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闇を狩る者  作者: 池田中務少輔輝里
TRANSSEXUAL GIRL Ⅱ
24/41

『BASEBALL3』

 とうとう試合の日が来た。猛練習を繰り返してきたうちの野球部だけど、それで少しはマシになったかというとあんまり変わんないな。


「どうすんの?」

 投手兼コーチ兼監督のみちるに尋ねる。何か作戦立てないと勝てないよ。


「大丈夫よ。心配いらないって」

「でも、うちには投手はみちるしかいないし……」

「大丈夫だって」

 何か作戦があるのか自信満々だ。よほど、うまい作戦を考え付いたのだろう。


「いざとなったらビーンボールで終わらせるから」

 ……不良より性質が悪い。


「それより、あんたちゃんと人数分作ってきたんでしょうね」

「うん、あるよここに」

 僕はみちるにハンカチで包んだ箱を見せた。みちるは箱をまじまじと見てじろっと僕を見た。


「まさか箱一面にご飯で真ん中梅干しとかいう手抜きしてないでしょうね?」

 してないよ。しようとはしたけど。そう、僕が作らされてきたのは弁当だ。しかも人数分。なんで僕が?と質問したら、


「あんたマネージャーでしょ」

 と返答された。当然、次なる質問が出てくる。いつの間に僕はマネージャーになったんだ?


「部の士気を高めるためよ。あいつら“かわいい女子マネージャーにお弁当作ってもらったり、試合や練習後に「お疲れ」とタオルやドリンクを渡されたりしたい”って全員が涙ながらに訴えるんだもの。さすがのあたしも無碍にはできなかったわ」

 そりゃ自分で言うのもなんだけど僕はかわいいよ。でも、元は男だ。僕だったらいくら美人でも男だった奴に惹かれたりはしないな。


「あんたは超A級の美人のお母さんやお姉さんがいるんだから視覚的には女に飢えてないからよ」

「それとかわいい幼馴染も」

 冗談で言ってみたが、不意を突かれたからかみちるはきょとんとなった。


「ば、バカっ」

 みちるが赤くなってそっぽを向いた。そういう事があって僕が人数分の弁当を作ってきたのだ。マネージャーの仕事って他に何すんだっけ?


「ちゃんと考えてあるから楽しみにしてなさい」

 …なんかすっごく不安な気がする。


「なによその心配そうな顔は。あんたにはあんたにしかできないとても重要な役割をちゃんと用意してあるんだからね」

 重要ね…。まさか勝てば全員にチューっとか言うんじゃなかろうか。まさか…とか思うが念のためいつでも逃げられる用意はしておこう。さて、こういう試合にはそれぞれの学校から応援が来るものだと思うのだが、向こうは数十人クラスの応援が来ているのにこっちには誰も来ていない。うちの野球部ってこんなにも人気が無かったのか。いや、普段はそれなりに来ているんだが、今回は相手が獄悪高校であるうえに彼らから試合の相手として以上の敵意を向けられているのが知れ渡っているためだ。誰も巻き添えにはなりたくないからな。僕もできれば無関係でいたかった。その対戦相手の獄悪高校の応援だが…


「うおおおおおっ!殺せっ!」

「てめえら生きて帰れると思うなよ!」

「二度と舐めた態度取れねえように痛めつけたやれぇ!」

 ……試合会場を間違えたか?とても野球の応援とは思えん。獄悪高校と言えども普段はこんなにヒートアップした応援はしないだろう。先日のみちるの挑発が相手投手だけでなく学校全体を激昂させたということか。軽はずみすぎる。おかげでうちの野球部がすっかり萎縮しちまってるではないか。


「俺、まだ死にたくないよぉ……」

「当たり前だ、死ぬには俺たちはまだ若すぎるぜよ」

「こんなことなら冷蔵庫のプリン食べておくんだった…」

「プリン好きなのか?」

「うんにゃ、勝った時の祝いで食べようと思ってただけだ」

「いまからでも逃げられないかな?」

 それが無理なのは彼らの背後に第二次大戦時の中国軍の督戦隊の如くみちるが控えているからして彼等にもわかるはずだ。進むにも退くにも死が待っている。ならば前進して死中に活を見出すのみ。


「いい?相手に怯えを見せてはダメよ。逆にこっちが向こうをやってやるんだって気持ちを見せてやりなさい」

 試合前の両チーム整列しての挨拶の前にみちるはそう言った。果たして、何人がそれを実行できただろうか。向こうは全員がガンを飛ばしてきている。一方、こちらはみちるを除けば言わずもがなだろう。


「てめえら今日は無事で帰れると思うなよ」

 相手投手の脅迫にうちの野球部員が傍から見てもわかるぐらいビビりまくっている。この相手投手の彼女をうちの野球部員が寝取ろうとしたかなんかでややこしい事になっているのだ。今日の試合に負けたらうちの野球部は全員半殺しにされるのだ。ビビるなという方が無理である。しかし、例外が一人だけいる。


「そっちこそ負けたら、裸でどじょうすくいしながら街中を歩くって約束忘れるなよ」

 さすがはみちる姐さん、一歩も引いてない。って、そんな約束あったけ?


「ちょっと待て、いつそんな事言ったぁ!?」

「ついさっき、こいつが言った」

 と、みちるは隣の野球部部員を指差した。その野球部員は可哀そうになるくらい動揺してしまっている。多分、何も聞かされてなくていきなり話を振られただろうから無理もない。


「てめぇ…いい度胸してんじゃねえか」

 相手投手の怒りの矛先が自分に向けられた野球部員は必死に自分が無実だとジェスチャーで訴えるが思いは届かないだろうな。


「プレイボール!」

 試合が開始された。先攻は獄悪高校。みちるがマウンドに上がる。因みに今回は男子として出るため名前は“みちお”にしている。そのみちおいやみちるの第一球、投げた! それは信じられない速さだった。相手バッターはバットを振る事すらできずにボールを見送るしかなかった。


「ス、ストラーイクッ!」

 数秒遅れて審判がストライクを宣告した。結局、相手の一番は三振、次の二番、三番も三振に倒れてチェンジ。後攻のうちのチームの攻撃だが、打順は投手のみちるからだ。なぜ、彼女が一番かと言うと一番多く打順が回ってくるからだそうな。そのみちるの第一打席、相手投手が振りかぶった。こないだ見た感じではこの投手もなかなか速い球を投げる。その豪速球をみちるは打ち返した。ピッチャーライナーだ。長打は間違いない当たりだ。だが、投手に捕球された。咄嗟に出したグローブにボールがうまいことおさまったって感じだな。惜しくもみちるはアウト。こちらの攻撃も三者凡退でチェンジとなった。その後も両チームともに攻撃に決め手を欠きスコアボードはゼロ行進となった。なかなか点を取るどころかそのチャンスさえ作れない状況にみちるは何事か考え事をしている。


「このままではマズイわね」

 いまのところはどうにか互角に戦えているが、選手層の差はどうにも埋めがたい。相手は投手が疲れてきたらリリーフにバトンタッチできるが、こっちにはもうみちる以外に投手はいないのだ。そのみちるも中盤から後半ぐらいになるとさすがに球威が落ちてきた。甘い球を長打にされる事例も発生してきている。このままではいずれ点を取られてしまう。


「いよいよ切り札を使う時が来たわね。ちょっとついてきて」

 え、僕?みちるはタイムを告げると有無を言わさず僕を人目のつかない場所に連れて行った。


「これに着替えなさい」

 みちるはボストンバッグから何かの衣装を取り出して僕に渡した。


「……これは?」

「試合前に行ったでしょ。あんたにはとても重要な役割があるって」

 ……。


「待ちなさい。逃がさないわよ」

 肩をガシッと掴まれた。ちぃっ!さすが勘の鋭い。


「時間が無いんだから早く着替えなさい」

「ここで?」

「今なら誰も見てないわよ」

「でも……」

「いいから着替えなさい!」

 僕は渋々着替える事にした。まずは服を脱いで下着だけとなる。


「へえっ、なかなか良い下着を着けてるじゃない。あんたが選んだの?」

 ううん、母さんだ。僕はサイズさえ合ってたらそれでいいから。


「ふうん、まあいいわ。早く着替えて」

 はいはい。僕は渡された服を手に取った。その時、うちの野球部員の一人がひょいと顔を出した。


「おーい、まだかっ…て……」

 一瞬、時間が止まったような感じがした。僕は咄嗟に叫んだ。


「待って!」

 みちるの両手が部員の頭を掴む寸前に止まった。危なかった。少しでも遅かったら彼の頭は180度回転していただろう。


「どうして止めんのよ」

 どうしてって、いま彼を始末したら試合ができなくなるでしょ。


「それもそうね」

 納得したみちるは両手を引っ込めた。ふぅ、危うく同級生を失うところだった。その命拾いした野球部員は何が何やらわからないといった感じできょとんとこっちを見ている。やれやれ。僕はボストンバッグを拾い上げてそいつの顔に投げつけた。いつまで見てんだ!


「す、すまん!」

 我に返ったそいつは慌てふためいて逃げて行った。ったく、気を取り直して着替えを続ける。


「あら、思った通りよく似合っているじゃない」

 着替え終わった僕を見てみちるが感想を述べる。褒められているのだろうが何故かうれしくない。それはこの衣装が原因である。僕が着せられたのは誰がどう見てもチアガールの衣装だった。ご丁寧にポンポンまである。


「さ、行きましょ」

 みちるが僕の右手を掴んで連れて行こうとする。


「ま、待ってよ」

「駄目よ。皆を待たせてるんだから」

 無理矢理連れてこられた僕は皆の注目を集めてしまった。携帯で撮影している奴までいる。よせ、減ったらどうする。


「さあ、待ちに待ったあなたの出番よ」

 出番って……。


「あの何すれば…?」

「はぁ?その恰好でやる事って言ったら一つでしょ」

「……あのさ、ここで僕一人だけが応援しても何の効果も無いんじゃないのかな?」

 こういうのって集団でやるもんだろ?一人でやったらただのバカだ。


「そんなことないわよ。やっぱり応援されると活力になるのよ。よく言うじゃない?気持ちのこもった応援は友情と言う力となるって」

 生憎、僕は野球部との間に友情を持ち合わせてはいない。単にみちるが関わっているから巻き込まれているだけだ。


「もう、つべこべ言わない!」

 無理!だってチアなんか一度もしたこと無いんだから。


「他のにしてくれないかな?いくらなんでも一人チアが恥ずかしすぎるよ」

「しょうがないわね。その代わり次は拒否は許されないからね」

「うん…」

「よし、皆聞いて!今日の試合勝ったらこの娘からご褒美にキスがもらえるわよ!」

「!?」

 いきなり何を言いだすんだ?みちるの発言を聞いた途端、うちの野球部のボルテージが一挙に上がった。


「ふおおおおおおっ!!」

「よっしゃあああああっ!!」

「皆、この試合何が何でも勝つぞぉ!」

「「「おおっ!!」」」

 なに?コレ。なんでこの人たちこんなに張り切ってるの?


「やはり噂は本当だったようね…」

 噂って?


「あんたって、男にまるっきり興味無いでしょ?」

 当然だ。


「あたしも男子をあんたになるべく近づけないようにしていたから、一般的な女子よりも可愛くてガードの高いあんたはいつの間にか高嶺の花になってたのよ。それで、男子の間であんたとの接触の度合いでその男子のステータスが決まるって噂があったの」

 そうだったのか……。本当いつの間に。ん、待てよ、勝たなければいいんだ。これまでの経過で彼我の実力差は隔絶しているのがわかった。そりゃもう精神力のレベルじゃどうしようも無いくらいに。負けても困るのは野球部の連中だけで僕は関係無い。


「ちょっと、あんたうちらが負けたらいいって思わなかった?」

 じろっとみちるが顔を覗き込む。首を振って必死に否定する。なんて勘の鋭さだ。


「いい?試合に負けたら全員殺すって言ってたでしょ?あれ、あんたも含まれてるから」

「なんでっ!?」

「だって、あんたマネージャーじゃない。もう野球部とは無関係じゃないわよ」

「なっ!」

 開いた口がふさがらないとは正にこの事。僕はいまかつてない窮地に立たされている。負けたら死、勝ってもある意味死を迎える。なんでこうなる?僕、何も悪い事してないのに。こうしている間にも試合はどんどん進んで行く。士気が上がった事で守備がうまくなってヒットを打たれても点を取られずに済んだが、攻撃面では危惧したとおり精神力だけではどうしようも無かった。そして、最終回。これが終わったら引き分け…にはならない。今回は決着がつくまで延々となる事になっている。そうなると、こちらが絶対的に不利だ。みちるにも体力の限界がある。そろそろ敗北に怒り狂う投手兼コーチ兼監督の粛清からどう逃げ延びるか策を練る時かな。と、僕が逃げる算段をつけはじめた時だった。


「おーい!」

 シスターだ。シスターが手を振りながらこっちに走ってきた。


「えへへっ来ちゃった」

 来ちゃった、じゃないよ。今日は怖いお兄さんがいっぱいいるから連れていけないって言っただろ。


「だって、退屈だったんだもん」

 しょうがないな。でも、待てよ。これは神様がくれたチャンスかも。


「ねえ、シスターちょっとこっち来て」

「なあに?」

「あのさ…ごにょごにょ」

「ふんふん」

「できるかな?」

「うん、できるよ」

「本当?頼むよ」

「いいよ」

 何を頼んだかって?それは…おっとその前に。僕はバッターボックスに向かうみちるを呼び止めた。9回裏ツーアウトランナー無し。ここでみちるがヒット打っても後が続かない。ホームランで一挙に決めないと僕らには勝ち目は無い。


「なによ」

「あのね、僕と選手交代してほしいんだ」

「はあ?何言ってんの。あんたが凡退しちゃったらもう投手がいなくなっちゃうのよ」

「大丈夫、絶対にホームラン打つから」

「ホームランって…あんた野球した事あんの?」

「バッティングセンターなら行った事ある」

「そんなので交代できるわけないでしょ」

「大丈夫だって絶対に自信があるから。その代わり僕がホームラン打ったら……」

「わ、わかったわよ。あんたが試合を決めちゃったら、あんたの好きにすればいいわ」

 よし、交渉成立。みちるが選手交代を告げる。


「頼んだわよ」

 みちるにバットを渡され僕は「うん」と力強く頷く。さて、打席に立つ前に着替えないと。


「何言ってんの、着替えなんかないわよ」

「えっ?」

「だって、ユニフォームは人数分しかないわよ。それに時間も惜しいからそのままで行きなさい」

「でも……」

「動きやすい服装のはずだから大丈夫のはずよ」

 いや、そういう問題じゃなくて……。わかったよ。どうせ、この打席に立っている間だけだ。打席に立つと審判が怪訝そうな顔で訊いてきた。


「君、本当にそんな格好でやるつもりかね?」

「まあ、一応……」

 何か文句でもあるのだろうか。まあ、ありまくりだろうな。でも、この打席だけだ。多分、これで終わるはずだから。狙うはホームランだけ。よっしゃあ、ぶちかましたるでぇ!とバットを構えて投手の方を見たらごっつぅ睨まれとる!チアガールの服装した女に打席に立たれたら、そりゃバカにしているのかってなるわな。でも、こっちだって本気だ。絶対に打つ!投手がモーションに入った。さあ来い!放たれるボール、この投手も一回から投げ続けているというのに球威はさほど衰えていない。こりゃ相当練習しているな。野球にかける情熱は本物って事か。だが……。


「見えるぞ、私にも敵が見える!」

 さっきシスターにお願いして僕の能力値に補正をかけてもらったのだ。シスターならできると思っていた。飛んでくるボールがちゃんと見える。これなら打てる。当然、打撃の技術もパワーもプロ級になっている。


「ふん!」

 僕はバットを力強く振った。ボールはバットの芯に捉えられ弾き返された。外野も追いかけるのを諦めるところまでボールは飛んで行った。文句無しのホームランだ。


「「「やったぁあああっ!!」」」

 みちると野球部の面々が一斉に歓声をあげる。ダイヤモンドを一周して凱旋した僕をメンバーがハイタッチで迎えてくれた。この瞬間、僕らの勝利が決定した。一方の相手チームは事態が呑み込めないのか呆然と立ちつくしていた。彼等だけじゃない。応援に来ていた連中も審判までもが呆然としているのだ。ぐいぐいっとシスターが僕の服の裾を引っ張る。


「皆、催眠状態にかかっているからいまのうちに早く帰ろ」

 催眠?そうか、今更ながら気づいた。メンバー表にすら載っていなかった僕がピンチヒッターとして出るのを許可されるはずがない。シスターは僕の能力値補正と同時に僕たち以外の人間を催眠状態にしてくれていたのだ。しかし、その催眠状態は長くは続かない。だからシスターは早く帰ろうと言ってきたのだ。とりあえず向こう側に僕らが勝った事だけを認識させてこの日の練習試合を終えた。え?勝ったら全員にチューするんじゃなかったか?さっき、みちると交代する時に僕がホームラン打ってチームを勝たせたらチューの件は無かった事にするって約束したんだ。他の連中はそんなの聞いてないってゴネたけど、無事に帰れただけでも儲けものと思ってもらわないとね。

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