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LOAD GAME →森の遺跡にて 残り時間222:30:00

 現在のナーガホームの平均レベルは34。ダンジョンに侵入した時よりも上昇しているが、今までのボスと比べると低さは否めない。


 だからこそ、ボスの性質を掴むのが勝利への第一歩である。そう考えたバターは、生暖かい視線を送ってくる3人に内心の不遇を押し隠して教示するのであった。


 同時に助けを得たパックが100人力と言わんばかりに笑顔になる。


 「汚された恨みを果たす亡霊だから、アンデッドだね!」

 「何でよ!? ……パック。貴方、そういう所はお姉ちゃんに似なくて良いの」


 恥をかいて涙目になったパックを尻目に、バターは不敵な笑顔を最大のライバルに向けて突き付ける。


 「ウツボカズラよ! このステージは森や植物がモチーフとなっているでしょ? ハエトリソウしかり、モウセンゴケしかり。なら、当然ウツボカズラがあっても驚かないわ!」

 「……確かに、バターちゃんの言う通りだ。……でも、そんなにウツボカズラってトイレに似てるか?」


 兄のもっともな疑問に、バターは胸を揺らして自慢げに答えていた。


 「ふふん、勿論です! ウツボカズラの一部の仲間は動物のフンを吸収する種類もあるの。それにあの子の捕中袋には蓋がついてる個体もあるし、そういうのは確かにトイレに似ているんです!」


 うっとりとウツボカズラへの愛情を込めて語るバター。アメリアとパフは微妙な視線を向けながら、思わず距離を取っていた。


 気にしなかったのは、パックとティーである。彼女は逆にバターに近付くと、慰めるように囁いていた。


 「食虫植物が趣味なんて……」

 「うっさい! どうせ気色悪いとか思ってるんでしょ! いいもんいいもん! 帰ったら私を待ってるサラセニアちゃんやハエトリソウちゃんと戯れるもん!」


 気が付けばバターは自分の趣味を力説していた。あまり賛同を得られない趣味だと自覚があり、それ故に頑なになっているのである。アメリアとパフが距離を取ったのは、趣味の内容ではなく態度が原因である。


 バターはティーに負けず劣らず、残念な女だったのだ。


 「貴女には分からないわ! 家に帰ったらハエトリソウがその秘貝をぱっくりと閉じて、餌を捕えていた時の感動が!? 文句ある!?」

 「ううん。ただ、女同士、悪い虫が寄り付かないのは良い趣味だなって」

 「悪い虫って男じゃなくて虫の方なんだ!?」


 そして当然のように天然回答で返す姉。パックは突っ込みつつも、類は友を呼ぶという言葉が頭に浮かんでいた。


 「Nah! 大人のLadyがそんなことしちゃ駄目です!」


 パフがどうやって先に進むか悩む傍ら、アメリアは素直な良い子だった。その真っすぐな言葉にバターがヘコむ中、彼女はビシッと指さしていた。


 「Rest roomが淑女の言い方です!」


 微妙にずれた回答のお陰で和やかな空気に包まれ、一行は改めてウツボカズラ対策を練り始めていた。そして、それは彼らの予想を超えるほどの成果を叩きだすことになる。




 一階への道すがら、バターを中心に考えを纏めていく。


 「……つまり、長い蔓が特徴ってことだな」

 「はい! 今までの植物敵の形態を考えると、本体の動きは緩やかでしょう。にもかかわらず高速で飛び回る影があるという事は、捕虫袋のついた蔦がその正体だと思います……!」

 「ということは、蔦で叩きつけたり、袋から溶解液を零してくるってことか」


 だが、そこでパフの頭には疑問点が一つある。何故エーシィの面々は本体に攻撃を仕掛けず、わざわざ動きの速い蔓と戦っていたのか。


 答えは一つだった。全員がその解答に辿り着く中、バターが渾身のガッツポーズを決める。


 「多分、本体にはダメージ判定が無いか、あっても極端に防御力が高いはず! だからエーシィは蔓か捕虫袋を狙っていたのよ! つまり、私達もそこを狙う為に、スキルを取るべきだわ!」


 バターの言葉に異存は無かった。エーシィが使っていた槍スキルレベル5の”竜炎槍”や斧スキルレベル4“回帰旋斧”、剣スキルレベル6の“斬壌剣”など、遠距離攻撃の手段が必要なのである。


 「Bossに挑む前に、Level upです!」


 かくして一行は、一時ダンジョン内を彷徨ってレベル上げに明け暮れることとなる。




 ※WARNING※

この先には特別に強い敵がいます!

一度に挑めるのは1パーティー6人までです!

一度戦闘が始まってからは、逃げることはできません! 覚悟を決めて下さい!


 その恒例となったメッセージを一同は斜め読みし、バターが代表としてうらぶれた木の扉を押し開けていた。ギィっと音を立てて遺跡最深部の扉が開き、一行は中へ足を進めていく。


 「思ったより、明るいね……」

 「Yup! 外から見てた時は、もっとDarkでしたケド……」


 ボス部屋は天井が崩れ落ちて吹き抜けになっている。そこから差し込む光のせいか、確かに無数の樹木や草が生えているものの明るく見通しが効く。


 だがそこで、先頭を行くパックとアメリアに緊張が走っていた。最初に捉えたのは樹木の葉擦れの音であり、ついで頭上の一角に不自然に枝が揺れて葉が落ちる演出を発見する。


 それに気付いて全員が武器を構えた瞬間、ボスは落下音を轟かせながらその姿を現していた。


 “モンストローズド・ベントリコーサ LV30”


 それを見た瞬間、面々の表情が凍り付いた。珍しくボスにお供はいない。


 「そういうことか……! パック、アメリア下がれ! ティー、バター前を任せる!」


 狼狽したパフの声に慌てて剣士2人が下がり、同時に槍使い2人が前に出る。そしてその周囲を取り囲むように蔦とウツボカズラの特徴的な捕虫袋が垂れ下がり、無数のボスのHPゲージが表示された。


 「What!? 10……いえ、20はBossがいるです!?」


 視線の先、一際大きな木の根元には、それに絡みつくような巨大なウツボカズラの根茎が見え隠れしている。その動きは遅いものの、HPゲージは表示されていない。問題はパーティーを包囲した捕虫袋のボス反応だった。そのいずれにも名前とHPゲージが表示されており、別々の個体であることを示している。


 そんな中バターは一早くボスに気付くと、焦った声で警告を出していた。


 「モンストローズ……石化個体!? 気を付けて! おそらく捕虫袋は独立して攻撃してくるはずよ!?」


 彼女の声と、ボスが蔓を鞭のようにしならせ、風切り音と共に叩きつけてくるのは同時だった。




 戦いはナーガホームが有利に進めていた。360度あらゆる方向から袋叩きにされるのを恐れたパフが後退を指示し、壁を背にして戦っているのである。その結果、前方からの激しい攻撃は、全て防御力の高いティーとバターが体を張って防ぎ切り、その間に残りの3人が遠距離攻撃を放つのである。


 「素早いな……。面倒なことに足を止める方法も無い……」


 パフが水属性回復魔法“ヒール”を唱え、同時に槍使い2人に毒消しを使う。ボスの攻撃は、その悉くに毒の追加効果が付与されてるのである。そして、今の毒消しが最後の一つであったのだ。パフは内心で悪態をついていた。


 とは言え、逆に言うとその程度の被害しか出ていない。受けたダメージは全てパフの回復が間に合う範囲である。そう、ボスの攻撃力は低かったのだ。


 「この……! 当たれっ!」


 その隣ではパックが裂帛の気合と共に、スキル“斬壌剣”を放つ。高々と掲げられた剣が地面に振り下ろされるや否や、その前方に向けて縦一文字の衝撃波が放たれ、敵を真っ二つにしていく。


 「Wow! Puck shoot one(一機) down(撃墜)! And……Radar lock(見ぃつけた)!」


 パックの攻撃は補虫袋の一つを直撃していた。同時にそのHPゲージが左端に届いて黒く染まると、ボスが空気中に溶けるように消えて行く。同時にアメリアが放った衝撃波も命中し、別の捕虫袋のHPを4分の1ほど削り取っていた。


 これで残った捕虫袋は13体。


 そして、ここからが地獄の始まりだったのである。


 突如ボスが泣き叫ぶように奇声を上げると、これまでずっと無視していたボスの本体の茎が急速に成長する。まず4枚の葉が展開し、その先に梵天のような小さく地味な、しかし毒々しい色をした花が咲いていた。


 刹那、それまでに明るかった室内が、霧がかったように急速に薄暗くなっていく。効果は劇的だった。


 「これは……花粉!? 毒の花粉ってことなの!?」


 対照的にバターの顔は真っ青になっていた。既に毒消しを使い切ったのは知っていたし、仮に治療しても直ぐに毒状態になるのは目に見えていた。


 「……バター気を付けて……。敵の攻撃が来るわ!」


 動揺を隠し切れないバターを、ティーが鋭く叱責していた。薄暗くなったおかげで、より敵の姿が見えにくくなっている。


 「エーシィが専属回復役を設けていたのは、これが原因だったのね!?」


 だが、彼女達に不平を言う余裕は無かった。ボスの攻撃の頻度が上がったのである。ドラムのように次々と打ち付けられる蔦の前に、2人は余裕を失っていた。


 「兄さん!? ファイアボールで敵を攻撃できない!? あれなら敵の方に誘導するから、大体の位置が分かるかも!?」

 「そうは言うがな……敵の攻撃が激しいから、連発は無理だぞ」


 一方の後衛3人も苦戦していた。前衛に比べれば少ないとはいえ、振るわれる蔓は皆無ではない。3人とも防御力は高くなく、毒も相まって受けるダメージが飛躍的に多いのだ。


 加えて、エーシィと違う点が一つある。ナーガホームには回復アイテムの上位品種がほとんど無いのだ。下位のポーションでは回復が追い付かない。従って、魔法の使えるパフが回復に専念するしかないのである。


 だが、パフはそんなことをおくびにも出さない。蔓で強かに顔面を叩かれたアメリアに“ヒール”を唱えつつ、攻撃のチャンスを窺っていたのだ。そして、それは直ぐにやってきた。


 頭上からの消化液による奇襲攻撃。蔦の一撃よりも威力は大きいものの、その瞬間だけは同士討ちを避けるように攻撃が止むのである。前方に集中していた弟が無様に食らってのたうち回るのを尻目に、パフは強力な魔法を唱えていた。


 「行くぞ! 攻撃準備だ!」


 同時に彼が唱えたフレイムレインが絶妙なタイミング放たれ、次々と炎の槍が雨のように捕虫袋に命中していく。数が多い分、単体のHPや防御力は高くないのだ。


 だが会心の笑みを浮かべたパフは、直ぐにその顔を焦燥に変える羽目になっていた。


 彼らの攻撃で3つの捕虫袋が消滅し、残ったのは7つ。その何れもが多かれ少なかれダメージを受けている。つまり、ボスの残りHPが25%を切り、攻撃手段が変化したのだ。


 「Wahoo! Good jo……あ、雨……です?」


 最初に気付いたのはアメリアだった。気のせいか室内がさらに暗くなったような気がした彼女は空を見上げ、その愛らしい顔を驚愕に染め上げていた。オレンジ色の雨が降り注いでいたのだ。


 同時に、味方のHPゲージの減少量が目に見えて上昇していく。


 「Bejesus!? これは……Acid rainです!? そんな、防ぎようが無い!?」


 酸の雨。それがモンストローズド・ベントリコーサの最後の手段だったのだ、見れば木に付いた本体からは新たな捕虫袋が伸びて、そこからスプリンクラーのように消化液が部屋にくまなく散布している。


 状況に気付いた面々の顔色が急速に悪化していく。


 パフが素早く各員のHPゲージの減少量を見極め、結論に達する。彼は珍しくも、眉を顰めながら叫ぶしかできなかった。


 「攻撃だ! 殺られる前に殺れッ!!!」


 彼の大雑把な計算では、彼の回復魔法とポーションの回復量よりも毒と酸の雨によるダメージの方が大きかったのだ。しかも、そこに蔓の攻撃まで加わるのである。


 彼に残された余裕は少ない。それを振り絞ってパックに“スキップ”をかける。それが原因だった。後は回復に専念せざるを得ない。


 「パック! お前が止めを刺せ!」

 「そんな!? で……でも」

 「ティーもバターも蔓の攻撃で手一杯だ! アメリアまでスキップさせる時間も無かった! お前しかできないんだ!」


 そんな大役は初めてだった。パックは初めに動揺し、次いで激しく興奮していた。彼の切れ長の瞳が吊り上がり、その口は獰猛な微笑みを浮かべていく。それは命のやり取りの緊張と、兄からの信頼による、焼けつくような愉悦だった。


 「任せてッ! これで、どうだ!!!」


 彼は興奮すると同時に冷静だった。悪い視界の中手探りで斬壌剣を放ち、それを回避しようと動いた先を予測して次弾を放っていく。


 「あと4体! アメリア、先に攻撃して! 誘きだされたところを、僕が狙う!」

 「Righto!!」


 彼女の言葉をパックは理解できない。しかし、そこに込められた意思だけは伝わっていた。


 「くそッ! このままだと後30秒も持たないぞ!」


 だが時間は少ない。残酷な雨に打たれた兄の言葉にアメリアは戦慄し、パックは更に昂奮のボルテージを上げていく。


 「Eureka!」


 同時にアメリアが衝撃波を放ち、あぶり出された捕虫袋をパックの一撃が切断する。“スキップ”の加速効果は、スキルにも作用するようでアメリアよりも一撃がずっと速かったのだ。


 だが、それを最後にパックは捕虫袋を見失ってしまう。万事休すだった。


 同時に彼の興奮が解け、減りに減ったHPゲージの残量にぎょっとして目を奪われる。彼だけではない。全員のHPが2割も残されていないのだ。残された方法は一つだけ。弟の表情からそれを察したパフが最後のあがきに魔法を唱え、同時にティーが無言のうちにそれを察する。


 「最後の総攻撃だッ! 一撃にかけろ!」


 HPが1割を切ると同時にフレイムレインが放たれ、動きの増した敵に回避されるものの、その居場所をつまびらかにしていく。


 「今だッ!」


 パフの魂を震わせた叫びに、全員が反応する。僅かに止んだ蔓の間隙を縫うように槍使いの、そしてアメリアの攻撃が放たれる。そして、その顔が絶望に染まっていた。2体までは倒した。だが、最後の一体が行方不明だったのだ。それを見たパックは呆けたように力が抜けていた。


 HPはあと数メモリしか残っていない。


 彼が最後に見たのは、姉の親友であるバターの顔だった。美しい顔を危機に歪めながらも、何かを閃いたようにその瞳がまん丸に見開かれており、


 「上!?」


 ほとんど勘でパックは斬壌剣を真上に放っていた。そしてそれは、確かに消化液攻撃のモーションに入っていた捕虫袋を切り裂いていたのだ。


 バターは最後の瞬間に、蔦の攻撃が止んだのを察していたのである。


 レベルアップのファンファーレが全員を祝福していた。


 だが同時に、無情にも全員のHPゲージが0に触れてしまい、


 一同がポカンとする中、空気が冴えわたって青空が見え始める。僅かな間夢の中にいる様に呆然としつつも、パフが確かめるように口を開いていた。


 「…………もしかして、毒のダメージだと死なないのか?」


 その言葉に、一同は火が付いたようにステータス画面を表示し、僅かに1だけ残ったHPに思わず破顔していた。


 「Attaboy!!!」


 感極まったアメリアがパフに抱き着く中、ようやく一同に笑みが戻っていた。


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