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LOAD GAME →中洲にて 残り時間190:00:00

 中洲の街は、巨大なカルデラ湖と川の間に存在している。その中洲の先、泳いで行けるほどの近距離に、一際水の青さが際立つ水域があった。”水没都市”への入り口である。


 「Hey! パック、どう? 私、Sexyです?」

 「ア、アメリア…………。その、流石に……恥ずかしくないの?」


 中洲でバターとのデートの大半を彼女の水着選びに費やしたパックは、何の面白味の欠片も無い無難なスパッツ型の水着を身に着けていた。2人の後ろでは上半身をスケスケのラッシュガードの下にビキニで見事なスタイルを惜しげもなく披露したティーや、ペンギンの着ぐるみではしゃぐパフの姿もある。


 だが、パックの視線はそれ以外の所に釘付けだった。過激な姿に自然と視線を逸らしてしまう。


 「……? ……はずかし……葉? 透かし……苦……無い? I see! 透けてるです?」

 「そうじゃないよ!? その……露出度が……」


 パックは内心では、一緒に水着を選んだバターの艶姿を楽しみにしていた。が、それもアメリアの惜しげもない官能的な姿を見るまでだった。


 彼女のマーメイドビキニは、身体の実に95%を隠していない。太陽の下、健康的に弾む乳房も、透き通る様に白く細長い脚も、パックには刺激が強すぎた。彼女の身体を覆う物は2つの貝殻と股間の僅かな布地、そしてそれらを繋ぐ細い紐だけなのだ。


 アメリアが一切気にせず振舞うのも、それに拍車をかける。


 「My……? むしろ肉体より胸は揺れないし、水着は絶対にずれないし……楽しいです! これで心ゆくまで海水浴ができるです!」


 アメリアはパックの内心の欲望等歯牙にもかけず、地上では2つに分離しているモノフィンのままぴょんぴょん跳ねる。その度に彼女の胸元に視線が行ってしまい、パックとしては必死だった。


 「ちょ、ちょっと待ってぇぇぇぇ!? やっぱり私、水着買い直してくる!」

 「バター、良い歳して何を恥ずかしがってるのよ……。速く先に進みましょう」


 そしてその後方では、今更になって布地多目とはいえビキニに抵抗のあるバターが喚いていた。彼女は未だに鎧姿のままで、湖にすら入っていない。


 気を利かせたパフが視線を外す中、ティーが強引にバターを水の中に引きずり込んでいた。


 円形の湖は空のように青い。そしてその中央部だけが絵具で塗ったかのように深い紺色になっているのである。それはそこだけが異様に水深が深いことを示している。


 青。それがこの“水没都市”を最も正確に形容する言葉であった。


 羞恥に悶えていたバターは湖の中に飛び込んで、その地上ではありえない圧倒的な“青色”の洪水に目を奪われていた。


 水中で上を見上げれば光り輝く太陽光が燦々と降り注ぎ、水の青を淡く染めている。そしてその光が弱まる水底ほど、紺に近付いた青が満ち満ちていた。見事な青のグラデーションの中には、陸上と変わりない姿のまま石の都市が沈んでおり、視界の隅を明るい色の南国の魚や海藻がゆったりと波に身を任せている。


 そのあらゆる青の絶景は、常に注がれる陽光が波の様にさざめき、一時として同じ姿を保たない。


 「綺麗……」


 バターは、ティーへの罵声も忘れて思わず本音を漏らしていた。




 「さぁ! パック、進むが良いです! 遅いパフは私がエスコートするです!」


 ナーガホームは、分かれて青の世界を探索していた。後方を着ぐるみのせいで動きの遅いパフと、それを引っ張る最も動きの速いアメリアが支えている。前方では恥ずかしさも忘れてダイビングの魅力に染まったバターと、彼女を支えるパックが進んでいた。


 水着のお陰で能力的にも高いティーは、両方を支えられる中央に位置している。


 「凄い……こんなに透明度の高い水が……遥か先の湖底にまで続いているなんて……。現実にも存在するのかな?」


 バターは夢見る乙女のように、フィールドの美しさに夢中になっていた。相方のパックも彼女の見事な姿態に目を奪われていたので、おあいこである。


 「えっと、多分仮想世界だから、砂とかプランクトンとかの透明度を下げる物が無いんだと思う……」


 パックの返事に残念そうな顔をするバター。その彼女の背後に動く物があったのを、パックは見逃さなかった。それは青の世界に似つかわしくない赤と黄色のまだら模様を描いている。


 “スペクトルサーペント LV41”


 「敵だ! ウミヘビみたいのが来る!」


 同時にパックとバターがそれぞれの武器を構え――水中の挙動に困惑していた。地上と比較してその動きは遅く、何より中性浮力を維持する、つまり一カ所に静止することが難しいのだ。武器を構えたりするごとに少しずつ海中を動いてしまい、狙いを定めるにも一苦労だった。


 スペクトルサーペントは、そんなプレイヤーの悩みを見透かすようにその身を躍らせ、鋭い牙の一撃を放っていた。


 「くそッ!? 躱しきれない!」


 パックは何時もの癖で横に跳ぼうとし、水の抵抗の前に僅かにしか移動できないでいた。刹那スペクトルサーペンの攻撃が彼の腕に命中し、僅かなダメージと共に毒状態に陥れる。


 「パック!? 今行くわ! しっかりして!」


 表情を引き締めたバターが慌てて泳ぎ寄るも、今度は働いた慣性を殺しきれず、せっかくの攻撃のチャンスを不意にしてしまう。


 「この!? ちょこまかと! 諦めて当たりなさいよ!」

 「バター! 気を付けなさい! 下にも敵がいるわ!」


 空気ならぬ水を切り裂くようなティーの警告。それに気付いたバターがハッとなって下を見下ろすと、“境界の海”でも見かけた敵が水中を遊弋していたのだ。


 “シースティング LV43”


 空を飛んでいたのと同じエイのような魔物が2体。どちらも腹に抱えた毒針を震わせるところであった。


 慌てて回避行動を取ろうとするものの、その動きは地上と比較すると見る影も無い。辛うじて頭部を庇った所で、空中よりもやや遅めの棘が体を貫いていた。


 「この! よくもバターを!」


 慌ててパックが湖底に向けて斬壌剣を放ち、水を切り裂くエフェクトがウォータースティングを分断する。だが、代わりに彼の上方に回り込んだスペクトルサーペントが頭に牙を突き立てようとして、


 「厄介だな」


 パフの放ったファイアボールに粉砕されていた。火属性の魔法でも、問題なく水中で使用可能だったのだ。


 ファイアボールは威力の面では上位のフレイムレインよりも劣るが、誘導性能に関しては上回っている。レベル2の魔法と言えど、使い道はあるのだ。


 「Puck!? Butter!? だ、大丈夫です!?」


 同時に猛烈な勢いでアメリアが水をモノフィンでかき分けて、下方のウォータースティングに切りかかっていた。残像エフェクトがあることから、スキップがかかっているのだろう。


 その速度はパックとすら比べ物にならない。彼女は回避行動を取るウォータースティングに容易く追いつくと、剣で真っ二つにしていた。




 「“水没都市”……か。思った以上に難易度が高いな」

 「味方はどうしても動きが悪い中、敵は悠々と襲って来るわ。しかも、前後左右だけじゃなく上下からも」


 パフとティーが渋い顔を突き合わせて相談していた。


 一行はひとまず水没都市の最上部、尖塔の中に身を隠したのである。ここならば床と天井が存在し、出入口となる四方の窓を警戒するだけで済む。


水にこそ没しているものの、都市自体は中世の整然とした石造りの街並みを彷彿とさせるものであったのだ。現実の都市と違うのは、建物の高さが非常に高い事か。そして底に行けば行くほど夜のような紺色に染まっていき、視界が悪くなる。


 「くっそ、やられたわ! みんな、気を付けて! 思った以上に動きにくいわ!」

 「バターの言う通りだよ! 本当に戦い難いんだ!」


 パックとバターは、先ほどの戦闘で学んだことを逐一報告していた。2人に治療を施したパフもティーも、それを痛いほどに実感している。


 このステージでは、どうしても回避より防御が必要だったのだ。


 「Yup……どうするです? 一旦中州に引き返して、装備やアイテムを整えるです?」


 どこか心配そうな4人とは対照的なのがアメリアだった。彼女は露出度と引き換えに、モノフィンが生み出す圧倒的な泳力を持っている。間違いなく、このステージを攻略するためのキーパーソンなのだ。


 どこか見せつけるかのように腕を組んだ彼女は、それでも仲間たちを切に心配していた。本音を言えば自分の活躍を見せたいのだが、それを押し殺す程には彼女も仲間との絆を感じているのである。


 「パック、バター。どう思う?」


 ナーガホームの一応のリーダーであるパフは、判断を2人に向けていた。それに対しバターは一瞬だけパックと視線を交わすと、静かに頷く。その拍子に気泡が生まれ、天井へと向かって昇って行った。


 「……兄さん、僕は進んだ方が良いと思う。このフィールドは凄く広いし、ダンジョンなんて全然見当たらないよ。それに……」


 パックはチラッとだけバターに視線を送る。彼女もウインクを返していた。


 「それに、バター姉さ……バターは、露出度の高い水着NGなんだよ!?」

 「そこ!? そこフォローしてくれたの!? 嬉しいけど、何で!?」


 パックの叫びを、一同は微妙な顔で見守っていた。確かにバターはこれ以上の露出には耐えられない。だが、そこをフォローされるとは思ってもみず、困惑していた。


 「パック……まさか、本当に……Hellcatの言うとーりに……」


 仰天した顔のアメリアが思わず心配するほど、パックは欲望を正直に口にしていた。


 この時、一同はこのフィールドの本当の恐ろしさに気付いていなかったのだ。尖塔の外、透き通る体を持った巨体が静かに取り囲むように迫っていた。


 最初に気付いたのはパフだった。視界の隅を白い物が動いた……ような気がしたのだ。だがそれを直ぐに見失ってしまう。


 次の瞬間、彼の身体はダメージと共に麻痺して動かなくなっていた。


 「な、何!? 敵襲だッ!」


 そう言うのが彼の精一杯の抵抗だった。同時に尖塔を包んだ半透明の身体と、その上に表示されたHPゲージが浮かび上がる。


 それを見たパックは驚くとともに、真っ青になっていた。


 “キロネックス LV44”


 「毒クラゲだ!? しまった、四方を囲まれている!?」


 キロネックス。それはまるで青々とした海中に迸る稲光のような体を持っている。そして最大の特徴である10メートルを超える白い触手が、既に尖塔の四方を取り囲んでいた。


 その触手に触れれば、パフのように毒と麻痺に侵され、動けなくなるだろう。パックは脱出の見込みがないか素早く周囲に目を配り、全ての窓からキロネックスの触手に塞がれていることに気付き絶望に震えていた。


 「パフ!? Puff!!? しっかりするです!?」

 「アメリア! 兄さんから離れて!」


 慌ててパフに近寄ろうとしたアメリアが、すんでの所でティーに首根っこを掴まれて引き寄せられていた。


 「Get() your() hands() off()!」

 「落ち着いて! 危険すぎるわ!」


 パフを助けようとアメリアは暴れ、ティーは必死で抑え込んでいた。既にパフの身体は触手の向こうにあり、近づくのは死に行くようなものだったのだ


 ティーだって助けたい。だが、他ならぬ兄のただならぬ表情が、彼女のそれを押し留めさせていたのだ。兄の鋭い視線が妹を射抜き、ティーはパフの意思を理解していた。


 麻痺して動けぬ体のまま、パフは淡々と告げる。


 「床下だ! 建物の内部に逃げろ!」

 「そんな!? それじゃ龍樹さんが!?」


 突然の奇襲攻撃に呆然となったバターは、思わずパフの顔を見ていた。そしてパフはそれを察し、静かに口元を動かす。


 「……弟を、頼んだ。…………行けえええッ!」


 その怒りすら孕んだ声は、絶望と混乱の極致に合った一同に活を入れるには十分だった。室内に入り込んだキロネックスの触手を必死で躱しつつ、ティーは指摘通りに床の一部を開けて、建物内部に入る階段を見つけだす。


 「兄さん!? 兄さんしっかりしてよ!?」

 「しっかりするのはお前の方だ! パック!!」


 見たことも無い程冷たい顔になったティーが、内心の感情を押し殺して泣きそうな顔のアメリアを引っ張って降りていく。次いで溢れ出る悔しさを隠そうともしないバターが、歯を食いしばって続いていた。


 既に触手に包囲されて行き場も無い。


 「兄さん!! こんなッ! こんなことって!?」

 「良いから行くんだッ! 進めエェェェッ!!」


 弟の兄を気遣う悲痛な叫びは、兄の渾身の絶叫に上書きされていた。


 他の誰よりも仲間の心配で胸が張り裂けそうだったパフの咆哮に、パックは気が付けばバターの手を取って中に進んでいた。


 それを見届けたパフは心の底から安堵する。もうこれで驚愕と危機に身体を振るわせる必要も無い。


 残されたパフは麻痺によって動けぬ体のまま、冷静に減っていく自身のHPゲージを見つめていた。


※活動報告に最新の進捗状況を載せました。

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