LOAD GAME →港町にて 残り時間222:00:00
「今回の功労者はバターちゃんだな。勝つには勝ったが、対策として遠距離攻撃手段を準備してなきゃ死んでたぞ……」
「いやぁ、そ、その、そんなに褒められると、さすがに照れるんだけど……」
兄の言葉を筆頭に、ナーガホームの面々はバタフライを褒め殺しにしつつも先を進んでいた。かき集めたアイテムとパフの回復魔法を使って、毒状態を放置したまま強引に進んでいたのである。
その先にもう一波乱あることを知らずに。
森の遺跡のボス部屋を抜けた先には、新しい街道が存在した。しっかりと石畳で舗装されており、その先には港町が広がっている。そして、その街に入った所で意外な顔ぶれがナーガホームを待っていたのである。
「あっ! 来ました! ナーガホームの皆さんです! しかも全員が揃い踏み! 良かったぁ……。遅いからモンストなんちゃらの前に全滅してしまったのかと冷や冷やしていたんですよ……。ね! スターファイア!」
「……テンペスト。君は少し落ち着きというものをだな……」
「みっなさーん! こっちこっち! ここですよー!! 多分必要なんじゃないかと思って、毒消しを用意しときましたよー!」
そこに居たのはマシンガンのように言葉を吐き出し続ける女、テンペスト。そしてそれに辟易したようで、どことなく疲れた雰囲気を漂わせたスターファイアだった。
テンペストの人懐っこい顔と勢いに押された面々は、毒状態を治療してから港町の一角にある宿の喫茶店に腰を据えていた。
「それでですねー! ウィドウちゃんの発案で、“アイテムが無くて涙目のナーガホームに恵んでやって、ざまぁする作戦”を立てたんですねー! でもウィドウちゃん、自分で発案した癖に、ジャンケンに負けて出待ち組になった瞬間、NPCしかいないのを良い事に子供みたいに駄々をこねたんですよ! で、しょうがないので私が変わってあげたんですけど……」
話が始まって10分。パックもアメリアも疲れ切っていた。中々本題に入らないのだ。見れば営業スマイルを堅持する兄とは対照的に、姉はそっぽを向いて出された紅茶を嗜み、バターは眠そうな顔で話を聞いている。
「ごめんなさい……そろそろ本題に入ってもらって良いかしら?」
「ああっと!? 私としたことが……!」
バターが言いづらそうにしながら指摘すると、テンペストはうっかりと言わんばかりに天を仰ぐ。その隙にようやく会話の糸口を得たスターファイアが話を進めていた。
「有志同盟?」
「あぁ。元々は我々“エーシィ”のように、攻略の最前線に立っていたパーティの情報やアイテム交換の為の繋がりだったんだが、知っての通り“太古の森”は難しいステージだっただろう?」
それを機に、有志同盟はその姿を変えていた。単なる情報交換だけではなく、フィールド攻略を効率的に進める為に役割を分担するようになっていたのだ。
そして、その人数は多ければ多い方が良い。まして、“太古の森”では死者すら出している。人数の急募は必須だった
「……なるほど。それでこっちに声をかけたという事か」
「その通り。参加すれば情報が手に入るんだ。悪い話ではあるまい?」
スターファイアは“ナーガホーム”を同盟に参加させるつもりだった。バラバラに攻略するよりは、分担したほうが効率も良いし管理も楽だからだ。
その思惑を、パフは暗に察している。それくらいはお手の物だ。同時にそこに、それだけではない真意が見え隠れしているのも、手に取る様に理解していた。
「兄公……どうする?」
妹の問いに、パフは僅かに逡巡する。だが、少しだけだ。かくしてナーガホームは有志同盟への参加を決めていた。スターファイアの情報によれば、そろそろ第1回の会合がキャンプ場にて行われるという。
一行は転移門を通じて、“太古の森”の出発点、キャンプ場に舞い戻っていたのである。
「ゆーしどーめい……You seed May? ……春の種蒔き?」
いまいち理解していないアメリアがあどけない表情でうんうん唸るのに、一行は癒されながら席で待っていた。場所は以前にも利用した、キャンプ場の宿の一角である。
既に何人か見知った顔ぶれも到着している。エ-シィを筆頭に女性3人組のスカボローや、しぶとく生き残っていたソロプレイヤーのメキメッサー。そして男性3人組のパーティ“参陣高速団”である。
“参陣高速団”は男ばかりの上に全員が物理特化という非常にむさ苦しいパーティーで、薫風香りそうなスカボローに近付いてはお断りされるという駄目な連中でもあった。
彼らは待ち時間を利用して今日も声をかけようとし、そこで屈指の美しさを誇るティーの美貌に参っていたのである。
その顔がだらしなく鼻の下を伸ばすのを、冷め切った表情でナーガホームの面々は見据えていた。プレイヤー名“ライゾウ”は気力を奮い立たせると、必死の思いで声をかける。
「お、おう。新顔みたいだが……大丈夫なのか? 何だったら……」
「老け顔に文句言われる筋合いは無いわ」
一刀両断だった。慣れきっているティーは容赦が無かったのだ。下手に希望を残すよりはと、徹底的に断ち切ることにしているのである。そのあまりの切れ味は、言われた本人ですら二度見している。
そして、妹にたかる悪い虫を排除するのも、兄と弟の役目だった。
「妹よ、せめて古顔と言ってやりなさい……」
「一緒だよね!? それ!?」
兄は容赦が無かった。段々涙目になる相手に、思わず弟は同情してしまう。そして、アメリアはようやく理解できる日本語に、テンションを上げていた。
「ふるがお……Full……顔……ハッ! 顔がFull! 顔がでかいという事ですか!?」
「アメリア!? それ一番きついよね!? っていうか、遠回しにハゲって言ってるよねそれ!?」
「……ふむ、まさに不毛なやり取りだな……!」
「上手い事言ってる場合じゃないよ!?」
シスコンの兄は、全力で叩き潰しにかかっていたのだ。同じくシスコン気味の弟をして、その手腕は恐るべきものである。パフはそのまま意味もなくアメリアを呼び寄せ、見せつけるように頭を撫で始める。
彼女はうっとりと頬を緩め、自然とライゾウに格の差を見せつけることとなっていた。
「さぁ、会議を始めましょ? 遅刻者もいるみたいだけれど……」
物陰で指さして笑っていたヘルキャットが、話を進めにかかる。何故か彼女の隣のウィドウが、相手の男に凡人同士の共感を覚えていたのだ。ヘルキャット的には、ウィドウはもっと面白い相手とくっついて貰わなければ困る。
年下の少女の妖艶な微笑みが注目を集めた時に、それはやってきていた。
唐突に参加していた全員の前に、メッセージがポップアップする。それは場の空気を一変させ、全員を絶望の淵に立たせる物であった。
※WARNING※
ゲーム内における連続覚醒時間が18時間に迫っています!
本ソフトでは安全の為、ゲーム内連続覚醒時間を18時間までとし、6時間の強制睡眠を導入しております!
至急宿屋・仮眠室をご利用ください!
フィールドに居る方は安全地帯に避難するか、アイテム“テント”をご利用ください!
強制睡眠まで、残り19:58
無言のざわめきが場を支配していた。それは攻略の算段を大いに狂わせるものである。
最初に動いたのはやはりと言うべきか、ブラックウィドウであった。さしものヘルキャットですら驚きを隠せない中、大声で喚き立てていた。
「スタッフ馬鹿なんじゃないの!? 何がデスゲームよ!? ふっざけんなや! しかも6時間の睡眠? 冗談じゃない! ゲーム攻略には240時間しかないのよ!? その4分の1を寝て過ごせっていうの!? ぶち殺すぞ!?」
それまでに懸命に積み上げてきた媚を投げ捨てて、ブラックウィドウは叫んでいた。その醜態に今更気付いて青くなるも、時すでに遅し。
彼女をお姫様扱いして舞い上がらせていたライゾウたちは、すっかり度肝を抜かれていたのだ。涙目になるウィドウ。だが、彼らが逆に好感を覚えていたのを、この時はまだ知らない。
「一度解散しよう」
唯一冷静だったスターファイアの声で、慌ててパーティーたちは出発していく。それはナーガホームも例外ではない。
席を立った彼らは、エーシィと共に港町へと先を急いでいた。
「ぶち子ちゃん……そっちはどうするの?」
「ぶち子じゃないって言ってるでしょ!?」
慌てて宿を取ったパックは、わずかな時間を利用してウィドウたちと打ち合わせをしていた。
ステージ名、“境界の海”。港町はギリシャ、ミコノス島を彷彿とさせる白い家々が特徴的な、観光にピッタリの美しい都市だったのだ。建物は石ではなく白樺のような白亜の木でできているが、それが逆に南国リゾートの風情を醸し出している。
パックの居る喫茶室には大きな窓が立ち並び、そこから燦々とした陽光が入り室内を明るく染め上げていた。その木製の丸テーブルに腰かけた会議は、状況が状況ならば誰もが憧れる絵になる風景である。
「ナーガホームとしては、有志同盟とは別れて速やかに攻略するつもりだ」
南国感満点のトロピカルなジュースを飲みながら、兄はそこで口を挟む。ウィドウが息を呑む中、その隣ではヘルキャットが負けじと同じ物を注文していた。彼女は売店で販売されていたネタ装備の“麦わら帽子”に“サングラス”を付けていて、緊張感の欠片も無い装いである。
「有志同盟との合流を待たないのですか?」
「あぁ。彼らのレベルが幾つかは分からないが、“太古の森”の攻略には時間がかかるぞ? 俺達は運良くダンジョンに到達し、怖いもの知らずでボスに挑み、幸運にも生還しただけだ」
その言葉に、几帳面なフォルゴーレは無意識の内に顎に手をあげて思考を巡らす。パフの言葉を否定できなかったのだ。そもそも、フィールドの時点で死者が出ているのである。彼らだってもう一度ボスに挑めと言われれば、レベル上げを先にするだろう。
つまり、時間がかかる。
「一度ダンジョンに到達しているのだから、オーカからの道は直ぐに分かるのでは?」
「そう言って、結局迷ったじゃないか……。それに、あいにくとオーカには行ったことが無くてね」
ナーガホームは拠点であるオーカには足を踏み入れてない。
時間をかけて有志同盟の合流を支援するよりも、その時間をレベル上げなり攻略に費やした方が良いのではないか。それがパフの考えである。
「ちょっと! それじゃあ分担して攻略できないじゃないの!? 同盟の意味が無いわ!?」
「同盟はあくまで提携関係だろ? 合併ではないんだから、多少の独断専行は自由じゃないのか?」
パフとパック、ウィドウとフォルゴーレ。それぞれが意見をぶつけ合う中、ヘルキャットは失敗を悟っていた。彼女は考えるのが好きではない。不得意ではないが、それよりも体を動かす方が好みだった。
――アメリアちゃんやテンペストと一緒に、街の探索に行くべきだったわね……
猫のような性格の彼女は欠伸を一つすると、ぽかぽか陽気に誘われて眠気を誘っていた。
だが、彼女の眠気を妨害する存在がけたたましくも走り込んで来る。
「パフ! パック! 大変です!」
慌てた様相でやってきたアメリアの手には紙が握られている。彼女は訝しむ一同が見て取れるようにチラシをテーブルに広げようとして、トロピカルジュースが目に入る。
「Wow! これ、美味しそうです! 私も欲しい!」
「急いでたんじゃないの!?」
「Oops! ソウでした……。これを見るです。町のいたる所に置いてありました……」
――新型船、入荷しました!
この“境界の海”はフィールドの半分以上が海で、探索には船が必須です!
パーティーサイズに合わせて、各種用意してあります!
お買い上げは港町の販売店まで!
その下には帆船から帆を取ってスクリューを付けたような、平べったい船体の絵が描かれている。どうやら甲板の他に、中で休める仮眠室等も備えられているようである。
そして、特筆すべきはその値段だった。
――6人乗り:1,000,000L
「ひゃ、百万円!?」
「ぶち子ちゃん! 正確には百万リーフだよ!」
「うっさいわ!? っていうか、問題はそこじゃないし! こんな金、何処にもないわよ!?」
「いや、あるぞ」
驚いた顔の面々を尻目に、パフはしれっとアメリア用のジュースをNPCに注文すると、フォルゴーレに思わせぶりな視線を送っていた。
彼はその意味を理解し、やむを得ず頷く。
「ナーガホームのメンバーは5人。5人乗りの船の値段は85万リーフ。ナーガホームとエーシィが金を出し合えば、何とか手が届く金額ですね」
そこで文句を言おうとしたウィドウは、ヘルキャットとフォルゴーレに袖を引っ張られていた。他に方法は無いのである。
港町らしく、心地良い風が吹き抜けていく。