チュートリアル
今日中に後2話投稿予定
「Welcome to Fairy-Tale-Adventure! 皆様! 本日は世界初のVRMMORPG“フェアリーテイル・アドベンチャー”の先行体験会に、ようこそお越し頂きました! 開発元であるゼネラル・インフォメーション社を代表して、厚く御礼を申し上げます! また…………」
まるでヨーロッパのおとぎ話に出てくるような、周辺を森と湖に囲まれた白亜の城の中庭で、プレイヤー名“パック”は驚き呆けたように立ち尽くしていた。
VR、仮想現実の名に違わない美麗なゲーム世界に――ではない。
継ぎ目すらない白亜の城は、パックが今までに見たことも無い程美しい。周辺に広がる濃緑の森と水色の湖、そして遥か彼方に広がる青い山々も実に雄大で、観光ゲームとして作っても成功するのではと思えるほどである。
しかし、そこではない。
パックの視線は城の中庭の演台、そこで他のプレイヤー達と同様にログインし、開催の挨拶を行っている開発元の代表に向いている。
正確にはその男のプレイヤー名。
“GM Hage”
「ハゲ!?」
「ハゲなの!?」
ハゲだった。パックが驚愕から立ち直るのと同時に、隣にいた彼自慢の美しい姉、プレイヤー名“ティターニア”が心に積もった疑問を発する。もっとも彼女の場合、微妙に感性がずれているのだが。
姉弟が余計なことを口走ったせいでにわかに盛り上がる中、呆れ顔の男が1人。
「お前ら……。あれはハゲじゃなくて、ヘイグだよ。苗字苗字」
「……!? な、なるほど。兄さん、物知りだね……」
やれやれと言わんばかりに苦笑いを浮かべたのは、プレイヤー名“パフ”。姉弟の兄にして、今回の体験会の超希少チケットを入手した張本人である。
「どうりでフサフサな筈だわ……!」
「いや、ハゲから離れろよ!?」
自分の事は棚に上げて兄姉の愉快なやり取りに他人のふりをしつつ、パックは周囲を見渡す。中庭には抽選に選ばれたプレイヤー達が群れを成している。
パックも彼らの例にもれず、ファンタジー風の装備を身に着けていた。彼の装いを一言で表現するなら、剣士である。同様に姉であるティターニアは槍使い、兄であるパフは魔法使いといったところか。
ここまで体験会は順調に推移している。問題はその次からだった。
壇上で挨拶を述べるヘイグの頭上に、突然魔法陣のようなものが浮かび上がる。プレイヤー一同が不思議な演出に見入る中、陣の空間が歪み、中から黒光りしたドラゴンの姿が現れた。
全員の注目を浴びる中ドラゴンは満足そうに喉を振るわせると、次の瞬間その牙の連なる巨大な咢を開き、ヘイグを丸かじりにしていた。辺り一帯に血のエフェクトがぶちまけられる中、ご丁寧に咀嚼音を響かせた後、飲み込む。
ファンタジーとは思えない猟奇的な演出に困惑するプレイヤーたちを前に、ドラゴンは堂々と言ってのけた。
「ここは剣と魔法の世界ガレノール! そして命を賭けたゲームへようこそ! プレイヤー諸君?」
これがパックの、そして体験会に参加したプレイヤー達の汗と涙の結晶である、十日間の始まりだった。
フィールドをざわめきが支配していた。一方的に宣告した後、黒いドラゴンは魔法陣の消失と共に姿を消している。問題なのは彼が残したルールである。
一つ、この世界での死は、現実世界での死と同義である。
一つ、ログアウトするには、全10ステージからなるこのゲームをクリアするしかない。
一つ、時間は無限ではない。制限時間は仮想現実内時間で240時間、現実時間にして8時間である。
一つ、制限時間内にクリアできなかった場合、プレイヤー全員に死が与えられる。
パックが慌てて探った範囲では、確かにログアウトに該当するコマンドは存在しなかった。彼は非常事態に巻き込まれたことを、嫌でも実感せねばならなかったのだ。思わぬ事態に冷や汗を拭おうとして手を伸ばし、そこまでは再現されていないことに気付く。
ルールには他にも細かいのがいくつかある。パックは大雑把にまとめたその内容に困惑しながら、振り向いた。パフはにやにやと笑いながら顎に手を当てて思案し、ティターニアは興味なさそうに憮然として突っ立っている。
「弟よ。分かってるぞ」
「……兄さん。それで、これから……」
「ガレノール……エルフ語だな……!」
「……はい?」
自信満々に間違った回答を語り出すパフ。彼はこれが平常運転である。そしてそれに的確な突っ込みを突き刺すのが、ティターニアとパックの平日だった。
「エルフ語は指輪物語で有名なJ・R・R・トールキンの創作言語で、“~~ノール”で“~~の国”って意味だったはず……」
「おい兄公……。そこじゃない。分かってやってるだろ」
ジト目でパフを睨みつけるティターニア。それを何処吹く風で鼻歌を歌いながらスルーしたパフは、朗らかに笑っていた。
「妹弟よ。答えは出ているじゃないか?」
実に簡単だと言わんばかりに、パフは歩きだしていた。その足先は中庭を出て、外の城下町に向かっている。混乱を他所に幾人かのプレイヤーが足早に出立する中、3兄弟は城を見学するかのようにゆったりと歩いていた。
「兄公。クリアするつもりなの?」
「当然」
「でも兄さん。危ないんじゃ……?」
そこでパフは2人と改めて相対し、一音一音をはっきりさせながら告げていた。
「何で相手の言う事を正直に信じるんだ?」
冷然とした兄の言葉に、パックは思わず身震いしていた。
「ここで殺し合いをしたって、誰も得しないだろ? となれば……」
「さっきのはあくまで演出……そう言いたいの?」
「その可能性も十分にある」
3人は王広間の前に居た。続々と興奮気味にクリアを目指す他のプレイヤー達が進んで行く中、パフはつまらなさそうに答えを出していた。
「場合分けして考えてみようか。ドラゴンの言うことが全て本当だった場合、俺達には生き残るためにクリアするしか道が無い。逆に嘘だった場合、つまり体験会を盛り上げる演出だった場合だが……これもクリアを目指す他ない。何故でしょう? パック君?」
「……演出、ということは……死なない? つまりこれはただのゲームであり、楽しんだもの勝ち?」
「Magnificent! 素晴らしい、その通りだよ。そして最後に嘘と真実が入り混じっている場合だが、この場合もクリアを目指す結論になる」
ドラゴンの告げたルールを纏めると、“クリアしないと死ぬ”、“ログアウト不可能”である。
仮にログアウトする手段があったとして、それを見つけ出すのは容易ではない。冒険を放棄して制限時間内にその方法が見つかるかどうかは、分の悪い賭けである。
そしてゲーム内で死んでも現実世界で死ぬことは無い場合、これもゲームの演出の一環という事になる。
どちらにしても、進むしかないのだ。
「でも兄さん。もし演出だとしたら、何故こんなことを?」
「分からん。そして任意でログアウト出来ない時点で、ゼネラル・インフォメーションがやらかしたのは確かだな。具合が悪くなったら大変だぞ……」
そしてそこで、ティターニアは自分たちが有利な位置についていることに気付く。
「この体験会の抽選倍率は凄まじい数字だったわ……。逆に言うと、顔見知りが参加している可能性はほぼゼロね」
「あ、そうか。でも、僕たちは兄弟で、信頼関係があるから……ゲーム攻略に有利?」
――流石兄さんだ!
何時もふざけているものの、いざという時には頼りになるパフ。それを再確認したパックは兄を振り返ろうとし、そこに兄がいないことに気付く。慌てて見回せば、頭痛を堪える姉の姿が目に入った。
その先にパフは居る。他の女性と話していた。幼さの残る顔立ちから、高校生であるパックと同い年位だと思われる。
「Hello,lady! How do you do?」
「……ッ!? Ho……How do you do!」
不安げな表情を隠し切れない少女に優しく声をかけるその姿。間違いない。
「ナンパすんの!?」
「兄公!? 良い度胸だなッ!」
ナンパだった。妹弟の冷たい視線を華麗に受け流した兄は、そのまま一言二言話してから、少女と共に戻ってくる。
そこでパックは思わず声を上げて驚いていた。妖精のように可憐な少女は透けるように色が白く、青い血管が浮かび上がるほどである。肩まで伸ばした美しい金髪やその長身は、同じく容姿端麗かつスタイル抜群の姉と比較しても申し分ない。
「Ah……Amelia……です。よろしく……です」
愛らしい唇から紡がれるのは、たどたどしい日本語だった。プレイヤー名“AME”ことアメリアは、アメリカ人だったのだ。装備はパックと同じ剣士である。
拙い日本語で想定外の事態に混乱していた彼女は、ひとまず英語の通じる相手を見つけて一安心していた。
「Amelia Mary Earhart。アメリカ合衆国の誇る女傑の名前だよ。顔立ちで外国人なのは直ぐに分かったし、その様子から言葉が不自由なのも分かった。だから声をかけたのだよ」
ナンパと言われて心外そうにパフが嘯く。何を隠そう彼は英語が得意で、それに関係深い職種についている社会人だった。アメリアからすれば、渡りに船以外の何物でもない。
「日本語……ゆっくり、話してくれれば……分かる、ます。何卒、お願い、しますです」
「……微妙に不安が残るけど、大丈夫?」
「ハイ! 大丈夫ます! パック!」
今は状況が状況だけに縮こまっているものの、本来のアメリアはそのプレイヤー名に恥じない快活な少女である。特に行動力には目を見張るものがあり、日本にも体験会に参加するのを目的に来日している。
その力強い笑みには不思議と周囲を元気づける魅力があり、気が付けばパックもティターニアも微笑みを浮かべていた。
「しかし、良くできた城だな……」
「ハイ! GermanyのNeuschwanstein城と、似てるです!」
パフの呟きをアメリアは積極的に拾っていく。見回せば誰も座っていないものの、金銀や宝石で装飾された立派な玉座が鎮座している。
王広間の隣には長大なテーブルと椅子の並んだ食堂があり、その隣にはご丁寧に厨房まであつらえてある。更にその向こうには購買と思しきNPCがアイテムを販売しているスペースがあり、医務室、仮眠室、御手洗いと続いている。
歓声を上げたアメリアが購買に向けて駆けていき、直ぐに意気消沈して戻ってきた。
「アイテム……少ないです……」
つられたパックも品揃えを覗いてみると、棚の大半は未入荷の札がぶら下がっていて、買えるのは“ポーション”だけだった。
「……これは、攻略の進捗状況によって、徐々に増えていくパターンかな?」
パックの言葉に、ティターニアは仏頂面のまま頷いた。その不機嫌そうな顔立ちにアメリアが微妙に距離を取るものの、これが彼女の平常運転である。彼女は兄弟と違って容姿が神に愛されたかのように美しく、それゆえ愛想が無くとも許されるのだ。なにより下手に愛想を振りまくと、妙な男が湧いてくる。
――大学に咲き誇る大輪の花。
――美人コンビの特に美人な方。
彼女は星の数ほどの褒め称えられる形容詞を持っているのだ。
だがその内心は誰よりも不器用で、それを良く知るパックはつい声に出していた。
「アメリア! 姉さんは愛想悪いけど、根は優しい人なんだ! 気軽にティーって読んであげてよ!」
彼の渾身の叫びは確かにアメリアに通じていた。彼女は恐る恐るといった風にティターニアに視線を合わせる。
「愛……悪い……。ねぇ……? 刺し人……呼ぶ? おねーさん悪女ですか?」
台無しだった。
不覚にも微妙な表情を浮かべるティーをパックが慌ててフォローする中、パフが笑ってその場を誤魔化す。
かくして御伽噺の世界の冒険が始まったのである。
「俺達の戦いはこれからだ!」
「兄さんやめて!?」
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