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一時限と二時限、三時限が終わり、そして昼休みになった。
その間、理香は授業時間と休み時間を何ごともなく、すごすことができた。妙なものが見えたり、口走ったりすることももちろん、ない。
昼休みになると理香は教科書やノートをまとめ、弁当箱を持って地学教室へと向かった。
地学教室は天文部の部室として割り当てられていて、昼休みと放課後になると部員たちはここに、集まるようになっていた。
理香たちは昼の日差しを避け、廊下側の机をくっつけると、お弁当を食べたり、おしゃべりをしていた。
「スペース・シャトルにさぁ、エンデヴァーってあるじゃない」
「ああ。日本人の宇宙飛行士も乗った、アレだろ?」
「そうそう。でよぉ、アーサー・C・クラークの『宇宙のランデヴー』っていう小説にもエンデヴァーって宇宙船が出てくるんだけど、あれって関係あんのかな」「アーサー・C・クラークって、確か『2001年宇宙の旅』の原作者だったよな」
「つけ加えると、通信衛星の存在を作品の中で予言したことでも、有名だけどね」
部員たちのおしゃべりを聞きながら、理香は自分の前に弁当箱を置き、おかずを口に運んだ。他の部員たちも雑誌やマンガを広げたりしている。
あれ? あたしっていつも、こんな風にしてここで、お弁当を食べたりしていたんだっけ……。
部員たちの様子を横目でながめながら、理香はそんなことをちらりと頭に思い浮かべたのだけど、口にはしなかった。朝のホームルームの時のような失敗を、またここでくり返すつもりはない。
「おまえなぁ、天文部員だろ」
突然、同級生の奨が鋭い声をあげた。
「いいじゃない。天文部員が占星術を信じたって」
理香が机の上を見ると、後輩の真衣が紙に様ざまな記号を書き込んでいるところだった。
「星占いって、あれだろ? 誕生日ですべての運命が決まるって。そんなの、あり得ねえだろ」
「星占いじゃなくて、占星術。それにこれは、占いじゃありません。 学問よ、が・く・も・ん」
「学問ん?」
疑わしそうなまなざしで見ると、真衣はふくれっ面をつくった。
「ね、ね。そんなことよりも、このホロスコープ。見て下さいよ」
真衣が記号が書き込まれた紙を差し出した。
「星の配置なんだけど、グランドトリンとT字スクエア、オポジションに至ってはふたつも引き起こしているんですよ」
「え? な、何? グランドなんとかにT字? なんだ、そりゃ」
「アスペクトよ。星と星が形作る角度。グランドトリンはホロスコープ上で、大きな三角形を描くこと。天秤宮と宝瓶宮、それに双子宮に三つの惑星が入っているでしょ」
——……あ!
理香は鋭く、息を吸った。
『もうすぐ、天秤宮と宝瓶宮、双子宮の風性宮で惑星が、三分角の位置につく』
……何だろう。どこからか、誰かの声が理香の耳によみがえった。
「ほら、ここを見て」
真衣がホロスコープ・シートの上に指を走らせた。
「金星と土星、それに水星が大きな三角形をつくっているでしょ」
ホロスコープ・シートには大きな円が描かれていて、そこには理香にも見覚えのある星座や惑星をあらわす記号が書き込まれていた。
「その星の配置って、めずらしいの?」
理香が聞くと、奨が顔をしかめた。
「なんだよ、鈴木ぃ。お前も、星占いに興味があるのかよ」
「いいじゃない。女の子だったら、占星術には興味ありますよね」
真衣が奨の体を押しのけて言うと、理香はあいまいに笑った。
「え……う、うん。まぁね。——それで、真衣さん」
真衣がうなずいた。
「ああ、星の配置ですね。グランドトリンそのものは、特に珍しくはないんだけど、同時にオポジション——オポジションというのはホロスコープ上で両方の端に位置することなんですけど、それやアルファベットのTの字を描くようなアスペクトを起こすのは、珍しいですね」
理香はホロスコープをのぞきこんだ。火星と土星、木星と冥王星がホロスコープの端に位置しており、さらに真衣の言うように火星と土星、それに海王星がT字に並んでいた。
「占星術ってのは、コペルニクス以前の地動説の世界だからな」
部長の宮本孝之が、口をはさんできた。
「星の並びにしても、地球からの見かけの位置を基準にしているいるんだろ? おれも正確なところはわからんが、木星の公転周期が十二年、土星が三十年、冥王星に至っては二百四十九年だから、あまりない惑星の配置と言えるんじゃないのか」
『……それと同時に、その他の星々が重要な座相を描く。この時を逃せば、また五十年以上もの時を待たねばならなくなる——』
……まただ。
また、どこからか声が聞こえてきて、どきりとさせられた。
が、理香は今度も無視することにした。
——きっと、気のせい。そうよ……そうよね。
理香は自分に言い聞かせるようにつぶやくと、天文部の部員のおしゃべりに耳をすませた。




