LOAD GAME →サザンビーチにて 残り時間203:30:00
広大な“境界の海”に存在する拠点やダンジョンに小島。それらを網羅した海図を手に入れたことで、一行は拠点であるサザンビーチに寄港していた。海賊船との戦いは得る物も多かったが、船の損傷など失う物もあったのである。
サザンビーチは名前の通り、青色が眩しい巨大なビーチと南国風の風通しの良い木製のコテージのような建物で構成されている。南洋諸島を思わせるヤシの木が立ち並んだ通りは、まさにリゾートを彷彿とさせる華やかな雰囲気であった。そこを行き交うNPC達も良く日焼けして、水着姿でサーフボードを抱えていたりする。
ナーガホームの面々は船の修理が終わるのを待ちながら、高床式の宿の喫茶店で頭を突き合わせていた。明るい雰囲気とは対照的に、その顔色は決して良い物ではない。
中でも一番素直なアメリアは、片手に持ったトロピカルジュースをストローで音を立てながら啜っている。その顔はポカンとして、間が抜けていた。
「ど、どうするですかッ!? 2日目が終わってしまうです!?」
それが、最大の問題だったのである。
思い返せば2日目はPK問題の調査から船の費用を捻出するためのレベル上げに、広大なフィールド探索の果てに海賊船と戦っている。盛り沢山の代償に、無情にも貴重な時間が過ぎ去ってしまっていた。
「大丈夫よ、アメリア。いざとなったら、船で半数が先に眠っている内に、もう半分で進めば良いだけだから」
露骨に動揺したアメリアは、大好きなジュースの楽しむのも忘れるほど狼狽していた。ティーが優しく嗜めたものの、その意見は全員が共通して持っているものである。
「確か……有志同盟の会議も有りましたよね?」
「最悪、そっちはパスだ。攻略が優先だし、メールの一つでも送ってやれば良いさ」
ステージ攻略の最前線を進むナーガホームは、同時に有志同盟の重要な情報源でもある。つまり、ナーガホームにとって出席する意義は少ない。バターの指摘をパフはあえなく却下し、彼女もそれを認める。
「そんなことよりも、これどうするの? 兄さん姉さん……」
一行が悩んでいたのは、サザンビーチの船舶販売店のチラシである。港町と違って、船の大型化以外にも改造できる項目があったのだ。
――船の改修、頑張ります!
乗組員の増員に応じた大型化改修以外にも、下記の物を承っております!
・スクリュー増設:1基100,000L(最大2基)
・マジックキャノン設置:1門250,000L(最大2門)
・船の大型化:1人分につき150,000L(最大6人乗り)
・船の装甲化(最大HP50%増):500,000L
先の海賊船の財宝と手持ちの金額を合わせれば、どうにかこうにか50万Lは確保できている。問題はそれをどう振り分けるかだった。
「マジック……キャノン…………ね」
「兄公、どうする? 装甲化が一番無難だとは思うけど」
チラシの内容に意識を向けていたパフは、妹の言葉に瞳を閉じて思考の海に入る。パックも同様に考えを纏めようと目を瞑っていた。
「ティー! 装甲化なんてしたら、お金が無くなっちゃうじゃない! ここは攻撃できる大砲の出番よ!」
「Nah! 大砲は弾速遅いし当てるの難しいと思うです! ここはScrewを付けて、接近戦です!」
「だ、駄目よアメリア! そんなことしたら、船で戦う度に修理が必要になっちゃうでしょ! 私は許しません! そ、それに、突撃するのは危ないっていうか……」
女三人が姦しくなる中、考え込んでいたパフは結論に達する。
「スクリュー2基に一票だな」
「Bingo! 流石パフです! 一緒に戦っただけはあります! これでまた、敵を蹴散らすです!」
彼の答えを聞くや、アメリアは自慢げに胸を張っていた。が、すぐに意気消沈することになる。兄の考えをパックは正確に理解していたのだ。
「逃げる為……だね?」
「What’s!?」
「あぁ。幸いにもレベルは大分上がっているし、戦闘は無視で良いだろう。スクリューならフィールドの移動速度も速くなるし……何より安い。金欠の状態で次のステージに進みたくないからな」
パフは少しずつ成長し始めた弟を褒める様に、意見を語っていた。その優しげな言葉にパックは兄から褒められたかのようで、柄にもなく赤面しそうになったのであわてて笑って誤魔化す。
鳩が豆鉄砲食ったような顔のアメリアを尻目に、バターがそれに賛成したことで大勢は決していた。
微妙に不貞腐れたアメリアを横目に、修理と改造を終わらせた船は出港する。パックはエーシィの船が無いか見渡すものの、発見することはできなかった。
ティーはいつも通りMPを消費しての操船に入り、船首では敵の攻撃にバターが備えている。
パフはというと、船の縁で黄昏るアメリアの御機嫌取りに奔走していた。単純な彼女は意味のないコレクターアイテムである“綺麗な珊瑚”を貰った瞬間、蕩ける様な笑顔に戻っている。
そしてパックは、いつの間にか売店でプレゼントを購入するという兄の抜け目のなさに呆れていた。目がキラッキラしたアメリアが眩しくて、ついつい話を振ってしまう。
「兄さん、このままじゃ時間が厳しいよね?」
「……確かにな。今後はあまり広いフィールドがない事を祈るしかないな」
幸せな時間を邪魔されたアメリアが、むくれた顔で口をツンと尖らせている。本人は不満を表明しているのだが、可愛らしい天使の抗議にしか見えないだろう。温室育ちの彼女には、迫力が足りていないのだ。
しかも片手にはトロピカルジュース。飲み終わるとグラスごと消滅するのを良い事に、買い込んでいたのである。
パックは何気なく、兄に訊いていた。
「兄さん。時間も少ないし早速だけど、明日オールする?」
「――ッブハぁッ!?」
アメリアが咽てジュースを噴いた。キラキラと輝くそれは兄弟に降りかかる端から、消滅していく。輝く星々のようなエフェクトで、無駄に綺麗だった。
「Fuck!! No way! 近付くなですッ! そ、そんなこと……駄目ですッ!」
がるる、と必死で威嚇するアメリア。その隣で噛み殺しきれなかった苦笑が浮かぶパフは、優しく弟の恥を指摘した。
「……あぁ、その、今お前なんて言った?」
「……明日、オールする?」
ぎりっとアメリアがパックを睨み、両手を広げてパフに近付けまいと通せんぼする。
「それだ、アメリアには今のが「“asshole”する?」に聞こえたんだ」
「あ、アスオール? 意味は?」
「尻の穴を掘っ……」
「うわァァァ!? ち、違うから! 違う違う違うから!? 僕はそっちじゃない!?」
その恐ろしい間違いに、パックは心の底から仰天して、必死で否定していた。彼には心を寄せる女性がいるのだ。だが悪い事に、彼の後ろでは唖然とした顔のバターが立ち尽くしていた。
退屈した彼女は、なにやら盛り上がっている後方に気付いていて遊びに来たのだ。
「シ……シン君……。まさか……」
「違うんだよサヤ姉さん!? これは誤解で!?」
「5回!? パックは既に5回もしたですか!?」
「ひぃぃ!? ちがっ! そういう意味じゃない!?」
極めて愉快な場面だったが唐突にメッセージがポップアップした為、全員は真顔に戻らざるを得なかった。
※WARNING※
この先には特別に強い敵がいます!
一度に挑めるのは1パーティー6人までです!
一度戦闘が始まってからは、逃げることはできません! 覚悟を決めて下さい!
同時に周囲を海流が囲み始め、渦潮のように変質していく。
海に境目は無い。それゆえ、このステージにはダンジョンに該当する海域は無いのだ。しいていうなら、このボスがいる所こそがダンジョンといえるだろう。海図にはこう書かれていたのだ。“魔の海域”と。
それに気付いたティーは慌てて前進を止めていた。そのまま急いで皆の元に駆け寄り、その微妙な空気に顔を顰めていた。
前進を止めたとはいえ、船は慣性で進んで行くのだ。ボス前とは思えないその呑気な会話を、ティーは姉の威厳で一喝していた。
「落ち着きなさい。じゃあ、何でヘルキャットの誘惑に鼻の下伸ばしてたの?」
姉に悪気は無かったのだが、容赦もなかった。パックは何故か針の筵に立たされていた。彼としてはただただ虚しい。昔からこの姉は、空気が読めないのだ。
偉大な姉の身も蓋もない一言で落ち着きを取り戻した一行は、荒波を越えて突き進むことを決意する。
船の船首にはパックとアメリアが並んでいた。どうにかこうにか、誤解は解けたのだ。その後ろ、船の中腹ではパフが魔法の援護を準備しており、後方では操縦席のティーをバターが守れるように警戒を続けている。
海の荒れ模様はますます強くなっていた。渦潮のように円形の流れが発生し、中に入った船を脱出させまいと絡みつく。そして海の中央には荒れる中でもはっきりを分かる、巨大な黒い影が存在していたのだ。
じわりと濃くなる一方だったその影は、ナーガホームの視線に反応するかのように震えると、にわかに薄くなった。いや、正確には白くなっていた。
その途端、波を切り裂くように急浮上すると、海水を巻き散らすように小さな津波を巻き起こす。海面に突き出た巨大な三角形の頭に、太い無数の足。
それを正面で見ていたパックは、思わず指をさして呟いていた叫んでいた。
「クラーケンだ!!」
ボスは、船よりも巨大なイカの化け物だったのだ。それに呼応するかのようにクラーケンは不気味な叫び声をあげながら、10本の足を天に向かって突き立てた。
“クラーケン LV40”
「気を付けてっ! 後ろからもキラーホエールが2体来るわ!」
同時に後ろからバターの警告が前衛に届く。それを察したティーは即座に判断を下す。ボス戦は始まった直後であり、様子を見る必要があったのだ。船の進路をどうするか。全ては彼女の判断に任されている。
「ティー! どうするの!? 距離を取るの!?それとも……突撃かしら!?」
「まさか。どっちにしたって、ボスと雑魚の挟み撃ちに合うわ。正解は、このまま一定の距離を取ることよ!」
同時に彼女が面舵一杯を取り、船が右へとその船首を傾けていく。同時に増設されたタービンがMPを注がれ、唸りをあげる。船は飛び跳ねる様に荒れた海の上を突き進んでいた。
「……思ったより速いな」
「Yup! この速度なら、KillerWhaleの攻撃も少なくなるはずです!」
アメリアは気付いていた。最大の問題は、ボスよりも戦闘中に乱入していくるキラーホエールなのだ。レベルが高いとはいえ、クリティカルを貰えばただでは済まされない。
だからこそ、スクリューのありがたみがあるのだ。後ろを見れば、キラーホエールたちは船よりも少しだけ速く泳いでいるものの、攻撃位置につくのには四苦八苦している。ティーが進路を細かく調整することで、敵の攻撃を減らそうとしているのだ。
「姉さん、流石だね……」
そこでクラーケンが轟くように2本の触腕を海面から突き出す。白い吸盤の集中したその先に、突然魔法陣が迸ると巨大な塊が造り出されていた。
「あれは……!? 海賊船の大砲!?」
パックが思わず口走るのと、水色の砲弾が発射されるのは同時だった。爆音を轟かせた砲弾が一直線に船の進路に向けて突き進む。
「ティー! 躱せ!」
兄の短い言葉に対し、ティーは正確に反応していた。刹那、船が船体を軋ませながら取舵一杯に回され、甲板上の人員を振り落としそうなほどの勢いで急転回していた。波間を切り裂くそれによってボスの攻撃を避けたものの、代わりにキラーホエールに距離を詰められている。
射程に入るや魚雷の様に操縦席に向かって飛んできたそれを、見切ったバターは串刺しにしていた。
「ふぅ。こんなものね!」
「凄いわ、バター」
「ふん! 勘違いしないでよ! このくらい、できて当然なんだから!」
ティーと軽口を躱しつつも、反対から飛び掛かってきたキラーホエールをしゃがんで躱す。倒す必要はないのだ。彼女の役割は、操縦手を守る事である。
この短いやり取りの間に、パフは一つの事を学んでいた。それは、急転回中の掴まる物の無い甲板は危険で、戦うどころではないという事だった。スクリューの増設は伊達ではないのだ。
彼はそれを、すっころんで飛んできた弟の身をもって理解している。
「次の砲撃が…………来るです!」
「……もう来るの!? 敵の砲撃のペースが速すぎない!?」
クラーケンは海賊船とは違った。第一に海賊船よりも速く、常にこちらに対して同航戦、つまり平行に進もうとするのだ。そして、砲撃の合間にも少しずつ距離を詰めてきている。
同時に、魔法防御力は高かった。パフの放ったファイアボールやフレイムレインは、誘導性も相まって着弾するものの、ほとんどHPを減らしていない。逆にパックの放った斬壌剣は有効だった。
さきほどパックの放った斬撃は、惜しくも本体には当たらなかったものの、触腕に命中し砲撃を中断させる効果を見せている。
「アメリア! 敵の砲撃の発射をカウントして!」
「Roger ma’am!」
今の所、敵の砲撃はどうにかスクリューの恩恵もあって躱している。だが、こちらも有効打を決めていない。敵の攻撃を避けようととすればするほど、味方の攻撃も当てにくいのだ。
南洋に嵐が吹き始めていた。