LOAD GAME →キャンプ場にて 残り時間214:00:00
――”Neuroppose”。
それがシグやリンダの仇であるプレイヤーキラーの斧使いの女の名前だった。
「あの女ァ! 必ず引きずり出して、たっぷりとお礼をしてくれる……!」
パフとアメリアは“太古の森”のキャンプ場にて、エーシィの面々と共に対PKの行動を開始し始めていた。義憤にかられた“参陣高速団”にシグやリンダといった被害者が参加し、“スカボロー”と共に出撃の準備を整えている。PK狩りの時間だった。
そんな中パフはというと、
「みんな丸太は持ったな!?」
「Yup! 丸太……製の椅子を持ったです!」
遊んでいた。宿の外でわざわざ家具アイテムの椅子を6人分購入すると、パーティー全員に配っていたのである。アメリアはノリノリだったが、他のメンツからは冷たい視線が彼に浴びせかけられる。
怒りが収まらないシグは、気が付けば殴り掛からんばかりの勢いで食ってかかっていた。
「お前ェェ!!! ふざけんなよな!? これは遊びじゃないんだぞ!?」
「……? もちろん。落ち着けよ。もっと簡単な方法があるじゃないか。……椅子だよ」
「はぁ!? 馬鹿にすんのも良い加減にしろッ!!」
「……そうですね。リーダー、そろそろ分かる様に説明して頂きたいのですが?」
そこにフォルゴーレがエーシィを代表して割って入る。物静かなファイアブランドはともかく、にぎやかなテンペストですら唖然としているのだ。そこでパフはようやく誰も理解していないことに気付くと、真面目な顔を作る。
「……良く考えてくれ? 今必要なのはネウロポッセとか言う女を見つけ出すことだろ?」
「あったりまえだ! 何で椅子なんか持ち出してんだよ!?」
円陣のようにパフを取り囲んだ彼らに対し、パフは自信満々に言い放っていた。
「“太古の森”の狩り出しは否定しないけど、あんな暗くて迷いやすい所を探す必要はないだろ? 俺達は行かないぞ? 椅子に座ってゆっくりしてた方が楽だ……」
「だから、どうやってその椅子で探すかって訊いてんだよ!? 出来るわけねえよ!?椅子なんぞ、何の役にも立たん!」
「本当にそう思うのか? …………既に一部達成しつつあるんだが」
「……なにィッ!?」
そこで初めてパフは、その視線をシグに向けた。底知れぬ井戸のような光を湛えた視線の前に、彼は不思議と息を呑んでいた。強い自信が感じられたのだ。
パフは椅子から立ち上がると、ついと指を振って視線を集める。
「まずは前提条件からだ。俺達はアイテムや装備品を50個までしか持てない。ポーションだろうが椅子だろうが、野外宿泊に必須のテントだろうが、等しく50個だ」
怪訝そうな面々を前に、パフは落ち着き払って説明を続けていく。――実に簡単な事なんだ。あたかもそう教え込むかのように。
「アメリア、このフィールドの敵の特徴を説明してくれ」
「Righto! 毒です! 毒持ちの敵が多いから……あっ!」
途端に理解したアメリアの瞳が輝く。すかさずパフは労いながら、結論を提示していた。
「そう。ネウロポッセが森に潜む限り、割合ダメージの毒が問題になる。一度に持てる毒消しは50個。現実には魔法の不得意な斧使いだから、回復アイテムや装備も加味すればその半分程度だろう。それが尽きた時、奴は拠点に戻らなければならないはずだ……!」
「……ッ!? な、なるほど……。逆に言うと、ショップを見張っていれば、ネウロポッセがやってこざるを得ないという事ですか!?」
驚きを露にしたフォルゴーレに対し、パフは優しく見やる。そう、太古の森の敵は回復アイテムを落とさないのである。常に敵の犇めくフィールドに居る以上、毒消しは必須アイテムのはずだった。
気が付けば一同はパフの術中に嵌り、彼の意見に耳を傾けていた。彼は激高しているシグを落ち着けようと、こんな迂遠な手に出たのである。
「しかも毒消しを売っているのは、キャンプ場にオーカと港町に城下町の4か所。最近襲撃があったことを考えると、奴はまだ港町に辿り着いていないはずだ」
「――ッ!? つまり、その3か所を封鎖すれば、相手を完封できるのか……!?」
「あぁ。付け加えるなら、転移門もな。なに、難しい事じゃない。椅子にでも座って監視しつつ、通るプレイヤーと情報収集やネウロポッセの警告を行えば一石二鳥だ」
だから彼は、椅子を準備していたのである。
場を驚きが席巻していた。確かに、武器よりも椅子の方が有効だった。見通しの悪い森で戦えば、返り討ちの可能性もある。一方で拠点内では戦闘が不能で、安全かつ効率的な作戦だったのだ。
そして、パフは続きを述べる。しわぶき一つしない群衆は、それに聞き入っていた。
「強制睡眠の件もある。ネウロポッセも寝耳に水だったはずだ。町に来たのか、テントで過ごしたのかは知らん。だが……」
その先は言わずとも分かっていた。テントには耐久値が設定されていて、攻撃を受け続ければ破壊されてしまうのだ。6時間敵の攻撃を受け続ければ、かなり消耗しているはずである。
どちらにしろ今、街にネウロポッセが補給で立ち寄っている可能性が高かった。
慌ててシグが駆け出そうとしたのを、パフが笑って止める。彼が椅子を出して座っていた位置からは、宿屋近くのアイテムショップが良く見えているのだ。
彼らは図らずとも、ネウロポッセの居所を一部封鎖しているのである。
驚いた顔のスターファイアに向けて、パフは分担を発表していく。
「俺とアメリアが城下町を監視する。フォルゴーレとファイアブランドはオーカを、スターファイアとテンペストはここを監視する。この分担で動こうと思うのだが……異存は?」
文句は無かった。最後に彼は危険な狩り出しに参加することを決めた面々の勇敢さを褒め、静かに行動を開始する。シグもスターファイアも他の面々も、彼をすっかり見直していた。
かくして、パフは上機嫌のアメリアを連れて、スタート地点である城下町に戻って来ていた。ここに限っては転移門を見張る必要はない。アイテムが販売されているのは、購買だけなので、そこさえ見張っていれば問題はなかった。
思わず鼻歌を口ずさむ可憐な少女と、何故か椅子で座り込みをしている2人組は大層目立った。それゆえ、逆に声をかけられることも多く、情報をばら撒いていく。
「これは、確か有志同盟のナーガホームの方ですね?」
「…………えぇ。えっと、“ヨロレイホー”さん? 耳寄りな情報がありますよ?」
彼の元を多くのプレイヤー達が訪れていた。最大の収穫は、ヨロレイホーを筆頭としたソロプレイを嗜む者へも警告できたことだろう。
「やぁやぁ。久しぶりだネ? お兄さん? 僕にも教えておくれヨ!」
「で、出たです!? Fuckin’ クソ野郎です!」
「天使ちゃん扱い酷くない!? ……それはさておき、面白そうなことしてるじゃないカ?」
現れたのはふざけた態度を顧みもしない、メキメッサーであった。対するパフは椅子から立ち上がろうともせずに、一つだけ聞いていた。
「なぁ。お前、PKとして“カークランド”なり“シャンゼリゼ”なりに戦いを挑んで、勝ち目はあるか?」
「……無いヨ。あるわけないじゃないカ! 確かにソロならレベルは多少高くなるけれど、それでも精々2人が限界だヨ!」
いくらレベルが高くても、複数人のパーティーに戦いを挑んで勝てるとは思えない。だが、パフの懸念点はそこではなかった。
「嘘をつくな」
「バレた? 僕がPKなら、敵との戦いで消耗したところを狙うヨ! それなら皆殺しもできそうだしネ!」
メキメッサーはあくまでおどけた態度を取り続けている。傍らのアメリアが愛くるしい顔を必死で顰めて睨んでいるのを尻目に、パフは考察を続けていく。
「嘘をつくな。2回目だぞ?」
「……バレた? その通りだヨ……。消耗したパーティーが強敵と相対した場合、開き直って逃げ出すだろうネ……。皆殺しは無理だヨ……。しかも斧使いは槍使い以上に足が遅い。つまり……」
気が付けばパフもメキメッサーも同様の結論に達していた。
「「ネウロポッセには仲間がいる」」
そして、何らかの理由で2つのパーティーを見逃したのだ。パフはその可能性も疑っていた。だから今回、監視網を敷いたのである。
「残念だったネ? せっかくの名推理も無駄だったようで……?」
「そうでもないぞ。目的は敵の補給の阻止じゃないからな……」
メキメッサーの瞳が愉快そうに吊り上がる。だが、対照的にパフは何も語る気は無かった。ひとまずメキメッサーは白と判断したのである。
論理的な理由は無い。ただ、ここまで言葉を交わした経験から、彼の勘がそう囁くのだ。
――むしろ、他に怪しい奴がいるじゃないか……?
だがそこで、アメリアが騒ぎ出す。話について行けず退屈していた彼女は、暇そうに外を眺めていたのだ。
「Hey! Next customers are coming! Fuckin’ クソ野郎と遊ぶ暇ないです!」
「……そうだな。……じゃあな、Fuckin’ クソ野郎。帰って寝てろ」
「だから扱い酷くない!?」
「……? ……じゃあな、歯糞野郎。帰って寝てろ」
「何その微妙な省略!? ファッキンクソ野郎を略したの!?」
気が付けば、メキメッサーは素で突っ込みを入れていた。パフの後ろではアメリアがあっかんべーと舌を出している。気が付けば、周りのプレイヤーから微妙なメキメッサーに注がれていた。
可愛いは正義だった。
パックは甲板でヘルキャットの胸元を凝視していた。いつもふざけて、なにかとちょっかいを出してくる彼女だが、今回はそうではない。
立派に発育した胸の中央から、棘のような物が生えていたのだ。
「――ッ!? ヘルキャット!?」
「うッ……!? 危ないよ!?」
唐突な襲撃に、彼女は警告を伝えるのが精一杯だった。その驚愕に染まった顔からパックは瞬時に危機を読み取り、本能のままに屈む。
刹那、数秒前まで彼の頭があった空間をシャチのような敵の牙が通過し、彼はその巨体に背筋が凍っていた。
“スカイスティング LV35”
“キラーホエール LV35”
焦って見上げれば、空を3体のエイのような敵“スカイスティング”が遊弋し、腹部から棘のような物を射出して攻撃している。ヘルキャットが不意打ちされたのもこれであり、彼女はダメージを受けた上に毒に侵されていた。
そして、頭上の注意が言った瞬間、
「――ぶち子!? 右よ!!」
「っえ?」
バターの警告も空しく、海面からシャチのような敵“キラーホエール”が襲い掛かっていた。パックを攻撃した個体と合わせて、計2体。その名に相応しい圧倒的な攻撃力をもって、ウィドウの頭を一撃で食らい尽くしていく。
“CRITICAL!”
その表示と共に見る見るHPが減っていき、
「な、なんじゃこりャァァ!?」
僅かに1割を残して止まっていた。だが、瀕死なのに変わりはない。そのうえ空にはスナイパーが居て、虎視眈々と狙っているのだ。
「い、痛っい痛い痛い!? ヒィィ!? 何で私がこんな目に?!」
幻痛を禁じえない彼女は動揺し、硬直していた。たちの悪い事に“スカイスティング達はそのAIに従って、とどめをさせる相手を優先して狙いを定める。バターやパックが放った遠距離攻撃を舞うように回避すると、その腹部の棘を発射の前兆で身震させた。
「う、嘘よね!? 私、わたし……」
ウィドウは混乱のあまり、何も出来ずにしゃがみこんでしまう。パックが庇いに入るよりも先に、無情にも毒針は発射されていた。
鋭く空中を貫いた針は一直線に放心したウィドウの胸に向かって突き進んでいき、
「呆けないでッ!!」
船が轟音をあげながら急転回し、ウィドウを毒針の射線から逸らしていた。操縦席のティーが面舵いっぱいに舵を回すことで、強引に回避したのだ。
だがその代償にバターもパックもヘルキャットも、振り回されるGについていけず、大いに甲板上を転げ回る羽目になる。
そして、全員の注目が空に向かったのを機に、再び海中のキラーホエールが突撃の準備を整え、
「ぶち子ちゃん! 船内に退避するんだ!!」
「――ぶち子じゃないって、言ってるでしょおおお!?」
動転していたウィドウは、不覚にもパックの軽口で正気に戻っていた。即座に安全な船内へと逃げ込み、怒りと恐怖の板挟みに合いながらアイテムを取り出す。
「みんな気を付けて!? 厄介なのはキラーホエールの方よ! 攻撃の軌道が頭に合ってるから、食らうと一撃死するかもしれないわッ!」
バターの警告と同時に、再度キラーホエールが飛び出してきていた。1体が狙ったヘルキャットは巧みに身を翻し、もう1体に狙われたパックの方は、華麗な反撃に出ていた。
「この野郎ッ!」
初撃の経験から学んだパックは、剣を突き上げながらも屈んでキラーホエールを回避する。
“CRITICAL!”
突撃した頭部に撃剣を叩き込まれたキラーホエールは、甲板上で数回跳ねまわった後大気に溶けていった。
「攻撃力は高いけど、防御力は低いのか?」
だが、それを見ていたパックの脳裏を嫌な想像が浮かぶ。この敵は奇襲攻撃が厄介なのだ。濃紺の巨体は紺碧の海と一体化し、位置を把握しにくいのである。
おまけに彼が放った斬壌剣を海に潜って回避するだけの能力も備わっているようだった。彼は知らずの内に渋い顔を作っている。
見ればスカイスティングの方も、ティーとバターが示し合わせて放った竜炎槍を、いとも容易く回避していた。
「強いわね……! それに、厄介だわ」
バターが敵の攻撃を引き付けるように甲板上で暴れ回る中、ティーは不吉な影を見て美しい顔を歪めていた。
その仏頂面を深めながらも、警告することしかできない。
「敵の増援よ!!」
さらに現れたスカイスティングは、驚くべきことにその上にリッチシェルを載せていたのだ。警告も空しくリッチシェルが甲板上に投下される。
パーティーは陸海空の三位一体となった攻撃の前に、水面に浮かぶ木の葉のように翻弄されていた。