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LOAD GAME →水没都市にて 残り時間189:00:00

 真っ暗な水中を一同は揺蕩っている。ティーが“太古の森”探索時に使っていたカンテラを取り出すことで、当面の明かりは確保できた。ゲームの仕様とはいえ、真っ暗な水中で使えたのは何よりだった。だがそれは、逆に影を色濃くすることに繋がっている。


 「Ay……。Puff……Puff…………」


 四方を石の壁に閉ざされた空間で、アメリアはそれまでの快活さが嘘のように俯いて悲嘆に暮れていた。喜怒哀楽に素直な彼女は、悲しみに関しても人一倍なのである。


 それを優しく抱き締めるバターもまた、能面のように蒼白な顔色をしていた。バター本人にもどんな顔をすればよいのか分からない。ただ強烈な後悔だけが胸に迫っていたのだ。


 「No! No way! 直ぐに戻って、助けに行くです!」

 「……アメリア。駄目よ。危険すぎるわ。キロネックスが階段にまで迫ってきたら、逃げ場がないもの……」


 水中でなければアメリアは涙を流していただろう。彼女にとって幸福なことに、水がそれを洗い流していた。バターは自身の荒れ狂う慟哭を堪える様に、抱き止める腕に力を入れる。


 「ね、姉さん……。ど、どうしよう……? 兄さんが……」


 そこまで口にしたところで、パックは血の気が引いていた。彼が今までに見たことも無い程、ティーのまなじりが吊り上がっていたのだ。怒気を孕んだ彼女の表情は、美しさも相まって悪鬼のようになっている。


 普段は絶対にしない爪を噛む仕草をしながら、ティーは静かにステータスを確認していた。


 「…………大丈夫よ。兄さんは生きてるわ」

 「どうしてそう言い切れるです!?」


 恨みの籠ったアメリアの憎悪にも、ティーは無反応だった。湧き上がる内心をひた隠すのに精一杯だったのだ。


 「パーティーのリーダーが死んだ場合、自動的に2番目のメンバーに引き継がれるわ。私は、まだ継承していない」


 ――今は、まだ……


 ティーが飲み込んだ言葉を、全員は痛い程理解していた。だが、誰もそれに文句を言う事は無い。


 別れる直前のパフの顔が脳裏をよぎったのだ。そこには確かに、余裕が感じられたのである。


 今はそれに縋るしかなかった。




 しばしの休憩の後、4人は尖塔の探索を開始していた。内部も完全に水で満たされていたが、幸いな事に絨毯等は在りし日のままで、カンテラの明かりがあればどうにか探索できそうである。


 パックはその暗い空気を振り払おうと、ティーに話し込んでいた。


 「姉さん……。この先は何処に繋がってるんだろう……?」


 心の底から湧き上がる自己嫌悪を必死で打ち消そうと努力していたティーもそれに合わせる。後ろを進む2人が醸し出すお通夜のような空気を、少しでも払拭したかったのだ。


 それは普段ならパフが適当な事を言って済ませる類の仕事である。それに気付いてしまい、姉弟は自然と苦い顔を作ってしまう。


 「分からないわ……でも、少なくともあのクラゲは襲ってこないはず」

 「……なら、良いか。あんなのと戦うのは御免だよ」


 無言のまま、ゆっくりと塔の下へ進んで行く。陸上ならばあっという間に進む距離を、たっぷりと時間を要して進んでいた。その歩みは、進むというよりは沈むという形容がピッタリとくるものである。


 塔の一番下、細長い広間に到着したティーはそこで足を止める。


 カンテラの明かりの先に蠢く物があったのだ。部屋は食堂らしく椅子と長方形のテーブルが並び、その上に巨大な巻貝が鎮座している。鮮やかな模様の貝殻は大変美しいが、その上にピコンと立ち上がったHPゲージが台無しにしていた。


 “コナス LV42”


 暗い空気を引き裂くような緊張が一行を襲い、武器を構えて備える。だがコナスは動かない。大型犬のように大きな巻貝からはウミウシのような本体が露出しているものの、その動きは遅い。


 パックは困惑していた。


 「えっと、なんなんだこの敵は? 攻撃してこないの?」

 「パック、気を付けて! この模様……多分イモガイよ! 猛毒だわ!」


 不用意にも近づいて攻撃しようとしたパックをバターが押し留め、代わりに槍スキル“竜炎槍”を放つ。水中にもかかわらず炎が槍の石突から噴き出すと、一直線に巻貝に命中し、爆発を引き起こす。


 「んなッ!? ダメージが無い!?」


 だが、その通りだった。コナスは逆に爆発の振動を利用して跳ぶと、貝とは思えないほどの勢いで突っ込んで来る。


 陸上と違って動きの鈍いここでは、十分に高速と形容できる動きだった。コナスは更に巻貝から水を噴射して更に加速し、その毒銛をバターに突き刺そうと伸ばす。


 「しまった!? 避けられないッ!」


 間に合わない毒銛の一撃が彼女に突き刺さる直前、アメリアが割って入っていた。他の誰よりも高速の彼女の剣が、正確にコナスの本体に突き刺さる。


 “CRITICAL!”


 その表記と共に、呆気なくコナスは水に溶け込んでいく。胸を撫で下ろすバターを尻目に、アメリアはつまらなさそうに吐き捨てた。


 「貝にはDamage判定が無いみたいです」


 鮮やかな一撃は、クリティカルもあって一撃死に追い込んでいたのだ。パックはステータス画面を開いてみる。


 「もう、レベルが52まで上がったのか……」


 クラーケンと戦った際のレベルは50。このステージに来てから2つも上がった計算である。だが、彼がそれに思いを寄せるよりも先に、アメリアが不審な顔を作る方が速かった。


 「……奥に、何かいるです?」


 ほんの一瞬、何かが光を反射したような気がしたのだ。


 ティーがカンテラを高々と掲げて光を遠くまで届けると、次の瞬間それに応じる様に彼女の首に矢が刺さっていた。


 “CRITICAL!”


 「や、やられたわ……! 気を付けて!」


 その表記と共にティーのHPが4割近くも削られてしまう。驚愕に顔を染めた彼女は、そこで気付く。矢にはHPゲージが存在したのだ。


 “ガー LV43”


 それはダツを意味する英名である。ダツには光に反応して、襲い掛かる習性があるのだ。ティーの白い首筋に突き刺さったガーは、慌てて振るわれたバターの槍に両断されて呆気なく消える。


 だが問題は、ガーが1匹だけではなかったという事である。


 カンテラが照らし出した食堂の奥には、ガーが群れを成して悠々と泳いていたのだ。その数は控えめに見積もっても10を超える。その悉くがカンテラの明かりに反応して突撃態勢を整えていた。


 パックには顔を引きつらせることしかできなかった。


 ガーの矢の如き体当たりの前に、ナーガホームができたことは少ない。防御の低いパックとバターを庇うべくティーとアメリアが前に出て、それぞれ急所を庇った。


 「Ouch! Damn(やられ) it(たわ)!」

 「く……これはキツイわね!」


 全身をガーによってハリネズミにされながらも、アメリアとティーは辛うじて生き残っていた。露出度と引き換えに手に入れた高い防御力が、2人の明暗を分けたのである。


 狼狽えながらも剣と槍がガーを始末していく。この敵は攻撃力の割に、防御力は低いのである。同時にパックが光源であるカンテラを回収しようとして手を伸ばし、刹那僅かに揺らめく光に敵は反応していた。


 パックが今度こそ驚愕に目を剥く。食堂の天井付近に、別のガーの群れが遊弋していたのだ。


 数こそ少ないものの、揺らめく光に反応し襲い掛かる態勢に入っている。4人の中ではパックだけがそれに気付いていた。


 「――ッ!? 逃げてッ!?」


 悲しいかな、水没都市のフィールドでは、その警告は遅すぎた。辛うじてアメリアがガーの群れに気付くも、時既に遅し。


 バターやパックでは、ガーの突撃に耐えられないのだ、かといって既に串刺しにされているアメリアにも余裕は無い。万事休すだった。


 ガーの青白い体が光を反射して流星のように煌めく。その流星雨は一切の遠慮なしに降り注ぎ、


 無数の小さな赤い槍に悉くを迎撃されていた。僅かに倒しきれなかった個体が躊躇なく光を放った術者に突き刺さるのを、彼は冷静に杖を振るって止めを刺していく。


 それをパックは、心の底から魂が抜け出たような顔で眺めていた。


 “水没都市”にはまるで似合わないずんぐりとしたシルエット。それは、上階で別れたはずのパフのペンギンスーツによく似ている。


 「兄さんッ!?」


 パックは思わず驚きを口から漏らし、しまうはずだったカンテラを向けていた。彼の声に反応した仲間たちが視線を向けたその先には……何も存在しなかった。


 「パック…………?」

 「えっ!? あれ、いない!? い、今、そこに兄さんがッ!?」


 ティーが戸惑ったような顔を弟に向け、パックは必死で説明していた。だが、姉弟の前にパフは存在しない。それにバターが複雑な顔を向け、アメリアはその可憐な顔を盛大に引き攣らせていた。


 パックはそのあんまりなアメリアの反応に少しだけ傷つき、すぐに彼女の視線が自分の真後ろに注がれていることに気付く。


 彼が振り向くのと、アメリアが驚きのあまり金魚のように口をパクパクさせるのは同時だった。


 そこに、ペンギンが漂っていたのだ。少しだけ俯いたその姿は、現世に未練を残した亡者そのものであり、地獄の底から響くような低音を発していた。


 「恨めじやぁぁぁぁっ!!」

 「うわあああぁぁぁッ!? お化けだああああっ!?」

 「Naaaaaaaaah!? Ghost!? Please(どうか)! Please(どうか) forgive(私を許) me(して)!?」


 パックとアメリアは同時に悲鳴を上げて泣き叫ぶ。バターもあまりの動揺に真顔で硬直してしまっていた。


 「んなッ!? た、龍樹さん!?」

 「いいえ、ペンギンです」

 「……間違いなく、兄公だな」


 そのやり取りを聞いたティーは、即座に心が冷却されるのを濃厚に感じ取る。彼女の怒りを悟ったペンギンが逃げ出そうとするのをむんずと掴んで嘴の中を確認すると、そこではパフがぬくぬくしていた。


 「やぁ! 僕ミッキ……じゃなくてペンギー! ハハッ! 驚かせちゃったかな?」

 「兄公、そこに直れ。そのふざけた根性を叩き直してくれる」


 パフの企画したサプライズ合流は運悪く失敗し、水泡に帰していた。




 「えぇ!? 逃げ出した!? キロネックスから!?」


 種を明かせばそれだけである。パフはこの中で唯一の魔法使いである。しかもサポートに特化した時空魔法を習得しているのだ。


 「そんな驚く事か? “エイトフロウ”で相手を麻痺させてから、“スキップ”かけて抜け出したんだよ」


 ひとまず尖塔の階段に戻って回復に努めた一行は、パフから事情を聞いていた。このゲームの麻痺は時間経過で回復する。ソロプレイにも優しい仕様なのだ。


 パフは元々ペンギンスーツのお陰で高い防御力を持っており、キロネックスの攻撃そのものでは大したダメージを受けなかった。


 彼はそれを麻痺した体のHPゲージが毒でしか減らないことから気付いたのである。


 「で、でもパフさんのペンギンスーツって、機動性低くて……。良くあの触手の檻から逃げれましたね……」

 「……? 脱げば良いじゃない……」


 バターの疑問は、その何とも言えない答えで氷解していた。もっとも、当のバターは微妙な顔を作っていたが。


 パフは無事尖塔から抜け出した後も、そのまま追い縋るキロネックス相手に魔法で立ち回っていたのである。しかし逃げ回りながら戦ったため、無数の雑魚に追い回される羽目に陥っていた。


 その結果、彼はやむにやまれず範囲攻撃できるフレイムレインを乱射している。そこでパックが気づいたように顔をあげた


 「あっ! それでレベルアップが速かったのか!」

 「で、でも、何でパフさんはここに? 私たちの前から来ましたよね!?」


 パックと同じように顔をあげたバターには、尚も疑問が残っている。それに対するパフの答えは魔法だった。


 時空魔法レベル5“ステア”。階段を意味するその魔法は、唱えた術者を近い距離にワープさせてくれる便利な魔法だったのだ。間に障害物があろうが、無関係である。彼はこの魔法で尖塔の外から内部に侵入していた。


 “ステア”は便利な魔法だったが、欠点もある。MPを割合で30%も消費してしまうのだ。


 つまり、そんな消費の激しい魔法まで使って、彼は悪戯に全力を尽くしていたのである。その事実に気付いたティーが彼に蹴りを入れるのと、ようやく落ち着いたアメリアが歓喜の叫びをあげながら抱き着くのは同時だった。




 「……レベル上げ?」

 「その通りだよパック君。この“水没都市”で一番重要なステータスは防御力だ。となれば、レベル上げに励むしかないだろう?」


 それが、帰って来たパフの最初の提案である。既に防具は充実している。そうなれば、残された手段は魔法による補助とレベル上げしかない。


 「兄公。それは良いが、どうやって?」

 「ガーを利用するんだ。あいつらは明かりに引き寄せられるから、囮さえいれば問題ない」


 そう言いつつも、パフは既にカンテラを取り出して振っている。彼のペンギンスーツは視界が悪い。言い変えれば、急所にも攻撃が当たりにくいのである。そして、突き刺さった後のガーには硬直時間が存在する。


 この部屋は初見の相手には巧妙な罠として作用するが、一旦仕組みを理解すれば実に有用な部屋なのである。


 同時にパフは水中の戦い方のコツを伝えていく。重要なのはスキルだった。それを食堂で練習するうちに、コツを掴んでいく。


 アメリアは部屋の隅っこで、身体を思いっきり震わせていた。それは喜びである。さっきから彼女の中で爆発しっぱなしのそれが、ついに体の外に出たのだ。


 「……I() really() like() him()……My(あぅ)! ……It’s(ちょっと) too(大胆) daring(すぎるかな)……?」


 アメリアは歓喜の渦に負けると、満面の天使の笑みを浮かべてガッツポーズしていた。直ぐに自分の大胆さに気付いて、赤面しながらほぼ裸の身体をギュッと抱き締める。


 ネイティブ特有の早口のそれは、たっぷりと感情でデコレーションされている。幸か不幸か、偶然近くにいたバターにもしっかり伝わっていた。


 「アイ、リぁリー……ライッ金? ゴールドが好きなの?」


 が、中途半端だった。勉強の苦手なバターは思わず彼女を振り返る。気まずいアメリアは独り言を聞かれたことに恥じるべきか。それとも誤解を解くべきか。頬を赤く染めながら真剣に考え込んでいた。


※活動報告に最新の進捗状況を載せました。

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