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あれから何度か私主催のお茶会を開き、リストアップした令嬢達を招いて本人達を見極める。

生誕祭の準備も佳境に入っているので、私はなかなか忙しい。

今日は大臣を執務室に招いて、前回すり合わせた確認の報告が行われている。


「カメル大臣。陛下が国民に顔見せするバルコニーの修繕は順調ですか?」


ほっそりした骨と皮しかないようなしわがれたカメル大臣は、私が王妃になってすぐの未熟な時代を良く知る、私と長く議会で言い合いをしてきた仲だ。

基本的に方針が正反対なので対立しかしてこなかった私達が、陛下の生誕祭を一緒に突き詰めてゆくなど若いころは考えもしなかっただろう。


「すでに全ての点検と補修は終えております。広間に集まる国民と、その警護にあたる騎士達の配置も万事手配済みです。詳細はこちらに。」

「確認しましょう。」


私が指摘する点などほとんどない。カメル大臣は全ての準備を整え、万が一の対応策まで既に各方面の責任者の承認をもらい、書面にたたきだしてある。私はそれを確認するだけだ。


「……えぇ、これでよいでしょう。さすがカメル大臣は仕事が早いですわね。」

「当然でございましょう。このたびの生誕祭は例年よりも盛大な国民行事です。万一の不備があってはなりませんからな。」


ふんっと鼻を鳴らして、カメル大臣は大きくうなずいた。

そこでカメル大臣が、思い出したように切り出した。


「ところで王妃様。最近わしの孫娘を茶会に招いて下さったと伺いました。孫が大興奮で自慢げにわしに語ってきとりましてな。今さら孫を懐柔したとてわしは王妃様の傘下にはつきませんぞ!」

「あぁ、そのことですね。貴方の孫娘は非常に親しげなおしとやかで愛らしい令嬢でしたわね。カメル大臣の血を引く孫娘だと言うことが信じられないくらいでしたわ。」

「孫娘は娘に似とるんです!」

「その娘が貴方に似ず、おっとりした美しい令嬢なことが議会の七不思議だということを御存じですか?」


聡明なところ以外はまるでカメル大臣に似ていなかったので、議会で大臣にやり込められるみんなで、どこかから攫ってきたのでは、とからかっていたものだ。


「ふんっ。あの頃はみなが娘のことを本当にわしの子かとにやにやと聞いてきましたなぁ。」

「もちろん、本当に娘だとわかっていたからからかえたのですよ。大臣が奥方と娘を溺愛していたことは存じていましたからね。」


私がくすくすと笑うと、大臣はそっぽをむいて、またふんっと鼻を鳴らした。

私はなんでもないことのように、さらりと本題を切りだした。


「大臣の孫娘を茶会に招いたのは、側妃候補を選んでいたのです。生誕祭の際に発表するつもりでいるので、その予定も組み込んでおいて下さい。

生誕祭に組み込むからカメル大臣には話しましたが、今はまだ他の者に言ってはなりませんよ。なるべく騒ぎを大きくしないよう、決定するまでは水面下で動いていたいのです。」


カメル大臣がわかりやすく眉を寄せた。


「……失礼ですが何をお考えになられて、陛下の側妃を選んでおられるのですかな?」

「無論、陛下の世継ぎ誕生を願ってです。陛下もそろそろ世継ぎがあっても良い年でしょう。直系の王族は陛下だけですからね。血を絶やさぬためにも次代の王誕生のためにも、側妃は必要ですわ。」


くわっと目を向いたカメル大臣は、ばかばかしいと言いたげな口調で告げた。


「お世継ぎは陛下だけの義務ではございませんぞ。王妃様の義務でもあります。王族の責務を放棄なさるおつもりか!」

「いいえ。わたくしが王妃として求められていた義務は、国の安定と陛下が成長なさるまでの繋ぎです。そのためにわたくしは陛下と結婚したのです。そして、現状陛下にはわたくししか妃がおりません。ですから陛下はわたくしと世継ぎをなさねばなりません。ですが、幼いころから母のように姉のように慕ってきた9つも年上のわたくしを、果たして陛下は抱きたいと御思いになるでしょうか?」

「王妃様は十分お若いではありませんか。」

「カメル大臣から見れば確かに若いですわね。ですが、わたくしと同じ年頃の女性は皆、たいてい子供がいる年齢ですよ。大臣から見ればわたくしは貴方の娘よりうんと年下ですが、陛下から見たとき、わたくしは異性ではないのですよ。ですから、側妃を迎えるのです。陛下と釣り合う、若い妃を。カメル大臣、貴方だってわたくしや陛下にさっさと世継ぎを作れとせっついてきた筆頭ではないですか。」

「下らん懸念ですな!そんな下らん懸念で、余計な仕事をわしに増やすなど言語道断ですぞ!失礼させていただこう!側妃の件で早急に仕事が増えましたのでなっ!!」


穏やかに微笑みながら言いきった私を、カメル大臣は鼻の頭にしわをこれでもかと寄せて、ふんっと睨みつけながら挨拶をして足早に退室した。

カメル大臣は仕事を増やすとしばらく口調が荒れるので、しばらくは近寄らないようにしよう。しわ寄せを被りそうな陛下には申し訳ないけれど、側妃を選ぶためなので耐えてもらおう、とそっと心の中で謝罪した。


令嬢達の一挙一投足をつぶさに観察し、会話をして内面を探り、実家の内情を可能な限り探り、家同士の均衡を考えながら候補者を絞った。

基本的に陛下の隣は正妃の私だ。だが、もしかしたら側妃が隣に立つこともあるだろうし、夜会ではダンスの嫌いな私ではなく、側妃を誘って踊ることだろう。

なので私は彼女達を観察する時、常にその隣に陛下がいることを想像しながら検証する。

嫉妬など、起ころうはずもない。

誰が陛下の隣に立っても、私よりは似合いの姿になるだろうから。

仲が良くても、下手するとたまに親子に見られがちな私よりは、初々しい彼女達がぎこちなく隣に立った方がまだ夫婦という感じがするだろう。

陛下は実は人見知りな部分があるが、時間をかければ陛下と仲良くなることも難しくないだろう。

そして陛下は自分の内側に入れた人間をとても一途に大切にする傾向がある。

母親代わり、姉代わりの私に10年も変わらぬ愛を送ってくれたことからも明らかだ。


侍女達は、私がてきぱきと側妃候補を絞って行くのを、もの言いたげな目で見ていた。

主の私が大事な彼女達は、側妃に陛下の愛情が移ってゆくことを心配しているのだろう。


「大丈夫よ。側妃がいようが、わたくしが王妃である事実は揺るぎません。側妃に嫡子が産まれても、陛下はわたくしをないがしろにしたりするほど薄情な御方ではありません。」


私が安心させるようにそう言っても、侍女達は違う違うと悲しげに目を伏せるだけだ。


「どうして陛下の御心にお気づきにならないのですか…!!」


たまらずといった体の侍女の発言に私ははっとなった。

そういえば陛下の意見をまだ聞いていなかった。もしかしたら既に想いを寄せている令嬢がいるかもしれない。


「そうよね……。陛下の妃のことなのだから、まず一番に陛下の意見を確認しておかなければならなかったわ。」


侍女はまだ違うと悲しげな顔をしていたが、私は陛下に面会を取り次ぐ使いを出した。

胸の奥がどろどろと蠢くことなんて知らないふりをした。


「王妃よ。体調は大丈夫か…。その、あの夜はすまなかった…。俺の発言がそなたを傷つけたのならば謝罪する。」

「いいえ。あの夜はわたくしの方こそ取り乱してしまい、申し訳ありませんでした。陛下に非はありませんわ。……皆下がりなさい。」


侍女達を全て下げ、私は陛下と二人きりになった。


陛下はすぐに私の隣に座り、私の両手をとって懇願するように謝罪した。


「ごめんっ!すまなかったユリィ!!ユリィを傷つけるつもりなんてなかったんだ!」


私は柔らかく笑って両手をそっと引き抜いた。


「いいえ。気にしておりませんわ、陛下。実は本日はお話があってお呼びいたしました。」

「嘘だ。ユリィ何か怒っているだろう?二人きりになったのにその口調はやめてくれ。」

「いいえ陛下。これは今後必要なことなのです。今までは良かったかもしれませんが、今後は直していかねばならないでしょう。それならば早いうちからの方がよいのです。」


陛下は私の顔を怪訝な様子で見つめ返す。


「今後?今後とはなんだ……?」


私は陛下の目を見つめて迷いなく言った。


「陛下の生誕祭に合わせて選ばれる側妃のお話ですわ。」


陛下は苦虫を噛み潰したかのように呻いた。


「……ユリィもその話を知っていたのか…。」

「はい。そのお話はわたくし主体で進めているのですもの。」

「なんだってっ!?」


陛下は零れ落ちそうなほど目を見開いている。寝耳に水だったのだろう。


「わたくしは正妃ですもの。側妃の話がわたくしのところに上がってこないはずがありません。」

「なぜ断らない!ユリィがいるのに俺に他の妃など必要ないだろうがっ!」


私は激昂している陛下をなだめるように、穏やかな声でたしなめる。


「陛下。陛下はお世継ぎを求められているはずです。そのためには新しい妃を迎えるのが一番良いのです。」

「ユリィがいるだろうがっ!ユリィが産めばいい!!」

「えぇ、わたくしがいます。ですが陛下はわたくしの存在が枷になっているのではありませんか?本当は想い人がいらっしゃるのではと思ってお伺いしたくお呼びいたしました。

わたくしが後ろ盾になれば、たいていの令嬢ならば陛下の望むままに妃に出来ますわ。」


陛下は絶望したような表情で違う違うとゆるゆると首を振った。


「ユリィ…本当にわからないのか…?俺が誰を愛しているか。俺はいつでもユリィに言葉と行動で愛を伝えてきたはずだ。」


心がさざめくような気がした。だが私は平静を保てている。大丈夫、だてに長年大臣達と騙し合いをしてきたわけではない。

こんなことで私の表情は崩れない。私は穏やかな微笑みを浮かべ続けた。


「陛下はいつでもわたくしを愛して下さいました。幼いころから変わらず愛情を注いでくださいました。ですが、それは家族の愛です。陛下は幼いころに唯一のよすがとなったわたくしが、一番手近にいた女だったので、家族への愛情と混同していらっしゃるのですわ。」

「ふざけるなっ!!」


陛下が耐えきれないと言うように、今まで見たことも聞いたこともないような形相で声を荒げた。


「本当に愛を理解していないのはユリィだ!!俺はユリィを女性として愛している!姉や母のようにみたことなど一度もない!幼いころからずっと、ずっと…俺はユリィを……!なぜ理解しようとしない!」

「陛下……?」


私の顔から微笑みが消えた。

陛下は表情の消えた私の頬を両手で包み込み、泣きそうな声で告げた。


「なぁ…俺が愛しているのはお前なんだ…。愛を知らない孤独なユリィを、愛されたがっているのに愛に気づくことのできない、愚かな子供の様なお前を慈しんでやりたいんだ。」

「愚かな…子供…?わたくしが……?」

「そうだ。父親の愛情を求めて俺を手懐け、俺の愛情を求めて結婚した。お前はただ、ただ、愛されたがっていただけの子供なんだ。そしてその事実に気付かないまま、うまく生きてきてしまったんだ。」


陛下は私の知らない私のことを、ぽつぽつと語る。


「ユリィが幼い俺にしてくれたことはすべて、自分が父親や母親にしてほしかったこと、求めていたことだ。どれほど我がままを言っても根気強く付き合い。一緒に笑って、褒めて、怒って、抱きしめて、キスをして、一緒に眠る。

俺と一緒に眠っていた昔のユリィはずっと夜うなされていた。愛して欲しい、誰か愛して、と泣きながら眠っていた。だから俺は、俺に出来る精一杯でユリィを愛した。幼い俺はユリィを可哀そうだと思ったからだ。俺は亡くなるまでは皆に愛されて育ってきた。遠くの地で療養していても、愛情を疑ったことがないほどに当たり前に家族に愛されてきたんだ。

だが、ユリィは父親が身近にいて、後妻と義弟もいるのに、誰にも求めた愛情を示してもらえなかったんだとわかった。だって俺を抱きしめるとき、縋るような顔をしているのはいつも俺じゃなくてユリィの方だった。俺は確かに家族を亡くして悲しくて不安定にはなっていたけれど、自分を守る庇護者を求めていただけで、愛情を求めていたわけではなかったと、今になって思うんだ。愛情を求めていたのはユリィの方だ。」


私は表情をなくしたまま、陛下の話を飲み込もうと一生懸命に自分の中で反芻している。

そして相変わらず私を見つめ続ける陛下に震える声で尋ねた。


「仮にそうだとして…それで何故、陛下が私を愛していることになるのです…?たとえ私が愛情に飢えていても、家族としての愛を注げば十分ではないですか……。」

「俺がユリィと寝室を分けた時のことを覚えているか?あの日の前日、初めてユリィの夢を見た。猛烈に恥ずかしくなっていたたまれなくて寝所を分けた。それからはユリィ以外のメイドや侍女、貴族の令嬢とも交流があったけれど、俺の心にいつもいるのはユリィだった。ユリィ以外の女性にユリィ以上の好意を寄せることなどなかったし、ユリィ以外にキスしたいとも思わなかった。俺の初恋はユリィだったんだよ。」

「でも…それは、子供の頃の話でしょう?幼い男の子が、少し年上のお姉さんに憧れるような恋をすると聞いたことがあるわ…。それに初恋だったとしても、今私はこんなに年をとっているのよ…?あなたが恋をした若い私はとっくにいないわ。」

「いるよ、ここにいる。俺の初恋はユリィだ。俺のユリィはいつも誇り高くて愛らしく、年を重ねるごとに綺麗になっているよ。もちろん若い時のユリィも好きだ。けれど今のユリィも愛しているよ。俺にとってユリィの年齢は恋をするのに障害になんてならなかった。だって、俺が恋したユリィは大人になることを求められて成長し、心だけが置いていかれてしまった子供だったから。だから俺は早く大人になりたかった。幼いユリィを全部包み込んであげられるくらい大きくなって、ユリィは誰からも愛されているんだと言うことを教えてあげたかったんだ。むしろ俺は9歳も年下の俺を、ユリィが一向に男として見てくれないことだけが不満だったんだよ。」


陛下は私を諭すように言った。


「ユリィ、どうして気付かない?ユリィが求めた愛情は、ユリィのすぐそばにあるんだよ。みんな、みんなユリィを愛している。侍女たちやメイド、衛兵も国民も、時には敵対している大臣達だって、ユリィのことが大好きなのに。」

「……それは私が王妃だから……。」

「違う。ユリィが王妃だからではなく、王妃がユリィだったからみんな愛しているんだ。国民のための政策も、仕える者たちへの態度も、意見が分かれて敵対していても、お互い国のことを考えてぶつかり合ったことを理解している大臣達との関係も、みなユリィがしたことで、ユリィの行動を見た上で、みなはユリィが大好きなんだ。それはユリィが愛情を得ようと必死で努力した結果なんだ。

それなのにユリィはそれらの愛情を表面的なものとしか受け取らない。いちばん身近な俺が狂おしいほどにユリィを愛していることにも気づこうとしない。ユリィは愚かだ。可哀そうなユリィ。周囲の大人達に都合よく利用されて、幼い俺のつたない愛情を得るためだけに結婚した。本当の愛を知らない子。」


それはかつて、私が幼い陛下に対して思っていたことだ。まさか陛下から、同じように思われていたなんて……。


「ユリィ。ユリィの求めた愛情を、みんなユリィに伝えたくて仕方がないんだ。だからみんな両手を広げてユリィを待っている。あとはユリィがみんなを信じて、その胸に飛び込んでいくだけで手に入るんだ。」

「無理よ…だって、怖いわ……。両手を広げて待っているなんて嘘よ…。私を受け止めてくれる人なんて、誰もいないのよ…。だからいらないの…。」


期待するから悲しむのだ。けれど期待するのをやめられないから苦しむのだ。

自分が愚かな思考の渦にのまれている自覚はある。けれど、今さら信じられない。


陛下はカタカタと震えておびえる私の両頬を包み込んで、優しく口づけた。

呼吸も心臓も止まるかと思った。


目を見開いたまま、至近距離にある陛下の閉じた瞼を見つめる。


柔らかな、慈しむような口づけをゆっくりほどくと、陛下は私にゆっくりと告げた。


「ユリィに必要なのは、望んだ愛を受け取る勇気だ。俺を信じて自分からしがみついて、言葉に出して求めてごらん。そうすれば俺はいつだってユリィの願いに応えよう。だが、ユリィが俺を求めてくれないならば、俺は側妃を迎えよう。俺達はただの家族じゃなくて夫婦なんだ。俺はユリィと家族じゃなくて夫婦になりたい。だから、夫としての俺を求めてくれるまで、ユリィを妻として求めないよ。」


そう言って部屋を出て行った。


私はその後ろ姿を茫然と眺めながら、どうすればいいのかわからなくなって扉が閉まった後も、動けないでいた。


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