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怒り心頭のウィドウは爆笑しているヘルキャットやドン引きしているほかのメンバーなど意に介さず、パックに向かって弱みを突き付けていた。
そう、彼女はパックには絶対的に上手に出れる弱みを握っているのである。邪悪な笑みを浮かべた彼女は、下手の相手にはとことん上手に出る事に躊躇しない。
「こんにゃろう! 金だ!! 金払いなさいよ!! 私とヘルキャットの尻を堪能したでしょうが! 責任取りなさいよ!!」
まるで悪人に印籠を突き付けるが如く仕草である。一方のパックも女性陣から冷たい視線を送られる前に解決しようと、焦って対応していた。すなわち、条件を飲んで示談金を支払うのである。
「えっ……100リーフで良い?」
「安ッ!? そんなんじゃポーションすら買えないわ!?」
「まぁ、ぶち子ちゃんのお尻も買い取りは拒否されるしね」
「ちくしょうめえええ!! 上手いこと言い逃れやがって!」
傍からはそうは見えないが、パックは情けないピンチに泣きそうになっていた。そして同じように涙目になりかけていたウィドウは、埒が明かないことに業を煮やして路線を変更する。
「おい童貞兄貴! あんたの弟が、恐れ多くも私とヘルキャットの尻を触ったのよ!? さぁ、責任を取って賠償金を……」
そして弟の窮地を救うためにやってきたパフはというと、ウィドウの言葉を受けて無言である。そして無言のままウィドウを正面から思い切り抱き締めていた。
まさかの展開に固まる面々を尻目に片手を頭に回し、あろうことかもう片方の手を尻に伸ばしていく。
瞬時にパックの笑みが引き攣った。
「ぎにゃああああッ!!!! な、何すんのよ!? あ、ありえないいい!?」
「ありえるぞ? だって、金で贖えるんだろ?」
「へ?」
真っ先にフリーズした空気から復帰したウィドウは正真正銘の悲鳴をあげ、そのままパフに抱き込まれていく。
彼は当然と言わんばかりにウィドウの尻を撫でまわし、揉んで、抓り、堪能していた。ウィドウが涙目になって震える傍ら、パフは堂々と隣にいたヘルキャットに目配せをし、彼女もそれに即座に応じていく。
「こちら、人気のない商品につき、500,000Lになります」
「ふむ。買った。ところで、胸や尻の前側はついてくるのかい?」
「胸はオプションですが……ふふっ! お尻の前の方は、追加で500,000Lになります」
「ちょっとヘルキャット!? なに平然と仲間を売り渡してんのよ!?」
パフは飄々とした顔のまま、笑顔でヘルキャットと商談を取り交わしていた。青ざめた弟の前で彼はウィドウを解放し、そのタイミングでアメリアが駆け込んでいた。
「な、何事です!?」
「ふっざけんなや!? 童貞兄貴が尻触ったの!?」
「My!?」
アメリアは驚愕の表情で、信じられないようと言わんばかりの顔のままパフに縋りついていく。
「Oh Jesus……。パフ、どうしてHellcatなんかを……! た、確かに良い女かもしれませんが……ッ!?」
「そっちじゃねえわよ!? 私よ私!」
アメリアは当然のように、ウィドウではなくヘルキャットだと思っていたのだ。悪意のない反応だが、地味にウィドウの心を一番削り取っている。隠しようもなく涙目になったそれを見て、アメリアはようやく誤解に気付く。
「Aah! ……パフ、ばっちいから消毒するです。手を出すです」
「どういう意味だ、堕天使いいい!」
花咲くような笑顔を浮かべていた。
適当にウィドウで遊んだところで、パフは本題を切り出す。彼はこれ幸いと、エーシィにも押し付ける気満々だったのだ。だが、普通にやっても断られるのが目に見えていた。
「まぁまぁ、ぶーちゃん。はい、これ。賠償金代わりに“名も無き砂漠”の情報の入ったメモ帳だよ。ダンジョンの位置や暗号が入って役に立つから、転送するね」
地理情報と暗号情報。これはこのフィールドの核心ともいうべき、貴重な情報である。これがあるとないとでは、攻略速度に雲泥の差が出るのは間違いない。
だからこそ、ウィドウは憤慨していた。先ほどのパックとのやり取りなど、比べ物にならない。激怒寸前の勢いで、魂が叫びをあげていた。
それは筋違いな物であったが、彼女の癇に障っていたのだ。彼女の譲れない一線だった。
「いらないわよッ!!! 馬鹿にしないでッ!!」
ウィドウは劣等感の強い少女である。しかもそれを拗らせて、プライドだけは人一倍に高い。そんな彼女は自らが誰かに恵んで優越感に浸ることはあっても、誰かに恵まれることは絶対に受け入れられないのだ。
彼女にとって“優秀”な人間からの温情など、自分が劣っていることの証拠でしかない。
「ま、待ってくれ! パフ、お前今、このステージと言ったな!? もう攻略が済んだのか!? い、いや、……まさかこんなに差がついているとは……」
ウィドウが心の底から虚勢を張るものの、それは誰にも鑑みられることは無かった。エーシィは何時もの事と判断してスルーする中、ヘルキャットだけが彼女の本心に気付いている。
だから彼女がジト目を送る中、スターファイアはそれでも驚愕のあまり確認せざるを得なかったのだ。
それにパフは無言のまま首肯で応じる。ナーガホームの攻略速度は、スターファイアの予想を超えるものだったのである。焦った表情の彼に、同じように驚いた顔のエーシィの面々が続いていく。
先手を切ったのはフォルゴーレ。“優秀”側の彼は、矮小なウィドウの悩みなど歯牙にもかけずに感嘆していた。
「流石はナーガホームですね……。暗号、ということは正面からの解読はかなり厄介でしょう。ゲームクリアの為にも、是非ともお聞きしたいものです」
容姿端麗にして舌鋒鋭い彼は、同時にウィドウの叫びを幼稚な我儘程度にしか考えていない。そもそも、リーダーを任せているのだってヘルキャットの強い要望があってこそなのだ。
「……負けられん。我々も急がなくてはな」
「そ、そうですよウィドウちゃん! 素直に情報を貰って、先に進みましょうよ!? このままじゃ、攻略の足を引っ張るだけで終わっちゃいますよ!? 素直に厚意に甘えましょう!」
対照的にファイアブランドとテンペストは平凡側である。ただし既に平凡であることを認め、安住を決め込んでいる。敵わないと絶望しつつ、それでも諦めずに吠え続けるウィドウとは真逆の姿勢なのだ。
「絶対に嫌よ……私は負けない……んだから……」
ウィドウはそれに反発し、4人の非難がましい視線の前に沈黙を余儀なくされていた。唯一の理解者であるヘルキャットも、今回は手を貸すことが無い。彼女は“優れた人間”側で、ウィドウの力にはなれないのだ。
故に彼女は、同様にウィドウの内心を悟って回りくどい手段を使ってきたパフに小さく制止のサインを送る。いつの間にか彼女の顔には蠱惑的だが形式的な笑みが張り付き、ただ厚い化粧の向こう側のつぶらな瞳だけが、静かに見守っていた。
「ブラックウィドウ……ごめんね。でも、僕は思うんだ」
気が付けば、パックは負け犬のように吠えるウィドウに語り掛けていた。彼だけは、痛い程ウィドウの気持ちが理解できている。彼にも思う所があるのだ。彼の家族は歪だが、彼が憧れるほどに優秀なのは変わりはない。
「この情報は、他の誰よりも気高い、貴女に貰って欲しい。僕は……同じ仲間が危機に陥るのを見捨てられない……」
そのパックの囁きを、ウィドウがどう解釈したのかは分からなかった。受け入れがたい温情か、あるいは仲間からの暖かい声援と解釈したのか。
うなだれる彼女を尻目に、ヘルキャットが音頭を取ってパフから情報を受け取っていく。
エーシィの面々が送られてきた情報に驚愕し慌ててステータス画面を弄り始める中、パフは静かにアメリアとパックを連れ立って出発準備を整えていく。
それを引き留めるように、ヘルキャットはパックに声をかけていた。
「ありがとね、パック。……ウィドウ、ついカッとなってしまったの。だって、ライバルだと思っていた相手から突然、お前弱いから支援してやるなんて言われたら、お断りするでしょ?」
「…………」
「それからウィドウも。落ち着いて聞いて欲しい事実があるんだけど」
「……なによ?」
そこでヘルキャットは笑みを浮かべた。口角を限界にまで吊り上げた、会心の笑みだった。
「私だと、思うのよね……。……童貞君のストーカー相手」
「いや、そこ蒸し返しちゃうの!?」
まさかのネタ振りに、パックは真面目な態度も忘れて叫んでいた。そのやり取りに思わずウィドウは小悪党な笑みを取り戻していた。
ナーガホームの面々は再び砂漠を疾走して“王墓”に戻っていた。HPもMPも完全に回復している。同時に日暮れも迫っていたが、ボス戦程度であれば支障はない。
だから一行は和気藹々と“王墓”の仕掛けを解いたのである。祭壇に火が灯された瞬間、中央にあった石棺が音を立てて開いていく。その中には、更に地下へと進む梯子があったのだ。
パックは揺らめく炎の明かりの端にそれを見て、思わず剣を握っていた。
※WARNING※
この先には特別に強い敵がいます!
一度に挑めるのは1パーティー6人までです!
一度戦闘が始まってからは、逃げることはできません! 覚悟を決めて下さい!
アメリアやバターが、更なる謎解きが無くてホッとした瞬間である。
パックだけが運良くそれに気付いていた。真後ろの通路から、風切り音と共に斧が飛来していたのだ。
「兄さん危ないッ!」
斧スキルレベル4”回帰旋斧“である。刃の長い斧はギロチンのように回転しながらも正確にパフの頭部を狙っていて、ギリギリのところで割って入ったパックの剣で弾かれていた。
「What’s!? E、Enemyです!?」
慌てた面々が後ろを振り向いた時には、下手人は静かに風属性の補助魔法を唱えていた。彼女は追い風を受けて弾丸のように突き進み、処刑人のように唸りを上げてバトルアクスをパフに向けて振るう。
だがそれは、割って入ったティーの盾と激突し、派手な金属音を奏でるものの失敗に終わる。
「敵襲だ! 距離を取れ!」
リーダーの声に面々は慌てて距離を取る中、彼女は斧を抱えてゆっくりと自身の威容を見せつける様に振り返る。そこにHPゲージはあれど、レベル表記は無い。
ナーガホームの面々の顔色が変わった。パックは思わず相手の名前を読み上げてしまう。
「“Neuroppose"……?」
「……ネウロポッセ、よ。お馬鹿さん」
冷たい表情に、凍てつく言葉。それは、幾つものパーティーを殺戮した女だったのだ。パックの背筋に戦慄が走るなか、ネウロポッセは馬鹿にしたかのように彼を見下していた。
彼女は本当にそう思っているのだ。今の戦闘もそうだ。まるで、蟻でも踏み潰すかのように無造作な一撃である。
「こんにちは“ナーガホーム”。そして、さようなら“ナーガホーム”。ここでゲームオーバーよ……」
「――気を付けろ! スキップを唱えたぞ!」
対抗するかのようにパフが味方にも唱えるのと、嗤った彼女が斧を振り上げて駆けだすのは同時だった。ネウロポッセは他の面々など眼中に無いと言わんばかりに、パフに襲い掛かっていたのである。
彼女としては、最悪でもリーダーさえ仕留められば良いと思っているのだ。また、事前情報から彼が自身よりも仲間を優先するだろうことも予測していた。
つまり、自身にスキップをかけてから突撃すれば、仲間の補助を優先して無防備なパフを倒せると思ったのである。
「兄さん!?」
「散れッ!」
その言葉に皆が反射的に従う中、ネウロポッセの必殺の一撃が風を切り裂いて棒立ちのパフに迫る。ネウロポッセは笑みを深くしていた。
「死ね」
「おのれええええええ! ……ってのはキャラじゃないな」
途端、地下室に響き渡るのは石棺に斧が衝突した音である。激しい火花のエフェクトが生じる中、パフは涼しい顔のままステアで移動していたのだ。
「チッ、生き延びやがったか」
もちろん、パフは最初に自身を狙ってきた時点で、相手の魂胆に当たりを付けていた。だから、そのままそれに乗ったのである。
ステアは壁の向こうにも移動できるのだ。後は遠慮せずに討つだけ。
なにしろ、この祭壇は四方に廊下を挟んで部屋があるのである。そして、一同は即座に彼の意図を理解すると、悉くが距離を取って四方の部屋に後退していたのだ。
つまり、十字砲火である。
刹那、彼女の行動に迷いが生じ、それを見逃す程ナーガホームはお人好しではない。
「出たわねプレイヤーキラー! 今日が年貢の納め時よ!」
「そうね。“参陣高速団”の仇は取ってやらないと」
槍スキルレベル5”竜炎槍”。ティーとバターの槍の石突が火を噴き、ミサイルと化してネウロポッセを直撃する。
それは同時に爆炎のエフェクトを発生させ、彼女の視界を奪っていた。
「アメリア! 行くよ!」
「Sure! 悪い子は、ここで仕留めるです!」
二振りの剣が大気を切り裂くや、斬撃が飛ぶ。剣スキルレベル6“斬壌剣”である。それは煙によって獲物を見失ったネウロポッセの腕を切断するかのように、澄んだ音を立てて通過していた。
※最新の進捗状況は活動報告をご確認ください。




