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とある魔界の恋愛模様

臆病な捕食者

掲載日:2012/10/05



 ああ、まただ。

 目が覚めて一番に思ったのは、あきらめを含んだやるせなさ。


 ベッドから起こせない身体。覚えのある倦怠感。

 重いまぶたを無理やり上げると、そこには泣きそうな顔をした美少年。

 わたしが倒れた原因が、心配そうに覗き込んでいた。


「わたし、言いましたよね。噛むなって。

 あなた、言いましたよね。噛まないって」


 開口一番、わたしはそう言った。


「ああ」


 少年は顔に似合わぬ低い声で返事をする。

 情けない顔をしているわりに、声は落ち着いていた。

 それに腹が立って、わたしはだるい身体に鞭打って勢いよく身を起こした。

 ベッドの横に直接座り込んでいた彼を見下ろし、キッとにらむ。

 彼の血のように赤い瞳がかすかに揺れる。


「何度目ですか、約束やぶるの!」

「四度目」

「数を答えてほしいわけじゃありません!」


 ずれている、とわたしは思う。

 それとも魔界の住人にとってはこれが普通なんだろうか。

 ここで暮らすようになって半年ほどになるが、主である少年の交友関係が狭いせいでよくわからない。


「もうしない」

「それも何度目ですか!」

「四度目」

「だからっ……!」

「すまない」


 ぽんぽんとすぐに返ってくる声は、けっして適当に答えているわけではなく。

 それ以外に言葉が見つからないから、なのだと思う。

 きっとわたしが起きるまでの間、どう謝ろうかずっと考えていたんだろう。

 青ざめた顔に、潤んだ瞳。断罪を待つような心地で、ずっと。


「……謝ってほしいわけでも、ないんです」


 怒りはしぼんで、かわりに悲しみがわきあがってくる。

 約束をやぶるあなたが。約束をやぶらずにはいられないあなたが、悲しい。


「別に、あなたが欲しいなら、ちょっとくらいわたしの血を飲んでもいいんです。

 そりゃあ、頭からばっくり食べられちゃったり、体中の血を飲まれちゃったりしたら困りますけど。

 あなたはそんなことしないって、わかってますから」


 自分の首に巻かれた包帯に触れる。

 彼が好きに貪った痕は、完全に消えるまでしばらくかかるはず。

 これまでの経験から言うと二週間程度。その間、少年は何度、今みたいな泣きそうな顔を見せるのだろう。

 まるで、彼のほうが被害者であるかのように。

 正しい被害者であるわたしは、それほど気にしていないというのに。


「だけど、あなたが言ったんです。

 血を飲むのは嫌だって」


 わたしから言い出したものではあったけど、元々は彼のための約束だった。

 本能に負けて、初めてわたしの血を飲んでしまった時。

 今と同じように、貧血で倒れたわたしよりも真っ青な顔をしていたあなたのために。


『もう噛まないって約束してくれれば、それでいいです』


 あなたがそれを望むなら、と思いつきで交わした約束だった。

 それ以外に理由なんてない、約束だった。

 少なくともわたしにとっては。


「貴女を傷つけたくない」

「約束をやぶられるほうが、傷つきます」

「……すまない」


 少年はしおれるように、うつむいた。

 床に座っている彼がそうすると、わたしからは表情をうかがうことができない。

 話すときは目をあわせて、と何度も言っているのに。

 思わずむっとして、わたしはベッドの端に座ってから、少年の頬に手を添えて上向かせた。

 魅せられそうになるきれいな真紅の瞳に、ふくれっ面のわたしが映る。


「本能に従うなら最初からそう言ってください。

 本能に抗うなら最後まで抗い通してください。

 あなたが中途半端だと、わたしもどうすることもできないんです」


 わたしとしては、さっきも言ったように加減さえしてくれるなら血を吸われてもかまわない。噛まれるのは痛いけれど、彼が生きるためと思えば大丈夫。

 問題なのは、彼の気持ち。

 ためらいながらも、結局本能に負けるなら、もう開き直ってしまえばいいのに。

 少しくらい、傷つけても気にしなければいいのに。

 身体の傷はちゃんと治るものなのだ。血はまた作られるものなのだ。

 我慢した反動でたくさん血を取られて倒れるより、定期的に摂取したほうがお互いのためになるはず。

 意味のなくなりつつある約束に、あなたはいつまですがっているんだろう。


「貴女を、傷つけたくない」

「希望じゃ、駄目なんです」


 傷つけたくない、という気持ちはわかる。

 わたしも、あなたを傷つけたくないと思うから。

 でも、わたしと彼は違う。

 わたしは動物の肉を食べるとき、こんなふうに悲しんだり傷ついたりしない。

 自分が生きるためだからと、当然のように受け止めている。


 彼には、それができない。

 とても優しくて、臆病な人だから。

 わたしを傷つけることを恐れながら、それでも本能に負けてしまう弱い人。

 

「貴女の血を見たくはない。

 まして、俺が流させるなど……」


 こんなふうに、泣きそうな顔で切々と理想論を語るような人。

 血を見たくない吸血鬼なんて、彼以外にいるんだろうか。


「わたしを傷つけないでください。

 わたしを傷つけたことに傷つくあなたを見たくないんです」


 わたしが傷つくのは、彼に噛まれるせいじゃない。

 彼がわたしを傷つけたと思って傷つくから。

 首につけられた傷なんかよりも、自分を責める彼を見ることのほうがよっぽどつらい。


 彼に守られているおかげで、傷ひとつない肌に牙を突き立てるとき、彼は泣くのだ。

 泣きながら、それでも本能に抗いきれずに、わたしの血を貪る。

 少年の涙を見ると、わたしは思ってしまう。

 またなのか、と。まだなのか、と。

 また、彼は約束をやぶるのだ、と。まだ、彼は約束を守りたいと思っているのだ、と。

 あと何回くり返したら、この人はあきらめるんだろう。


 約束なんて、しなければよかった。


 あなたの罪悪感を減らすために交わしたはずの約束が、あなたを縛る。

 苦しいなら、抗いがたいなら、あきらめてしまえばいいのに。

 あなたがあきらめないかぎり、わたしはあなたとの約束を取り消すことができない。

 守られない約束は、意味がなくても、約束として残ったままだ。


「約束、やぶってもいいんですよ」


 朔月の夜のような、真っ黒のきれいな髪をそっとなでながら、わたしは言った。

 わたしは大丈夫だから、と思いを込めて。

 それでも彼は首を横に振る。

 ああ、やっぱり、まただ。


「約束する。

 もう、貴女を傷つけたりはしない」


 すでに形だけになってしまっている約束。それでもたしかに二人をつないでいる、約束。

 すがっているのは、もしかしたら彼だけではないのかもしれない。

 彼は包帯の上から、私の首にくちづけを落とした。

 いたわるように、優しく。

 傷が治るまで過保護に磨きがかかりそうだ、と私は苦笑する。


「また、約束しましょう」


 そうしてまたくり返す。

 この約束も、きっとまた一月もすればやぶられる。

 それでもいつか、約束が必要なくなる日まで。彼があきらめるその日まで。

 わたしたちは何度でも約束を交わすんだろう。







あってないような世界観設定と人物紹介。



魔界:

不思議な力を持った人型の生物や、獣人や鬼、ファンタジーやオカルトに出てくるようなモンスターやら妖怪やら、とにかく不思議な存在がごった煮状態で存在している世界。

ふとした瞬間に人界とつながってしまうことがある。原因は諸説あり。

力の強い者は自力で人界に行くことが可能。



吸血鬼(男):

吸血鬼の中では一応それなりの力を持っている、が、好きな子に対してはうじうじしすぎのヘタレ。

ほとんど引きこもり状態なのは、彼がうかつに動くと血族同士の争いが起きかねない面倒な立ち位置だから。


人間(女):

天涯孤独になり、さあもう身売りするくらいしか生きるすべがないぞってときに偶然(と本人は思っている)魔界に落ちてしまった少女。

落ちた先が吸血鬼の城で、それからずっと住み込みで使用人として仕えている。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんだか切なかった。 出来ないとわかってる約束をせずにはいられない吸血鬼。 守られないだろう約束をなんどもかわし、その度に反故にされ、それでも離れず側にいる女の子。 二人とも愛しいです。
[一言] 楽しかったです。こんなやりとりがこの先何度か続くと想像するとニヤニヤが止まりません。
2012/10/06 11:43 退会済み
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