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黄泉へ

誰かが、自分を呼んでいる。

《維心様。》

維心は、自分を呼ぶ声に目を覚ました。誰か来たのか。

《維心様…》

維心は、門を振り返った。そこには、十六夜と維月が、並んで立っていた。

「維月!…十六夜。」

十六夜はフンと鼻を鳴らした。

《お前が呼びまくるから、こっちじゃ大変だったんでぇ。いくらオレでも、こっち来ていきなりここへ来る方法を知ってるはずはなかろうが。お前の親父に聞いて、出来るようになるまで一月掛かった。維月ははなっから無理だとオレ任せで、横で有と茶飲んでるだけだしよ。》

維月は頬を膨らませた。

《気の量が全然違うから、無理だって張維様に言われたからでしょう?》と維心を見た。《でも…お待たせしてしまいましたわ。》

維心は、涙を流して頷いた。そうか、我は、やっと逝けるのか。

「待っておったぞ。会いたかった…やっと主と共に。」

維心は立ち上がって、門へと手を伸ばした。手の先が門を通る。これまでは、いくらやっても自分は指先すら門の中へ入れることはなかったのに。

ふと、維心は維月の左手を見た。そこには、結婚指輪が光っている。維心は微笑んだ。

「…おおそうよ。我も、これは持って行こうぞ。」と、自分の左手に触れた。「維月…。」

維心は、門の中へ踏み込んだ。そこは、ほんのりと暖かく、そして包み込むような優しい気が満ちた場所だった。

《維月…!》

維心は、力を込めて維月を抱き締めた。維月も維心を抱き締め、頬に頬を摺り寄せた。

《もう、離れることはありませぬわ。共に参りましょう…あちらはとても居心地がよろしいのです。維明様も…きっと来られると思いまするし。》

維心は頷いて、十六夜を見た。

《ほんに主とも縁が切れぬのう。ま、仕方がないがな。驚いたことに、主に会えて嬉しいと思うておるわ…我も変わったものよ。》

十六夜は笑った。

《ははは、オレにまで惚れたのか?まあいい。向こうでは、半分こだからな、維心。屋敷もある。お前は話したいヤツがいっぱい居るんじゃねぇか?義明も待ってたぞ。》

維心はハッとしたような顔をした。自分を育て、守って支えてくれた、あの当時の筆頭軍神…。

《そうか。》維心は頷いた。《維月を紹介せねばならぬ。我は、幸福になったのだとな。》

十六夜は呆れたように横を向いた。

《やってらんねぇな、全くよ。》

三人は笑い合いながら、門の奥へと消えて行った。

そして、その門は三人の背後で消失した。

維心は、先を行く十六夜が立ち止まったので、維月の肩を抱いたまま言った。

《どうした?》

十六夜が、維心を振り返った。

《ここから飛び降りるんだよ。》十六夜は、足元を指した。《さすがのお前でも、見た事ないだろう?》

維心は、そこへ歩み寄って下を見た。下には、広い大地が広がっていて、そして気は清浄で清々しかった。

《これが門の中か…しかし、そう高い位置でもないようなのに、炎嘉も一度死んでこちらから呼んだら、来るのに骨が折れるとかなんとか言っておったの。》

十六夜は苦笑した。

《あのな、一度やってみろ。一見何もないように見えるが、ここの空気は上に上がろうとするとすごい力で押し返しやがるんだ。しかも緩急付けて落とそうとしやがる。このオレでも、コツを掴むのに時間が掛かったぐらいだ。維月抱いてるしよ、そりゃ大変だったんだぞ?》

維月は笑った。

《一度二週間目ぐらいで試した時なんて、十六夜ったら私を抱いたまま地面を転がったのよね。二人であの草原を転がって…ふふふ。》

十六夜は頬を膨らませた。

《あのな、お前はオレに掴まってるだけかもしれねぇが、オレは大変だったんだ。》

維心は苦笑して維月を抱き上げた。

《わかったわかった。迎えに来ようと努力してくれておったのだな。では、此度は我が抱いて参る。十六夜、先導してくれぬか。》

十六夜は頷いた。

《戻るのは簡単だ。逆に穏やかでためらうぐらいだからな。ついて来い。》

十六夜は、そこを飛び降りた。維心も、維月を腕にその背を追って飛んだ。

「維心様…。」

維月が、維心に頬を擦り寄せて来る。維心は、ひと月ぶりに会う維月に、同じように頬を擦り寄せた。

「維月…会いたかった。」そして、ふと声がはっきりと聞こえることに気付いた。「…あちらの世と同じように聞こえるの。」

維月は頷いた。

「はい。門の空間を離れたからですわ。私達はもう死んでおるので、門の空間では異次元のひとみたいになるようで…こちらが、死した私達の空間なのです。ですから、このように。」

維心は頷いた。

「そうか。我もこちらを少し学ばねば。」

維心は、飛びながら景色を見た。あちらの世とは違い、こちらは自然が多く、建っている屋敷も大きく敷地を取った、ゆったりとしたものが多かった。そんな屋敷も、皆離れて建っている。あまりに点々としか家がないので、死者は少ないのかと思うほどだった。

そんなことを思いながら飛んでいると、十六夜が、海を臨む小高い丘の上に、広々と建つ屋敷の方へ降りて行くのが見えた。三人ではとても大きすぎるような規模だ。維月が言った。

「あれが、私達の屋敷ですわ。こちらに来て、すぐに案内されましたの。維心様も、一緒だと言っておりました。」

維心は、少し驚きながら頷いた。

「我が来ること、決められておった訳か。」

維月は頷いた。

「要は、維心様のお屋敷なのです。」維月は言った。「そこに、私達が入っただけで。維心様がいつか来たら入るようにと黄泉で準備されておった屋敷で、維心様が共にと望んでくださっておったので、私達が入っただけ。本当なら維心様と共か、それとも維心様のほうが先にこちらへ来ておるはずでありましたから。私達は不死なので、屋敷など準備されておりませぬし、なので助かりましたの。」

我の屋敷と。

維心は、黄泉のシステムが今一分からなかった。しかし、自分の屋敷というなら良いであろうか。

十六夜が、屋敷の門の前に降り立った。維心も、同じようにそこへ降り立って、維月を降ろした。

「さ、維月から聞いただろう?ここはお前の屋敷なんだよ。仕えてくれてる侍女達とかも、皆お前に仕えたいと望んでこの屋敷へ入った者達ばかりだ。もちろん、皆あっちじゃ死者だがな。」

すると、中から誰かが走って来て膝を付いた。

「王!ああ、お待ちしておりました!」

維心は、その顔に見覚えがあった。これは…、

「公李か。主、それは300歳ぐらいの時の姿であるの。」

相手は頷いた。

「はい。あの折りはとても老いておりましたので、王妃様にも、我がお分かりになりませんで。」

維月は頷いた。

「そうですの。初めて見た時は本当にびっくりしましたわ。でも、言われてみれば公李だわと気付きましたの。」

維心は頷いた。

「そうか。主ら、死しても我に仕えてくれようとここに。」

公李は頷いた。

「はい。我だけではありませぬ。ささ、王。こちらは王のお屋敷であるのです。宮と同じように思うてくださりませ。中へ。」

維心は頷いて、維月の手を取って中へと歩いた。門の中は、玉砂利が敷いてある庭で、その中を入り口に向けて歩いて行く。木造のその屋敷は、美しく磨かれてはいたが、建ってから年数は経っているようだった。

「オレは、親父が来るから。」そこで十六夜が、飛び上がった。「維心がこっちへ来たら、話しがあるから来いと言われてる。追々詳しく話すが、親父が来れるのはあっちの方にある海の上の島で、滅多にこっちには来ない。緊急の用の時はこっちまで来るが、物凄く気を消耗するんだそうだ。じゃあな。」

十六夜は、飛び立って行った。維心は、ため息を付いた。

「相変わらず、じっとしておらぬヤツよ。」

「はい。あれで忙しいのですわ。こちらでも、十六夜は世話好きであるので。今まで月として一緒に戦って来た、私の祖母や曾祖母、それに、ずっと繋がる女達に、引っ張りだこですの。」

維心は目を丸くした。

「え、主はそれで良いのか?」

維月はきょとんとした。

「どうしてですか?私の祖先ですのに?別に恋愛云々ありませぬわよ?」

維心は、考え込むような顔をした。

「では…しかしの、我が会いに参ったらどうする。」

維月は顔色を変えた。

「まあ、どうしてですの?!維心様には、そんな必要ないのではありませぬの?!それとも、そんなお約束をしたかたがいらっしゃったのでは…、」

維心は驚いてぶんぶんと首を振った。

「ない!もしかしてと申した。」

維月は、ホッとしたような顔をした。

「なんだ、そうでしたの。」

維心は、胆を冷やした。黄泉まで来て維月を怒らせるのは嫌だ。それにしても、十六夜はいいのに、我は駄目なのか。他の女などには興味はないが。

すると、それを聞いていた低い男の声がクックッと笑うのが聞こえた。維心と維月は、そちらを振り返った。

そこには、青い龍の甲冑を身に付けた男が、膝を付いて頭を下げていた。

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