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LOAD GAME →ダイアベイスにて 残り時間238:30:00

 ダイアベイスを出発した一行は順調にフィールドを進み、このステージのボスがいるダンジョン“草原の終わり”に到達していた。


 そこは背の高い草が生えて迷路状になったエリアである。パックがダンジョンと聞いて想像していたのとは、大分違った。むしろフィールドの場合360度あらゆる方向から敵が襲い来るのに対し、ダンジョンの場合基本的には前か後ろである。


 故に余裕のあるパフは思いついたことを口走っていた。


 「レベルを上げて物理で殴る!」

 「……馬鹿か兄公」


 一行が居るのはボス部屋の前である。目の前には、この先にボスがいます、と言いたげな立派な門があり、その前で立ち止まっていたのだ。


 「手前は魔法職だろうが! 魔法で殴れよ!」

 「姉さん!? 突っ込むのそこ!?」


 ふざけた(パフ)に真顔の(ティー)が食ってかかり、泡食ったパックがフォローに入る。命のやり取りをしているとは思えない、牧歌的な光景だった。


 その中、アメリアは一人首を傾げていた。


 「b……bootree? ぶツリー? パック、ぶツリーって何? Wood? 丸太は持ったの?」

 「木じゃないよ!? えっと、物理……フィジカル?」

 「……I see(分かった)! Meleeのことですね!」


 パッとアメリアの表情が明るくなるのと同時に、一行は行動を開始する。何時も通りの展開だった。




 そして、途中で何人かのパーティーに抜かれるのを横目に、いよいよボスに挑む時が来たのである。パックがボス部屋の扉を開けようとした時、目前に警告メッセージがポップアップした。


 ※WARNING※

この先には特別に強い敵がいます!

一度に挑めるのは1パーティー6人までです!

一度戦闘が始まってからは、逃げることはできません! 覚悟を決めて下さい!


 「やっぱりボス部屋だ!」

 「進むぞ。あいにく、ゆっくりしてられないからな」


 パックが力を込めて門を開けると、ギィっと音を立てて自然に開いていく。その先は迷路ではなく、元の平原と同じような円形の草地が広がっていた。その先には迷路と同様草の壁が有り、侵入不可能を示している。


 5人全員が中に入るや、草地に黒い影が生まれた。その影は見る見る大きくなっていき、上を向いたアメリアが驚いたように固まる。


 「Oh my God !? Dragonです!」


 黄土色の身体に巨大な翼。前足からは鋭い爪が伸びており、巨大な咢にはナイフのように鋭い牙が並んでいる。四足で地に立つその姿は、チュートリアルの時に虚空から出現した黒竜と同一の物だった。


 パックは自然と身を守る様に剣を構えていた。


 「……色が違うな」

 「えぇ。最初の時は黒かったけど、こいつは薄い」


 冷静に分析する兄姉の前に悠然と舞い降りたドラゴンは、意外なことに前口上を述べ始めた。


 「よくぞ来たな、冒険者たちよ! 我はこの平原を支配する竜ぞ! 覚悟は良いか? 出でよ配下の者ども!」


 その言葉にパフが訝しみを覚えた瞬間、広場に別の影が浮かぶ。数は4つでボスの前後左右を囲むと、そこから湧き出るようにゴブリンが出現した。


 「兄さん……。ボス部屋に雑魚が!?」

 「落ち着け、弟。そら、敵のゲージが見え始めたぞ」


 パフの言う通りに、ようやく敵のHPゲージ及び名前が表示されていた。


 “ゴブリン LV5”

 “始まりの竜 LV10”


 それを見たパックの顔色が曇る。フィールドはもちろん、ダンジョン内でも敵のレベルは高くても5。今までの相手と比べると、圧倒的にレベルが高かった。その傍らでは(ティー)が厳しい表情を作っている。パフは油断なくファイアボールの狙いを定め、アメリアも駆け出す準備を整えていた。


 そこでパックは思わず足を見る。そこには震えが走っていた。


 「勝てる! これなら勝てるよ!」

 「Yeah! ヨユーです!」


 武者震いである。何しろ一行のレベルは18まで上がっているのだから。


 このダンジョンは敵のレベルが高いわりに、前後からしか襲ってこないことを察して、実に3時間にも及ぶレベル上げに励んだのである。その間一度だけ街に戻った他は、購入したアイテムで急場を凌いでいたのだ。


 パフの高い魔力のお陰で多くの敵が一撃死ないし瀕死に追い込まれ、後はそれに止めを刺すだけ。実に手軽なレベル上げだった。


 「雑魚は俺の魔法で始末するから、ボスを引き付けてくれ!」


 パックが信頼する(パフ)の言葉を受けて、アメリアと共に駆け出していく。更にそのパフの前を守る様にティーが立ち塞がった。


 パックが敵に辿り着くよりも先に、その頭上を火球が飛んでいく。それは見事な放物線を描いて駆け抜け、寸分違わずにゴブリンに命中。そのまま空間に溶け込んでいった。


 そこを踏み越えたパックの剣が振りかぶられ、ボスの前足に突き刺さる。


 「流石に堅いか……」


 だが彼の言葉通り、パックの一撃ではゲージは僅かにしか減っていない。同様にアメリアが振るった剣が次々とボスの身体を捉え、ゲージが僅かずつ減少する。


 そこでボスが動いた。猫が獲物を捕らえるように巨大な前足が振るわれ、前衛2人を薙ぎ倒す。後ろにノックバックさせられると同時にHPゲージが動き始め、2割減少したところで止まっていた。


 「アメリア! 前は危ない! 横に回り込もう!」

 「Sure!」


 ボスの巨体が動き、再度振るわれる前足の一撃を後ろに跳んで躱すと、左右に回り込んで切りかかる。同時に後方からティーの放った槍スキル“ジャベリン”が発動し、虚空に生み出された投げ槍がボスの顔の中央に突き刺さる。


 “CRITICAL!”


 その表示と共に、目に見えてボスのHPが減少していた。ティーの攻撃力は前衛より低いものの、クリティカル判定で敵の防御力が減少しているため、ダメージが大きいのだ。


 「こいつも弱点は頭のようね……。でかくて、狙いやすくて結構だわ……!」

 「パック! アメリア! このまま攻撃してボスの気を引いてくれ! こっちは急所を狙い撃つ!」


 姉兄の言う通り、即席で連携を作り上げると、一行はボスを一方的に押し始めていた。パックとアメリアは軽装のお陰で素早さが高く、ボスの攻撃を避けるのにも苦労はしない。一方が敵の攻撃を回避に専念し、もう一方が背後から攻め立てていく。


 そして、その間に作り上げられたティーの槍とパフの火球がボスの急所を射抜くのである。戦況は決まったかに見えた。


 それは敵のHPを半分も削ったときの事である。リポップした雑魚をパフが蹴散らすとともに、火球をボスに放った。


 「うん? 回復した……?」


 その言葉通り、先ほどまでは通っていた火球のダメージが逆に吸収されてしまう。同時にドラゴンは飛び立つと、怒りの形相に変わり巨大な咢を開いた。その奥には露骨なまでの火花のエフェクトが飛び散る。


 「攻撃パターンが変化した……?」

 「拙いわ! 2人とも一旦下がって!」


 パックとアメリアが辛うじて後退した瞬間、ボスの口から猛烈な火炎が溢れ出す。まさにファイアーブレスの名に相応しい炎が円形のフィールド上を舐めつくし、ご丁寧に周囲の草壁までも黒焦げにしていた。


 ティーが慌ててポーションを取り出して自身と(パフ)の回復を図り、同時にパフが新たに習得した水魔法“ヒール”で前衛二人の回復を図る。だが、受けた大ダメージを補いきれていない。


 ティーの顔に色濃い焦りが出る。それは全員が一緒であり、当初の余裕を失っていたのだ。


 「とんでもない一撃ね! 一発で半分以上持っていかれるなんて……」

 「……いや、違うな」


 焦りを隠し切れない(ティー)を諭すようにパフが呟く。彼は冷静に回復魔法を連続して唱えながら、正確に数字を図っていたのだ。


 「や、やられた……です」

 「兄さん!? 今の攻撃は!?」


 中央に居るボスを、2人ずつで前後に挟み込んでいる。幸いにもボスがすぐさま同様のブレスを吐く気配は無い。だが、怒りに彩られた顔はそのままだった。


 高レベルにもかかわらず一撃で半分以上も失う。パックもアメリアもそこで初めて恐怖を感じていたのである。そしてそれを動きから察したパフが、振り払うように杖を向けた。


 「……落ち着け。多分、割合ダメージだ」

 「な、なるほど!」


 彼は冷静にHPゲージの減り具合を確認し、結論に達していた。最も防御の高いティーと彼では受けたダメージが同程度だったのである。そこでパフは別の魔法を唱え始めた。彼は火、水以外にも時空魔法を習得しているのだ。


 途端パックを、ついでアメリアの身体を緑色の光のエフェクトが祝福する。それは時計のような形であり、2人の身体が羽のように軽くなった。それは正確には少し違う。


 「Wow! 凄い! 飛んでるみたいです!」

 「体が軽い? 違う、敵が遅い!?」


 時空魔法レベル1“スキップ”。その効果は対象の速さを3加算すること。言い変えれば、速さが30%増しになることである。仮想現実時間を現実時間よりも加速させているこのゲームならではのスキルだった。


 「やることは一緒だ! パック、アメリア、敵を引き付けてくれ!」


 短く呟くや、勇気づけられた剣士2人が軽やかに舞い踊る。その動きは残像のようなエフェクトも相まって明らかに機敏で、ボスの一撃を易々と躱していた。


 時空魔法は強力な魔法が多い反面、欠点もある。MPの消費が固定値ではなく割合なのだ。乱発しないように温存した結果、パフはこれをここまで使わずに到達していたのである。


 高揚しつつもボスを圧倒する動きを見せ始めた剣士たち。特にパックは前足の一撃を掻い潜って、ドラゴンの顔面に剣を突き刺すところまで行っている。リポップしたゴブリンなど片手間にしかなっていない。


 「ティー。援護するぞ」

 「兄さん……。そうね」


 我に返ったティーが投げ槍を作り出し、パフも別の時空魔法“エイトフロウ”を唱え、ボスへの攻撃を再開した。投げ槍がドラゴンの顔を穿ち、リボン状に伸びた光が顔を貫く。


 「エイトフロウはファイアボールと違って敵味方識別が無い上に、当たると麻痺するから気を付けろ!」


 パフの鋭い注意をパックもアメリアもしっかりと聞き届け、冷静に一撃を振るっていく。だがボスもさるもの、新たな攻撃方法を披露し始めていた。先ほどのブレスほどではないにしろ、小型の火炎弾を遠くの2人に放つようになったのだ。熱こそ存在しないものの、陽炎のようなエフェクトが熱さを感じさせずにはいられない。


 その威力は侮れず、(パフ)(ティー)も回避に専念せざるを得なかった。更に近くの2人に対しては、叩きつける音と共に尾を振り回すことで打ち払う。その一撃は強力な上にノックバック距離も長く、警戒せざるを得ない。


 そして敵のHPが25%を切った所で、敵の攻撃はさらに苛烈な物へと変化する。尾を振り回す一撃の頻度が増え、火炎弾も一度に3連射するようになっていたのだ。


 しかも再び空に舞い上がり、その口元からは火花が零れ落ちる。


 慌てて後退したパックとアメリアを尻目に、ファイアーブレスが放たれる。即座にパフが魔法で回復を図る中、パックはそれを見逃さなかった。同時に強烈な切迫感が胸の内にこみ上げる。ブレスで終わりではなかったのだ。


 ボスの口元からは火炎弾の予備動作が始まっている。アメリアとティーが慌てて回避に入る中、パフだけは見逃していた。唱えた回復魔法のエフェクトに邪魔され、見えなかったのだ。不運なことに火炎弾は全てパフを狙っている。


 「兄さん危ない!?」


 焦ったパックにできることは少なかった。既にスキップの効果がきれてしまい、鈍重な動きが彼の神経をすり減らす中、必死に足を動かす。


 パフは慌てて辛うじて火炎弾の一撃目は躱したものの、2撃目は直撃していた。彼のHPが25%以下に減った所で、無情にも3撃目が彼の目前に迫る。


 「兄さん……!?」

 「Puff!?」


 絹を切り裂くような女性陣の悲鳴の中、火炎弾が直撃する。その直前、パックはスキルを発動していた。


 焦燥感を吹き飛ばすかのような爆炎が上がり、その中からパックの姿が現れる。同時にパフはその傍らに渋い顔で立ち竦んでいた。


 剣術スキル“庇う”によって兄弟の位置が入れ替わっていたのだ。


 「悪い! 助かったぞ弟よ!」


 (パフ)は目敏く状況を理解すると、片手でポーションを取り出しつつも残ったMPでスキップを唱えていた。再びパックとアメリアに速さが宿る。


 「Fuck you! It’s(やっ) pay() back() time()!」


 一転して汚い言葉で罵り出すアメリアとは対照的に、パックの思考は冷め切っていた。片や熱く、片や冷静。2人の性格が如実に表れる。仲間の危機に激怒したアメリアが一直線にボスの顔に上段から剣を叩き込み、パックは冷静に側面から首筋に突きをねじ込む。


 ボスの体当たりによってアメリアが派手に弾かれる中、パックは紙一重で躱し、流れるように下段から美しい弧を描いて剣で切り裂いていた。


 “CRITICAL!”


 同時に“始まりの竜”のHPゲージが底をつく。その途端ボスは大声で泣き叫ぶと、力を失って地面に倒れ伏し、溶けるようにして消えていった。


 同時に響き渡るのはレベルアップを告げるファンファーレ。


 それは勝利を告げる祝福の音である。いまいち実感が湧かないパックを尻目に、アメリアは生来の快活さから喜びを爆発させていた。


 「Attaboy! Yo! You! Death!」

 「よし! よくやったな!」


 感情を剥き出しにしてガッツポーズを天に突き立てるアメリア。その無邪気さにつられたパフは、意味もなく彼女の手を取って踊り始めていた。


 「Step in time?」

 「Step in time!」


 ミュージカルさながらのどんちゃん騒ぎをティーは苦笑まじりに眺め、労う様に優しくパックの肩を叩いていた。



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