LOAD GAME →小島にて 残り時間208:00:00
めいめいにひと夏のバカンスを楽しんだ一行は、港町で元のパーティーに戻っていた。レベルはさらに上がって46になり、そして2隻目の船を買うお金が貯まったのである。
「ふふん! ちょっとは使えたじゃないの! 礼は言わないわよ!」
「うん、色々ありがとう、ぶち子ちゃん」
「だから、ぶち子じゃないって何度言わせんのよおおお!?」
もはや恒例となったパックとウィドウのやり取りを尻目に、パフは考え事をしていた。それは、わざわざ時間を設けてまで確認したかったことである。それは、次のようなやり取りであった。
「ファイアブランド……だったよな?」
「……なにか?」
島の東西に分かれて両パーティーが修行に明け暮れる間、隙間を縫ってパフはファイアブランドに確認を取っていた。
ファイアブランドは不審な顔を隠せない。なにしろPK対策の情報のすり合わせは、既に来る途中に済ませているのだ。にもかかわらず、彼の目の前のパフは至極真面目な態度である。
「確かにネウロポッセは来なかったんだな?」
「……あぁ」
物静かな彼は、相対しつつも少ない口数で応対していく。
「大量に買った奴はいなかったか?」
「……大半の奴が買っていった」
そこでパフは頭を振る。“太古の森”に挑むパーティーは、当然アイテムを買い占めるだろうから。
聞き方が悪かったと反省し、目の前の男に合わせた訊き方に変化する。
「テントを大量に買った奴はいなかったか?」
「……」
そこで、ようやくファイアブランドも事情を察した。テントは一つあれば十分である。だが、一度削られた耐久値は回復しない。その点を考慮すれば、念を入れて2つ買うパーティーはあるかもしれない。
だが、それ以上は買う必要が無い。なにしろアイテム所持数は有限なのである。
元々テントはダンジョンやフィールドでやむなく睡眠を取る時に必要な物だ。宿と違ってHPやMPも回復しない。睡眠は拠点で取るのが定石である。
それを大量に買うという事は、拠点に戻らないことを示している。そこに考えが及んだファイアブランドは静かに記憶をたどる。
「……いなかった。多くても2つだった」
「……そうか」
真摯に考え込んだ男を前に、パフの頭の中で考えが少しずつ纏められていく。だが、現時点では判断しきれないというのが結論だった。そもそもPKの目的すら不明なのだ。
「兄公……。どうしたんだ? 浮かない顔をして……」
「ティー……。いや、何でもない」
目敏くそれに気付いた妹の心配を、彼は優しく否定する。まだ2日目なのだ。情報が足りないのも致し方ない。
それよりも問題なのは、“境界の海”の攻略の方である。金策とレベル上げが進んだのは良いが、フィールド探索はほとんど進んでいなかったのだ。今もティーが操縦席で船を動かし続けている。
「かなり、時間を使っちゃったわね……」
「仕方ないだろうな。まさか誰も得しないプレイヤーキラーが出るなんて、誰も思わないだろうし……っと、敵か」
現れたのは、スカイスティングだった。運良く早期に発見できたのが幸いであり、防御の高いバターが敵を引き付け、その隙にパックとアメリアがスキルで反撃し墜落させていく。
レベルが上がったこともあり、航海は順調に進んでいた。
それは、更に1時間ほど沖合を探索した時の事である。にわかに霧が出たかと思うと、前方に船影が見えたのだ。影には帆が立っていることから、プレイヤーの物ではないだろう。
「……ッ!? 舵が効かないわ!」
「敵襲よ! みんな、気を付けて!」
同時に、霧が部分的に晴れていき、その全体像が露になる。木材がこすれ合う音を立てた古い帆船が、千切れかけた髑髏の旗を掲げていた。
それに気付いたパックが思わず驚き声をあげる。
「海賊船!?」
慌てて船首の望遠鏡を覗き込めば、相手の船にはアンデッドソルジャーが乗っているのが見えた。
同時に美しかった海は真っ黒に染まり、2つの船を円形に囲んだ霧が退路を断つ。敵船は一直線にこちらに向かっており、よく見れば相手の船には備わった大砲に魔法陣のようなエフェクトが現れていた。
「Cannonが来るですっ!?」
アメリアの警告も空しく、けたたましいまでの轟音と共に2門の大砲が火を放った。キラキラとしたエフェクトを巻き散らしながら水色の砲弾は発射され、空気ごとねじり込むかのようにナーガホームの船体に命中する。
幸いにも直撃したプレイヤーはいなかった。だが衝撃と共に雷が炸裂したかのような不気味な音が鳴り響き、船の耐久度が減少していく。
※WARNING※
船へ攻撃を受けています!
戦闘中の船内に人が居る場合、敵は船を攻撃することがあります!
船のHPが0になった場合、全員が海に放り出されますので気を付けてください!
残りHP9000/10000
どうにかして砲撃を防がなくては、勝機は無い。それを悟ったパックの顔が変わる中、パフがフレイムレインで応戦し、敵船上のアンデッドを掃射する。だが、敵のレベルが高いこともあって、1人も倒せていない。
「敵の数が多すぎるな……フレイムレインでは分散してしまって倒しきれん」
「パフさん!? ど、どうするんですか!?」
手で庇を作ってパフは冷静に観察する。彼は泡食ったバターに対し、静かに操縦席の方を指さしていた。
全員の視線が集まったそこでは、ティーが舵を取り戻したところだったのである。
敵の次段が発射されるのと、ティーがMPを消費して船を急発進させるのは同時だった。
その反動でアメリアが転んで尻もちをつく中、一行は辛うじて敵の砲撃を回避することに成功していた。しかしながら、敵船の大砲は正確にこちらの進路をトレースしている。
そこでパックの目が細められる。彼の視線の先の大砲は、こちらの軌跡を先読みするかのように動いていたのだ。彼は直ぐに姉へと警告を放っていた。
「姉さん! 減速して!」
「ッ!」
途端、船全体の速度が見る見る落ちていく。だが、自動車と違って船に急ブレーキは存在しない。
3度目の砲撃は、片方は躱したもののもう片方は着弾している。これで残りHPは8500。予想以上の回避の難しさに、ティーは自然と形良い眉根を寄せていた。
劣勢だった。これを覆す手段はただ一つ。パックは姉に向かってぶつけるように叫んでいた。
「接近しよう! 遠距離戦じゃ勝ち目はないよ!」
「パック…………そうね、分かったわ」
ティーは静かに他に方法がない事を理解すると、船の舳先が敵の船首を掠める様に操舵していく。同時にパフの掛け声でティー以外の4人が船首に集結する。敵の大砲がチャージされていくのを指を咥えてみながらも、彼は攻撃命令を下していた。
「敵の大砲に取り付いている奴を優先して攻撃するんだ! 俺は右側を狙う。左の砲手を殺れ!」
「Sir! Yes sir!」
次の瞬間には兄の唱えたファイアボールが、火を噴きながらも正確に弧を描いて飛び、大砲にMPを注いでいた砲手の頭部に吸い込まれる。かなり距離があるにもかかわらず、クリティカル表示がハッキリわかるほどの見事な一撃だった。
同時に剣士2人の放った斬壌剣と、バターの放った竜炎槍が反対側を襲った。だが惜しくも海面を切り裂いて進んだ剣撃は左右にずれ、爆炎を噴いた竜炎槍も敵の砲手が素早く身を伏せることで船に着弾するにとどまる。
そして、こちらが第二射を行うよりも先に、敵の反撃の方が速かった。
「下がれ!」
パフの言葉と共に、空気を甲高く切り裂いた敵の砲弾が船首に命中する。間一髪で直撃だけは免れていた。
パックが次こそはと意気込んで斬撃を放とうとして、奇妙なことに気付いた。敵の大砲の砲手を守る様に、木造船に似つかわしくない石の壁が立ちふさがっているのだ。
「兄さん! あれは!?」
「……やられたな。土の防御魔法“ストーンウォール”。ダメージを与えれば破壊できるはずだ」
逆に言うと、ダメージを与えなければ破壊できない。常に船が揺れることに加えて、微妙に進路がぶれている船上では無誘導の攻撃は中々当たらない。頼りの魔法も、片舷の敵を掃射するのが精一杯だった。
砲撃戦では勝ち目が薄い。それは誰が見ても明らかで、このままではじり貧だった。バターは気付かぬうちに渋面を作っていく。
状況を好転させられないまま、見る見るうちに敵船との距離が縮まっていき、更に5発もの砲弾が船を襲う。残りHPは5500まで減少してしまっていた。そして、触れられそうなほど互いが近づいていき、兄弟は決断する。
その瞬間、パックは兄と目が合ったのだ。厳しい表情を崩さない彼とは対照的に、兄の目は好機到来と言わんばかりに爛々と光っていたのである。以心伝心で彼は理解し、小さく頷いた。
「ティー! 船を敵にぶつけろ!」
「んな!? 駄目ですパフさん! そんなことしたらこっちの耐久値が!」
その強引な攻撃方法に、バターは思わず仰天して目を剥いていた。一方パックは兄の気持ちを正確に理解し、船の縁に足をかける。それを見たアメリアも真似をするや、その意図に気付いていた。
「敵船に切り込むぞ! パック、アメリア! ついてこい!」
「さっすが兄さん! そう来なくっちゃ!」
「Great! 退屈しないです!」
幸い近付ぎるお陰で、既に砲撃は無い。2隻の船が反航戦から交差しようという瞬間、ティーが思い切り舵を切るや、木材の船体同士がこすれる耳障りな音が悲鳴のように響き渡っていた。
バターが呆然とする中、彼ら3人は意気揚々と敵船に乗り移っていく。交差は一瞬。されど、その短い間に3人は敵の船首に乗り移っていたのだ。パックとアメリアが斬壌剣を放って着地点の敵を切り払う中、パフは唖然としているバターに向けて腕を掲げていた。
「バターちゃん、妹を任せる!」
次の瞬間には彼にも敵のソルジャーが切りかかり、壮絶な接近戦に突入していた。
船の残りのHPは2721。幸いにも船速こそ海賊船に劣るものの、小回り自体はこちらの方が上だった。
ティーは敵の砲撃の届かない真後ろに位置づけようと船を操り、海賊船は大砲の射程に収めようと船を旋回させる。その結果、
「まさか、船舶でドッグファイトするとはね……」
2隻の船は互いの後ろを取ろうと、海上で組み合ったままもがいていた。
「し、信じらんないッ! パフさんもパックも、何を考えてるの!? わざわざ乗り込まなくても、後ろから攻撃すれば良かったんじゃ……」
だが、彼女は直ぐに己が役割を思い出す羽目になる。大砲が届かないと判断した敵のAIが、魔法攻撃に切り替えたのだ。敵の船尾にアンデッドメイジが集まり始めた所で、バターは考えるのを止めた。
その腕には紅蓮に燃え盛る槍。彼女には不本意ながら、操縦席で無防備な親友を守るしかなかったのだ。
「Wahoo! これは……楽しいですねッ!」
「全くだね! 敵にも味方にも……不自由しないッ!」
乗り込んだパックとアメリアは、気分が最高潮に達しようとしていた。ゲームでなければその顔は紅潮し、戦いの喜びに酔っていただろう。
“アンデッドソルジャー LV35”
“アンデッドメイジ LV33”
彼らが乗り込むのと、海賊船の中から無数のアンデッドソルジャーが現れるのは同時だった。彼らと接敵するまでの僅かな時間にアメリアがパフを襲う敵をクリティカルで仕留め、代わりに“スキップ”をかけてもらう。
後は剣士2人の独壇場だったのだ。
「遅いよ! そら、ここだ!」
「パック! Good job!」
更に火属性の攻撃力補助魔法、“ヒートエナジー”がかけられた剣の一撃は、クリティカルならば雑魚を一撃で仕留められる。
これが2人の興奮に火をつけた。少なくとも20体はいるであろう敵の群れに勇猛果敢に突撃し、縛られたように遅い攻撃を紙一重で回避し反撃の撃剣を見舞う。
たったそれだけで、面白いように敵を倒すことができるのだ。
加えて厄介な敵の魔法使いに関しては、頼れる兄が魔法を問答無用で叩きこんでいる。更に遠距離からはバターの投槍が飛んでくるのである。数では劣勢だが、不思議と負ける気がしなかった。
気が付けばパックもアメリアも、口角を吊り上げて獰猛な笑みを作っている。今もアメリアが敵を回し蹴りで海に蹴落したところであった。同時に海賊の新手が現れる。
他のアンデッドと違い海賊帽をかぶり、片手には湾曲したサーベル。もう片方ではご丁寧に煙ゆらめく葉巻を楽しんでいる。
“アンデッドキャプテン LV39”
如何にもな海賊の親分は葉巻を投げ捨てて足で踏みにじると、錆びたサーベルを抜き放つや踊りかかっていた。高々と跳びあがったその一撃を、パックは正面から受け止めて一歩も下がらない。
金属同士が激しくぶつかり合う異音が響く中、決して下がらない。それどころか、彼は雄たけびを上げると逆に頭部にクリティカルを叩き込んで敵を押し返していた。
「パック! その敵は任せるです!」
「ラジャー……だよ! アメリア!」
「Non! 正確にはRogerです!」
加速したアメリアが残像エフェクトを巻き散らすようにアンデッドソルジャー達を駆逐する中、パックは単独で敵と向かい合っていた。
アンデッドキャプテンは弱い相手ではない。1人しか存在しないことを考えると、事実上の中ボスであろう。だが、それでも、高レベルな上に兄の援護まで受けたパックを押し留めることは無かった。
彼は臆せずにキャプテンに近付いて攻撃を誘発すると、加速した体をもって紙一重でそれを躱し、針の穴を通すような一撃で急所を貫くのである。
都合7度。
パックの一撃を受けたキャプテンは、脆くも崩れ去ると虚空に消えて行く。同時に操縦者が居なくなったからか、海賊船は停止していた。僅かに生き残っていた相手も、即座にアメリアが切り伏せていく。
「良くやったな! これで俺達の勝利だ!」
気が付けば、改めて接舷して渡ってきたバターも一緒だった。彼女はやや呆れながらも、優しく労っていく。そして、直ぐに一行は喜びの声に溢れていた。アメリアが海賊船の中で宝箱を発見したのだ。
中には大金の他に幾つかの希少な装備、そして一行が最も求めていた物があったのである。
海図だった。