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LOAD GAME →港町にて 残り時間216:00:00

 パックは疲れた顔のまま、購入した船の甲板で黄昏ていた。空は青く、果てしなく続いている。その色よりも僅かに濃い青色の海もまた、遠くまで広がっていた。


 現在船は港にあり、アイテムの購入等が済み次第出向の予定である。彼は他のメンバーよりも先に仕事終わらせていたのだ。


 甲板にはスタッフによって丹念に作り込まれたカモメがとまっており、呑気な鳴き声を響かせている。そしてもう一つ。


 「おーっほっほ! 私のために、キリキリ働きなさい!」


 ハイテンションになったブラックウィドウが、持ち込んだアイテム“ロッキングチェア”に座ってキーコキーコやりながら、傍若無人に振舞っていた。その隣では同様に乗り込んだヘルキャットが、喫茶店のアイテム“トロピカルジュース”を片手にバカンスを楽しんでいる。


 「どうしてこうなった……」


 パックは始まったばかりの2日目に意識を向けていた。




 港町の宿屋できっちり6時間の睡眠を取った後、ひとまずナーガホームは有志同盟の会議の続きに戻っていた。キャンプ場には前日よりも多くのパーティーが参加していて、より大所帯となっていたのである。


 そしてそこで、侃々諤々の議論が発生していた。


 きっかけは2つのパーティーの報告である。正確には1つのパーティーとソロプレイヤーだった。なにしろ、パーティーは1人では維持できないのだから。


 「ライゾウ! ウィドウ! パースリー! 助けてくれぇ! いや、復讐に手を貸してくれぇッ!!!」


 会議に走り込んでくるや号泣しながら土下座して無念を訴えた男は、パーティー“カークランド”のリーダー“シグ”である。もっとも既に“カークランド”は存在しない。彼以外の3人のプレイヤーは、全員が天に召されていたのだ。


 それに続くように、暗鬱な雰囲気を醸し出した二人組を代表して、プレイヤー名“オラクリスト”が口を開く。


 「私達“シャンゼリゼ”も襲撃を受けて、生き残ったのは私と“リンダ”だけです……」


 オラクリストは気丈にも泣きこそしないものの、その表情には悲痛な物が溢れ出している。傍らのリンダに至っては、真っ白の顔のまま魂が抜けたような顔で呆けていた。


 テンペストが慰めるように彼らに優しくし、少しずつ被害の実態が明らかになる。




 「……プレイヤーキラー? 信じられないな……」

 「何だとお前ッ!! 俺達が嘘ついたって言うのかよ!? それとも、俺が仲間を殺したって言うのかよッ!? ふざけんなッ!!」

 「お、落ち着いて下さいシグさん!? パフさんも、誤解を招くような発言は……!?」


 シグは正直な疑問を述べたパフに掴みかかっていた。激高した彼を辛うじて、猫を被ったブラックウィドウがどうにか宥め落ち着ける。だがシグの瞳には強い怒りが込められていて、パフも謝罪せざるを得なかった。


 彼の報告では、カークランドを襲ったのは間違いなくプレイヤーだという。プレイヤーはモンスターと違ってゲージに名前しか表記されないのだから、間違えることも無いだろう。


 「“太古の森”にプレイヤーが潜み、それがステージ攻略中のパーティーを襲っている? 馬鹿な。そんなことして、何の得があるというのだ……」


 スターファイアの落ち着き払った声に、ナーガホームの面々は考えを巡らせていた。


 ――ありえない。


 何度考えても、それがパフの出す結論である。


 なにしろ攻略を妨げれば、自分たちすら制限時間切れでゲームオーバーになる可能性があるのである。そもそも、報告によればプレイヤーキラーは女1人。1人でパーティーを相手取って勝てるとは思えない。


 そこで静かにスカボローのパースリーが手をあげた。


 「あの……以前から“太古の森”で行方不明者って出てましたよね? 今までは迷子になってる内に敵にやられたんだと思ってましたけど、それって……?」


 彼女の発言に、場は沈黙していた。誰もその意見を否定できなかったのだ。


 現実にはプレイヤーキラーが存在している。その脅威を認めざるを得なかった。


 「あの女ッ!! あの女ッ!! 見つけ出して、必ずぶち殺してやるぞォ!!」


 尋常でない憤怒と悲しみを目にした一同は、このゲームが遊びではないことを痛感している。


 仲間を殺されたシグの怒りは火山の如く噴火していた。なにしろ、必死で逃げた彼の耳には、抵抗できぬまま切り刻まれていった仲間の叫び声がこびりついているのだ。


 「……一度、調べてみた方が良いかもしれないな……」

 「兄さん?」


 弟の声を意に介さず、パフは鋭く視線を送る。生き残っているシグ、そして俯いたまま無言のリンダはいずれも剣士である。剣士は軽装ゆえに槍使いや斧使いと比べて、速さが高い。それ故に逃げ切れたと判断する。魔法使いのオラクリストなら、時空魔法の“スキップ”が使えるはずだ。


 ――何かがおかしい。


 そこに陰謀の匂いを感じ取ったパフは、愛する仲間たちを守るために調べを入れることにしていた。


 それは、シグの必死の頼みを無下にできなかったエーシィも同様である。様々な要因が重なった結果、この奇跡が起きていたのである。




 「まさか、エーシィとナーガホーム双方で一時パーティーを解散して、再編するとは……」


 甲板の上でパックは青空を見上げていた。


 PKの調査とステージの攻略。どちらも無下に出来ない案件であるがゆえに、パフは両方取る道を選んでいた。


 “境界の海攻略班”として、ブラックウィドウ、ヘルキャット、パック、バター、ティー。“PK調査班”として、パフ、アメリア、フォルゴーレ、ファイアブランド、テンペスト、スターファイア。


 船の代金を出し合っていたこともあって、ピッタリと嵌った戦術であった。だが、パックにとっての問題は一つ。


 「おるぁぁ! 美人ども! キリキリ働きなさい! 顔で得してんだから、その分を清算よ!」


 攻略班の指揮官がウィドウだったのである。彼女は素がバレているのを良い事に、日頃の鬱憤を晴らすべくティーとバターをこき使っていた。2人が買い出しに行っている間、ヘルキャットと2人でバカンスを満喫している。


 パックは針の筵状態だった。


 「あーあ。やってられっかってーの! 何で私が他人の為に働かなきゃならないのよ? シグも復讐なら自分で勝手にやれってんのよね」

 「相変わらず、清々しいまでの屑っぷりね」


 ウィドウはロッキングチェアを揺らしながら、平然とゲスな本音を覗かせる。その表情はパックが見たことも無い程、愉悦に綻んでいる。彼女は自分とは月とスッポンな美人を働かせていることが、楽しくて仕方がないのだ。


 そして不本意ながら彼女のこすい態度は、暗い雰囲気を吹き飛ばすのに一役買っている。


 その小悪党っぷりを、ヘルキャットは暖かく見守っていた。もっとも内心では、お腹を抱えて笑い転げているのであろうが。パックにもそのくらいは分かる。


 「はん! あんた、胸だけじゃなくて器も小さいのね!」

 「誰の胸が無いよ!? ちょっとくらいはあるわよ! それに、まだ成長期なの!」


 そこに帰って来たバターが、ウィドウに皮肉で応戦していた。相方のティーが甲板最後尾の操縦席に座って操作方法を確認するのと同時に、バターを窘める。


 「バター。落ち着いて」

 「その通り! そっちの牛乳女は分を弁えてるじゃな……」

 「お腹と顔は成長してるわ」

 「喧嘩売ってんの!? 姉弟合わせて!」


 涼しい顔で事実を指摘するティー。親友の言葉にバターは会心の笑みで頷いていた。


 おもむろにヘルキャットが後ろからウィドウのお腹のサイズを手ではかり、そのままバターのそれと照らし合わせ、驚愕の顔を浮かべる。


 「ウィドウ……。あなた……」

 「ままま、まさか! そそそ、そんなこと、あるわけ無いしっ!」


 泡食ったウィドウがバターのすぐ前に立つ。確かに、あらゆる所に歴然とした差があった。この為だけにバターが装備している薄手のインナーが、その見事なスタイルを浮かび上がらせている。


 パックからは、横並びになった2人の無防備になった姿が良く見える。あらゆる面で上回ったバターの艶姿を、気が付けば食い入るように目に焼き付けていた。


 絶望感に打ちひしがれるウィドウ。その耳にバターは、ティーはもっと凄いわよ、と優しく吹き込む。ウィドウには、崩れ落ちるしか残されていなかった。




 「姉さん! 出港だよ!」

 「任せなさい」


 操縦席に座ってMPを消費することで、船のスクリューが音を立てて回転し始める。その速度は一行の予想を上回る高速であった。船というよりは、モーターボートに近い挙動である。


 「のわぁっ!?」


 それ故に波の上下も再現されており、油断していたウィドウがもんどりうって顔面から転ぶ。それをすっかり慣れ切ったパックはスルーしながら、姉に向かって目的地を示す。彼の居る船首には望遠鏡が備え付けられているのだ。既に最初の目的地である小島を見つけていた。


 「姉さん! 少しだけ右! ちょっと遠いけど、上陸できそうな小島が見える!」


 そう言いながら、パックは別れる寸前の兄の言葉を思い出していた。


 ――多分だが、金策できる所が港近くにあると思う。船代を稼がないと攻略できないわけだし。とりあえず、そこを見つけてくれ。


 大部分のプレイヤーは“太古の森”を攻略しようと奮闘し、その為に安価ではないハイポーションやエーテルといったアイテムを大量に買い漁っている。


 ――そんな彼らが、果たして船を買えるのか。


 それがパフの新たな懸念である。


 事実、港町には多数のクエストと称してお金を稼ぐためのイベントがてんこ盛りだった。


 また船は追加費用を払う事で乗船人数を増やすこともできる。他にも港町で新たな装備が売られていることもあって、ナーガホーム的にも金策は必須だったのだ。


 「痛たたたたっ! 顔打った……!?」

 「……でかい顔が、さらに大きくなるわね」

 「余計なお世話よッ!?」


 船の快速さもあって、あっという間に到着する。


 白い砂浜とそこから伸びた木製の桟橋に船を留めると、南国の爽やかな風が吹き抜けていった。粒子の細かい砂に透明度の高い海は見事なマリンブルーを形成している。その島は上陸するとすぐに草地になっており、そこを蟹と亀を足して2で割ったような敵が闊歩していた。


  “リッチシェル LV33”


 「さぁ、行くわよパック」


 船から降りるや、バターとティーが槍を構えて前に先行し、その横からスキルによってブーメランのように投げられた斧が弧を描いて飛んでいき、敵の頭に直撃していた。


 “CRITICAL!”


 「おっしゃあ!! どんなもんよ!」


 ウィドウが快哉を叫ぶと同時に、敵のHPは半分も削れていた。彼女の奮闘に刺激された面々が次々と攻撃を加えていく。


 幸いな事にリッチシェルは防御力こそ高いが、動きは非常に鈍い。大きな鋏を突き刺すように振るうものの、予備動作も大きく躱すのは難しくなかった。


 「これで、とどめだ!」


 2つの鋏を掻い潜ったパックの一撃がリッチシェルの目玉に直撃すると、クリティカル表示と共に虚空に消えて行った。同時にドロップアイテムが手に入る。


 「あら。あの蟹さん、結構立派だったのね」


 ヘルキャットの言葉通り、リッチシェルは単体で3,000ものお金を落としている。これは“太古の森”の敵の3倍近い金額である。しかもドロップした素材を売れば、更に上乗せできる。


 島を見渡せば、多くのリッチシェルがのんびりと暮らしているようだ。確かに、金稼ぎにはちょうど良い。


 「流石兄さん。予想通りだ」

 「それで、どうするのかしら? 島の奥の方に建物っぽいのがあるけど……行ってみる?」


 是非も無かった。




 「宝箱ね」

 「宝箱よ?」


 崩れかけた灯台のような建物。その最上部にあったのは宝箱である。ナーガホームはこれまで脇道を無視して進んできたこともあって、初めて見るものである。テンションの上がったウィドウが子供のように歓声をあげながら開き、中身を確認する。


 「これは、武器かしら?」


 ウィドウが取り出したのは、美しい海の色の刀身が印象的な剣であった。名前もそのまま“海の剣”。その効果は、装備者の水魔法の威力の向上である。


 間違いなく、今の攻略班に必要な装備だった。


 「ヘルキャット! これ、貴女が使いなさい!」

 「ちょ、ちょっと待ちなさいよぶち公! 戦利品は平等に分配って話じゃないの?!」

 「うるさいてふてふ! 回復役がヘルキャットしかいないのよ!? そんなことも分からないの!? っていうか、誰がぶち公だ!?」


 バターとウィドウは相性が悪い。どちらも勝ち気で、無意識の内に相手より優位に立とうとするのだ。それは心のどこかに存在する、劣等感の発露である。


 次第に言葉の応酬はエスカレートしていき、慌ててパックが止めに入る。


 「バ、バター姉さん、ぶち子ちゃんも、落ち着いて!?」

 「パックは静かにしてて!」

 「童貞は引っ込んでろ!」


 そのあんまりな言葉に、彼は閉口せざるを得なかった。そう、このパーティーは男1人に女4人である。女性のノリについて行けない彼の発言力は、無きに等しかったのだ。


 「ごめんね?」

 「あ……、いや、良いんだけど……」


 地味に傷つきながら、船に戻ったパック。そんな彼に心底申し訳なさそうな顔のヘルキャットが謝りに来ていた。彼女は心の底から無念そうに呟く。


 「水着、期待してたよね? 当然、海のステージだもんね? でも、宝箱の中身は剣だから……」

 「そこじゃないよ!?」


 顔を上げて見れば、ヘルキャットは口角を吊り上げてケタケタと笑っていた。彼の受難は続く。


 海の色が美しいアクアマリン色から、サファイアブルーに変化していたのだ。それは沖に出たしるしであり、同時にこのステージの脅威が立ち塞がる前触れでもある。


 船の後方に高速で接近する背びれ。それに気付く者はまだ居なかった。


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