LOAD GAME →中洲にて 残り時間192:00:00
ステージ名、“水没都市”。海を通り過ぎた一行は、やがて新しい大陸の浅瀬に到達していた。そしてその川を遡るように進んでいたのである。その先にあったのは、こんこんと透明な水が湧き出る川の源泉と、それに飲み込まれた古の都市であった。
驚く一同の視線の先には中洲の街がある。そしてその先の一際透明度の高い水の向こうに、現実世界にはありえない石でできた水没都市が待ち受けていたのだ。
パックは、まさかの展開によって他の面々と共に宿のオープンカフェで頭を抱えていた。既に中洲では一泊しているので、本来は清々しい朝を迎えているはずなのである。
実際、この中洲と“水没都市”はベネチアを彷彿とさせる運河の街で、見るべきところも多い。また昨日探索した範囲では風景以外にも新しい装備やアイテム等、重要な要素を見つけている。
彼らがレストランの丸テーブルで揃って悩んでいるのは、昨夜の経緯からである。そこでおもむろに兄が口を開いた。その顔は強い苦笑いが浮かんでいる。
「昨夜の有志同盟の会議の結果、PK対策は何一つとして効果を上げていないことが分かった」
「目撃情報ゼロ……ということは、ネウロポッセは結局街に現れなかったのね……」
ティーが端的に纏め上げ、全員が昨夜の会合を思い返す。
そう。パフが陣頭指揮を取ったPK対策は、見透かされたように一切の手がかりを得ることができなかったのだ。その為、ひとまず“太古の森”の捜索に加えてその先の港町の警戒を図ることで一致している。
「参陣高速団も……残念なことにネウロポッセとは相対しなかったみたいね……」
「Yup! でも! ……えっと……その……さ、山賊団、無事で良かったです!」
「山賊!? ち、違うよアメリア。参陣高速団だよ!?」
アメリアは微妙に日本語のパーティー名を覚えきれていなかった。そのあんまりな省略に空気が笑いに包まれたところで、頬を赤く染めて黙り込んでいたバターが本題に移っていた。彼女の手にはチラシがあり、それこそが悩みの原因だったのである。
「そんなことはぶち公にでも任せておけば良いわ! 問題はこっちの方よ!!」
バターは羞恥を堪える様に、チラシを勢いよくテーブルに叩きつける。そこにはこんな文面が記載されていた。
――水没都市へようこそ!
この“水没都市”はフィールドの大半が、水中にあります!
水中の探索の際に呼吸の問題はありませんが、必ず速さを12以上にしてください!
速さが11以下の場合、水に沈んでしまい浮上できません。
※攻略のヒント:中洲では各種水着が販売されています。水着は重さの無い防具なので、水中探索にうってつけです!
このゲームの装備は「武器」、「防具」、「アクセサリー」の3つである。このうち武器の重さは概ね2であり、アクセサリーは1だった。防具に関しては、剣士の身に着ける皮鎧なら1。逆に槍使いの使う盾付きの鎧であれば、3である。
その条件下で速さ12を達成するには、重さを3以下に抑える必要があり――
「いやぁ、まさかこんな所で水着姿を拝めるとは! 眼福眼福!」
「ふううぅぅ!? こんなのって、恥ずかしいよおお!」
珍しくバターは憤慨せずに萎れていた。笑って流そうというパフの気遣いも滑ってしまい、彼は虚しく視線にさらされることになる。
彼女が恥ずかしさに悶えるのには訳があった。そして、それを仲間のティーもアメリアも全く気にしていない。
「……何故、店売り品は防御力と露出度が比例するのかしら……?」
「これは……! Bikiniを着なさいと言う神の啓示に違いないです!」
“海賊ビキニ”
いかにも女海賊が着ていそうなそれは、パレオに布地の透けるラッシュガードも付属していて意外と露出度は低いのだ。にもかかわらず、店売り品と比べて防御力が高い。だが、ビキニだ。ホルターネックの中では露出度は抑え目だが、今までに一度もビキニを着たことのないバターにとって、その敷居は天を衝くように高い。
元々は海賊船との戦利品である。戦利品の内、女性用としては他に一つだけある。
“マーメイドビキニ”
おとぎ話のマーメイドが身に着けている貝殻を模したビキニと大型のモノフィンは、極めて高い露出度と防御力を誇るのである。それを試しに部屋で試着したバターは、身体を隠すという本来の目的をかなぐり捨てた装備に、思わず悲鳴を上げていた。
「こ、こんなッ! こんな紐見たいな水着……着れるわけ無いでしょおおおおッ!?」
そしてバターは一緒に嘆く相手を探そうとし、喜々として姿見を覗き込むアメリアと、堂々と見せつける様に着こなす親友に涙目だったのだ。
「無理ッ! 絶ッ対無理ッ! あれだけは無理ッ!」
「その、バターには似合うと思うけど……」
思わず本音が漏れ出したパックを、彼女はつい睨んで沈黙させていた。
「Oh……。パック……やらしーです」
「ちが!? その……本当にそう思っただけだって!?」
バターの反応から、マーメイドが回って来そうなアメリアはご機嫌だった。悲喜交々の女性陣とは対照的に、兄弟は余裕綽々である。そもそも男性用の戦利品は一つだけであった。
“ペンギンスーツ”
「スーツっていうか着ぐるみだよね!? これ!?」
「ネタ装備だな! だが、動きづらそうだ。パック、お前……着るか?」
男性用は皇帝ペンギンの着ぐるみだった。着ぐるみなので露出は顔だけで、それも嘴の奥に隠れている。しかも防御力も高い。
バターからの恨みがましい視線にもかかわらず、残念なことに男性専用なのだ。だがペンギンスーツはマーメイドビキニすら上回る圧倒的な防御力とは引き換えに、その運動性はすこぶる悪い。そして視界も制限される。
「ううん。僕は剣士で、速さが命だし。魔法使いで防御も低い兄さんが着るべきだと思う」
大体の意見が揃ったところで、ティーが結論を述べていた。
「アメリアはマーメイド、私が海賊」
「Righto! これで……悩殺です!」
高揚したアメリアは、すっかり鼻歌を口ずさむほどにご機嫌だった。バターはそれを信じられない物を見るかの目で、遠巻きにすることしかできない。
「それで、兄公がペンギンと」
「あぁ。そうなると、残りはパックとバターだな……」
早々に獲物を決めた3人の視線が、パックとバターに向けられる。
「どうかな? パック、似合ってる?」
「……そ、その……、凄く綺麗です」
その結果、パックとバターは2人で街に出ると、防具を調達していた。防具屋に2人っきりであり、美しい石畳の街並みもあってパックはすっかり緊張していた。いつも以上に大きく脈動する鼓動が、彼の期待と興奮を物語っている。
傍から見れば間違いなくデートであり、パックからすれば人生初のイベントであったのだ。相手が姉の親友でも、パックにとって一大事なのは変わりない。
「こっちはどうかな? ……ちょっと露出が高い気もするけど……防御力も高めだし、花びら模様が綺麗……」
「良いと思います!」
バターは最初に手に取っていたタンキニを棚に戻し、代わりに布地の大き目なチューブトップを手に取っていた。
真っ黒な生地にピンクの花びらの模様が浮かんでおり、彼女の白い肌と良く映えること間違いない。それがパックには直ぐには分かった。分かったため、本音が駄々漏れだったのだ。
その初心な反応にバターは内心で可愛い弟分に苦笑しつつも、抗議するかのようにツンと口を尖らせていた。
「もう! さっきからそればっかりじゃない!」
「うぅ……ご、ごめんなさい……」
ついでに、ミニスカートのようにヒラヒラした水着の裾も可愛らしい。大事な部分はきっちり隠れているので、初めてのバターでも安心である。だが、パックの頭は上半身でいっぱいだった。欲望が隠し切れないのである。
「じゃあ、これとあっちのモノキニ、どっちが良いと思う?」
「えぇ!? そ、それは……」
どこか悪戯するかのようなバターの声に、パックは慌てて悩み始めていた。頭の中のバターにそれぞれの水着を着せてみて、気か付けば頬に手を当てて真剣に考え込んでいた。その解答をバターはワクワクしながら待ちわびる。
貴重な時間だった。
「それで、兄公。わざわざあの2人を外に放り出したってことは?」
「あぁ。お前にも一応話しておこうと思ってな」
一方、宿ではパフとティーが話し込んでいた。アメリアは女子部屋で水着を着込んでは、最も可愛らしく見えるポーズの研究に余念がない。そして、兄妹は折を見てカフェに戻っていたのだ。
「PKのこと?」
「まあね。昨日の会議では何も分からなかった……。いや、正確には何も分からなかったことが分かった、と言ったところか」
兄は妹の前で金を支払うと、ミルクティーを注文する。ゲームだけはあって即座にテーブルの上にポップアップしたそれを一口飲み、そのバランスの悪さに閉口していた。それはミルクティーというよりは、紅茶風味の砂糖入り牛乳だったのだ。
強い甘みとは真逆に顔を苦く顰めつつ、妹に現時点で分かっていることを列挙していく。
「単純な話、どれだけ斧使いのネウロポッセが強くても、速さの制約から規模の大きなパーティーを皆殺しにするのは無理だ。また、おかしなことに、ネウロポッセは初の強制睡眠を経験したにも関わらず、どの拠点にも姿を現さないまま1日が経過した」
2日目早々にパフは有志同盟と共に街の封鎖を行っている。封鎖は完ぺきで、3階層以下の全ての拠点には有志同盟の参加者が交代で見張りを行っていたのだ。
そこで、ティーが疑問点を潰すように口を開く。
「テントを事前に買っていたのかもしれないわ」
「もちろん、その可能性もある。だが、奴が潜むのは毒持ちがウジャウジャいる所だ。重視するのはテントより毒消しや回復アイテムだろ? どの道拠点での補充は必須だ」
「……兄さん達が封鎖するよりも速く、補給を済ませたんじゃ?」
「こっちの対策を読んで? だとしたら、見事なお手並みだよ。PKなんて愚かな真似をする相手とは思えないな」
ティーの指摘は的を射ている。だがパフは皮肉を言いながらも、頭を振った。
「もっとスマートな解釈があるぞ」
その言葉に、ティーは空気が変わったかのように感じた。彼女の目の前に座っている男から、一切の微笑みが消えたのだ。
「ネウロポッセにはPKの仲間がいる。そして、そいつは有志同盟に参加している可能性が高い」
「――ッ!? それは……!?」
ティーは兄の言葉に目を見開いていた。彼女にしては珍しい、掛け値なしの驚愕だったのである。
だが、パフの指摘は正しかった。ティーの言う通りネウロポッセが一人で有志同盟の動きを読み切っている可能性もある。だが、その場合ネウロポッセは単独でパーティーを皆殺しにしたという結末に行きつくのだ。
劣勢になったパーティーが誰一人として逃げ出さず、あるいは同じ方向に一団となってゆっくりと逃げる。そんな都合の良い状況はあり得ないだろう。
だが襲撃側が複数人だったなら、話は別だ。それも、剣士等の足の速いプレイヤーキラーがいる場合は特に。同時に裏切者から情報が漏洩しているならば、ネウロポッセが補給に来なかったのも理解できる。
そしてパフはある程度、容疑者に目星をつけていた。
「率直に訊くぞ? 怪しいのは敵から生還したシグだ。剣士で足も速いし、あの性格だ。味方に徹底抗戦を煽っても不思議ではない。お前から見てどう思う?」
「…………微妙ね」
ティーはゆっくりと男の顔を思い出し、過去の経験と照らし合わせていく。仲間の死を皆の前で怒り狂いつつも嘆いて見せた男である。
パフはPKが殺しにくい大パーティー唯一の生存者という事で、彼が土壇場で本性を出して全滅させたのではないかと考えていた。
被害者なら有志同盟も信を置くだろう。
「違うと思うわ。実際の肉体じゃないから断言はできないけど、あの激怒は本物よ」
「…………そうか」
だが、ティーは素直に否定していた。それにパフは内心で僅かながらも落胆する。しかし、一瞬後には既に別の疑いに変わっていた。
「同じ生還者の、リンダとオラクリストはどうだ?」
「……あまり女を見る目には自信が無いわ。でも、シグよりはあり得ると思う」
だが、証拠は無い。パフの推理は全て動機と推測でしかないのだ。そこでティーは疑問を挟んでいた。
「……何故生き残りが居るのかしらね? 本気でPKに専念するなら、生存者を残す必要はないわ。全滅させれば森で死んだ事になるし。PKの人数が増えれば増えるほど全滅させやすくなり、生存者が少なくなるはずよ」
にもかかわらず、生存者と称する者達が3人も居る。それは暗にPKが少数だという事を示していた。
「スパイの可能性はあり得るわ。でも、具体的な容疑者を絞るのは早計じゃないかしら?」
「あぁ、それなら考えがある」
深く考え抜くティーに対し、パフは既に次の手を用意していたのだ。怪訝そうな彼女に対し、パフは自身の考えを聞かせていた。
「方法は2つだ。情報が漏れているなら、それを利用すれば良い」
つまり、このまま警戒態勢を続ければ良いのだ。2日目は有志同盟の努力の甲斐もあって、犠牲者は出ていない。このまま“境界の海”の港町まで封鎖を続けていれば、当面は問題ないだろう。
「他にも信用できる相手と協力して、嘘の情報をばら撒くのも良いな」
「……そうなると、ぶち子は最適ね」
パフもティーも、ウィドウを微塵たりとも疑っていないのだ。あれは、そんな大それたことが出来る器ではない。
本人が聞いたら激怒待ったなしの歪な信頼を、兄妹は向けていた。
※活動報告に進捗状況を載せました。