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上品に整えられたテーブルの上座には、既にアルベルト様が到着していた。


「まぁ陛下。お待たせして申し訳ございませんでした。お久しぶりでございますわね。」


私が声をかけると、アルベルト様は椅子から立ち上がり、私のもとまで歩み寄ってきて、そのままぎゅっと私に抱きついた。

幼いころは小さく愛らしかったが、今は私より背も高く、恰好よくなった。少し頬がやつれているのは、慣れない政務に苦戦している証だろう。


「本当に久しぶりだ、ユリィ。どれほどユリィの顔を見たかったことか!もうむさくるしい大臣の顔や、書類など見たくもない!」


ため息と一緒に零れる愚痴を受け止めて、私はふふっと笑ってアルベルト様の背中をぽんぽんと軽くたたく。


「政務のお役目、大変でございますわね。心中お察し申し上げます。」


するとグイっと肩を押されて、アルベルト様が離れた。


「ユリィ!二人きりの時はその喋り方をやめてくれと言っているだろう?俺はユリィのその喋り方は好きじゃないぞ。」


さすがに頬を膨らませたりはしないが、むっとした仕草は幼いころと変わらない。幼いころならともかく、今アルベルト様にあの頃のように話しかけるのは、いくら私が王妃といえど不敬に当たる気がするのだが、アルベルト様が望むのならば仕方ない。

私はまた、小さく笑って言いなおした。


「まったく……アルには敵わないわね。大丈夫よ。慣れれば上手な大臣のあしらい方や、書類の優劣の順位の見極めもできるようになるわ。そうすればもっと時間をうまくやりくりできるようになるもの。私にできたんだもの、アルもいずれ出来るようになるわ。」

「あぁ、やはり俺のユリィはこっちの方が可愛いな。そのドレスも良く似合っている。今日のユリィは特別愛らしいな。」


にこやかに笑う表情は変わらないはずなのに、あの頃とは違う印象を受けるのは、アルベルト様が成長した証なのだろうか。


「やだ。私は可愛いって年齢じゃないんだけれど…。まぁいいわ、褒めてくれてありがとう、アル。さ、食事にしましょう?」


アルベルト様にエスコートしてもらって席に着き、仲良く夕食を食べた。


「なんであの大臣はあんなに口が悪いんだ!発言の大半が俺への悪口ではないかと思うぞ!自分は骨と皮ばかりのくせに『陛下のような軟弱な若者には御理解いただけないかもしれませんが。』だ!!ガードルディールの後ろ脚みたいな体格の癖に!」

「ふふっ、まぁアルったら…うっ…くくく…やだもう笑わせないでよ。あの大臣とは私もよく顔を合わせているのに、今度会った時ガードルディールの後ろ脚を思い出して笑ってしまいそうだわ!

でもね、アル。ガードルディールの後ろ脚は、確かにほとんど骨と皮ばかりで身も少ないし、その身も柔らかくなくて良いところがないように思えるけれど、ガードルディールの後ろ脚で出汁をとったスープはとても深みがあって良い味がするのよ?丹念に丹念に灰汁を取り除き、透き通るようなスープが出来て、初めてガードルディールの後ろ脚の素晴らしさがわかるの。」

「…俺も大臣の発言に耐えて真意を探らなければならないのか…。」

「そうね。私もずいぶん泣かされたわ。でも、ある時彼の心が透けて見えたときに、それは確実にアルの視野を広げてくれるわ。私は彼とは意見が衝突し続けたけれど、彼の考え方も理解できるもの。」

「言いたいことはわかるが、ユリィを泣かせたのが許せないな…。もういっそ大臣をでかい鍋の中で茹でてその身にためこんだ灰汁をとってやる!」

「まぁ、大臣も可哀そうに、ふふふ!」


会話の内容は大半が議会の愚痴だ。アルベルト様の大臣達の特徴をとらえた悪口が面白すぎて、笑いすぎてお腹が痛くて痛くて大変だった。

食事は終始楽しく和やかに終わった。

アルベルト様が、今日は俺の部屋で食後の紅茶を飲もうと誘ってくれたので、一緒にアルベルト様の部屋に向かった。


アルベルト様の部屋は私が出て行ったころと変わらずに整えられている。相変わらず居心地の良い場所だ。

私とアルベルト様の好みに合わせて調度品を私が整えたのだから、当然なのだけれど。


「この部屋に来るのも久しぶりね。」

「そうだな。ユリィはいつでも来てくれて構わないんだぞ?」

「アルがいないのに私がここでくつろぐわけにもいかないでしょう?」

「くつろいでくれてても構わないんだが…?」

「まぁまぁ、どうしたの?さみしいの?昔みたいに一緒に眠ってほしいのかしら?」


冗談交じりにからかうと、アルベルト様はぎゅっと私にしがみついて、私の肩に頭を乗せた。


「あぁ、一緒に寝ないか?ユリィ。」


疲れて、ため息と一緒にこぼしたのだろう声音はかすれていて、色気のようなものを感じてどきりとしてしまった。

冷静になれと自分を戒めて、努めて変わらぬ優しい声音で返事をした。


「久しぶりに会ったらまるで昔のように甘えてくるのね。背丈はとっても伸びたのに、中身は変わらず甘えん坊ね。」

「……俺が甘えるのはユリィだけだからいいんだよ。」


首に当たるアルベルト様の息がくすぐったい。なんだろうこの空気。なんだかとても落ち着かない。

無性に今すぐ離れてほしいと思って、あまり考えずに口走ってしまった。


「じゃあ今日は一緒に寝ましょうか。侍女に伝えて夜着をもってきてもらいましょう?このドレスのままじゃ眠れないわ。」


そう言ってアルベルト様の肩を少し押して距離をとり、ね?と笑って顔を覗き込むとアルベルト様が真っ赤になって怖いくらいの顔で私を見ていた。

私が控えていた侍女を呼ぶと、侍女は心得たとばかりに頷いて、紅潮した顔で音も立てずに静かに出て行った。なんだあのにやにやを全力で隠そうとしているあの表情は。


そして当初の目的であった食後の紅茶を楽しみながら談笑し、湯浴みと着替えのために一旦アルベルト様と別れた。

別れてから私の侍女達は大興奮で大慌てしている。

皆夜着をどれにしよう、下着はどれにしようかと、ああでもないこうでもないと懸命に話し合っている。

夕食前に湯浴みをしておいてよかったと思っていたのに、もう一度念入りに身体を洗われて、良い香りを擦り込まれて寝室に送り出された。

侍女達は久方ぶりの夫婦の共寝にきゃあきゃあとはしゃいでいて、残念ながらそんな意図はないと私が何度言っても絶対違うと聞き入れない。恋話に浮かれたい気持ちは分からなくもないので好きにさせておいた。


寝室に向かうとアルベルト様は既に湯浴みを終えていたようで、ベッドで書物を読んでいた。だがあんまりちゃんと読んでいないように思う。目が滑っている。そんなにつまらないのだろうか?

アルベルト様は私が入ってきたのに気付くと、ちょっとそわそわしたようにおいでおいでと手招きして場所をずらした。

私が隣にするりとすべりこんでさっさと横になり、アルベルト様の方に片腕を差し出してどうぞというと、アルベルト様はきょとんとした。


「この腕はなんだ?」

「え?腕枕だけれど?」

「……なぜに腕枕だ?」

「だって、一緒に眠るのでしょう?昔は腕枕を良くしてあげたじゃないの。だからまたして欲しいのかと思って…。」


なぜだか、アルベルト様の機嫌が若干下がったように感じた。もしかして子供扱いしては不味かったのだろうか?


「……あの頃は小さかったが今は違う。俺の方がユリィより大きいのだから、今は俺が腕枕をする側だろう?」

「それもそうね。」


やはり子供扱いが不味かったようだ。大人ぶりたいのだろう。じゃあ腕枕して?とねだるとしてくれた。

だがしてもらって気付いた。

腕枕ってものすごく距離が近い。顔も近いが胸元が目の前にあるのだ。しかもアルベルト様があまりちゃんと夜着を着ていないので、しなやかに筋肉の付いた胸元が目の前にあるのだ。

なんだか無性に恥ずかしくなって、アルベルト様の夜着を首が閉まるんじゃないかという勢いで思いっきり閉じた。


「ぐぇっ!!……おい、苦しいじゃないか!いきなり何をするんだ。」

「夜着くらいちゃんと着て頂戴!風邪引いても知らないわよ?為政者はまず健康第一なんだから!」

「これぐらいで風邪なんか引かないだろ。心配ならユリィが温めてくれればいいんだ。」


そういってぐいっと空いてるほうの手で腰を抱き寄せられた。コルセットをつけていない夜着一枚越しのアルベルト様の体温に、急激に顔に熱が集まるのがわかった。

顔を見られないように必死で、胸元に顔を寄せた。若いしなやかな柳のようなアルベルト様の身体に触れて、どうしようもなく逃げたくなった。

落ち着け私。違うわ。あなた大人じゃないの。アルベルト様は久しぶりに家族のぬくもりを求めていらっしゃるだけ。若い娘じゃないんだから動揺することなど何もない。アルベルト様はかつてのように私を姉のように、母のように慕ってくれている。母や姉が息子や弟に変な感情を抱いてはならない。

そうやって荒くなりそうな呼吸を整え、気持ちを落ち着かせた。


「大好きだ、ユリィ…。愛している。俺のユリィ……。」


つむじにアルベルト様の吐息を感じる。アルベルト様はそのまま私の香りを嗅ぐように髪に顔をうずめ、腰にまわされていた腕は、背中を伝って肩まで上って来て、そのまま抱きしめるようにぎゅっとされた。

ものすごく動悸が早くなる。このままではいけない。なにか、いけない気がする!

私は動揺しながら、何か会話をしようと口を開いた。


「な、懐かしいわね!…こうやって一緒に眠っていると、昔を思い出すわ!ほら、アルがおねしょをして泣きながら私に助けを求めてきたこととか!」


私としては軽い笑い話のつもりだったのだが、アルベルト様が不自然なぐらいびくりと固まった。


「あ、あの……もしかしてこの話題は嫌だった?ご、ごめんなさい。気を悪くしたのなら謝るわ。可愛い思い出話のつもりだったの。悪気はなかったのよ?アル、アル?」


胸に抱きこまれている私からは、アルの表情が見えないので無言でいられるとものすごく気まずい。

怒らせてしまったかしらと腕の中でおろおろとしていると、頭の上で大仰にため息をつかれた。


「はぁ……。ユリィにとって俺は、いつまでたっても幼い子供のままなんだな…。」


完全に拗ねてしまったらしいアルベルト様が私を離し、背中を向けてしまった。

私は必死に弁解する。


「そんなことないわよアル。だってもう私よりずっと背も高いし、声も低くなったし、政務だってこなしている。アルは誰が見ても立派な大人だわ!」

「…………ユリィは俺のことを子供に見てる。」


完全に拗ねてらっしゃるらしい。

だって子供扱いしないと、変な照れがあるのだから仕方ないじゃないか。子供扱いしないと、ここに私の知らない男性がいる気がして落ち着かないのだ。

拗ねてしまったアルベルト様をなだめようと、背中を向けて不貞寝しているアルベルト様に後ろから覆いかぶさるように身をかがめ、こめかみにキスをした。


「ねぇ、機嫌を直して?私の愛しい大切なアル。気を悪くさせてしまったのならごめんなさい。でも久しぶりなのだから仲良く一緒に寝たいわ。」


キスをしながら優しく髪を梳く。アルベルト様はこうすればたいてい機嫌を直してにっこり笑ってくれた。

けれど記憶のアルベルト様とは違い、肩越しにこちらを見たアルベルト様の顔には眉間にしわが刻まれていた。


「ユリィ。俺はもう子供じゃないんだ。いつまでも子供のアル扱いはやめてくれっ!」


そのまま手首を掴まれて、ぐるんと視界が反転したと思ったらベッドの天井とアルベルト様が私を見降ろしていた。

怖いくらいの表情なのに、苦しそうな、絞り出すような声で、アルベルト様は私に告げた。


「ユリィ、俺は一人の男だ。それが理解できないなら共に寝ることは出来ない。……ユリィはここで寝てくれ。俺はソファーで寝る。おやすみユリィ。」


ちゅっと、私の頬にキスをして、アルベルト様はすたすたと寝室を出て行った。


「なんで…?だって……どうして、知らない男性みたいに振舞うの…?」


私は困惑したまま、キスをされた頬に手を当てた。

私の知っているアルベルト様のくれるキスは、むちゅうっと力いっぱい唾液ごとなすりつけるような可愛らしいキスで、こんなキスなど知らない。



広い広いベッドの中で、私は子供のように身体を丸めて目を閉じた。


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