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LOAD GAME →境界の海にて 残り時間212:30:00

 「ちっくしょう! せめてスカイスティングをどうにかしないと!」


 バターが焦りを募らせながら、悪態をついていた。彼女は甲板上のリッチシェルと戦いながらも、上空のスカイスティングの狙撃に耐えているのである。キラーホエールまで手が回っておらず、それは信頼する仲間に任せていた。


 戦線は押され気味である。船を操縦していたティーまでもがリッチシェルとの戦闘に参加したことで、船は動くのを止めている。速やかに敵を排除して逃げ出したいところだが、それは難しかった。


 「姉さん!? 後方から敵の増援だ!!」


 船が止まったことで、敵の増援が次々やってきていたのだ。再びリッチシェルを載せたスカイスティングが2体。敵を排除しないから逃げられない。逃げられないから敵が追加される。


 悪循環に嵌っていた。


 ティーは思わず嘆く。バカンス。夢のような話であり、そう嘯いていたころが懐かしい。


 その感傷は直ぐに止まることになる。突如船に激震が走り、メッセージがポップアップしていた。


 ※WARNING※

船へ攻撃を受けています!

戦闘中の船内に人が居る場合、敵は船を攻撃することがあります!

船のHPが0になった場合、全員が海に放り出されますので気を付けてください!

残りHP9000/10000


 「冗談じゃないぞ!? 甲板上でも必死なのに、海で泳ぎながら戦えるわけないじゃないか!?」


 パックは思わず焦燥感に駆られて叫んでいた。誰もがその暗い考えに陥る中、1人だけ屈辱に燃えつつも立ち上がった女がいた。


 ブラックウィドウ。怒り狂っていた彼女は、虎視眈々と安全地帯で逆襲の機会を狙っていたのである。回復を終えると、友人たる性悪女の危機を救うべく馳せ参じていた。


 「おんどりゃあァッ!!! 舐めんじゃねえぞォォッ!!!」


 勢いよく扉を上げて甲板に舞い戻った彼女は、斧スキルレベル4“回帰旋斧”を放っていた。綺麗に縦回転した斧が風を纏ってスカイスティングに向かっていき、呆気なく両断する。


 それまで苦戦していた相手が呆気なくやられたことに、バターもパックも目が点になる。ウィドウは腕を天に突きあげて咆哮していた。


 「どんなもんよ!! こいつら、攻撃する瞬間だけは回避しなくなるんだわ!」

 「何だって!?」




 それは彼女が船内でゆっくり回復しつつも、密かに声援を送ってサボっていた時の事である。偶然彼女は攻撃後のスカイスティングの動きが単調になるのを気づいたのだ。


 そうと決まれば異論はない。彼女は速やかに回復を終えると、格好をつけるべく扉を開けようとし……魚雷を食らったかのような衝撃にすっころんで、頭をしたたかに打ち付けていたのだ。


 「ヘルキャット! あんたは回復に専念しなさい! 飛んでるイカフライは私達で始末するッ!」


 その発見により、戦局は好転していた。ウィドウがスカイスティングとリッチシェルに注力したことで、徐々に空からの圧力が減っていったのである。


 「あら。上に蟹を載せてると、回避が遅いのね?」


 ヘルキャットがそれに気付いたのもあった。リッチシェル搭載型のスカイスティングは、距離が近ければ迎撃も可能なのである。


 彼女は笑みを深めながら、無意識の内に舌なめずりをしていた。それは、興奮した時の癖でもある。


 妖艶な雰囲気を醸し出した彼女は甲板上に残っていたリッチシェルの鋏の一撃を踊り子のように舞って避けると、海の剣をその急所に突き立てる。


 それを見たウィドウは快哉を叫んでいた。


 「おっしゃあ!!! ざまあ見なさい! 大勝利よ……!」

 「あんた馬鹿なの!? まだ海に敵が!」


 ウィドウは空の敵を駆逐する興奮に酔いしれ、海に潜むキラーホエールの事がすっぱり頭から抜け落ちていたのだ。


 バターの言葉でウィドウは気付く。仲間全員が海の方を見ているのだ。そこでは最後に残ったキラーホエールが突撃を敢行するところであり、その背びれは一直線にウィドウを向いていた。


 斧使いは速さが低い。剣士のパックやヘルキャットは高い速さで補正を受けているからこそ、容易く敵の攻撃を掻い潜れるのだ。槍使いよりも遅いウィドウにはそれができない。


 刹那、波切音と共にウィドウの背筋を悪寒が走り、身体が硬直する。


 そこに目にも止まらぬ速さで敵の無数に連なった牙が目前に迫り、


 優れた動体視力を持ったティーの、見惚れる様な正拳突きに救われていた。彼女の拳がキラーホエールの鼻っ柱に突き刺さり、その反動で無様に甲板上を飛び跳ねる。ティーは冷静に槍を突き刺していた。


 「油断しないで……」

 「~~ッ!? ……も……も……」


 今更になってウィドウは、自分が危機的状況に陥っていたことに気付いたのである。へなへなと崩れ落ち、口からは空気が漏れ出していた。


 「も、漏らすかと、思った……」

 「……」


 その微妙な反応に、ティーは思わず閉口していた。




 慌てて退避を決断するや、一行は以前に剣を手に入れた小島にまで戻って来ていた。無事生きて帰れたということもあって、自然と空気も砕けていく。


 ティーの雄姿に恐れ入ったウィドウは、気が付けば格の差を認め土下座していた。


 「姐さん! 牛乳とか言ってすみませんでしたぁ! 今度からは、素直に敬意をこめて爆乳と呼ばせて頂きますぅ!」

 「締めるわよ」

 「ひぅ!? 私のおっぱいは出ません!」

 「胸の話なの!?」


 そのあんまりな言い様に、パックは思わず姉たちに突っ込みを入れていた。見ればヘルキャットはウィドウを指さしてゲラゲラと笑っている。器用なことに声は出さず、雰囲気だけで大爆笑しているのだ。


 「私のも出ないのだけれど……」

 「もちろん、私のも。……ごめんね、期待させちゃった?」

 「ミルクの話でもないよ!?」


 ヘルキャットが満面の笑みでひらひら手を振ると、何故か一行の視線がバターに突き刺さる。特にヘルキャットの期待の籠った視線に憤慨した彼女は、思わず胸を庇いながら吠えていた。


 「何で私まで見るのよ!? おかしいでしょ!? 馬鹿なの!?」


 納得いかないバターが食ってかかり、その最中に彼女の豊満な胸が弾む。それをパックは思わず注視していた。そしてそんな彼の劣情を、ヘルキャットはしっかりと注視していたのだ。


 そのニヤニヤ笑いでパックは我に返り、思わず自身の情けなさに肩身が狭くなる。何故か勝ち誇った顔のウィドウが、その肩を叩いた。


 「うんうん。童貞君だし、しょうがない! 気にすんなや!」

 「ぶち子ちゃんにだけは言われたくないよ!」

 「どういう意味だお前ぇぇッ!?」




 愉快な妹からメールを貰った時、パフは城下町でアメリアと屋台の串焼きを頬張っている所だった。


 肉に照り焼きソースを絡めて炙られたそれは、噛むたびに口の中に旨味と甘味が広がる逸品である。それをアメリアは幸せそうに、口一杯に頬張っていたのだ。


 扱いが酷いと抗議するメキメッサーを、それならばとパフは自分の代理としてこき使っていた。多少性格がおかしかろうが、同じ有志同盟の仲間である。


 彼は、使えるものは何でも使う主義だったのだ。おかげで、今もアメリアと城下町でデートを楽しんでいる。


 「Aah! これ、とても美味しいです!」

 「全くだ。このゲーム、意外に寄り道や小ネタも仕込んであるんだな」


 ルンルン気分のアメリアは、既にアイテムボックスにパフから貰ったプレゼントを詰め込んでいる。城下町にはアイテムショップや装備品の店は無い。が、アパレル等の効果のない装飾品であれば販売されていたのだ。


 「さぁ、アメリア。残念だけど、そろそろお仕事の時間だ」


 名残惜しそうな天使を宥めながら、再びメキメッサーの所に戻る。彼はすっかり煤けながらも、根は真面目なのか仕事はきっちりこなしていた。


 戻ってきたパフに向けて、彼は恨みがましい視線を送ることしかできない。まさかデートの出しに使われるとは思わなかったのだ。


 「貸し一つだ! 全く、とんでもない性格してるヨ……」

 「自覚があったのか? なら直せよ」

 「僕の話じゃないヨ!? 君の話だヨ!?」

 「キミ……? あぁ、黄身か。なに、気にするな。いずれ殻を破る日が来るだろうさ!」


 皮肉を綺麗に受け流したパフは、そのまま釈然としていない顔のメキメッサーから報告を聞いていく。


 現在までにネウロポッセは現れていない。他のPK調査班からも発見の報告が無い。その事実を頭に刻みながらも、パフは次の手段を模索していく。既に有志同盟からの交代要員も派遣されているはずだ。


 攻略の進んでいるエーシィとナーガホームを長時間拘束するわけにもいかない。


 彼とアメリアは“境界の海”に舞い戻る。重要な仕事、金策が待っているのだ。




 「……I see! 防御力が重要ってことですね! ブッチー!」

 「誰がブッチーだ!? はっ倒すぞ堕天使ぃぃっ!!」


 かくして、ナーガホームとエーシィの面々は件の小島に合流していた。同時に互いの情報のすり合わせを行ってもいる。


 船は一度に5人しか乗れない。ならば複数回往復すれば良いだけの話である。幸いにも、両パーティーは共に金策とレベル上げを必要としているのだ。


 この小島を取り囲む海の色はアクアマリン色の浅瀬であり、沖ではない。その為、厄介なキラーホエールやスカイスティングが出現しないのだ。動きの遅いリッチシェルは単体なら弱く、絶好の経験値稼ぎの相手である。


 「こんな奴、ぶち公で充分よ」

 「侮んなよ牛乳めェェ!! いつか、いつの日にか見返してやるからなぁぁッ!!」


 ブラックウィドウは、最後の瞬間までやっぱりブラックウィドウだった。苛立ちながらも羨ましげにティーの胸を凝視している。


 その態度に、パックはすっかり呆れていた。


 「……さっきまでは、もっと殊勝だったんだけど……」

 「しゅショウ?…………しゅしょう……シュしょう……主将! ブッチーはやる時は、やるのですね!?」


 相変わらず微妙な日本語のアメリアに、バターが呆れつつも正しい日本語を教えていた。同時に駄目な例代表のウィドウを見習わないようにとも。


 平和そうな態度に、パフは自然と微笑みを作っていた。カモメの鳴き声と、波の音。遠くで戦う音がアクセントとして加わるそれは、実に平穏な状況であった。




 ナーガホームの面々は無邪気に海岸線で戯れていた。既に2時間以上に渡って、ひたすら戦い続けているのだ。既にレベルは43まで上昇している。


 ティーはバターと休憩がてら砂浜を散策し、VR独特の水の感触と、驚異的な透明度を誇る人口の海に見惚れていた。現実の海と違って、VRの海では音も聞こえるし会話も問題ない。深い所に進もうとすると警告が出るものの、浅瀬では水中眼鏡なしにシュノーケリングができるのだ。


 そしてパックは、性悪女に迫られていた。その傍らでは、ウィドウが痴漢を捕まえたかのように、勝ち誇った顔で何もしていない。


 「パック? あのね、お尻は見るだけならセーフだけど、触ったらアウトなんだよ……?」

 「ふははははっ! まさにその通り! あれほどヘルキャットが言っていたのに、童貞を拗らせちまったわね!」


 パックは人生最大の危機に陥っていた。彼は隣でオロオロしているアメリアと共にリッチシェルと戦っていたのである。そしてその最中に油断して鋏の一発を貰ってしまい、隣で戦っていたヘルキャットを巻き込んで倒れていたのだ。


 その際にばっちりと尻を触ってしまい、責められているのである。アメリアは力なく項垂れていた。


 「パック……言い難いのデスが……ブッチーだとCharityですが、Hellcatでは犯罪です……」

 「どういう意味よ堕天使ッ!? チクショウ! 世の中不公平だッ!」


 アメリアの悪意のない無垢な意見に、ウィドウは涙目だった。その鬱憤を全て込めて、鬼の首を取ったかのように攻め立てる。彼女は弱い相手にはとことん上手に出るのだ。


 「ふふ、どうせ触るなら、生の肉体の方にすれば良かったのに……」

 「ち、違うんだよ! 本当に事故で……!?」


 もちろんヘルキャットはそんなこと気にもしていない。仮に胸を触ったとしても、笑って済ませるだろう。彼女にとって無様に狼狽えるパックの顔の方が、何よりの好物なのである。


 そのまま猫のように距離を詰めると、その白い人差し指をパックの胸に当ててゆっくりとなぞっていく。指先が触れるか触れないかの絶妙な力加減で這っていき、そのまま臍にまで達したところで、彼女はニタリと笑う。その唇から、真っ赤な肉色の舌がチラリと顔を出した。


 「ね? 借金……体で返してくれても良いんだよ……?」

 「えっ? い、いや、その」


 ウィドウが間抜けな顔を披露する中、パックは予想外の展開に視線を逸らしてしまい、アメリアと目があった。彼女は頬を染めて目を指で塞ぎつつも、その隙間からばっちりと誘惑の方法を学んでいる。


 「私にする? 貴方の一生に一度きりの、大切なものを………………ね?」

 「Wa……hoo…………」

 「あわわ!? ちょ、ちょっとヘルキャット……?」


 ヘルキャットは珍しく本気で誘惑し、その年齢にそぐわぬ圧倒的な色気を発揮していた。気が付けばパックは狼狽しつつ、身体がにじり寄るヘルキャットを拒めない。既に体温が感じられそうなほど接近した彼女を前に、その顔は真っ赤になっていた。


 「ま、待ってよ!? ヘルキャット!? このゲームは全年齢対象の至って健全なゲームであって……」

 「もちろん冗談よ、童・貞・君!」


 その悪戯っぽい一言で、アメリアとウィドウの緊張が解かれていた。パックも残念極まりない気持ちが沸き上がるのを必死で抑え込みながら、涙目で性悪女を睨むことしかできない。


 そして、それを察したヘルキャットは会心の笑みを浮かべていた。ともすれば暗くなりがちな状況での、貴重な青春のひと時である。


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