心でこなしているような、およそゲームのプレイヤーにはあるまじき顔である。
その最大の特徴を見せつけられたアメリアが、パックの隣で驚愕のあまり声を上げていた。
「What’s!? 無傷です!?」
それに反応したかのように、ネウロポッセはゆっくりとアメリアを振り返る。亀の如き挙動には、確実に殺せるだけの自身が秘められていたのだ。
パックが慌てて目を凝らし、思わずぱちくりさせる。現在のナーガホームのレベルは78。このゲームのレベル上限が100であることを考えると、かなりの高レベルである。しかもパフの掲げた安全策を取って、スキルよりもステータスを重視しているのである。
その攻撃が、ネウロポッセのHPゲージを1ミリたりとも削ることは無かった。
驚きのあまり一瞬の隙が生まれた剣士2人に対し、ネウロポッセは何もしなかった。ただ、大儀そうに自身のステータス画面を操作すると、事もあろうに余裕綽々のまま自身のパラメーターを公開していたのだ。
パックは今度こそ心の底から仰天し、思わず情けない顔を作っていた。
名 前:ネウロポッセ
レベル:37
H P :9996/10000☆MAX
M P :8450/10000☆MAX
力 :255☆MAX
魔 力:255☆MAX
守 備:255☆MAX
魔 防:255☆MAX
速 さ:8+3
幸 運:0★MIN
スキル:水魔法レベル10、時空魔法レベル10、風魔法レベル10、斧術レベル10
「何ですって!? 何なのよッこのステータスはッ!?」
「バター気を付けて、戦闘用の大半がカンストしているわ……!」
流石のバターですら、これには思わず声を上げざるを得なかったのだ。ネウロポッセのステータスは明らかにおかしかった。だが彼女の罵声は珍しく制止をかけたティーによって押し留められる。彼女は滅多にない程難しい顔をしていたのだ。
「これで分かった? 貴方達に勝ち目は無いの。あとは、そう。家畜のように殺されるのを待ってなさい」
ナーガホームの4人は驚愕に包まれていた。ネウロポッセは経験上、これが直ぐに絶望に変わることを知っている。シグや参陣高速団ですら、その圧倒的なステータス差の前になすすべなく崩れ落ちていったのだ。
威嚇に成功したネウロポッセは宣言通り斧を無造作に担ぎ上げ、全身を爆炎に包まれていた。
「果汁の部屋だ。こいつはここで始末するぞッ!」
それは、ここまで数多の危機を乗り越えてきたナーガホームの長の声だったのだ。瞬時にパックの身体に力が宿るとアメリアと共に駆け出す。数多の困難を乗り越えてきた彼らは、この程度で諦めたりしない。
煙のエフェクトに包まれたネウロポッセはパック達を見失ってしまい、咄嗟に逃げ道である入り口の方へと駆け出す。そこは正しく果汁の部屋であり、
「バーカ! 罠にかかってやんのッ!」
部屋に突入した彼女は、発動までのタイムラグを利用して唱えられていた火魔法デトネイションに出迎えられていた。
空爆を受けたかのような巨大な爆炎によって彼女の身体は石の壁に激しく叩きつけられ、その絶好の機会を逃すはずが無かった。
「小癪な真似を……」
「ここで死になさいッ! プレイヤーキラー!」
気が付けば、通路からタイタンランスによって巨大化した槍がのぞいていた。ティターニアとバタフライである。彼女達は敵の硬直時間の合間に、見事な連携を取って的確に槍を頭部に叩き込んでいく。
バターの鋭い突きが彼女の右目を穿った後に、ティー渾身の槍が上から叩きつけられていた。
急所への攻撃で、PKのHPゲージが削られていく。だが、同時に硬直時間も終了していた。ネウロポッセは地面に倒れたまま動かない。相手を油断させる為だ。
それに応じたティーが追撃を放つ。槍が風切り音を立ててネウロポッセの首を薙ぐのと、彼女が立ち上がって斧を下段から振り上げるのは同時だった。
その一撃をティーは倒れ込むようにして回避する。だが、同時にそれは隙だらけの姿をさらすことに他ならない。
「まずは一人」
初めて苛立ちのような表情を浮かべたネウロポッセは、無防備に倒れ込んだティーに斧を突き立てようと振りかぶり、
「硬直時間も分からないと思ったの? 舐められたものね」
「こいつらっ!?」
ティーの倒れ込む前の位置から飛んできたパフのエイトフロウに絡めとられていた。
パフが妹の回避行動を読み、ティーもまた兄の援護を疑わなかったのである。即座にバターが煙幕代わりの竜炎槍を叩き込む。
“CRITICAL!”
約5秒間。ネウロポッセは視界と行動を奪われていた。その短くも長い時間は瞬く間に過ぎていき、煙が晴れた所で彼女は見た。
「行くよッ! アメリア!」
「Sure! 必殺技をくらえですッ!」
暗めの地下ダンジョンを赤々と染め上げる、電撃の光。雷光を背負った2人の剣士が、彼女を包囲するように剣を構えていたのだ。その剣には激しい稲光が生まれ、同時にその体が爆発しそうなほどに脈動する。
複合攻撃! 剣×剣! 表示されたそれを選ぶのに躊躇は無い。
「――cross……」
「シザァァァァス!!!!」
刹那、パックとアメリアの身体が爆発するように眩い黄金色の輝きを放つ。同時に2人の視界が白黒に染まる中、身体が設定されたガイドビーコンに従って自動的に動き出した。
白黒の世界に動く物は無い。状況を理解していないネウロポッセも、こちらに淡々とした信頼を向けるティーも、口角を吊り上げて声援を飛ばすバターも、動かない。その世界をパックとアメリアは猛スピード駆け抜けると、敵の身体を交差するように切り裂いていた。
同時に世界に色が戻る。それとネウロポッセの身体に流し込まれた電流が大爆発を起こすのは同時だった。
「Wahoo!」
「決まった――ッ!」
2人が歓喜の声と同時にガッツポーズを作るのと、ネウロポッセのHPゲージが派手に減り始めるのは同時だった。動揺を隠し切れない彼女を尻目に凄まじい勢いで減っていく。
それはネウロポッセのHPを3割削った所で、止まっていた。事前に与えていたダメージと合わせると、残りは半分ちょっとといった所である。
パックは内心で冷や汗をかいていた。敵には当然回復魔法もあるのである。せめて半分は削って欲しかったというのが、彼の本音である。傍らのアメリアに悟られぬよう、強く敵を睨みつける。
だが、そう取らなかった者もいた。
「く、クソ! よくも、邪魔を……!」
他ならぬ、ネウロポッセだった。パフが鋭い視線で観察する中、彼女は初めての経験に激しく動揺していたのだ。その隙にパフが素早く味方にスキップをかけていく中、彼女は決断する。
それは撤退であった。
幸か不幸か、今いる南の部屋はダンジョンの出入り口にほど近い。だが、ここは砂に埋もれた場所なのだ。演出の都合で脱出には少しだけ時間がかかる。ネウロポッセは出口に背を向けてナーガホームと向き合っていた。
ネウロポッセはどうにか外面だけを立て直す。だが、逃走の隙を狙って攻撃を仕掛けようとしているナーガホームに、捨て台詞を言うことしかできなかった。
「無駄な足掻きを……でも。貴方の努力は、儚く終わる。チートの前に平伏す他無し」
同時に外から明るい光が差し込んでいた。それを見たパフは素早く状況を理解すると、味方に向けて片手を上げていた。
「だってよ、ティー」
それは皮肉である。即座に悟った面々は、不敵な笑みを浮かべながら阿吽の呼吸でそれに合わせていく。
「だって、バター」
「だってね、パック」
「だってさ、アメリア」
小馬鹿にしたかのような嘲笑をネウロポッセに浴びせ、天使が中指を突き立てる。それでも悔しそうな彼女は逃げるのを諦めない。
「覚えてなさい……。次は全員で仕留めるわ」
「HaHaHa! Are you kidding? Take that! And go to hell, old battleaxe!」
刹那、明るくなった外が真っ暗に戻る。
それに驚愕の表情を浮かべたネウロポッセは直ぐに気付いた。自分の身体が動かないのだ。ただ、目前の5人と睨み合うことしかできない。彼女が慌てて体を動かそうと奮闘する中、ナーガホームは動じない。
「今だッ!」
パフがそう告げた瞬間、全員の身体に自由が戻る。
ネウロポッセが見たのは、再び雷を身に纏った2人の雷神であった。
「言っただろ? ここで始末するって」
ネウロポッセ以上に冷徹な笑みを浮かべたパフが、静かに指摘する。それを彼女はあまりの異常事態に見過ごすことしかできなかった。
次の瞬間、複合攻撃が発動すると同時に雷神の2撃が放たれ、同時にナーガホームは一斉攻撃に移行していた。
5人の身体が残像を残して空間を舞い、剣が槍が魔法が、一斉に振るわれた。
対照的に既にスキップの切れたネウロポッセでは、一糸乱れぬ高速戦闘にまるで対応できない。それどころか、巧みにエイトフロウで動きを止めてくるパフの援護の前に、文字通り手も足も出なかったのだ。
「悪党め! ナーガホームを舐めるなよ! 固く結んだ絆の力、見せてやる!」
パックの全身全霊を込めた一撃が、ネウロポッセを綺麗な唐竹割にする。その時に彼は見た。彼女の表情には、恐怖しか残されていなかったのだ。
「――ッッッ!?」
硬直時間が途切れた僅かな隙間に、ネウロポッセが唱えたのは風の魔法だった。風魔法レベル3“テイルウィンド”。追い風を意味するそれは、スキップと違って体感時間こそ加速しないものの、高速移動や大ジャンプといったど派手なアクションを可能とする魔法である。
彼女はそれを唱えると、尻尾を巻いて逃げ出したのだ。
それをスキップのかかったパックは追いかけようとして、思案顔の兄に止められていた。
「良いの?」
「あぁ。残念だが倒しきれなかったしな。それに追いついてもだだっ広い砂漠じゃ、一概に有利とは言えない。なにより……」
パフは複雑な表情を作っていた。吉報と凶報。両方を抱えていたのだ。彼の明晰な頭脳は即座にそれを計算していく。
もちろんネウロポッセを挑発したのはわざとである。パフは一目で、彼女の底の浅さを感じ取っていたのだ。それはパックと同じく、経験不足に由来する一種の甘さである。だからそこに付け込み、敵の情報を獲得していた。
全員という事は、少なくとも3人はPK一味がいるという事だ。
だが、それを細かく分析するよりもティーが疑問を呈す方が速かった。
「兄公? 最後の敵の動きが止まった魔法は何? 私達も動けなかったのだけど……」
「あれか、あれは時空魔法レベル7の“イレヴンバック”で正確には少し違うんだが……悪い。それどころじゃなさそうだな」
「パフ? どうかしたです?」
パフは戦闘前以上に厳しい顔を作っていたのだ。そのただならぬ表情は、危機が過ぎ去っていないことを何よりも雄弁に語っている。
「バターちゃん。悪いんだけど、俺に向かってエーテルを使い続けてくれる?」
「は、はい。それは良いですけど……どうするんです?」
その答えは言葉ではなく、動作だった。パフはMPの出し惜しみを一切せず、全員にスキップをかけ直していく。同時に片手が虚空の鍵盤を叩き、メールシステムを皆に見える形で起動していた。
差出人:ブラックウィドウ
宛 先:パフ
件 名:
本 文:
「空メール?」
「戦闘中に届いた」
そのままパフは駆け出していた。向かう先はザベイス方面である。彼は走りながらもパック達に説明していく。
「悪戯メールじゃないの?」
「確かにその可能性もあるし、あいつならやりかねん。だが、別の解釈もあるぞ」
状況を理解できない弟に対し、パフは片手でステータスを操作しながら回答していた。探しているのは、敵の使っていた“テイルウィンド”である。だが、習得にはポイントが足りない。
パフの顔が引き締められた。その顔を見て、パックは不意に不安感に襲われていたのだ。彼だけではない。リーダーに変化は、全員に少しずつ影響を与えている。
「悪戯にしては地味すぎる。あいつなら名前が表示される時点で、もっと凄いのを送ってくるだろうさ」
「それは、まぁ。ぶち子ちゃんならそうかも……?」
「………………兄さん、これは……そういう事なの?」
兄の懸念を、妹は正確に理解していた。この空メールは打ち間違えではない。もしそうなら、直ぐに打ち直された物が来るはずだ。それが来ないという事はウィドウに時間が残されていないという事であり、
「PKだ……。奴等は俺達だけでなく、エーシィにも攻撃を仕掛けているのかもしれん……」
「なんだって!?」
「My……!? そ、そんな、ブッチー達が!?」
ギョッとした顔でパックとアメリアがパフを見る。全てがパフの誤解ならそれで良いのだ。ウィドウに笑いのネタを提供するだけである。
だが、現実はそう甘くなかった。彼の悪い予感は的中していたのである。
「パフさん!」
「どうした?」
気が付けばバターは居ても立ってもいられず、ある提案を持ちかけていた。彼女はウィドウとは犬猿の仲だが、それが何だというのだ。窮地を救うのに異存は無かったのである。
「ユニオンアタック用に貯めておいたポイントがあります! これでテイルウィンドを!」
「……! 恩に着る!」
ナーガホームは爆発的に、進む速度を上げていた。
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