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闇を狩る者  作者: 池田中務少輔輝里
DARK HUNTER
29/41

『FUGITIVE』

 女の子になりました。とっくの昔に女になってただろ、とツッコまれると思うけどまあ正確に言えば女の子完全体になったというところかな。前回、初めての生理を迎えてしまってこれで子供が産めるようになったとか。産む気なんてさらさら無いんだけどね。女の子っていろいろ面倒なんだな。その面倒な時期をどうにか(と言ってもそんなに辛くはなかった)乗り切った僕は血が出る以外はそんなに大したことは無いなと思うようになった。それは間違いだった。

 それは僕が風呂に入っていた時だった。自分の裸を見てどうこうというのはとっくの昔になくなっていた。それなのに他の女の子の裸はいまだに直視できない。やはり身内と他人は違う。年下のアイドルに熱中になることはあっても、そのアイドルと同い年の妹に熱中する事は無いだろ?ごく一部(?)の例外を除いて。シスターに乗せられて赤飯まで炊いてしまったけど、定期的に厄介のが来る以外は前とそんなに変わったところは無い。

 さて、僕があらゆる意味で遅すぎる初潮を迎えた事はみちると姉とシスター以外には言っていない。言う必要も無い。教室に入ってくるなり「僕、初生理迎えちゃいました~」ってアホだろ。僕はそんなにアホじゃない。だから、いま脱衣所で服を脱ごうとしている女性は僕の身内では無いと思う。


「だーっ!姉さん何をやってんだよ!?」

 ドアを開けると姉が服を脱ぎかけていた。


「あら、よく私だってわかったわね」

 わかるよ。ドアのガラス越しでもこの家には僕以外は姉とシスターだけだからすぐわかる。って、何を素知らぬ顔で服を脱ぎ続けるの。


「おかしな事言う娘ね。脱衣所だから服を脱ぐんじゃない」

 おかしいのはあんただ。


「もう、風呂入るんだったら僕が上がってからにしてよ」

「バカね。一緒に入りたいから服を脱いでるんでしょ」

 冗談…だよね?


「私は冗談は嫌いよ」

 ニコッと笑う姉。それは一緒に入らないと命は無いと思えという無言の圧力に他ならない。しかし、女の人と一緒に入るなんて僕には考えられない。幸い、体は洗浄済みなのでいまでも風呂から上がろうと思えば上がれる。そうだな、もう上がると言えば良いんだ。


「ごめん、姉さん。僕、もう上がるところなんだ」

 ちゃぽーん。


「……」

 何が起こったかおわかりにならないだろう。僕もわからない。急に視界がグルグル回ったかと思ったら湯船に浸かっていて洗い場に裸の姉がいた。


「久しぶりね。こうして一緒にお風呂に入るのって」

 そ、そう?そうだよね。僕にとっては初めてだけど。


「お姉ちゃんね、誰かとお風呂に入るのが大好きなの。それなのにあんたったら中学に上がる頃から一緒に入るの嫌がって。お姉ちゃんずっと我慢してたのよ」

 だからか。よく一緒にシスターと風呂に入っていたのはそれが理由か。


「だからって、僕と一緒というのは倫理的にどうかな?だって僕、男だよ」

「女の子でしょ」

「いまはそうだけど、元は男だ」

「ふう、しょうがない娘ね。ちょっと体を洗い終わるまで待ってなさい」

 一体何をする気だ?どうせ、もう女だから女としての自覚を持てとか説教たれるつもりなんだろ。姉の裸を見ないように顔を背けて目を瞑って蹲って待つ。すると、姉は僕の背後から湯船に浸かってきた。


「わーっ!?」

 僕は慌てて湯船から出ようとしたが姉に肩を掴まれて引き戻された。


「じっとしなさい」

 我が家の風呂は決して狭くは無いが二人も入るとやはり少し手狭となる。僕はいま姉の膝の上に乗っかっている形となっている。姉は僕の腕を掴んで拘束して決して豊満とは言えない胸を背中に押し付けてくる。一体、何をしたいんだ?


「どう?」

 どう?と言われても。姉とは言え僕にとっては半ば他人みたいなものだ。嬉しくなくはないが、素直に喜んでいいものか。


「やっぱりまずいんじゃないかな?姉弟でさ。いや、いまは妹だとしてもそれなら女同士でまずいでしょという事にならない?」

「あら、女同士だからいいんじゃないの」

 そうなの?同性だから許される?


「学校で見かけなかった?友達同士でふざけて胸を揉んだりしてるの」

 そういや、そんなこともあったような。


「ね?男と女ならアレだけど女同士なら何の問題も無いでしょ」

 うん。同性だからじゃなくて女同士だから良いのか。だって、男同士でこんな事してたら気持ち悪いだけだ。唾棄どころか嘔吐レベルだ。それに比べたら女同士でなんて些細な事かもしれない。


「女の子は体を触れ合う事でスキンシップを図るのよ」

 男なら拳で語り合うみたいなものか。姉の説の信憑性は心許ないが、少し長湯でのぼせてしまったからかあんまし考えられないでいる。だから、姉が僕の体を触りまくってても成すがままとなっている。


「あんたの体って本当に羨ましいぐらいね。何のケアもしてないのにお肌スベスベなんて。胸だって姉である私より大きいし」

 ん、いま微かに殺気を感じたような。


「本当妬ましいわね。だから揉ませなさい」

 “だから”という接続詞の使い方が間違っていると思うのは僕だけか?少なくとも姉にとっては間違っていないようだ。両手で僕の胸を揉みにかかった。


「なにするんだよ」

「女同士だから大丈夫よ」

「別に女同士だからって無理にしなくていいだろ。いままでのままでもいいじゃないか」

「駄目よ、正真正銘の女の子になったんだからちゃんと女の子のスキンシップも勉強しなきゃ」

 本当にそのスキンシップの方法は正しいのか?


「疑っている目をしているわね。だったら明日みっちゃんに聞いてごらんなさい。おっぱい揉んでいい?って。二つ返事でOKしてくれるわよ」

 二つ返事【意味】快諾すること。本当に?殴られる確率の方が高い気がする。


「試しに訊いてみなさいよ。だから今晩は大人しく揉ませなさい」

 だから、“だから”の使い方がおかしいってば!


 ------

「と、こういうわけ」

「どういうわけよ」

 僕はいまみちるの家に来ている。みちるが怪我したと言うので見舞いに来たのだ。そこで昨夜の風呂での一件を話したわけ。姉に言われた通りに“おっぱい揉んでいい?”って訊いたら殺気を感じたので慌てて事情を説明したわけである。


「やっぱり駄目?」

「あんた、“おっぱい揉ませて”って言われたら揉ませるの?」

 ううん。男であろうと女であろうと嫌だ。


「つまり、そういう事よ」

 うん、納得した。姉さんも出鱈目教えてくれちゃって。危うく命を失くすところだった。でも、ちょっと残念な気も…。


「胸はさすがに駄目だけど抱きつくぐらいならいいよね」

 前回、いきなり抱きついてもみちるはそのまま受け入れてくれた。


「ま、まあ…抱きつくぐらいわね」

 でも、いまはしない。みちるが怪我しているからだ。


「みちるが怪我するなんて珍しいね」

 怪我といっても転んだとかぶつけた事によるものではない。まともに動くのが困難な状態だ。


「ちょっと油断しただけよ。さよことゆかりが死んじゃって忙しくなってたから疲れちゃってたのもあると思うけど」

 大変だね。


「あーあ、誰か新入りを連れてきてくれないかな」

「僕が手伝おうか?」

「え?」

「みちるの補助ぐらいなら僕にもできるんじゃない?何だったら僕もみちると同じように……」

 最後まで言い切れなかったのは、みちるが人差し指を口にあてたからだ。


「あんたの気持ちだけで十分よ。手伝ってくれるのは助かるけどやはりこれはあたしたちの仕事だから。それに、あんただったら危なくて余計な手がかかるだけだから」

 この町内では敵知らずのみちるが怪我するくらい彼女の夜のバイトは過酷だ。聞けば勤務中に殉職する人もいるらしい。一歩間違えたらみちるもそうなっていたかもしれない。


「それよりも明後日の月曜日なんだけど、学校休んだら?」

 なんで?


「今日と明日で療養したらかなり回復できると思うんだけど月曜日に学校に行くのはちょっと無理ね。だから、あんたも休んだ方がいいわよ」

 “だから”の使い方がおかしいのは姉だけではなかったようだ。


「どうして僕も休むの?」

 僕はどこも怪我していない。


「大丈夫だよ。君が何を心配しているかしらないけど、僕一人でも大丈夫さ」

「なら、いいけど……」

「僕のことは心配しないで、怪我を治すことを考えて」

「わかったわ…いい?くれぐれも気をつけるのよ?」

 はいはい。何に気をつけたら良いかわからないけど…車かな?


 ------

 月曜日の朝になってみちるから電話があった。


『やっぱり今日は休んだ方がよくない?だいぶ体が回復しているから明日には一緒に学校に行けるから』

「僕は子供じゃないよ」

 そう言って電話を切ったのだが、なんでみちるがこうも心配するのかわからない。でも、念のため車には注意して行くとするか。いつも通りに無事に学校に到着して教室に入る。なんてことは無い。いつも通りだ。みちるは何を心配していたんだろう?まさか、僕が浮気するとか?ヤキモチなんてみちるもかわいいところがあるんだな。だが、いつも通りに見れたのは見た目だけでしかなかった。

 異変が起きたのは昼休みだった。弁当を持って佐藤の席へ行く。


「ほれ、お前の分。屋上で食べようぜ」

「おう、いつも悪いな」

 二人で教室を出ようとしたら誰かが叫んだ。


「おい、あれ何だ!」

 え、なになに?窓の向こうに何があるの?


「すまん、気のせいだった」

 なんだよ。人騒がせな。気を取り直して行こうと思ったら佐藤がぐったりしていて男子生徒二人に肩を貸してもらっていた。


「ど、どうした?」

「いや、こいつ急に腹が痛くなってみたいでこれから保健室に連れて行くわ」

 大丈夫か?僕も一緒に行こう。


「いや、佐藤はこいつらに任せてお前は弁当を食べてろよ」

 うーん、そうだな。久しぶりに一人で教室で食べるとしよう。でも、佐藤の分の弁当はどうするか。


「なあ、それもし余ってるんなら食っていいか?」

 お前、自分のはどうした?


「忘れてしまってさ。腹ペコなんだ」

 なんだ、だったら食っていいよ。すると、他にも弁当を忘れたという男どもが次から次へと名乗り出た。今日は弁当を忘れた奴が多いな。でも、弁当はこれだけだよ。


「いいんだ。たとえ一口でも」

 そうか?全然腹の足しにはならんと思うが。とりあえず喰え。僕は佐藤の分の弁当を開けた。


「「「ごくり」」」

 おいおいそんな生唾呑み込むようなもんじゃないよ。


「「「いただきまーす」」」

 あれ、こいつら箸は忘れてないんだな。箸だけもってくるなんてなんてうっかり者ぞろいだろう。さて、口に合ったかな?


「うまい!」

「なんてうまいんだ」

「畜生、佐藤の野郎いつもこんな弁当を作ってもらっていたのか」

「妬ましい……」

 うん、評判は悪くないようだ。


「お前、よく佐藤に弁当を作ってやってるみたいだけど付き合ってるのか?」

「うんにゃ」

 奴がどう思っているかは知らんが僕はみちる一筋だ。女の子同士でそういうのはよくないから他人には言うなとみちるに言われたから言わない。


「じゃ何で佐藤に弁当を作ってやってんだよ」

「別に佐藤に作ってやってんじゃないよ。あいつが僕に一番身近な男だからだ」

「男なら誰でもいいって事?」

 そういう言い方は誤解を招く恐れがあるので控えてほしい。佐藤は奴の証言を信じるなら中学からの知り合いで、それは僕の家族の証言からも裏付けられている。他人の弁当を作るにしても大義名分というものが必要だ。一番の大義は彼氏に作るだろうが幸か不幸か僕にはそういう存在はいない。だから、一番の友達である佐藤に白羽の矢が立ったのだ。僕としては他人の弁当を作るなんて余計な手間なのでいい加減やめたいところだ。いったんは佐藤の希望で中断していたんだが、姉の「女子力を上げるためよ」という意味不明な命令でまた作る羽目となった。


「じゃあ俺にも弁当作ってくれる可能性があるって事か?」

「別にいいけど、お前に作ってやる義理は無いだろ」

 そう、佐藤に弁当を作ってやるのは一番の友達だからだ。よほど僕の弁当が口に合ったのか弁当作ってほしいオーラを発散している目の前のこいつらとも友達ではあるが佐藤ほどの付き合いは無い。多分。


「だったら俺、彼氏になる」

 もし、口の中に何かを含んでいたら吹き出していただろう。僕の頭の中で緊急の脳内会議が開かれた。議論の結果、無視する事に決定した。


「な、なんで無視するんだよう」

「言ってなかった?僕がその手の冗談が嫌いだってこと」

「じょ、冗談なんかじゃない。俺は本気だ」

 余計悪いわ。


「俺も!」

「俺だって本気だ」

「いや、こいつらよりも俺の方がお前を愛している!」

 久しぶりに背筋が凍った。こいつら暑さで脳が溶けてるんじゃないのか?


「お前ら頭を冷やせ。正気か?僕は男だったんだぞ」

「その時からお前は魅力的だった」

 かつてない悪寒が僕を襲った。こいつはやばい。ここはいったんこいつらから離れた方が良さそうだ。


「付き合ってらんないよ」

 席を立って廊下に向かう。すると、廊下から違うクラスの男子が入ってきた。何の用だ?と思ってたら僕のところに来た。


「な、なに?」

「これ、受け取ってください!」

 と最敬礼で差し出してきた手にはハートマークの封がしてある封筒があった。ラブレター?そういや前は大量にもらったな。大量に処分してからそんな酔狂な事をする輩は現れなかったがいまになってなぜ?前は焼却処分にしていたんだが、それはあまりにもひどいということでせめて中身は読んでやるべきだという各方面からの意見で、とりあえず読んではやることにした。


「ありが…とう……」

 礼を言うべきか迷う。なぜなら迷惑だからだ。一応、言ってはみたもののやはり何かおかしい。でも、よその教室に一人で乗り込んでくる勇気は認めてやろう。ラブレターを受け取ってもらったことで、もう目的を果たしたと思っているのか一人浮かれている。こいつ、僕からOKという返事を得られるとでも思っているのだろうか。ここは早めに言っておいた方がいいな。封筒の中身を開けてみる。便箋に僕への想いが綴られていて最後まで読むのが面倒になるくらいだった。


「あの、悪いけど君の想いには答えられないな」

「な、なんで?」

 自分で考えろ。


「ま、まさか、あの文面で断るなんて……」

 よほどショックだったのか天を仰いで固まっている。が、すぐにうちの男子に蹴りだされた。


「くそ、先を越されたか」

 は?


「こうしちゃいられねぇ。俺もラブレターを書くぞ」

 ひ?


「誰か封筒と便箋持ってないか」

 ふ?


「あとハートのシールも」

 へ?


「いや、そんな面倒なことしなくてもいま告白すればいいんじゃね?」

 ほ?


「な、なに…」

 教室にいた男子がこっちに視線を向けてくる。身の危険を感じて廊下へと足を進める。じりじりと迫る男ども。次の瞬間、


「「「好きだぁあああ!!」」」

 僕は廊下に出るとすかさずドアを閉めた。ドン、ドンとぶつかる音がした。男子連中は窓から廊下に出てきた。僕は一目散に逃げ出した。


「ど、どうなってんだ?」

 走りながら事態の原因を考える。少なくとも僕が原因ではない。あのラブレターか。しかし、それだけの理由で?下手に受け取ったのかまずかったのか。とにかくいまは逃げるのが先決だ。あの状態で下手に受け取って断ったらそれこそ何をしでかすかわからない。僕はひたすら逃げた。だが、向こうは数にものを言わせて何手にも分かれて先回りしたりして待ち伏せして挟撃しようとしたりなど僕を執拗に追い回す。しかも、その数は増える一方だ。違うクラス、違う学年の男子も混じっている。なんで皆僕を目の敵にするんだ。あっちこっち逃げ回ってとうとう行き止まりにぶち当たった。後ろからはじりじりと男どもが迫ってくる。


「こうなったら戦うしかない!」

 こんな事もあろうかと出顎巣丁伊煮の分冊シリーズ『週刊 南斗聖拳を極める』を購読していたのだ。毎号DVDがついていて、その号の南斗聖拳の流派を学ぶことができるのだ。いま現在No.58南斗飛鷹拳まで刊行されている。まあ、全部を習得するのはちょっと無理なので僕は盲目の闘将が使っていた拳を練習することにした。因みにみちるはそのだいぶ前に刊行された『週刊 北斗神拳を継承する』で見事に伝承者の資格を得ている。


「いくぞ!」

 僕は倒立して手を軸に回転しながら敵を回し蹴りで倒していった。極めた者であれば素早い蹴りによって相手を切り裂くことができるが、まだ僕は未熟なので蹴り倒すまでしかできない。やはり108派の頂点に立つ拳法の一つだけあってそう簡単には極められない。この拳法を習得すると決めた時、シスターはこう言った。


「なんで世紀末救世主や世紀末覇者や金色の将軍にこてんぱんにやられた拳法を習うの?」

 まさに子供(?)ならではの正直な意見だ。いいだろ、相手の体を破裂させて辺り一面に血と肉片を撒き散らすよりかは。それはさておき、5、6人蹴り飛ばして手が疲れたのでいったん態勢を元にもどした。今度は逆立ちじゃない普通の態勢で蹴っていこうかなと思った時、男子がこちらにスマホを向けているのに気づいた。撮影している?そうか、僕の蹴り技があまりにも鮮やかだったんで画像なり動画なりに残しておきたいんだな。


「どう、うまく撮れてる?」

「え?えーと…」

 なんで返事に窮する。失敗したのかな?他の奴を見てもなぜか僕と目を合わせない。なんかおかしい。僕は近くにいた奴からスマホを分捕って画像をチェックした。そこにはパンツ丸見えで回し蹴りしている僕が映っていた。


「……」

 しまったぁあああ!スカートだということを失念していた!家で練習してた時はスカートじゃなかったから気づかなかった。シスターはこうも言った。


「どうせなら聖帝様の拳法にしようよ。同じ拳法でも少しはマシでしょ」

 聖帝様の拳は畏れ多いからやめたのだ。いま思えばシスターの言うとおりにすれば良かった。いまさら悔いても遅い。


「……」

「「「……」」」

 気まずい空気が流れる。そんな行き詰った感を払拭しようとしたのか一人の男子に僕の肩に手を置いた。


「お前のさっきの蹴り、見事だったぜ。あまりに見事だったんで思わず撮っちまった」

 そう?親指を立てて二カッと笑って爽やか学生を演じているが本当にそうか?


「皆、お前の蹴りに見惚れてたんだ。決してパンツを撮りたかったわけじゃない」

 頑張って練習した技を褒められたら悪い気はしない。


「本当に僕の蹴りすごかった?」

「本当だとも」

「仁星の男よりも?」

「ああ、あれだったら聖帝様だって倒せてたぜ」

 そう?えへへ。


「皆、褒めてくれてありがとう。でも、本当にそう思ってる?」

「もちろんさ」

「だったら僕の画像消去して。僕のパンツには興味が無いんでしょ」

「「「……」」」

 なんで皆黙る?


「あ、俺の携帯、バッテリー切れだ」

「俺もだ」

「俺も。これじゃ消去できないな」

「心配すんな、後で必ず消去すっから」

 信用できない。


「まあまあ、その事について後にして、本題を終わらせようぜ」

 本題?


「ああ、そうだったな。俺達はこいつに伝えたい事があったんだ」

 伝えたい事?


「そう、俺は前からお前のことが好きだった。俺と付き合ってくれ!!」

「こいつ、抜け駆けはずるいぞ。俺も、俺もお前が好きだ!」

「俺も!」

「俺だって!」

「うるせえ!俺が一番こいつを愛してる!」

「やかましい!てめぇ彼女いるじゃねーか!」

「あいつとはたったいま別れた!俺はフリーだ!」

「てめえみたいな奴に誰が渡すか!こいつは俺のもんだ!」

「バーカ、占いでは俺が一番こいつと相性がいいんだよ」

「そんな占い信用できるか」

「うるせえ!」

「なんだと!」

「やんのか!」

「上等だ!」

 なんか同士討ちを始めたぞ。チャンスだ。僕は男たちに気づかれないようにそっと脱け出した。そして、また全速力で逃げた。


「あ、逃げたぞ!」

「追え!」

 こうしてまた追いかけっこが始まった。逃げながら僕はある海老のことを思い出していた。その海老は栄養が豊富らしく、他の魚からとても人気があっていつも追いかけられているという。人気者は辛いね。なんて呑気な事言ってる場合がじゃない!なんで今更?僕が女になったのは随分前だ。それを今更になって。今まで溜まってたのが一気に噴出した?なにがトリガーになった?あれか、あのラブレターか。


「とにかく、どこかに隠れないと」

 隠れる場所隠れる場所っと……。女子トイレは男子が先回りしているので駄目だ。他には……。職員室は特に用が無ければ自ら入りたいとは思わない。校長室は…敷居が高すぎる。他に……


「あった!」

 僕は女子更衣室に駆け込んだ。しばらくして廊下から男子たちの声が聞こえてきた。


「くそっ、見失った」

「どこに行った?」

「まだ遠くには行ってないはずだ。探せ!」

 どうやら追跡を振り切ったみたいだ。ほっと安堵する。ずっと走ってたから疲れた。少し休もうとクルッと180度回転した僕の目に飛び込んできたのは着替え中の女子たちだった。女子更衣室だから当然の光景だ。だが、僕にはまだ刺激が強すぎる。


「ごめん!すぐ出ていくから!」

 更衣室なんだから着替え中の女子がいることぐらい気づくべきだ。いくら切羽詰まってたとはいえ慌てん坊すぎる。急いで出て行こうとすると女子の一人に制止された。


「待って、そんなに慌てて出て行かなくてもいいじゃない」

「いや、でも……」

「いい加減女の子に慣れなさいよ。そんなじゃいつまで経っても女子と一緒に着替えられないわよ」

 別に一緒でなくてもいいんじゃないかな。


「そうだ、いまここで練習しようよ」

 練習?


「そ、練習。皆、どう?」

「「「賛成~!」」」

 ええ?


「でも、僕は着替え無いよ」

 僕のクラスは今日は体育はない。


「大丈夫。練習だから制服を脱いでまた着ればいいのよ」

「ぼ、僕は別に練習なんて…」

「なんで、そんなに嫌がるの?私たちはあなたの事を想って言っているのに……」

 …だったら、そのやらしい手つきをやめてくれないかな。あと、そのニヤニヤしたいやらしい笑いも。


「無理よ。本能には逆らえないもの」

 本能!?この時、僕の本能はこの場は危険だと勘付いた。ドアノブに手をかけて逃亡を図った途端、不意にドアが開かれた。ゴツンとドアが僕の頭に衝突する。


「―――――――――!!」

 割と勢いよく開けられたの僕は思いっきり頭をぶつけられてしまった。あまりの痛みに声も出ない。


「だ、大丈夫!?」

「う、うん…大丈夫……」

 ドアを開けた女子生徒・趣味は切手集めで将来は英語の教師になりたいという安藤由紀子さんに、僕は強がりを言うものの本当は大丈夫じゃない。でも、女の子の前で弱いところは見せられない。


「ごめんね。痛かったでしょ?」

 僕がやせ我慢しているのはお見通しのようで、優しく後頭部をさすってくれた。撫でられているようでちょっと照れくさい。すると、他の女子がエサを持ってきた飼育員を見つけた動物みたいに群がってきた。


「大丈夫?」

「痛かった?」

「私もさすってあげるね」

 女子がいっぱい頭をさすってくれたが、当然全員が全員僕の頭をさすれるわけではない。すると、女子たちは別のところをさすってきた。


「ま、待って、なんでそんなところをさするの!?」

 ドアにぶつかったのは頭だけだ。なのに、なんで脇や腿をさする必要があるのだろう。ちょっと、制服の中に手を入れようとしているの誰?こら、どさくさに紛れて胸を揉むな!


「やっぱり服の上からじゃさすり甲斐が無いわね」

 さすり甲斐ってなんだよ。


「やっぱ、脱がすしかないわね」

 え?ちょっと…


「それ、脱がせーっ」

 女子たちは一斉に僕を脱がしにかかった。あっという間に下着だけにされてしまう。


「ああ、これがパーフェクト・ガールの匂いなのね」

 僕から奪い取った制服をクンクンと嗅いで恍惚とした表情を浮かべる先月転校してきた小さいころからバレエを習っているという柏原ひかりさん。年頃の乙女がすることではない。それより、パーフェクト・ガールってなに?


「あれ、知らないの?あなたのことよ」

 僕?僕がパーフェクト・ガール?


「だって、かわいい、スタイルも良い、髪やお肌も超絶品の非の打ちどころの無い完璧なボディの持ち主、だからパーフェクト・ガール」

 そんな大仰な二つ名がついていたとは知らなかった。


「それにしても間近で見ると本当に可愛いわね。私達ってクラスが違うからあんまり接点も無かったでしょ。だから、こうして間近で見られて皆嬉しいのよ」

「本当、男子が虜になるのもわかるわね」

「罪作りな娘ね。そんなはしたない娘に育てた覚えは母さんはありませんよ」

 誰が母さんだ。男を虜ね。さっきまでの追いかけっこは僕が男を虜にしたから?でも、なんで今頃?


「気付いてなかったの?ずっと彼女にしたいランキング一位だったのよ、あなた」

 え?一位?そりゃ告白されたりはしたけど、それも初めのうちだけでそれからは一切無かった。


「それはずっと姫前さんがガードしてきたからよ。さすがに彼女を敵にしてまでっていう覚悟は無かったみたいね」

 そうだったのか……。ずっと、みちるが一人で絶対に帰るなと言っていたのも、今日学校を休んだらと言ったのも僕を守るためだったのか。ずっと、僕はみちるに面倒をかけていたんだな。元・男としては情けない限りだ。よし、自分一人の力でこの難局を切り抜けてみちるを安心させてやろう。決意を新たにした僕は女子たちに制服を返してくれるよう頼んだ。だが、


「いいわよ。その前にあなたの体をもう少し触らせてくれたらね」

 その前に別の難局を切り抜けらければならないようだ。

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